ジャスパー・モリソン ― 「スーパーノーマル」を提唱したイギリスのプロダクトデザイナー
ジャスパー・モリソンは、現代を代表するプロダクトデザイナーの一人である。家具、照明、テーブルウェアから電化製品、公共交通の車両まで手がけ、その造形はいずれも奇をてらわず、自己主張を抑えた簡潔さで知られる。深澤直人とともに提唱した「スーパーノーマル(Super Normal)」の思想は、デザインの価値を目新しさではなく、日々の暮らしのなかで自然に使われ続けることに見出すものだ。
バイオグラフィー
1959年、ロンドンに生まれる。デザインに対する関心は、十代の頃にヴィクトリア&アルバート美術館で目にしたアイリーン・グレイの仕事や、祖父の家にあったブラウンの一体型ステレオ機器「SK4」(ハンス・グーゲロとディーター・ラムスによる1956年の設計)など、簡潔で機能に忠実な造形との出会いによって育まれたと、後年たびたび語っている。
デザインの本格的な学びは、レイヴンズボーン美術大学のファウンデーション課程(1978〜79年)に始まる。続いてキングストン・ポリテクニック(現キングストン大学)でデザインを学び、1982年にバチェラー・オブ・デザインを取得。その後ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)に進み、1985年にデザインの修士号を得た。在学中の1984年には奨学金を得て、ベルリン芸術大学(当時のHdK)でも学んでいる。
1986年、ロンドンに自身のデザイン事務所「Office for Design」を設立。初期にはロンドンのSCPやアラム(Aram)、ドイツ・ブラーケルの建築金物メーカーFSB、ミラノのカッペリーニといったメーカーが、彼の設計をいち早く製品化した。1987年にはカッセルのドクメンタ8で「ロイター・ニュースセンター」の空間を手がけ、翌1988年にはベルリンのDAADギャラリーで個展「Some New Items for the Home」を開催。わずかな什器と簡素な構成で豊かな空間性を生み出すその手腕は、国際的な注目を集めるきっかけとなった。1989年にはミラノでの発表を機にヴィトラとの協働が始まり、以後数十年にわたる関係へと発展していく。
事務所はロンドンを拠点に、2003年にパリ、2007年に東京へと広がった。モリソンは日本とも縁が深く、東京とロンドンを往来しながら制作を続けている。2009年には、ロンドンのスタジオに隣接して「ジャスパー・モリソン・ショップ」を開き、自身の作品とともに、世界各地で見出した日用品を販売している。
デザインの思想とアプローチ
モリソンのデザインは、ミニマルで簡潔と評されることが多い。だがそれは、装飾を削ること自体を目的とした禁欲的な造形ではない。彼が目指すのは、人がそれと意識せず自然に使いこなし、暮らしの背景に溶け込む道具である。ものは目立とうとすべきではないという姿勢は、強い自己表現を伴うデザインとしばしば対比的に語られる。
スーパーノーマルという思想
モリソンの思想をもっとも象徴的に示すのが、日本のデザイナー深澤直人とともに練り上げた「スーパーノーマル」という概念である。発端は2005年のミラノ・サローネで、モリソンが深澤の手がけたマジスのアルミニウム製スツールに「特別な普通さ」を見出したことだったと伝えられている。その質を表す言葉として「スーパーノーマル」が生まれた。
二人によれば、スーパーノーマルとは、目新しさや視覚的な驚きを与える「特別さ」ではなく、長く使われることのなかで形づくられ、日常に深く根を下ろした道具がまとう質である。それは作者が誰であるかを問わず、しばしば匿名のまま暮らしに溶け込んでいる無名の道具のうちにも宿る。2006年6月、東京のアクシスギャラリーで開かれた最初の「スーパーノーマル」展では、紙クリップやボールペンといった安価な日用品が、アッキレ・カスティリオーニやエンツォ・マーリ、柳宗理といった名匠の手による品々と並べて展示され、200点を超える「スーパーノーマルなもの」が紹介された。同名の書籍はラース・ミュラー社から刊行され、展覧会はその後ロンドンをはじめ各地を巡回した。
この思想は、デザインが過剰なまでに「見せること」へ傾いた状況への、静かな批評としての性格も帯びている。デザインは人がつくり出す環境に責任を負うべきものであり、その本分は環境を改善することにある、という信念が根底にある。
作品の特徴
モリソンの仕事には、いくつかの一貫した特徴が見て取れる。第一に、輪郭が穏やかで、視覚的なノイズが極限まで抑えられていること。第二に、既存の道具の類型(タイポロジー)を否定するのではなく、それを丁寧に読み替え、洗練させていくという態度である。彼のシェルチェアやカンチレバー構造の椅子は、過去の名作への敬意を感じさせながら、現代の素材と生産技術によって新たな生命を与えられている。
