arflex(アルフレックス)

arflexは、イタリア・モンツァ・エ・ブリアンツァ県ジュッサーノに拠点を置く家具メーカーである。1947年、タイヤメーカーPirelliの技術者らが、同社が扱う発泡ゴムと弾性ベルトを椅子やソファへ応用するためにミラノで設立した。社名はarredamenti(家具)とflexibility(柔軟性)を組み合わせたものにあたる。木枠とコイルばねを前提とした当時の家具製造に対し、素材から形を決める設計を採った点に事業の出発点がある。1995年より商標はSeven Salottiが保有する。

事業と製造の実体

arflexの成り立ちは素材の側にある。創業者が持ち込んだのは家具の意匠ではなく、Pirelliが工業用途で扱っていた発泡ゴム(gommapiuma)と弾性ベルトの加工技術だった。発泡ゴムは切り出しと成形の自由度が高く、弾性ベルトはコイルばねを不要にする。この二つを前提にすれば、座や背を厚い木枠で囲う必要がなくなり、脚を細く、輪郭を丸めることができる。1950年代のarflex製品に共通する軽い形は、素材と工法から導かれた結果にあたる。

製造の体制は、社内の技術者が素材と構造を担い、外部の建築家・デザイナーが形と用途を担う分業を採る。この分担は創業期から一貫しており、実験的な試みと工業生産を両立させる条件になってきた。1950年に始まった社内の試作・研究の枠組みは、製品化に至らなかったものを含めて現在まで続いている。

素材は時代とともに置き換わった。1960年代後半からはポリウレタンフォームと強化プラスチックが加わり、内部構造を持たないフォーム一体成形の椅子や、樹脂とガラス繊維による殻構造が可能になる。1971年のセルペントーネは垂直のフォーム板を連ねてメートル単位で販売する構成、1972年からのストリップスはフォームの塊にファスナー付きのカバーを被せる構成を採った。

生産拠点はジュッサーノの工業地区にある。延床約35,000平方メートルの施設で、Felice CappelliniとCarlo Colomboの設計により、生産・倉庫・試作・撮影の区画と、ショールーム・事務所の区画に分かれている。

沿革

Pirelliの技術者による創業

1947年、Pirelliの技術者Carlo Barassiが、同社財務部門のRenato Teani、Pio Reggiani、Aldo Baiとともにミラノで会社を興した。最初の拠点はCorso di Porta Vittoriaの小さな建物である。発泡ゴムと弾性ベルトを家具の内部構造に用いる目処は立っていたが、それを家具の形に翻訳する設計者が必要だった。招かれたのは、当時まだ若手の建築家Marco Zanusoである。

1948年、ミラノのPiccolo Teatroでソーントン・ワイルダーの戯曲が上演された際、舞台美術を担当したZanusoは、劇中の家具として発泡ゴムで全体を覆った肘掛け椅子を設計した。翌1949年に製品化されたこのアントロプスが、arflexの最初の製品となる。

トリエンナーレでの発表と協働の広がり

会社が一般に姿を現したのは、2年余りの試作を経た1951年の第9回ミラノ・トリエンナーレだった。ここで発表されたZanusoのレディチェアが金賞を受けている。鋼のフレームに細い金属脚、弾性ベルトの上に発泡ゴムを載せた座という構成は、当時の応接椅子の常識から外れたものだった。商業見本市ではなく国際的な美術・工芸展を最初の発表の場に選んだことは、以後のarflexの位置づけを決めている。

1950年代には協働する設計者が広がった。Franco Albiniのフィオレンツァ(1952年)、B.B.P.R.のElettra(1953年)とNettunia(1954年)、Giancarlo De Carloのルカニア(1954年)、Erberto Carboniのデルフィーノ(1954年)、Achille Castiglioniのクーボ(1957年、試作のみ)、Roberto Menghiのホール(1958年)が続き、住宅用に加えて事務所や公共空間向けの製品も手がけるようになる。1951年から1954年にかけては、Carlo Barassiの設計による自動車用の座席も製造した。1955年から1960年にかけて、ベネルクス、フランス、スイス、スペインに製造・販売の関連会社が設けられている。

