概要

ヴァーテブラは、エミリオ・アンバースとジャンカルロ・ピレッティが設計した事務用の椅子である。名はラテン語で脊椎を指す。1974年から75年にかけて設計され、1976年に発表された。座る人が姿勢を変えるたびにレバーやノブを合わせ直す必要がなく、体重の移動に合わせて背もたれと座面が位置を変える点に特徴がある。機構の特許はオランダのオープンアーク社が保有し、生産は地域ごとに家具メーカーへ許諾された。人間工学を事務用椅子の設計の前提に据えた初期の製品として参照されてきた。

特徴・コンセプト

調節を必要としない椅子という前提

アンバースは、人が同じ座り方を保つのはせいぜい10分程度であり、理想の椅子は調節をまったく必要としないという考えからこの椅子を組み立てたと述べている。1970年代の高機能な事務用椅子は、背もたれの角度、座面の高さ、傾きの強さをそれぞれ別のレバーやノブで合わせる構造をとっていた。調節できる項目が増えるほど設定の手順は複雑になり、姿勢を変えるたびに手を止めて操作し直す人は多くない。ヴァーテブラは調節の幅を広げる方向ではなく、操作する機構そのものを減らす方向をとっている。

背を預けると動く接合部

座面と背もたれは、ばねと重りの釣り合いのうえで連動する。背中を預けると背もたれが後ろへ倒れ、同じ動きで座面が前へ滑り出す。上体を前へ倒したときには背もたれが追いかけてくるため、腰から上だけを曲げれば机に向かう姿勢が取れる。動きの引き金になるのは体重の移動だけで、切り替えのための操作を挟まない。

座面と背もたれをつなぐ部分にはスチールパイプが用いられ、可動部は蛇腹状のカバーで覆われている。事務用椅子の可動部は衣服や指を挟みやすく、機構が露出したままでは日常の使用に向かない。蛇腹は動きを妨げずに隙間を塞ぎ、あわせて椅子の外観から機械らしさを取り除いている。節をもつ接合部が背中に沿って動く様子は、脊椎という名の由来にもなっている。

一群として展開するための素材

ヴァーテブラは、同じ機構を共有する一群の椅子として設計されている。役員室用の回転椅子から、会議室用のスタッキングチェア、待合空間向けの連結椅子までが同じ名で展開している。シェルには射出成形による耐衝撃性のポリプロピレンが選ばれた。金型から同じ形を繰り返し取り出せる工程は、仕様の異なる機種のあいだで部材を共通化する前提に合う。脚部にはダイカストのアルミニウム、クッションにはポリウレタンフォームが用いられ、張り地は布とレザーの両方が用意された。

エピソード

オープンアーク社という枠組み

開発の枠組みとして、アンバースとピレッティはオランダにオープンアーク社を置いた。同社が機構の特許を保有し、生産と販売は地域ごとに家具メーカーへ許諾する形をとっている。座面裏の純正ラベルには、設計・開発者としての両名の氏名とオープンアーク社の名、1976年の著作権表示が記されている。

このライセンス生産の枠組みによって、ヨーロッパではボローニャのアノニマ・カステッリが、アメリカでは1977年からクルーガー・インターナショナルが、同じ機構を持つ椅子をそれぞれの市場向けに生産した。

日本市場向けの作り直し

日本ではイトーキが1981年に発売している。当時の国内の事務用回転椅子はグレーのビニール張りが主流で、大手メーカーがようやく色物の張り地を手掛け始めた時期にあたる。5本脚、ガス圧による昇降、樹脂成形の背と座といった欧州製の高機能椅子の仕様が、次の開発目標に据えられていた。

