第33章|部屋のCO₂をどう減らすか
インテリアと脱炭素
あなたの部屋のフローリングには、CO₂が「埋め込まれて」いる。
壁紙にも。断熱材にも。カーテンレールにも。それらの素材が工場で製造され、トラックで運ばれ、この部屋に取り付けられるまでのあいだに排出されたCO₂は、もう大気に放出されてしまった。部屋が完成した瞬間、室内はすでに「炭素の借金」を背負っているのだ。
この見えない借金のことを、専門家は**エンボディドカーボン(内包炭素)**と呼ぶ。
そして21世紀のインテリアデザインは、この借金とどう向き合うかを問われている。
建物が地球を温めている──34%という数字
まず全体像を見てみよう。
国連環境計画(UNEP)が2024年に発表した「建築・建設セクターの世界現状報告書」によると、建物は世界の最終エネルギー消費の32%、CO₂排出量の約34%を占めている。排出量は98億トン(2023年)に達し、過去最高を記録した。
2015年のパリ協定以降、排出量は減るどころか5.4%増加している。気候目標を達成するには2030年までに28%削減しなければならないのに、逆方向に進んでいるのだ。
この34%のなかで、「建物の運用」──つまり冷暖房や照明に使うエネルギー──が大きな割合を占めることはよく知られている。しかしもうひとつ、見落とされがちな要素がある。
建材の製造段階で排出されるエンボディドカーボンだ。セメント、鉄鋼、アルミニウムなどの建材製造だけで、建築関連排出の約18%(約29億トン)を占めている。
フローリング1平方メートルのCO₂
エンボディドカーボンは、内装材ひとつひとつに宿っている。
バース大学のICEデータベース(Inventory of Carbon and Energy)は、クレイグ・ジョーンズ博士とジェフ・ハモンド教授が構築した建材のライフサイクル評価データベースで、世界中の5万人以上の専門家がダウンロードしている。このデータを使えば、あなたの部屋の床材がどれだけのCO₂を背負っているかがわかる。
たとえば床材を比べてみよう。1平方メートルあたりのCO₂排出量(kg CO₂e/m²)は、素材によって劇的に異なる。
カーペットタイル大手のインターフェイス社は1996年以降、自社製品のエンボディドカーボンを79%削減し、1平方メートルあたり2.2〜5.4kgにまで下げた。一方、一般的なカーペットタイルの業界平均は約7kg。高級感のあるテラゾーは73kg以上──カーペットタイルの10倍を超える。
同じ「床」なのに、素材の選択ひとつで炭素の借金が10倍以上変わる。内装材の選定が脱炭素に直結するという事実は、まだ十分に知られていない。
「壊せるインテリア」という発想
では、エンボディドカーボンを減らすにはどうすればいいのか。
ひとつの答えが、DfD(Design for Disassembly)──「解体のためのデザイン」だ。
従来の内装工事では、壁と天井と床が接着剤やモルタルで一体化され、リフォームのたびにすべてを「壊して」廃棄していた。その廃材は埋め立て処分され、新しい素材がまたゼロから製造される。エンボディドカーボンは二重に発生する。
DfDはこの悪循環を断ち切る。接着剤の代わりにボルトやクリップで固定し、異なる素材を混合せず、解体後に部材をそのまま再利用できるように設計する。
カナダ・オタワのアウトドア用品店MEC(Mountain Equipment Co-op)は、DfDを店舗内装に適用した先駆的な事例だ。構造材の木枠はボルト接合で組み、床板はネジ留め、間仕切りは移動可能なスチールレールに合板パネルを掛ける方式にした。追加コストはわずか13%。解体時にはすべての部材が分離・再利用できる。
アメリカの建築家トーマス・ラウは、こう述べている。「私たちは『解体』から『分解』へ移行しなければならない。建物は廃棄物の発生源ではなく、素材の銀行として扱われるべきだ。」
建物を「素材の銀行」と見なす。この発想は、EUの「BAMB(Buildings as Material Banks)」プロジェクトとして制度化されつつある。ベルギーのロータール・デコンストラクション社は、解体された内装材を洗浄・補修して再販売するビジネスを展開している。壊すのではなく、分解して次の空間に届ける。
日本の知恵──スケルトン・インフィル
DfDの考え方をさらに徹底させた仕組みが、日本にはすでにあった。
**SI住宅(スケルトン・インフィル住宅)**だ。
この概念の原型は、オランダの建築家N・ジョン・ハブラーケンが1961年に提唱した「サポート&インフィル」理論にさかのぼる。建物を「サポート(構造体)」と「インフィル(内装)」に分離し、構造体は100年以上の耐用年数を持たせ、内装だけを住む人のライフステージに合わせて自由に変えられるようにする。
日本がこの考え方を本格的に導入したのは1979年のこと。背景には、丹下健三が1960年の東京世界デザイン会議で提唱した「短い寿命のサイクルと長い寿命のサイクルを分ける」という思想があった。
住宅都市整備公団(現UR都市機構)が開発した**KSI(KODAN Skeleton Infill)**方式では、コンクリートの構造体(スケルトン)と、間仕切り・設備・内装(インフィル)が完全に分離されている。配管は構造体に埋め込まず、二重床や二重天井の中を通す。だから水まわりの位置も、間取りも、内装仕上げも、構造体を壊すことなく変更できる。
