インテリアデザイン10万年史

洞窟の炉からスマートホームまで人類とインテリアの10万年の物語

第34章|部屋が健康を測る時代

WELL認証とバイオフィリックデザイン


オフィスに植物を置くと、仕事の効率が上がる。

「そんなの当たり前じゃないか」と思うかもしれない。でも、それを科学的に証明するのは意外に難しかった。そしてそれが証明されたとき、室内デザインの世界は根本から変わりはじめた。

2014年、イギリスのエクセター大学でクレイグ・ナイト博士とアレックス・ハスラム教授が、オフィスの植物と生産性に関する初の長期実地研究を発表した。イギリスとオランダの実際のオフィスで18か月にわたって調査した結果、植物を置いた「緑のオフィス」は、何もない「リーンなオフィス」と比べて生産性が15%向上した。集中力、職場満足度、知覚される空気の質も改善した。

同じ机、同じパソコン、同じ仕事。変わったのは、視界に緑があるかどうかだけ。

この「15%」という数字は、インテリアが人間の身体と心にどれほど深く影響するかを、はっきりと突きつけた。


WELL認証──部屋に「成績表」をつける

植物の15%だけではない。光も、空気も、音も、温度も、すべてが人間の健康と生産性に影響する。しかし長いあいだ、建物の評価基準は「エネルギー効率」や「環境負荷」にとどまっていた。LEEDやBREEAMといった認証制度は優れた仕組みだが、測っているのは建物の環境性能であって、その中にいる人間の健康ではない。

この「人間不在」を正面から問い直したのが、WELL認証だ。

デロス社のポール・シャラが2013年に構想し、2014年に正式スタートしたWELL Building Standard(WELL建築基準)は、建物を「そこにいる人間の健康」で評価する、世界初の国際認証制度だった。運営するのはカリフォルニア州の公益法人IWBI(International WELL Building Institute)。第三者認証はグリーン・ビジネス認証機構(GBCI)が行う。

2014年の初年度、認証プロジェクトはわずか6件だった。

それが2024年7月時点で13,274件以上に達している。世界133か国以上、延べ約58億平方メートルの空間がWELLプログラムに参加し、フォーチュン500企業のうち180社以上が導入している。


10の評価カテゴリー

2018年5月にリリースされたWELL v2は、初版の7コンセプト・100項目から、10コンセプト・110以上の項目へと大幅に拡張された。

10のカテゴリーを見てみよう。

空気(Air)。 換気量、フィルターの性能、汚染源の除去。室内の空気質がどれだけ「呼吸してよい」レベルかを測る。

水(Water)。 飲料水の質、汚染物質の基準値、アクセスのしやすさ。蛇口をひねって出る水が、本当に安全かどうか。

栄養(Nourishment)。 健康的な食品が最もアクセスしやすい場所に置かれているか。社食やカフェテリアの設計が、無意識のうちに健康的な選択を促しているか。

光(Light)。 自然光のアクセス、人工照明の色温度と明るさ、概日リズム(体内時計)への配慮。窓のそばで働く人と壁際で働く人で、健康に差が出る。

運動(Movement)。 階段が使いやすい設計か。高さ調節できるデスクがあるか。自転車置き場は整備されているか。空間設計で身体活動を促進する。

温熱快適性(Thermal Comfort)。 温度と湿度の最適化。暑すぎず寒すぎない環境が、集中力に直結する。

音(Sound)。 騒音の制御。遮音性能。反響の管理。静かすぎても集中できないし、うるさければなおさらだ。

素材(Materials)。 有害物質を含まない素材の選定。VOC(揮発性有機化合物)の制限。アスベストや鉛の除去。

心(Mind)。 メンタルヘルスへの配慮。ストレス軽減のための空間設計。色彩や装飾が心理に与える影響。

コミュニティ(Community)。 社会的つながりの促進。共用スペースの設計。公平なアクセス。

認証レベルはブロンズ(40点)、シルバー(50点)、ゴールド(60点)、プラチナ(80点以上、最高110点)の4段階。有効期間は3年で、更新のたびに再評価される。

