Air Chair(エアチェア)は、イギリスを代表するプロダクトデザイナー、ジャスパー・モリソンが1999年にデザインし、イタリアの名門家具メーカー、マジスが2000年より製造を開始した革新的なスタッキングチェアである。その名が示す通り、空気のような軽やかさと無駄を削ぎ落とした洗練されたフォルムが特徴であり、現代デザイン史において画期的な製品として広く認識されている。

本作は、家具産業において世界で初めてガスインジェクション成形技術を椅子の製造に応用した作品として、技術革新と美的洗練を見事に融合させた傑作である。発表以来、そのタイムレスなデザインと実用性の高さから、世界中のデザイン愛好家や建築家、インテリアデザイナーに支持され続けている。

誕生の背景と開発プロセス

Air Chairの誕生は、マジスの創業者アルベルト・ペラッツァがモリソンにガスインジェクション成形による試作管を見せたことに端を発する。この技術は自動車部品業界では既に広く使用されていたものの、家具デザインへの応用は未開拓の領域であった。ペラッツァの提案に触発されたモリソンは、この革新的な製造技術を活かした新しい椅子のデザインに着手した。

ガスインジェクション成形とは、溶融プラスチックが金型内でまだ柔らかい状態のときに不活性ガスを注入し、内部に圧力をかけることで、プラスチックが金型表面から収縮するのを防ぐ技術である。これにより、中空の管状構造要素と薄いパネル状のシート面(座面と背もたれ部分)を一体成形することが可能となる。モリソン自身は、この技術を「靴箱の中で風船を膨らませるようなもの」と喩えている。

デザインは脚部から始まり、管状の構造フレームに薄い表皮を適用するという、彼の以前の作品であるPlywood Chairの構造概念を発展させたものとなった。当時、モリソンのオフィスは主に二次元の図面ソフトウェアを使用していたため、最初の試作品は完全な驚きであり、適切なプロポーションを得るまで多くの調整を要したという。しかし、モリソンは座り心地の良い椅子を構成する角度と曲線の組み合わせについての理解を深め、長時間の使用にも快適な座面を実現することに成功した。

デザインの特徴とコンセプト

Air Chairのデザインは、モリソンが一貫して追求してきたミニマリズムの哲学を体現している。1980年代のポストモダニズムの装飾過多な風潮に対するアンチテーゼとして、モリソンは視覚的抑制、高度な機能性、構造的シンプルさを重視したデザインアプローチを確立した。Air Chairは、まさにこの思想の結晶である。

椅子の最も特徴的な要素の一つは、座面に設けられた円形の穴である。これは単なる装飾的要素ではなく、複数の機能的意図を持つ。第一に、持ち運びの際の取っ手として機能し、第二に、屋外使用時の雨水の排水口として機能する。さらに、この穴は製品全体の軽快な印象を視覚的に強調する役割も果たしている。

ガラス繊維で強化されたポリプロピレンを素材とすることで、優れた耐久性と耐候性を実現し、屋内外を問わず使用可能である。紫外線保護加工が施されており、長期間の屋外使用においても色褪せしにくい。また、最大10脚までのスタッキングが可能であり、収納性と省スペース性にも優れている。

デザインの美学は、ディーター・ラムスが主張した「良いデザインは可能な限り控えめである」という原則に通じるものがある。実際、ラムスは数年後のデザインミュージアムの25/25展においてAir Chairを選出した際、「シンプルで気に入っている」と簡潔に評価している。この言葉は、モリソンの禁欲的で優雅なデザインの本質を的確に捉えたものといえよう。

技術革新と製造プロセス

Air Chairが家具産業に与えた最大の衝撃は、ガスインジェクション成形技術の椅子への応用という技術革新にある。この技術により、従来の射出成形では実現不可能であった複雑な三次元形状を、経済的に生産することが可能となった。金型への初期投資は高額であるものの、大量生産により単価を抑えることができ、洗練されたデザインの民主化を実現した。

製造工程では、まず三次元モデリングソフトウェアを用いてデジタル測定を行い、正確なコンピュータ図面を作成する。その後、コンピュータ制御による機械加工と手作業による仕上げを組み合わせて、二つのパーツから成る金型で成形可能な形状を確立する。この過程は長期にわたる試行錯誤を伴うものであった。

完成した椅子は、材料の使用量が少なく、製造時間も短縮されるため、一般的な「デザイナー家具」と比較して手頃な価格設定が可能となった。これは、モリソンが掲げる「誰もが手に入れられるデザイン」という理念の実現でもある。

