第5幕|色と遊びの反乱 ── ポップ・カルチャーとポストモダン
「退屈なベージュ」への宣戦布告、そして「意味のある空間」の復権
1967年、デンマーク。
この年、最初の150脚がつくられたひとつの椅子が、世界の注目を集めた。脚がない。背もたれと座面と脚が、ひとつの連続したS字カーブでできている。素材はプラスチック。色は、目が覚めるような赤。
デンマーク人デザイナー、ヴェルナー・パントンが10年以上をかけて完成させたこの椅子は、それまでの「椅子」の定義をすべて裏切っていた。4本の脚がない。木でも金属でもない。組み立てが不要。そして何より──楽しい。
パントンは、ほとんどの人は退屈なベージュ色の画一性のなかで暮らし、色を使うことを恐れている、と語っている。
この一言に、第5幕のすべてが凝縮されている。
4つの反乱、4つの章
第5幕では、1960年代から1980年代にかけて起きた「モダニズムへの反乱」を4つの視点から追いかける。
第29章は「ポップ・デザインの反乱」だ。 1960年代、宇宙時代の興奮と若者文化の広がりが室内に持ち込んだのは、原色のプラスチック、空気で膨らむ家具、使い捨ての軽さ。「永く使う良いもの」というモダニズムの倫理とは正反対の価値観が、室内を一変させた。
第30章は「知の反乱」だ。 ヴェンチューリの「Less is a Bore(少ないことは退屈だ)」、ジェイン・ジェイコブズの都市批判、イタリアのラディカル・デザイン。建築家や思想家たちが「機能だけでいいのか?」と問い始めた。
第31章は「メンフィス」だ。 1981年、ソットサスを中心に最初の展覧会を開いたメンフィスグループは、安いプラスチックラミネートで高級家具をつくり、「高い/安い」「手仕事/工業」「機能/装飾」の境界線を揺さぶった。活動した期間は数年だったが、その影響は長く残った。
第32章は「ポストモダンの室内」だ。 ギリシャの柱をピンク色に塗り、ゴシックのアーチをネオンで光らせる。ふざけているように見えて、じつは「人間は意味のない空間では生きられない」という深い洞察に基づいていた。
前の幕からの転換
第4幕では、20世紀の「椅子の黄金時代」を見た。バウハウスの鋼管から始まり、イームズの合板を経て、北欧の木の温もりへ。椅子は「空間の思想を凝縮する装置」だった。
第5幕の主役たちは、その装置をひっくり返す。
第4幕までの椅子は、機能と美の調和を追求していた。第5幕の椅子は、調和そのものを疑う。「機能的でなくてもいいじゃないか」「美しくなくてもいいじゃないか」「いっそ壊してしまえ」。──それは破壊に見えて、じつは「つくりなおし」だった。
モダニズムが削ぎ落とした「色」「物語」「遊び」「矛盾」を、室内に取り戻す。それが第5幕のテーマだ。
年表:反乱の四半世紀(1961〜1988年)
| 年 | できごと | |---|---| | 1961 | ジェイン・ジェイコブズ『アメリカ大都市の死と生』刊行 | | 1963 | エーロ・アアルニオがボールチェアを構想する | | 1966 | ロバート・ヴェンチューリ『建築の複雑性と対立性』刊行。フィレンツェでスーパースタジオとアーキズームが結成される | | 1967 | パントンチェアの最初の150脚がつくられる。インフレータブルのブロー・チェアがデザインされる | | 1969 | ガエターノ・ペッシェのUP5が発表される | | 1972 | MoMAで「イタリア:新しい家庭の風景」展。『ラスベガス』刊行。プルーイット=アイゴー団地の解体が始まる | | 1977 | チャールズ・ジェンクス『ポスト・モダニズムの建築言語』刊行 | | 1978 | メンディーニのプルースト・チェア。ウィーンでホラインのオーストリア旅行代理店が開店する | | 1981 | メンフィスがミラノで最初の展覧会を開く | | 1982 | ポートランド・ビルが完成する | | 1984 | ニューヨークのAT&Tビルが完成する | | 1985 | グレイヴスがアレッシィのためにケトル9093をデザインする | | 1987〜88 | メンフィスが活動を終える |
ポップとポストモダンは何が違うのか
第5幕の前半と後半は、どちらもモダニズムに反発したが、反発のしかたが異なる。
| 比較項目 | ポップ・デザイン | ポストモダン | |---|---|---| | 主な時期 | 1960年代 | 1970〜80年代 | | 主な素材 | 成形プラスチック、ビニール、発泡材 | ラミネート、石、金属、既製品の転用 | | 反発の対象 | 「長く使う良いもの」という倫理 | 「意味を持たない空間」という前提 | | 態度 | 軽さ、楽しさ、使い捨て | 引用、皮肉、記号 | | 室内への影響 | 原色と曲面、床に近い低い家具 | 歴史的な形の引用、装飾と色の復活 |
ポップは「いま」を楽しむために過去を捨て、ポストモダンは「意味」を取り戻すために過去を引用した。方向は逆だが、どちらもモダニズムが削ぎ落とした色と感情を室内に戻そうとした点で共通している。
反乱が室内のどのレイヤーを変えたか
壁──白一色の壁に、原色やパターン、歴史的な形の引用が戻ってきた。
家具──素材の格や機能の合理性よりも、見る人に何かを感じさせることが優先された。本が倒れる本棚、空気で膨らむ椅子は、その極端な例だ。
象徴──最も大きく変わったレイヤーである。モダニズムが消そうとした「意味」が、皮肉やユーモアを交えながら、室内の主役に返り咲いた。