序章|インテリアとは何か
インテリアデザインとは「壁紙を選ぶこと」ではない
「インテリアデザイン」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。
北欧風のリビングに置かれた白木の棚。雑誌の見開きに映える、計算されたクッションの配置。ショールームで手渡されるカーテンの生地見本──。おそらくそうしたイメージが浮かぶ人が多いだろう。
でも、ちょっと立ち止まって考えてみてほしい。
いま自分がいる部屋を見回してみよう。床は何でできている? 光はどこから差し込んでいる? エアコンや暖房がなかったら、この部屋で冬を越せるだろうか? 玄関から入ってリビングに至るまで、自分の足はどういう経路をたどっている?
こうした問いのすべてが、じつは「インテリアデザイン」の領域だ。
床をどう仕上げるか。光をどこから入れるか。熱をどう管理するか。人の動きをどう誘導するか。音はどこまで漏れてよいか。そしてその空間に「誰のための場所か」「何を大切にする文化か」という意味をどう込めるか。──それらすべてを設計することが、インテリアデザインの本来の姿だ。
この定義に従えば、インテリアの歴史は壁紙やカーテンの登場をはるかに超えて、旧石器時代にまで遡ることになる。
焚き火のまわりから始まった
2万3000年前の南アフリカ。人々は焚き火のまわりに草の寝具を敷き、炉の位置を定め、石ランプで闇を押しのけた。壁紙もカーテンもなかったが、「この空間をどう整えたら快適に過ごせるか」という設計意思は、紛れもなく存在していた。
つまり人類は、「内側の空間」をつくり始めた瞬間から、インテリアデザイナーだったのだ。
室内に詰まっている、人間の欲望
室内空間の歴史をたどっていくと、そこには人間の欲望のほとんどすべてが詰まっていることに気づく。
暖をとりたい──だから炉を据え、暖炉を築き、セントラルヒーティングを発明した。
ぐっすり眠りたい──だから草を敷き、石でベッドを造り付け、やがてスプリングマットレスを開発した。
客人をもてなしたい──だから古代ギリシャ人は寝椅子を並べた宴の間をつくり、ローマ人は床をモザイクタイルで飾った。
権力を見せつけたい──だからアッシリアの王は宮殿の廊下を巨大な石の彫刻で埋め尽くし、フランスのルイ14世は357枚の鏡を並べた。
死んだ後も快適に過ごしたい──だからエジプト人は、来世で使うための精巧な家具をお墓に入れた。
美しい空間で暮らしたい──だからスペインのアルハンブラ宮殿の壁は繊細な幾何学模様で覆われ、イタリアの公爵の書斎は木のだまし絵で飾られた。
みんなの手に届くものにしたい──だからトーネットは椅子を6つの部品に分解できるようにし、イームズ夫妻はプラスチックの一体成形で「安くて美しい椅子」をつくった。
意味のある空間が欲しい──だからポストモダンのデザイナーたちは、機能一辺倒の白い空間に色と物語を取り戻した。
室内の歴史は、素材と技術の歴史であると同時に、こうした「こうしたい」「ああしたい」という人間の欲望の歴史でもある。この企画は、その両方を追いかけていく。
この企画がカバーする範囲
本企画は、旧石器時代の焚き火から21世紀のスマートホームまで、おおよそ10万年にわたる室内空間の歴史を全36章で描く。
舞台となる地域は幅広い。メソポタミア、エジプト、インダス、中国、ギリシャ、ローマ、イスラーム世界、中世ヨーロッパ、ルネサンスのイタリア、絶対王政のフランス、産業革命のイギリス、バウハウスのドイツ、ミッドセンチュリーのアメリカ、北欧、そして日本。世界中の「部屋の中」を横断的に見渡していく。
ただし、すべてを均等に扱うわけではない。この企画には明確な重心がある。