オープンアーク社から提携の話を受けたイトーキは、海外の見本市で実機を確かめたうえで、日本人の体格に合わせた寸法変更と国内市場向けのデザイン変更を条件に提携に応じた。届いた図面と技術資料には社内で扱った経験のない技術が並び、技術陣は各地からノウハウを集めて対応している。開発した製品はオープンアーク社のデザインチェックを通す必要があり、細部まで詰めた開発が求められた。イトーキは後年、このときの苦労が自社の技術力を押し上げたと振り返っている。国内向けには、絨毯用のスタッキングチェアやタンデムチェア、製図用椅子など、原設計にない機種も加えられた。

評価と影響

メトロポリタン美術館は、ヴァーテブラを使用者の身体の動きに応じて形を変える最初の事務用椅子として記録し、人間工学に基づくオフィス家具の研究を以後に促した製品と位置づけている。アメリカで生産を担ったクルーガー・インターナショナルも、自社の沿革のなかでこれを受動的な人間工学を備えた最初のデスクチェアと記している。

日本では発売から長く扱われる製品となり、2019年に柴田文江の設計による後継機vertebra03へ引き継がれた。イトーキは後継機の発表にあたり、初代が当時の日本のオフィスに快適性とデザイン性という評価軸を持ち込んだと述べている。

受賞・収蔵

1981年の第12回コンパッソ・ドーロを受賞している。ADIデザインミュージアムのコレクション記録には、オフィス家具部門の受賞作「Sedie per comunità e ufficio "Vertebra"」として、設計者2名と製造元カステッリの名で登録されている。

ニューヨーク近代美術館は、オペレーショナルチェアを収蔵番号346.1982、エグゼクティブチェアを347.1982で登録している(いずれも1975年、オープンアーク社からの寄贈。射出成形の熱可塑性樹脂、ダイカストアルミニウム、布張り)。メトロポリタン美術館はアームチェアを1989.48a–fで登録し(1974–76年、ポリウレタンとレザー、オープンアーク社からの寄贈)、あわせて設計段階の図面とスケッチを1990.1051.1および1990.1051.2で収蔵している(アンバースからの寄贈)。

基本情報

名称 ヴァーテブラ / Vertebra
デザイナー エミリオ・アンバース(Emilio Ambasz)、ジャンカルロ・ピレッティ(Giancarlo Piretti)
ブランド アノニマ・カステッリ(Anonima Castelli)
発表年 1976年(設計 1974–75年)
デザインの成立国 イタリア
分類 チェア(事務用)
主要素材 射出成形ポリプロピレン、ダイカストアルミニウム、スチールパイプ、ポリウレタンフォーム、布またはレザーの張り地
機構 体重移動に連動する背もたれの傾動と座面のスライド
機種展開 役員用回転椅子、事務用回転椅子、スタッキングチェア、連結椅子ほか
特許保有 オープンアーク社(Open Ark B.V.、オランダ)
ライセンス生産 アノニマ・カステッリ(欧州)、クルーガー・インターナショナル(米国、1977年〜)、イトーキ(日本、1981年〜)
受賞 コンパッソ・ドーロ(第12回、1981年)
収蔵 ニューヨーク近代美術館(346.1982、347.1982)、メトロポリタン美術館(1989.48a–f、1990.1051.1、1990.1051.2)

Reference

Vertebra Chair | Emilio Ambasz & Associates Inc.
https://www.ambasz.com/vertebra-office-chair
Vertebra chairs for office and general purpose use | ADI Design Museum
https://www.adidesignmuseum.org/en/collection/vertebra-chairs-for-office-and-general-purpose-use/
Vertebra Operational Chair | MoMA
https://www.moma.org/collection/works/3354
Vertebra Executive's Chair | MoMA
https://www.moma.org/collection/works/3360
"Vertebra" Armchair | The Metropolitan Museum of Art
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/485329
03.バーテブラチェア | イトーキ創業125周年記念サイト
https://www.itoki.jp/special/125/way/03_vertebra/
「働く」と「暮らす」を越境するワークチェア vertebra03 誕生 | イトーキ
https://www.itoki.jp/en/company/news/2019/1910_vertebra/