この「更新制」が重要だ。一度建てたら終わりではなく、運用し続けるかぎり基準を満たし続けなければならない。建物は「完成品」ではなく「生き物」として扱われる。


バイオフィリア──人間は自然なしには健やかでいられない

WELL認証の「光」「空気」「心」のカテゴリーと密接に関わるのが、バイオフィリックデザインだ。

この思想の根底にあるのは「バイオフィリア仮説」──人間には、生まれつき自然とつながろうとする本能がある、という考え方だ。

「バイオフィリア(生命愛)」という言葉を最初に使ったのは、ドイツ生まれの精神分析家エーリッヒ・フロムだ。1964年の著書『人間の心』のなかで、「生命と生きているすべてのものへの愛」と定義した。

この概念を科学的仮説にまで高めたのが、アメリカの生物学者エドワード・O・ウィルソン(1929〜2021)だ。「生物多様性の父」と呼ばれるウィルソンは、1984年に出版した著書『バイオフィリア』で、人間が他の生物や自然環境に惹きつけられるのは進化の過程で獲得された遺伝的傾向であると主張した。

この仮説を建築やインテリアに応用する理論的枠組みをつくったのが、イェール大学のスティーヴン・R・ケラート教授(1943〜2016)だ。2008年の著書『Biophilic Design』では、70以上のバイオフィリックデザイン属性を体系化し、自然の要素を室内に取り込む設計手法の基礎を築いた。


窓からの光が84%の症状を消した

バイオフィリックデザインの効果は、数字で裏づけられている。

コーネル大学のアラン・ヘッジ教授が2017年から2018年にかけて、5か所のオフィスで313人の従業員を調査した結果は衝撃的だった。自然光が入るオフィスで働く人は、そうでない人と比べて、眼精疲労・頭痛・視力のぼやけといった症状が84%減少した。日中の眠気も10%低下。経済効果に換算すると、100人あたり年間約10万ドルの生産性向上に相当した。

ワシントン州立大学のヴァージニア・ローア博士の研究では、植物がある環境でコンピュータ作業をすると、生産性が12%上昇し、血圧の上昇も半分に抑えられた。

さらにさかのぼると、バイオフィリックデザインの科学的根拠の出発点となった記念碑的な研究がある。ロジャー・ウルリッヒが1984年に科学誌『サイエンス』に発表した論文「窓からの眺めが手術後の回復に影響を及ぼす可能性」だ。

ペンシルベニア州の病院で1972年から1981年にかけて、胆嚢摘出手術を受けた46人の患者を比較した。窓から木々が見える病室の患者と、隣のビルの壁しか見えない病室の患者。結果、木々が見える患者のほうが退院が早く、鎮痛剤の使用量も少なく、看護記録のネガティブなコメントも少なかった。

この論文の被引用数は現在46,000回以上。医療施設のデザインだけでなく、オフィスや住宅の設計にも決定的な影響を与えた一本の論文だ。


パンデミックが「換気」を目覚めさせた

バイオフィリックデザインとWELL認証の普及を劇的に加速させた出来事がある。

新型コロナウイルスのパンデミックだ。

2020年以降、「室内の空気質」が命に関わる問題として世界中の意識に刻み込まれた。ASHRAE(アメリカ暖房冷凍空調学会)はパンデミック対応ガイドラインを発表し、コード基準以上の換気量の確保、MERV-10以上のフィルター使用、冬季の室内湿度**40〜50%**の維持、紫外線殺菌装置の導入を推奨した。

韓国のコールセンターでの集団感染は、同じフロアの一方の側で従業員の44%が感染したという事例で、空気の流れが感染経路になることを克明に示した。中国では、換気の悪いバスの中でたった1人の感染者から126人中30人に感染が広がった。

この経験は、室内の空気質に対する認識を不可逆的に変えた。IWBIはパンデミック中に**WELL Health-Safety Rating(健康安全評価)**を新設。オフィス設計では、人の密度を下げる配置、高性能フィルターの導入、開閉可能な窓の重視がトレンドとなった。

