第3幕:戦争が加速した素材革命 ── 合板からプラスチックへ
軍用副木から「世紀最高の椅子」へ、レーダードームからカラフルな家庭用品へ
1942年の冬。ロサンゼルス、リチャード・ノイトラ設計のストラスモア・アパートメンツ。
若い夫婦が、2つある寝室のうちの1つを実験工房に改造していた。寝室はひとつあれば足りる──もうひとつは「夢のための部屋」だ。
夫の名はチャールズ・イームズ。妻はレイ・イームズ。2人が寝室に据えたのは、ツーバイフォーの角材で組み上げた三角形の箱だった。内部に石膏の型を仕込み、電熱コイルを埋め込み、自転車の空気入れでゴム膜を膨らませて木の薄板をプレスする。
レイはこの装置に名前をつけた。「カザム!(Kazam!)」──魔法使いの呪文「アラカザム」にちなんで。合板が魔法のように曲面に変わるから。
この手づくりの装置が、家具デザインの歴史を変える出発点になった。
3つの素材、3つの章
第3幕では、第二次世界大戦がもたらした素材革命を3つの視点から追いかける。
第23章は「合板の革命」だ。 イームズ夫妻は戦時中、米海軍のために成形合板の医療用副木を15万本製造した。その技術を家具に転用して生まれたのが、DCW(ダイニングチェア・ウッド)とLCW(ラウンジチェア・ウッド)。1999年、TIME誌はLCWを「20世紀最高のデザイン」に選んだ。クッションを使わず、合板の曲面だけで身体を受け止める──この発想が、椅子と身体の関係を根底から変えた。
第24章は「プラスチックの革命」だ。 MoMAの「ローコスト家具コンペ」に端を発したFRP(繊維強化プラスチック)シェルチェアは、ひとつの座面にさまざまな脚を取り付けるだけで、家庭にもオフィスにも学校にも使える「万能の椅子」を実現した。もともとはレーダードームに使われていた軍事技術が、世界中の家庭に届いた。
第25章は「色の革命」だ。 1907年に発明されたベークライトから始まる合成樹脂の歴史は、室内に使える「色」の範囲を劇的に拡げた。石・木・金属の時代には不可能だった鮮やかな色彩が、プラスチックによって家庭の中に持ち込まれる。素材のパレットが変わるとは、空間の表情が変わるということだ。
前の時代からの跳躍
第2幕で見たバウハウスは、鋼管という工業素材を室内に持ち込んだ。ブロイヤーのワシリーチェアは、木の塊を彫り出すものだった椅子を「空気の中に線を引く」ものに変えた。
第3幕のイームズ夫妻は、その先に進む。
鋼管は「線」だった。合板とFRPは**「面」**だ。一枚の薄い板を身体に沿うように曲げ、人間を包み込む。線の構造から面の構造へ。──この転換が、椅子を「骨格」から「皮膚」に変えた。
そしてこの転換は、戦争なしには起きなかった。成形合板の技術は軍用副木として完成し、FRPは航空機のレーダードームとして実用化された。兵器のための素材が、戦後、家庭のための素材に生まれ変わる。──20世紀のインテリア革命の、最も皮肉で、最も実りの多いパラドックスだ。
ロサンゼルスの寝室へ
さあ、1942年のストラスモア・アパートメンツに戻ろう。
チャールズとレイが「カザム!」と名づけたあの手づくりの装置は、灯火管制下の暗闇のなか、65段の階段を材料を担いで上がる日々から始まった。電力が足りなくて、チャールズは近くの電柱に登って直結ケーブルを引いたという。「命がけの行動だった」と、のちに証言されている。
その寝室の実験が、15万本の軍用副木になり、「20世紀最高のデザイン」になり、やがてプラスチックの椅子で世界を席巻する。
次の章で、その物語を始めよう。