素材の転換と国際展開

1960年代後半、素材はポリウレタンフォームと強化プラスチックへ移った。Carlo Bartoliのガイア(1965年)はポリエステル樹脂とガラス繊維による肘掛け椅子、Cini Boeriのボボ(1967年)は内部構造を持たないフォーム一体成形の椅子である。1969年にはリンビアーテに新工場が建設された。1971年のセルペントーネ、1972年からのストリップスが続き、後者は1979年にコンパッソ・ドーロを受けている。1969年にアルフレックス ジャパン、1970年にarflex do Brasilが設立された。1966年にはCassina、Tecno、Berniniと共同で建築・デザイン誌『Ottagono』を創刊している。

商標の移動とアーカイブの再開

1980年代は経営体制が変わりつつも、Luca Meda、Michele De Lucchi、Anna Castelli Ferrieri、Paolo Nava、Fabrizio Ballardiniらとの協働が続いた。1995年、商標はSeven Salotti S.p.A.の所有となる。新体制はミラノ・Corso Europaのショールームを再開し、過去の製品群の生産を再開した。記念的な復刻ではなく、現行のコレクションの一部として扱う方針が採られている。2016年時点で14点の歴史的な製品がカタログに並ぶ。

2005年、Carlo Colomboがアートディレクターに就いた。2007年の創業60年では、ミラノで歴史的な資料が初めて一般に公開されている。2008年からはスウェーデンのClaesson Koivisto Runeとの協働が始まり、2014年にはJean Nouvelによるソファを発表した。近年はNeri&Hu、Luca Nichetto、Umberto Asnagoらが加わり、2025年にはJaime Hayonによるソファ、2026年には1969年にTito Agnoliが設計したDecaの再生産が加えられている。

デザイナーとの協働

arflexは社内に意匠部門を置かず、技術者が担う素材・構造の検討と、外部の設計者が担う形・用途の検討を組み合わせる方式を採ってきた。創業時にZanusoを招いたのは、扱う素材の可能性を家具の形へ翻訳する役割を外部に求めたためであり、この分担が以後の製品開発の型になっている。

20世紀の協働相手にはMarco Zanuso、Franco Albini、Cini Boeri、Carlo Bartoli、Erberto Carboni、B.B.P.R.が挙げられる。1990年代以降はHannes Wettstein、Carlo Colombo、Vincent Van Duysen、細江勲夫らが加わり、近年ではClaesson Koivisto Rune、Neri&Hu、Jaime Hayonとの協働が続く。

主な製品群

発泡ゴムと弾性ベルトによる初期の製品には、1949年のアントロプス、1951年のレディチェア、Franco Albiniのフィオレンツァ、Erberto Carboniのデルフィーノがある。いずれも木枠を用いない構成によって、細い脚と丸みのある輪郭を成立させている。

ポリウレタンフォームによる製品では、内部構造を持たないCini Boeriのボボ、垂直のフォーム板を連ねるセルペントーネ、カバーを掛け替えられるストリップスがある。ソファではマレンコも長く生産されてきた。

1995年以降は、歴史的な製品の継続生産と新作の開発が並行して進められている。

基本情報

ブランド名 arflex(アルフレックス)
創業 1947年
創業者 Carlo Barassi、Renato Teani、Pio Reggiani、Aldo Bai
創業地 イタリア・ミラノ
本社・生産拠点 イタリア・モンツァ・エ・ブリアンツァ県ジュッサーノ
資本関係 1995年よりSeven Salotti S.p.A.が商標を保有
事業内容 張り地家具を中心とする家具の設計、製造および販売
公式サイト https://www.arflex.it

Reference

arflex - 公式サイト
https://www.arflex.it
Wikidata - Arflex
https://www.wikidata.org/wiki/Q3622240