20世紀だ。
壁が建物を支える役目から解放され、鋼管パイプが椅子に変身し、学校がデザイン教育そのものを発明し、合板が身体にぴったりフィットする曲面をつくり、プラスチックが家庭にカラフルな色彩を持ち込み、そして安物のラミネートが「美しさとは何か」を根底から問い直した。わずか100年のあいだにこれだけの革命が起きた世紀は、ほかにない。第Ⅴ部として16章+コラム4本を充てたのは、そのためだ。
何をもとに「部屋の中」を語るのか
10万年の室内を語るには、さまざまな「証拠」が必要だ。おもに使うのは次のようなものになる。
考古学の発掘記録。 炉がどこにあったか、床はどう仕上げられていたか、柱はどう並んでいたか。地面の下に残された痕跡から、消えてしまった室内を復元する。ラスコーの洞窟に残された石ランプも、トルコのチャタル・ヒュユクの漆喰床も、青森の三内丸山遺跡の竪穴住居跡も、すべて発掘調査が明らかにしてくれたものだ。
博物館に残る実物。 ツタンカーメンの墓から出てきた3300年前の家具、中世ヨーロッパのタペストリー、バウハウスの照明器具。現物が残っていれば、素材も技法もデザインの意図も、直接読み取ることができる。
理論書やマニュアル。 古代ローマのウィトルウィウスが書いた『建築十書』、中国で1103年に出版された建築マニュアル『営造法式』、ル・コルビュジエが1927年に発表した「近代建築の五原則」。「室内をどうつくるべきか」を言葉にした文献は、その時代の考え方を生々しく伝えてくれる。
民族誌の記録。 まだ定住していなかった時代の暮らしぶりや、文字を持たない社会の住まい方については、人類学者の観察記録が手がかりになる。
現代のデータ。 国連環境計画(UNEP)の建築セクターCO₂排出量データ、室内環境を数値で評価するWELL認証の基準──21世紀の室内を語るには、環境と健康の数字が欠かせない。
こうした証拠を組み合わせて、「おしゃれな部屋の流行の変遷」とはひと味違う、もっと深いところにある「部屋の中の歴史」を描いていく。
全体の構成──6つのパート、36の物語
この企画は、時代順に6つのパートで構成されている。
第Ⅰ部「火と床」──旧石器時代の焚き火と草の寝具から始まり、人類が初めて定住した集落、日本列島の縄文・弥生の室内へ。「室内」が生まれた原点の物語。
第Ⅱ部「権力と水と神々」──メソポタミア、エジプト、インダス、中国、ギリシャ・ローマの古代文明を横断。「美しさ」「衛生」「権威」「規格」──私たちが部屋に求めるものの原型が、すべてこの時代に出揃う。
第Ⅲ部「布と光と祈り」──中世ヨーロッパのタペストリー文化、イスラーム世界の幾何学装飾、東アジアの障子と畳の文化、ルネサンスで芽生えた「自分だけの部屋」という発想。
第Ⅳ部「劇場から工場へ」──ヴェルサイユ宮殿の豪華絢爛からパリの家具職人の超絶技巧、産業革命による照明・暖房・壁紙の大変革、そして「手仕事を守れ」というモリスの反乱まで。
第Ⅴ部「壁を自由にした世紀」──ここがメインパートだ。モダニズムの空間革命、バウハウスの実験、戦争が加速した素材革命、名作椅子の黄金時代、ポップカルチャーとポストモダンの反乱──20世紀を5つの幕に分けて、16章+コラム4本で追いかける。
第Ⅵ部「これからの室内」──脱炭素、健康と快適さの科学的評価、AIとセンサーによるスマート化、そしてリノベーション。21世紀の室内が直面している課題を見つめる。
どのパートから読んでもかまわない。けれど、最初から通して読むと「あの時代のあの発想が、ここにつながるのか!」という発見がきっとある。その驚きこそが、歴史を読む最大のご褒美だと思う。