第三に、素材と生産方法への深い関心が挙げられる。マジスのために設計した「エアチェア」では、ガスインジェクション成形によってポリプロピレンを一体成形する技術を採用し、軽量で堅牢、かつ屋内外で使える椅子を実現した。近年では、回収プラスチックを用いた再生素材への取り組みなど、責任あるものづくりへの志向がいっそう明確になっている。
主な代表作とそのエピソード
ティンキング・マンズ・チェア(Thinking Man's Chair)
モリソンの名を広く知らしめた初期の代表作。スチールのチューブとフラットバーだけで構成され、座面にも背にも閉じた面を持たない、構造そのものを露わにした肘掛椅子である。発想の源は、1985年に友人の家で目にした、修理のためにクッションを外されたアンティークチェアだった。当初は肘先の小さな円盤に飲み物を置けることから「ドリンキング・マンズ・チェア」と名づけられかけたが、模型製作のために購入したパイプクリーナーの包装に記された一文から着想を得て、現在の名に改められたと伝えられている。最初の試作は1985年末に制作され、翌1986年には日本での展覧会に向けて送り出された。当初はロンドンのアラムが少数生産を手がけ、その後イタリアのカッペリーニが1988年にミラノ・サローネで本格的な生産を開始した。寸法やカーブの数値を手書きで記した初期エディションは、いまなお象徴的な存在として知られている。
グローボール(Glo-Ball)
1998年にイタリアの照明メーカー、フロスのために設計した照明シリーズ。手吹きの乳白ガラスによる球体のディフューザーが、満月を思わせる柔らかく拡散した光を放つ。フロアランプ、テーブルランプ、ペンダント、ベーシックなど多彩なバリエーションを持ち、空間を選ばず馴染むことから、発表から四半世紀を経てなお定番として支持されている。
エアチェア(Air-Chair)
1999年にマジスから発表されたポリプロピレン製のスタッキングチェア。ガス注入による一体成形でつくられ、軽量でありながら堅牢で、屋外でも使用できる。シンプルな造形と手の届きやすい価格、そして高い実用性によって、瞬く間に現代の定番椅子の一つとなった。後年には、ポストコンシューマー由来の再生プラスチックを用いた「RE エアチェア」へと展開し、持続可能なものづくりの先例ともなっている。
HALファミリー(HAL)
2010年にヴィトラから発表されたシェルチェアのシリーズ。チャールズ&レイ・イームズのプラスチックチェアに連なる「多用途なシェルチェア」の系譜を、現代的に読み替えた作品である。座面シェルの形状は、ヴィトラのエディション・プロジェクトのために設計されたコルク製の椅子から発展したもので、開発には三年もの歳月が費やされたという。多様なベースと仕上げを組み合わせられ、住宅からオフィス、公共空間まで幅広く対応する。座面に再生プラスチックを用いた「HAL RE」など、派生モデルも数多い。
そのほかの仕事
カッペリーニの「スリー・ソファ・デラックス」「ロウ・パッド」、ヴィトラの「オール・プラスチック・チェア(APC)」「ソフト・モジュラー・ソファ」「EVO-C」、アレッシィのテーブルウェア、FSBのドアハンドル「1144」、マルニ木工の「ライトウッド」など、その仕事は多岐にわたる。近年はスイスの家電ブランドPunkt.のためにミニマルな携帯電話「MP01」「MP02」を手がけ、無印良品とは家庭用品から住宅まで幅広く協働している。ハノーファーの路面電車など、公共領域の仕事も少なくない。
功績・評価・後世への影響
モリソンの作品は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館、大英博物館、デザイン・ミュージアム、ドイツのヴィトラ・デザイン・ミュージアム、ミラノのADIデザイン・ミュージアム、香港のM+など、世界の主要な美術館・博物館のコレクションに収蔵されている。
受賞歴も数多い。2001年には英国王立デザイン・フォー・インダストリー(RDI)の称号を受け、イタリアのコンパッソ・ドーロ(1996年にはマジスのボトルラックで受賞、2020年にはキャリア部門でも顕彰)、グッドデザイン賞、12回にわたるiFプロダクトデザイン賞などに輝いている。2015年にはイサム・ノグチ賞を受賞。2020年には英国エル・デコレーションのブリティッシュ・デザイン・アワードで「デザイナー・オブ・ザ・イヤー」に、ドイツ・デザイン賞では「パーソナリティ・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた。同年、デザインへの貢献により大英帝国勲章(CBE)も授与されている。
