デザイナーズ家具・インテリア カタログ Stories of Design Interior Catalog

インテリアデザイン10万年史

洞窟の炉からスマートホームまで人類とインテリアの10万年の物語

第24章|プラスチックの椅子が世界に広がった

FRPシェルチェアと「安くて美しい」の実現


1948年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)がひとつのコンペティションを開催した。

「ローコスト家具デザインのための国際コンペティション(International Competition for Low-Cost Furniture Design)」。

締め切りは1948年10月。審査員には、ミース・ファン・デル・ローエらが名を連ねた。

テーマは明快だった。「安くて、大量生産できて、美しい家具をデザインせよ。」

イームズ夫妻のチーム──チャールズ、レイ、ドン・アルビンソン、UCLA工学部の教授陣──は、このコンペに新しい素材のアイデアを持ち込んだ。


金属の壁

イームズチームが最初に試みたのは、**スタンプド・メタル(プレス成形した金属板)**だった。

薄い鋼板をプレスして椅子の座面を一体成形する。表面にネオプレンゴムをコーティングして冷たさを防ぐ。成形合板の「面」の思想を、金属で実現しようという発想だ。

コンペでは座具部門の第2位を獲得した。

ところが、量産の段階で壁にぶつかった。

金属のプレス成形には巨大で高価な金型が必要で、錆の問題もあった。まだ市場で実績のない新型椅子のために、莫大な設備投資をするリスクは負えない。

この壁が、家具デザインの歴史を変えた。金属がダメだったからこそ、イームズ夫妻はもうひとつの素材に目を向けることになったからだ。


レーダードームの素材が椅子になる

FRP──Fiberglass Reinforced Plastic(繊維強化プラスチック)。

ガラス繊維の布をポリエステル樹脂に浸し、型に押し当てて硬化させる。金属のように腐食しない。木のように反りもしない。温度変化にも強い。そしてなにより、金型のコストが金属よりはるかに安く済む。

この素材は、戦時中にレーダードームなどの外殻として実用化が進んでいた。レーダーの電波を遮断してしまう金属は使えないため、電波を透過するガラス繊維とプラスチックの複合素材が重宝された。

イームズ夫妻は、FRPを扱う職人に依頼して試作品をつくった。アームシェル(肘掛けつき)の椅子だ。

試作品は成功だった。軽い。強い。そして──金型が安い。


ゼニス・プラスチックス──レーダーの工場から家具の工場へ

量産パートナーとなったのは、カリフォルニア州ガーデナのゼニス・プラスチックス社だった。戦時中に軍用のFRP部品を手がけていた会社だ。

初期のシェル(1950年代初め)には、成形時にロープを使った跡が縁に残る「ロープエッジ」と呼ばれる特徴的な仕上げがあった。初期の大型ショックマウントにはチェッカーボード柄のラベルが貼られていた。──今ではコレクターが珍重するディテールだ。

発売時のカラーはわずか3色。グレージュ(灰色がかったベージュ)、エレファント・ハイド・グレー、パーチメント。のちに色数は大きく広がっていく。


「ユニバーサル・シート」──ひとつの座面、無限の用途

FRPシェルチェアの最大の革新は、素材よりもむしろシステムにあった。

イームズ夫妻が設計したのは、2種類の座面シェル──アームシェル(肘掛けつき)とサイドシェル(肘掛けなし)──に、さまざまな脚部を組み合わせる**「ユニバーサル・シート」**の仕組みだった。

同じ座面に、脚を取り替えるだけで、まったく違う用途の椅子になる。

ダイニングチェアにしたければ、鉄線の「エッフェルタワー」脚(ロッドベース)をつける。ロッキングチェアにしたければ、弓形のロッカーベースを取り付ける。オフィスチェアにしたければ、回転するスイベルベースを。学校の椅子にしたければ、積み重ねできるスタッキングベースを。空港のベンチにしたければ、長い鉄骨フレームに複数のシェルを並べて固定する。

一体成形の淡い黄色の座面に、細い鉄線を組んだ脚をつけた椅子
イームズのアームシェルチェア(ロッドベース、DAR)Charles and Ray Eames / CC BY 3.0 — Wikimedia Commons

