デザイナーズ家具・インテリア カタログ Stories of Design Interior Catalog

インテリアデザイン10万年史

洞窟の炉からスマートホームまで人類とインテリアの10万年の物語

第3幕|戦争が加速した素材の転換 ── 合板からプラスチックへ

軍用副木から名作椅子へ、レーダードームからカラフルな家庭用品へ


1941年。ロサンゼルス、リチャード・ノイトラ設計のストラスモア・アパートメンツ。

若い夫婦が、2つある寝室のうちの1つを実験工房に改造していた。寝室はひとつあれば足りる──もうひとつは「夢のための部屋」だ。

夫の名はチャールズ・イームズ。妻はレイ・イームズ。2人が寝室に据えたのは、角材で組み上げた手づくりの成形装置だった。石膏の型を電熱で温め、自転車の空気入れでゴム膜を膨らませて木の薄板を型に押しつける。

夫妻はこの装置を**「カザム!(Kazam!)」**と呼んだ──手品の掛け声「アラカザム」にちなんで。合板が魔法のように曲面に変わるから。

この手づくりの装置が、家具デザインの歴史を変える出発点になった。


3つの素材、3つの章

第3幕では、第二次世界大戦前後に起きた素材の転換を3つの視点から追いかける。

第23章は「合板」だ。 イームズ夫妻は戦時中、米海軍のために成形合板の副木(添え木)を開発し、15万本を超える量が生産された。その技術を家具に転用して生まれたのが、DCW(ダイニングチェア・ウッド)とLCW(ラウンジチェア・ウッド)。1999年、TIME誌はこの成形合板椅子を「20世紀最高のデザイン」に選んだ。クッションを使わず、合板の曲面だけで身体を受け止める──この発想が、椅子と身体の関係を根底から変えた。

第24章は「プラスチック」だ。 MoMAの「ローコスト家具コンペ」に端を発したFRP(繊維強化プラスチック)シェルチェアは、ひとつの座面にさまざまな脚を取り付けるだけで、家庭にもオフィスにも学校にも使える「万能の椅子」を実現した。戦時にレーダードームなどで実用化が進んだ技術が、世界中の家庭に届いた。

第25章は「色」だ。 1907年に発明されたベークライトから始まる合成樹脂の歴史は、室内に使える「色」の範囲を劇的に拡げた。石・木・金属の時代には不可能だった鮮やかな色彩が、プラスチックによって家庭の中に持ち込まれる。素材のパレットが変わるとは、空間の表情が変わるということだ。


前の時代からの跳躍

第2幕で見たバウハウスは、鋼管という工業素材を室内に持ち込んだ。ブロイヤーのワシリーチェアは、木の塊を彫り出すものだった椅子を「空気の中に線を引く」ものに変えた。

第3幕のイームズ夫妻は、その先に進む。

鋼管は「線」だった。合板とFRPは**「面」**だ。一枚の薄い板を身体に沿うように曲げ、人間を包み込む。線の構造から面の構造へ。──この転換が、椅子を「骨格」から「皮膚」に変えた。

そしてこの転換は、戦争なしには起きなかった。成形合板の技術は軍用副木の量産で磨かれ、FRPは航空機のレーダードームなどで実用化された。戦争のための素材が、戦後、家庭のための素材に生まれ変わる。──20世紀のインテリアの、皮肉で、しかし実りの多い逆説だ。


年表:素材が家具になるまで(1940〜1967年)

| 年 | できごと | |---|---| | 1940 | MoMAが「有機的デザインの家庭用家具」コンペを開催。イームズとサーリネンが成形合板の椅子で入賞する | | 1941 | イームズ夫妻がロサンゼルスの自宅で合板の成形実験を始める | | 1942ごろ | 米海軍向けの成形合板の副木が量産される | | 1946 | MoMAで「チャールズ・イームズがデザインした新しい家具」展。成形合板の椅子が知られるようになる | | 1948 | MoMAが「ローコスト家具デザインのための国際コンペティション」を開催する | | 1950 | FRPのシェルチェアが製品化される | | 1954 | ジュリオ・ナッタがアイソタクチック・ポリプロピレンの合成に成功する | | 1964 | カルテルがプラスチック成形の子ども用椅子を発売する | | 1967 | パントンチェアの最初の150脚がつくられる |


4つの素材を比べる

第2幕の鋼管から第3幕のプラスチックまで、椅子の素材が変わるたびに、得意な形と苦手なことが入れ替わった。

| 素材 | つくり方 | 得意な形 | 制約 | 色 | |---|---|---|---|---| | 鋼管 | 管を曲げ、つなぐ | 細い線で組む骨組み | 座面と背には布や革が必要 | 金属の色、メッキ | | 成形合板 | 薄い板を重ね、型で加熱圧着する | ゆるやかな三次元の曲面 | 急な曲がりや一体成形では割れやすい | 木の色と木目 | | FRP | ガラス繊維に樹脂をしみ込ませ、型で固める | 座面と背がつながったシェル | 手作業の工程が多く、リサイクルが難しい | 顔料で自由に着色 | | 熱可塑性樹脂(射出成形) | 溶かした樹脂を金型に流し込む | 複雑な形を同じ品質で大量に | 金型が高価で、大量生産が前提 | 顔料で自由に着色 |

表を上から下へたどると、「線」から「面」へ、そして「素材そのものが色をもつ」段階へと進んでいることがわかる。第3幕の3つの章は、この表の中段から下段にあたる。


なぜ戦争が素材を加速させたのか

成形合板もFRPも、原理そのものは戦前から知られていた。家具に使えるところまで技術が進んだのは、戦争が研究と量産に大きな資金と人手を注ぎ込んだからだ。軍の発注に応えるために、接着剤、型、成形の工程が短期間で改良され、大量生産の設備と、それを扱える技術者が育った。

戦争が終わると、その設備と技術は行き場を失う。レーダードームをつくっていた工場が、家具の工場に転じたのは象徴的だ。第3幕の家具は、軍需のために育った生産力が民生へ向かう、その移り変わりのなかで生まれた。