エッグチェアは、デンマークの建築家アルネ・ヤコブセンが1958年にデザインしたラウンジチェアである。コペンハーゲンのSASロイヤルホテル(現ラディソンコレクションロイヤルホテル)のロビーとレセプションエリアのために考案され、その名のとおり卵型の有機的なフォルムを特徴とする。直線的で精緻なモダニズム建築の内部に、彫刻的で柔らかな対比をもたらす存在として構想された。

高い背もたれは、広い公共空間のなかで着座者に視覚的なプライバシーと静けさを与える。スワンチェアとともに、ヤコブセンがSASロイヤルホテルで手がけたトータルデザインを代表する家具のひとつである。

デザインの背景

SASロイヤルホテルは1960年に開業し、コペンハーゲン初の高層建築となった。外観は直線的で抑制されたモダニズム建築であり、ヤコブセンはその対比として、内部に曲線的で豊かな質感をもつ環境をつくり出した。エッグチェアは、背もたれ・ヘッドレスト・アームレストが一体となったシェルにより、広い空間のなかに個人的な落ち着きの場を生み出すことを目的に設計されている。

特徴とデザインの革新性

彫刻的な有機フォルム

エッグチェアの最も顕著な特徴は、その卵型の有機的な曲線美にある。従来のウィングチェアの概念を再解釈し、直線を完全に排除した流動的なフォルムは、戦後の国際的なデザイン潮流における自由で有機的な造形の探求を反映している。アメリカとヨーロッパの建築家たちが新しい工業技術と素材を用いて有機的な形態を追求していた時代において、ヤコブセンはエッグチェアとスワンチェアによって、この潮流を定義する重要な役割を担った。

ヤコブセンは、理想的なフォルムを追求するため、彫刻家のように自宅のガレージで粘土を用いてプロトタイプを制作した。ワイヤーと石膏を使用した試作を繰り返し、シェルの理想的な曲線を探求するこの手法は、工業製品のデザインプロセスにおける職人的アプローチの重要性を示している。現在も製造に使用されている図面は、この手作りの過程で作成された手書きのものであり、そのため左右が完全に対称ではないという特徴を持つ。この微細な非対称性は、工業製品でありながら人間の手の温もりを感じさせる要素として、デザインに独特の個性を与えている。

革新的な製造技術

エッグチェアは、当時最先端であった新しい製造技術を採用することで実現された。従来の椅子が木製フレームにスチール構造を組み合わせていたのに対し、ヤコブセンは硬質発泡ポリウレタンフォームによる成型シェルという画期的な構造を採用した。これは、世界で初めての硬質発泡材を使用した成型家具であり、家具製造の歴史において重要な技術革新となった。

現代の製造工程では、グラスファイバーで強化されたポリウレタンフォームを用いてシェルを成形し、その上に柔らかいフォームを重ねることで快適性を高めている。シェルはアルミニウム製のスターベースとサテン仕上げのスチール製脚部に取り付けられ、回転機能と調整可能なリクライニング機構を備えている。使用者の体重に応じてリクライニングの固さを調整できる機能は、人間工学的な配慮を示している。

高度な職人技による張り込み

エッグチェアの製造において最も技術的に困難な工程は、複雑な三次元曲面への張地の施工である。フリッツ・ハンセン社では、創業時から継承される伝統的な職人技術を駆使して、各チェアを手作業で仕上げている。ファブリック仕様では500針以上、レザー仕様では1,100針以上のステッチが必要とされ、独特の波状縫製技法によって張地をシェルの曲線に隙間なくフィットさせる。

特にレザー仕様の製造には高度な技術が要求される。ヤコブセンは、シェルの前面と背面の接合部、座面内部、前面座部カーブの下以外には縫い目を設けないという厳格な基準を定めた。これを実現するため、前面と背面にそれぞれ一枚の完全な牛革を使用する必要があり、十分な大きさの高品質な革の確保が製造上の課題となった。この高い基準により、エッグチェアのレザー仕様は初期から限定的にしか生産されず、希少性と価値を高めることとなった。

現在でも、エッグチェアの製造は資格を持つ熟練職人によってのみ行われ、その精密な作業工程のため、週に6〜7脚程度しか生産できない。この限られた生産能力は、各チェアが単なる工業製品ではなく、職人による芸術作品としての性格を持つことを意味している。

評価と影響

1960年のホテル開業時、ロビーには50脚のシーフォームブルーのエッグチェアが配置され、小さな集まりをつくるように並べられた。自由な曲線と彫刻的な造形は、第二次世界大戦後に欧米で広がった有機的なデザインの潮流と結びついており、ヤコブセンはエッグチェアとスワンチェアによってその展開に関わった。合成樹脂による工業的な製法と、北欧の素材感覚や温もりを融合させた点に、この椅子の特徴がある。

エッグチェアはニューヨーク近代美術館(MoMA, 収蔵番号136.2013)やメトロポリタン美術館のコレクションに加えられている。発表から60年以上を経た現在もフリッツ・ハンセン社によって製造が続けられ、ホテルやオフィス、空港ラウンジなど世界各地の公共空間で使われている。2008年には誕生50周年を記念したアニバーサリーモデルも発表された。

基本情報

デザイナー アルネ・ヤコブセン(Arne Jacobsen)
デザイン年 1958年
製造元 フリッツ・ハンセン(Fritz Hansen)
分類 ラウンジチェア
主要素材 グラスファイバー強化ポリウレタンフォーム、アルミニウム、スチール、ファブリック/レザー
サイズ(オリジナル仕様) 高さ:約107cm、幅:約86cm、奥行き:約79cm、座面高:約37cm
機能 360度回転、リクライニング調整機能
主要コレクション ニューヨーク近代美術館(MoMA, 収蔵番号136.2013)、メトロポリタン美術館