ひとつの金型で座面を一体成形し、あとは脚のバリエーションで無限の用途に対応する。──これは家具の「プラットフォーム化」だった。現代のIT業界でいう「モジュラー・アーキテクチャ」そのものだ。

発表当時、この椅子は、それまで家具に使われたことのない航空機由来のプラスチック製で、ほとんど壊れず、汚れや傷にも強いと紹介された。


アルファベットの暗号──型番の読み方

イームズのFRPシェルチェアには、アルファベット3文字の型番がつく。この暗号を解読すると、椅子の仕様がすべてわかる。

1文字目は高さ。D=ダイニング高、L=ロー(ラウンジ高)、R=ロッキング。

2文字目は座面の種類。A=アーム(肘掛けつき)、S=サイド(肘掛けなし)。

3文字目は脚部の種類。R=ロッドベース(鉄線脚)、W=ウッドベース(木脚)、X=クロス脚、S=スタッキング脚、L=ラ・フォンダ脚。

つまり、DAR=ダイニング高・アームシェル・ロッドベース。DSW=ダイニング高・サイドシェル・ウッドベース。RAR=ロッキング・アームシェル・ロッドベース。

この命名法の明快さそのものが、「ユニバーサル・シート」というシステム思考をよく表している。椅子を1脚ずつ「作品」として名づけるのではなく、組み合わせの座標で位置づける。──イームズ夫妻のデザインが、個人の表現よりもシステムの合理性を重視していたことが、ここからも読み取れる。


「安くて、軽くて、美しい」──デザインの民主化

従来の木製の上質な椅子は、手作業の工程が多く、1脚あたりのコストが高かった。鋼管の椅子──ブロイヤーのワシリーチェアやミースのバルセロナ・チェア──は、素材としては安価だが、仕上げの精度が要求されるため量産品としてもそれなりの価格になった。

FRPシェルは、1つの型で大量にプレスできる。座面は一体成形だから、組み立て工程が最小限で済む。脚部は別の標準部品。──工程の単純さが、コストを大きく下げた。デザインに関心のある中流家庭が「手が届く」価格帯の家具だった。

FRPシェルチェアの最大の功績は、「安いこと」と「美しいこと」を両立させたことだ。

それまで、「安い家具」は「つまらない家具」とほぼ同義だった。安くするために仕上げを省き、素材をケチり、デザインに手間をかけない。その結果、安い家具は安っぽく見えた。

FRPシェルチェアは違った。有機的な曲面は美しく、カラーバリエーションは豊かで、どんな空間に置いても「デザインされた椅子」として存在感を放った。美術館に収蔵されるほどの椅子が、一般家庭のダイニングにも、学校の教室にも、空港の待合室にもある。メトロポリタン美術館も、初期のロッカー付きアームチェア「LAR」を所蔵している(収蔵番号1986.427.1)。──これはそれまでの家具の歴史では、ありえないことだった。

チャールズ・イームズが語った有名な言葉がある。

「最良のものを、最も多くの人に、最も安く届ける(the best for the most for the least)。」

FRPシェルチェアは、この理想をもっとも忠実に形にした製品だった。


ガラス繊維の影──環境問題と素材の転換

しかし、FRPには暗い影があった。

ガラス繊維とポリエステル樹脂の複合素材は、いったん硬化するとリサイクルが極めて困難だ。製造工程でも有害な揮発性物質が発生する。役目を終えた椅子は埋立地に送られ、そこで半永久的に分解されずに残る。

1989年、ハーマンミラーは環境への負荷を理由にFRPシェルの製造を中止した。

その後、FRPに代わって、リサイクル可能な**ポリプロピレン**のシェルが登場する。ただし、コレクターたちはポリプロピレンの質感がFRPと異なることに不満を漏らした。

2010年代に入ると、ハーマンミラーは製造時の有害物質を抑える新しい製法でガラス繊維シェルを復活させた。さらに近年は、再生プラスチックを使ったシェルへの切り替えも進んでいる。

1950年に「壊れない」ことが最大の売り文句だった椅子は、70年以上の時を経て「壊しやすい(=リサイクルできる)」ことを新たな美徳とするようになった。素材の転換は、一度では終わらない。