展開とバリエーション

初期のAir Chairは一体成形の単一ピース構造であったが、2001年には折り畳み式のバリエーション「Folding Air Chair」が発表された。この折り畳み式バージョンは、三つの部品をピボットピンで連結した構造となっており、座面を折り畳むことで前後の脚が収束する機構を備えている。モリソンはこのデザインにおいて、管状構造のみで各部品を成形するという新たな試みに挑戦した。

さらに、Air Familyとして、アームチェア版の「Air-Armchair」やテーブルなど、関連製品が次々と開発され、コレクションとして展開されている。近年では、環境への配慮から、再生オレフィン樹脂を100%使用した「RE Air Chair」も発表され、持続可能性の観点からも注目を集めている。

評価と影響

Air Chairは発表直後から国際的な評価を獲得し、デザイン界における重要な作品として認識された。1999年のミラノサローネでの発表は「ヴィンテージイヤー」と称されるほど記憶に残るものであり、モリソンはこの椅子とともに、Low Padチェア、Planストレージシステム、Glo-Ballライトなどの傑作を同時に発表した。

批評家たちは、Air Chairが伝統的な製造技術と最先端の製造方法の両方を巧みに操るモリソンの能力を証明するものであると評価した。また、複雑な形状を経済的に実現し、洗練されたデザインを広く入手可能にした点が高く評価された。モリソン自身が最も気に入っている点は、「誰もが購入できる価格であり、実際に多くの人々が購入していること」だという。コーンウォールの海岸レストランからデザインミュージアムのイベントまで、様々な環境で使用されており、周囲の空間に自然に溶け込む適応性の高さが示されている。

デザイン評論家のマーカス・フェアーズは、「20世紀のディーター・ラムスらの先駆者たちが提唱したシンプルで優雅な機能的アプローチの信奉者であるモリソンは、デザインを最小限まで削ぎ落としながらも、一貫してタイムレスで象徴的な形態を生み出している」と評している。

受賞歴と美術館コレクション

Air Chairは数多くの権威ある賞を受賞している。2000年には100%デザインロンドンでブループリント賞を、またCATA2000賞を受賞した。2001年には、グッドデザイン賞とObserveur du Design賞を獲得し、その優れたデザインと革新性が国際的に認められた。

また、世界の主要な美術館において永久コレクションに選定されている。2000年にポンピドゥー・センター(パリ)、2001年にデザインミュージアム(ロンドン)、2004年にケストナー博物館(ハノーファー)およびピナコテーク・デア・モデルネ現代美術館(ミュンヘン)が収蔵を決定した。これらの収蔵は、Air Chairが現代デザイン史における重要な位置を占めることを証明するものである。

現代における意義

発表から四半世紀が経過した現在でも、Air Chairは色褪せることのない魅力を保ち続けている。その理由は、単なるトレンドを追うのではなく、本質的な機能美を追求したモリソンの姿勢にある。彼のデザイン哲学である「スーパーノーマル」―優れたデザインは日常の中に静かに存在すべきである―という考え方が、Air Chairには見事に具現化されている。

現代社会において、持続可能性と機能性の両立が求められる中、Air Chairは先見の明を持った作品として再評価されている。耐久性の高い素材選択、省資源な製造プロセス、タイムレスなデザインによる長期使用の促進、そして再生素材版の開発など、Air Chairは環境配慮型デザインの一つのモデルケースを示している。

また、住宅、オフィス、公共施設、屋外空間など、あらゆる環境において調和する汎用性の高さは、「良いデザインは生活に寄り添うものである」というモリソンの信念を体現している。Air Chairは、デザイナー家具でありながら日常使いできる実用性を備え、特別な存在でありながら控えめである、という絶妙なバランスを実現した稀有な作品なのである。

基本情報

製品名 Air Chair(エアチェア)
デザイナー ジャスパー・モリソン(Jasper Morrison)
製造 マジス(Magis S.p.A.)、イタリア
発表年 1999年(デザイン)、2000年(製造開始)
素材 ガラス繊維強化ポリプロピレン、ガスインジェクション成形
寸法 高さ:77.5cm、幅:49cm、奥行:51cm、座面高:47cm
特徴 スタッキング可能(最大10脚)、屋内外使用可、UV保護加工
主な受賞歴 ブループリント賞(2000年)、CATAS2000賞(2000年)、グッドデザイン賞(2001年)、Observeur du Design賞(2001年)
美術館コレクション ポンピドゥー・センター(パリ)、デザインミュージアム(ロンドン)、ケストナー博物館(ハノーファー)、ピナコテーク・デア・モデルネ現代美術館(ミュンヘン)