パンデミック以前、換気は「ビル管理者の仕事」だった。パンデミック以降、換気は「すべての人の関心事」になった。


脳が空間を「感じる」──ニューロアーキテクチャ

もうひとつ、21世紀のインテリアに新しい視点をもたらしつつある分野がある。

**ニューロアーキテクチャ(神経建築学)**だ。

2003年、サンディエゴで建築家ジョン・ポール・エバーハード(1927〜2017)がANFA(建築のための神経科学アカデミー)を設立した。設立時にAIA(アメリカ建築家協会)のラトローブ賞(10万ドルの研究助成)を受賞し、現在は世界中から約400名の会員を集めている。

エバーハードは著書『Brain Landscape(脳の風景)──神経科学と建築の共存』(2009年、オックスフォード大学出版)のなかで、建築空間と脳の関係について70〜80の仮説を整理した。病院の空間が治癒にどう影響するか。学校の教室設計が学習にどう作用するか。天井の高さは創造性を変えるか。曲線と直線は感情にどう影響するか。

研究手法はEEG(脳波計測)、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)、VR(仮想現実)環境を用いた実験、そして最新のMoBI(Mobile Brain/Body Imaging)──人が実際に空間を歩き回りながら脳活動を計測する技術──へと進化している。

まだ若い学問分野だが、発見されつつある知見は興味深い。天井が高い空間では抽象的・創造的思考が促進され、天井が低い空間では具体的・集中的作業に適するという研究結果。曲線的な空間は直線的な空間よりも感情的に好ましく知覚されるという知見。空間の対称性や複雑さが脳の活性化パターンに影響するという発見。

人間の脳は、部屋の形に反応している。この事実を踏まえた室内設計は、まだ始まったばかりだ。


4万本の植物のオフィス──アマゾン・スフィア

バイオフィリックデザインの思想を極限まで推し進めた空間がある。

シアトルにあるアマゾン・スフィアだ。

設計はNBBJ(建築)とサイトワークショップ(ランドスコープ)。2018年1月30日、ジェフ・ベゾスがアレクサに音声コマンドを出して開場した。3つの連結したガラスドーム(延べ約6500平方メートル、最も高いドームで約27メートル)の内部に、50か国から集められた4万本以上の植物、3000種が生育している。

気温は約22℃、湿度60%に維持された熱帯環境のなかに、ツリーハウス型のワークスペース、滝、リビングウォール(植栽壁)が配置されている。高さ約17メートルのオーストラリア産イチジクの巨木には「ルビ」というニックネームがついている。

ここは植物園ではない。アマゾンの従業員がミーティングをし、アイデアを練り、共同作業をするための「オフィス」だ。植物のなかで働くことが、創造性とコラボレーションを促すという信念に基づいて設計されている。

もちろん、すべてのオフィスが4万本の植物を持てるわけではない。しかしWELL認証プラチナを取得したプロジェクト──ニューヨークのIWBI本部(1913年築のビルをリノベーション)、サンフランシスコ国際空港のハーヴェイ・ミルク・ターミナル1(空港ターミナルとして初のWELLプラチナ)、ワシントンD.C.のASID本部(WELL・LEEDともにプラチナの初事例)──は、規模に関係なく「人の健康」を室内設計の中心に据えることが可能であることを示している。


部屋が「成績表」を持つ意味

第Ⅱ部で見たように、古代ローマのウィトルウィウスは紀元前1世紀に『建築十書』で、建物は「丈夫さ(フィルミタス)」「便利さ(ウティリタス)」「美しさ(ウェヌスタス)」を兼ね備えるべきだと説いた。

2000年後の21世紀、WELL認証はこのリストに4番目の要素を加えた。

「健やかさ(ウェルネス)」

丈夫で、便利で、美しく、そして人を健やかにする空間。10万年の室内空間史のなかで、部屋が「人の健康を数値で測る」時代はこれが初めてだ。

窓からの光が眼精疲労を84%減らし、植物が生産性を15%上げ、換気がウイルスの拡散を防ぐ──こうしたエビデンスの蓄積が、インテリアデザインを「感性の領域」から「科学の領域」へと押し広げている。

しかし科学が教えてくれるのは、結局のところ、人類が10万年前から直感的に知っていたことだ。

──光のある場所で眠り、風の通る場所で過ごし、緑の見える場所で働くと、人は健やかでいられる。