新婚のときは広いワンルームに。子どもが生まれたら壁を立てて個室をつくる。子どもが独立したらまた壁を外す。──住む人の人生が変わっても、建物は壊さなくていい。これは脱炭素の観点からも画期的な仕組みだ。内装を取り替えるたびに構造体まで壊すのと比べれば、エンボディドカーボンは大幅に削減される。
「ゆりかごからゆりかごへ」
素材そのものの選び方も変わりつつある。
アメリカの建築家ウィリアム・マクドノーとドイツの化学者ミヒャエル・ブラウンガルトが2002年に出版した『Cradle to Cradle──ゆりかごからゆりかごへ』は、「使い終わったものがゴミになる」という直線型の経済を根底から問い直した。自然界には「ゴミ」がない。落ち葉は土に還り、次の木の養分になる。工業製品も同じように、使い終わったら次の製品の原料に戻る循環を設計すべきだ──これが彼らの主張だった。
2005年に発足した「Cradle to Cradle認証」は、素材の安全性、循環可能性、大気と気候への影響、水と土壌への配慮、社会的公正性の5カテゴリーで製品を評価する。
床材大手のショー・インダストリーズは、1999年にCradle to Cradle認証を取得した最初の床材メーカーとなり、現在は製品の約90%が認証済みだ。同社のEcoWorxカーペットタイルは、使用後に回収して新しいタイルの裏材に再生される。タルケットのリノリウムやカーペットタイルもゴールドレベルの認証を取得し、裏材のEcoBaseには再生素材やバイオ素材が最大91%含まれている。
ゴミが養分に戻る室内──まだ理想の段階にとどまる部分も多いが、素材の選択肢は確実に広がっている。
木が炭素を「貯める」──CLTという革命
脱炭素時代のインテリアで、もうひとつ注目すべき素材がある。
**CLT(Cross-Laminated Timber、直交集成板)**だ。
1990年代にヨーロッパで開発されたこの素材は、乾燥させた板材を繊維方向が90度に交差するように3層、5層、7層と重ねて接着したものだ。コンクリートや鉄骨の代わりに建物の構造材として使えるほどの強度を持つ。
CLTのインテリアにとっての意味は、構造と内装仕上げを兼ねられることにある。CLTの壁や天井をそのまま室内に見せれば、石膏ボードを張る必要がなく、下地も塗装もいらない。構造体そのものが「仕上げ」になる。木の肌触りと香りに包まれた空間が、追加工事なしで生まれる。
しかしCLTの本当の革命性は、炭素にある。
木は成長する過程で大気中のCO₂を吸収し、炭素として体内に蓄える。CLTとして建物に使われるかぎり、その炭素は大気に戻らない。スプルース材のCLT 1立方メートルには、約1トンのCO₂が貯蔵されている。
ミルウォーキーの高層木造ビル「アセントMKE」は、地上25階建て・高さ約87メートルで、2024年時点で世界最高層のマスティンバー建築だ。この建物が蓄えている炭素は約7200トン。同規模の鉄筋コンクリート造と比べて、エンボディドカーボンは18%以上少ない。
ロンドンでは、建築家アミン・タハが6階建てのCLTアパートメントで、構造体の木肌をそのまま室内に露出させた。石膏ボードも、幅木も、塗装もない。エンボディドカーボンは15%削減され、工期とコストも縮小した。内装仕上げを「省略」することが、脱炭素につながるという逆説。
さらにオランダでは、解体された建物の廃木材や使用済みパレットからつくる「サーキュラーCLT(C-CLT)」が開発されている。従来のCLTより10〜15%強度が高いという試験結果も出ている。ゴミだった木材が、次の建物の構造体に生まれ変わる。
循環する室内──30%の炭素を減らす
こうした素材と設計の変革を統合する概念が、**サーキュラーデザイン(循環型設計)**だ。
エレン・マッカーサー財団が提唱する循環経済の3原則──「廃棄物と汚染を設計段階で排除する」「素材を使い続ける」「自然のシステムを再生する」──を、室内空間に適用する試みが世界中で進んでいる。
スウェーデンの建築事務所ホワイト・アーキテクテルは、家具のサーキュラー調達によって気候負荷を30%削減した実績を報告している。あるスポーツウェアブランドのショールーム改装では、既存の什器や家具を再利用することで42%の削減を達成した。
ロンドンのレストラン「サイロ」は、インテリアのすべてが廃棄物とオーガニック素材でつくられた「世界初のゼロウェイスト・レストラン」を標榜している。テーブルは再生木材、照明は廃瓶、食器は再生プラスチック。ここでは「ゴミ箱がない」ことが、最も重要なインテリアの設計方針だ。
あなたの部屋の「炭素の借金」
この章で見てきたことを、もう一度あなたの部屋に引き寄せてみよう。
フローリングの素材をテラゾーからカーペットタイルに変えれば、1平方メートルあたり約70kgのCO₂を節約できる。壁の間仕切りをボルト留めにすれば、次のリフォームで廃材にならない。CLTの壁をそのまま見せれば、石膏ボードも塗装も省略できる。使い終わった家具を次の空間に受け渡すしくみがあれば、新品を買うCO₂がまるごと消える。
ひとつひとつは小さな選択だ。しかし世界中の建物が占めるCO₂排出量──34%、98億トン──を動かすのは、結局のところ、こうした「部屋の中の選択」の積み重ねにほかならない。
10万年前、人類は焚き火でCO₂を大気に放出しながら暖を取った。それは生存に不可欠な行為だった。
21世紀の私たちに問われているのは、同じ暖かさと快適さを、炭素の借金なしに実現できるかどうかだ。