第Ⅳ部|劇場から工場へ ── 宮廷美学と産業革命
17世紀フランス宮廷・パリの家具ギルド・産業革命・アーツ&クラフツ
ヴェルサイユ宮殿の「鏡の間」に一歩踏み入れると、357枚の鏡が17の窓から差し込む光を際限なく跳ね返し、73メートルの空間が黄金と光のなかに溶けていく。
天井には太陽王ルイ14世の栄光を描いた30枚の絵画。窓辺にはロウソク2万本を灯すための巨大なシャンデリア。──これは17世紀フランスの「究極のインテリア」だ。
しかしこの壮麗な空間は、ただ美しいだけのものではなかった。ルイ14世は毎朝8時に起床の儀式を行い、貴族たちの前でシャツを着替え、毎晩11時半には公衆の面前で寝巻きに着替えた。王の起床も就寝も、食事もトイレさえも「観客」のいるパフォーマンスだった。
室内空間そのものが「劇場」だった時代──それが第Ⅳ部の出発点だ。
4つの物語、4つの転換
この第Ⅳ部では、17世紀から19世紀末にかけて室内空間に起きた4つの大きな転換を追いかける。
第13章は「権力の劇場」だ。 ヴェルサイユ宮殿は、室内空間を政治的コントロールの装置にまで高めた。部屋を一直線に並べるアンフィラード(連室)という配置は、王の寝室に近づけるかどうかで宮廷における序列を可視化した。この「部屋の配置=権力の地図」という発想は、ヨーロッパ中の宮殿に模倣された。バイエルンのヘレンキームゼー宮殿はヴェルサイユを文字通りコピーし、鏡の間にいたっては本家より25メートルも長くつくった。
第14章は「職人の共和国」だ。 ヴェルサイユの壮麗な室内を物理的に支えたのは、パリのギルド(職人組合)制度だった。木を削る職人と金属を鋳造する職人は別の組合に属し、それぞれが技術の極みを目指しながら、ひとつの家具のなかで合流した。その品質管理のために、すべての家具に職人の名前の刻印(エスタンピーユ)を押すことが義務づけられた。──「誰がつくったか」を家具に刻むというこの制度が、パリの家具を世界最高水準に押し上げた。しかしフランス革命がギルドを廃止すると、品質管理の仕組みは一夜にして崩壊する。
第15章は「技術の民主化」だ。 産業革命が室内にもたらした変化は、工場よりも「灯り」と「暖かさ」と「壁」に凝縮されている。獣脂のロウソクから白熱電球へ、暖炉からセントラルヒーティングへ、手描きの壁紙から機械印刷の壁紙へ。──3つの技術革新が、それまで王侯貴族だけのものだった「美しい室内」を中産階級に開放した。しかし「安くてたくさん」の量産品は、室内を装飾過剰の混沌に陥れもした。
第16章は「手仕事への反乱」だ。 ミヒャエル・トーネットは蒸気で曲げたブナ材と10本のネジだけで、世界一売れた椅子をつくった。5000万脚を超える販売実績は「工業化の勝利」そのものだ。しかし同じ時代に、ウィリアム・モリスは「工業化が美を殺した」と叫び、手仕事の復権を訴えるアーツ&クラフツ運動を起こした。「量産 vs 手仕事」──この対立は20世紀のデザイン革命の伏線になる。
「個人の部屋」から「国家の劇場」へ
第Ⅲ部で見てきたルネサンスの書斎(ストゥディオーロ)は、「自分だけの部屋」の発明だった。個人のアイデンティティを空間に刻む──その思想は画期的だったが、まだ小さな個室の中にとどまっていた。
第Ⅳ部のヴェルサイユは、その対極だ。
ルイ14世は「個人の部屋」を「国家の劇場」に変えた。王の寝室は最も私的な空間であるはずなのに、ヴェルサイユでは最も公的な舞台だった。ベッドの前には金色の柵が設けられ、その内側に入れるかどうかが宮廷における究極のステータスだった。空のベッドの前を通るだけでも、男性は帽子を取り、女性はカーテシー(膝を折るお辞儀)をしなければならなかった。
ルネサンスのストゥディオーロが「私のための空間」だったとすれば、ヴェルサイユの寝室は「国家のための私室」だった。プライバシーという概念が、権力によって裏返された。
この「室内=政治装置」という発想は、18世紀を通じてヨーロッパ中に広がり、やがてフランス革命で粉砕される。しかし革命の後に訪れるのは、別の種類の変革だった。政治ではなく、技術による変革──産業革命だ。
「手仕事」と「量産」──20世紀への伏線
第Ⅳ部にはもうひとつ、通底するテーマがある。「つくる」とはどういうことか、という問いだ。
第14章のパリのギルドは、「最高の技術を持つ職人が、最高の素材を使い、最高の家具をつくる」という理想を200年以上にわたって体現した。アンドレ=シャルル・ブールの鼈甲と真鍮のマルケトリー(象嵌細工)、ジャン=アンリ・リーズネルの日本漆の家具──それらは現代でも再現が難しいほどの技術水準だ。
しかしそれは同時に、途方もなく高価で、ごく少数の特権階級のためだけの芸術だった。
産業革命は、この構造を根底から揺さぶった。機械はギルドの何百倍もの速度で物をつくれる。壁紙印刷機は1日400巻を刷り、モリスの手摺り壁紙1枚に4週間かかった仕事を数分で済ませた。
「安くてたくさん」は解放だったのか、堕落だったのか。
モリスの答えは明快だった。「役に立つとわかっていないもの、美しいと信じていないものを、家に置いてはならない」。しかし皮肉なことに、モリスの手仕事による壁紙や織物は裕福な階級にしか手が届かなかった。「人民のための美」を唱えながら、その美を人民に届けられなかった。──この矛盾は、20世紀のバウハウスが「工業生産と美を両立させる」という命題で正面から引き受けることになる(第Ⅴ部)。
つまり第Ⅳ部は、第Ⅴ部で爆発する20世紀のデザイン革命の「導火線」でもある。
宮殿から工場へ
さあ、まずはフランスへ向かおう。
パリから南西に20キロメートル。セーヌ川のほとりに、ヨーロッパ最大の宮殿が広がっている。
かつて2万人以上が暮らし、730の部屋と2,153の窓を持つ巨大な建造物。玄関から裏庭まで歩くだけで30分かかるこの宮殿を、ルイ14世は父王の狩猟小屋を改築して半世紀かけてつくりあげた。
その宮殿のちょうど中央に、17の窓と17の鏡のアーチが向かい合う、長さ73メートルの廊下がある。
鏡の間。
ここから、第Ⅳ部が始まる。