ペリカンチェアの概要

ペリカンチェア(Pelican Chair)は、デンマークの建築家・家具デザイナーであるフィン・ユール(Finn Juhl, 1912–1989)が1940年に発表したラウンジチェアである。翼を広げたペリカンを想起させる有機的なシルエットは、シュルレアリスムの造形美と人間の身体を包み込む機能性とを融合させた、20世紀デザイン史を代表する一脚として広く認知されている。

1940年のコペンハーゲン家具職人ギルド展にてわずか2脚のみが発表されたのち、半世紀以上にわたり量産されることのなかった本作は、2001年にOnecollection(現 House of Finn Juhl)によって復刻され、ようやく世界中の人々の手に届くこととなった。デザインから実に61年の歳月を経て商品化されたこの稀有な経緯は、フィン・ユールの先見性をよく示している。

特徴・デザインコンセプト

ペリカンチェアは、フィン・ユールの全作品のなかでもとりわけシュルレアリスムへの傾倒が色濃く表れた一脚である。ジャン・アルプやヘンリー・ムーアといった彫刻家の生体的抽象表現に深く感銘を受けたユールは、家具を単なる実用品としてではなく、空間を構成する彫刻作品として捉えた。その設計思想は、構造を支える要素と支えられる要素を分離するという独自の造形原理に基づいている。

有機的フォルム

大きく左右に広がるアーム部分は、あたかもペリカンが翼を展げたかのような造形をなし、着座する者の身体を優しく抱擁する。この曲線は単なる装飾ではなく、複数のリラックスした姿勢を可能にする機能的な設計に基づいている。背もたれに向かってわずかに傾斜した座面は、自然と身体を預けることのできる安息を生み出す。

素材と仕上げ

現行品はデンマークの自社工房にて、熟練の職人による手縫いの張り地仕上げが施される。張り地はテキスタイル、シープスキン、レザーから選択でき、ボタン付き(FJ 4001)とボタンなし(FJ 4000)の二つのバリエーションが用意されている。脚部はオーク、ウォールナット、ブラックペイントの三種から選ぶことが可能であり、座面にはルースクッションが付属する。手縫いによるダブルステッチの張り込みは、現代においてもなお職人技の粋を示すものである。

彫刻としての椅子

フィン・ユールはかつて「椅子とは空間における装飾芸術の産物であるばかりでなく、それ自体が一つの形態であり空間である」と述べている。ペリカンチェアはこの理念を最も端的に示した作品であり、正面からも背面からも、あるいは側面からも等しく美しいシルエットを描く。建築家としての緻密な構造計算と、彫刻家の自由な造形感覚とが調和した、独創的な一脚といえる。

誕生の背景とエピソード

1940年、コペンハーゲン家具職人ギルド展において、フィン・ユールと家具職人ニールス・ヴォッダーの協働により制作された2脚のペリカンチェアが初めて公の場に姿を現した。

しかし、その前衛的な造形は当時の批評家たちには容易に受け入れられなかった。建築誌『アーキテクテン』の批評家エイラー・アベルはこの椅子を「疲れたセイウチ」に喩え、また別の評者は「穴の空いたテニスボール」と評した。機能主義が主流であった時代にあって、カリカチュア的とも映る表情と遊び心のある彫刻的フォルムは、当時の常識に対する静かな挑戦であった。

展覧会で発表された2脚以降、量産されることなく歴史の影に埋もれかけていたが、2001年、Onecollectionがケルン国際家具見本市で復刻を発表し、デザインから61年を経て本格的な生産が始まった。

なお、フィン・ユールは通常、自身の家具にデザイン年を名称として付していたが、この椅子にはいつしか「ペリカン」という愛称が定着した。翼を広げたペリカンの姿に似たその独特のシルエットが、人々の記憶に強く残ったためである。

評価と影響

発表当初こそ物議を醸したペリカンチェアであるが、今日では北欧デザインを代表する存在として、また20世紀を代表するラウンジチェアの一つとして国際的に高い評価を受けている。有機的な曲線による包み込むような座り心地と、彫刻的な造形美を両立させた作品として、デザイン史において重要な位置を占めている。

ペリカンチェアは、フィン・ユールの造形言語の出発点ともいうべき作品であり、後のチーフテンチェア(1949年)やポエトソファ(1941年)といった名作へとつながる道筋を拓いた。

現代のインテリアシーンにおいても、ペリカンチェアはミニマリストの空間からアートに彩られた住居、高級ブティックホテルに至るまで、多様な空間に違和感なく溶け込む普遍性を備えている。ペリカンテーブルやポエトソファとの組み合わせは、とりわけ調和のとれた空間を生み出すことで知られている。

基本情報

作品名 ペリカンチェア / Pelican Chair
モデル番号 FJ 4000(ボタンなし) / FJ 4001(ボタン付き)
デザイナー フィン・ユール / Finn Juhl(1912–1989)
国籍 デンマーク
デザイン年 1940年
復刻年 2001年
ブランド House of Finn Juhl(Onecollection)
製造国 デンマーク
分類 ラウンジチェア
サイズ W 85 × D 76 × H 68 cm(座面高 37 cm)
主要素材 フレーム:木製内部構造 / 脚部:オーク、ウォールナット、またはブラックペイント / 張り地:テキスタイル、シープスキン、またはレザー(手縫い仕上げ)
付属品 ルースクッション
オリジナル制作 ニールス・ヴォッダー(Niels Vodder)