批評の場でも、デザインを「アイコンへの依存」から解き放った存在として、また特定の作風ではなく一つの思想を後進に残した人物として高く評価されてきた。目立つことよりも、暮らしのなかで長く使われ続けることを重んじる姿勢は、視覚的な刺激にあふれた今日においても一貫している。
作品一覧
| 発表年 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1982年 | テーブル | Handlebar Table | 自主製作 |
| 1986年 | 椅子 | Thinking Man's Chair(製品化1988年) | Aram / Cappellini |
| 1988年 | 椅子 | Plywood Chair | Vitra |
| 1991年 | ドアハンドル | 1144 Handle | FSB |
| 1991年 | ソファ | Three Sofa Deluxe | Cappellini |
| 1995年 | 椅子 | Lima Chair | Cappellini |
| 1998年 | ライト | Glo-Ball | Flos |
| 1999年 | 椅子 | Air-Chair | Magis |
| 1999年 | 椅子 | Low Pad | Cappellini |
| 2008年 | 椅子 | Basel Chair | Vitra |
| 2010年 | 椅子 | HAL | Vitra |
| 2011年 | 椅子 | Tagliatelle | Alias |
| 2015年 | 携帯電話 | MP01 | Punkt. |
| 2016年 | 椅子 | All Plastic Chair(APC) | Vitra |
| 2020年 | 椅子 | EVO-C | Vitra |
※発表年・製品化年は資料により表記が異なる場合があります。代表的な作品を中心に掲載しています。
Reference
- Jasper Morrison | Biography(公式サイト)
- https://jaspermorrison.com/studio/biography
- Jasper Morrison - Wikipedia
- https://en.wikipedia.org/wiki/Jasper_Morrison
- Jasper Morrison | Thinking Man's Chair(公式サイト)
- https://jaspermorrison.com/projects/chairs/thinking-mans-chair
- Jasper Morrison | Super Normal Dialogue(公式サイト)
- https://jaspermorrison.com/publications/interviews/super-normal-dialogue
- naoto + jasper = super normal - Domus
- https://www.domusweb.it/en/design/2006/07/10/naoto--jasper--super-normal.html
- Super Normal, 2006 - Exhibitions(twentytwentyone)
- https://www.twentytwentyone.com/blogs/exhibitions/super-normal-2006
- Jasper Morrison | Hal(公式サイト)
- https://jaspermorrison.com/projects/chairs/hal
- Jasper Morrison - Magis S.p.A.
- https://www.magisdesign.com/designer/jasper-morrison/
- Jasper Morrison | Official Vitra Website
- https://www.vitra.com/en-us/about-vitra/designer/details/jasper-morrison
- Jasper Morrison, Designer | Archiproducts
- https://www.archiproducts.com/en/designers/jasper-morrison
- Interview: when Jasper Morrison met Giulio Cappellini | Wallpaper*
- https://www.wallpaper.com/design-interiors/jasper-morrison-cappellini-interview