バイオグラフィー
フィン・ユール(Finn Juhl、1912年1月30日-1989年5月17日)は、デンマーク・フレゼリクスベアに生まれた。父親はイギリス、スコットランド、スイスのテキスタイルメーカーの代理人を務める繊維卸商であり、母親はユールの出生直後に他界した。厳格な父親のもとで育ったユールは、幼少期から美術史家になることを夢見ており、10代の頃から国立美術館(Statens Museum for Kunst)に足繁く通い、若年にもかかわらずニュー・カールスベア・グリプトテク美術館から書籍の貸し出し許可を得るほど芸術に造詣が深かった。
しかし、父親の説得により、1930年にデンマーク王立芸術アカデミー建築学校に入学。当時の著名な建築家であり講師でもあったカイ・フィスカーに師事し、1934年まで学んだ。在学中の1934年には、既に高名な建築家ヴィルヘルム・ラウリッツェンの建築事務所で働き始め、デンマーク国営放送のラジオハウス(Radiohuset)やコペンハーゲン空港などの大規模プロジェクトに携わった。仕事が多忙となり、ユールは正式には建築学校を卒業することはなかったが、1942年にはデンマーク建築家協会の会員として認められる栄誉を受けた。
1937年、ユールは第11回コペンハーゲン家具職人ギルド展に出品し、デザイナーとしてデビューを飾る。同年、マスターキャビネットメーカーのニールス・ヴォッダーとの協働を開始し、この関係は1959年まで継続した。ヴォッダーとのパートナーシップは、ユールの初期作品の多くを少量生産の高級家具として実現させ、ギルド展を通じて伝統的な様式を拒絶する若手デザイナーたちの運動の中心的存在となった。同年7月15日、インゲ=マリー・スカールプスと結婚したが、後に離婚。
1939年にデザインされ1940年に発表されたペリカンチェアは、「疲れたセイウチ」「最悪の意味での美学」と酷評された。しかし、1940年代を通じてユールの作品は徐々に国外での評価を高めていった。1942年、父親から相続した資金で自邸を設計・建設。現在「フィン・ユールの家」として知られるこの住宅は、すべての部屋から庭園を眺望できるオープンプランデザインの初期例であり、長年にわたって自身のデザインで家具が増えていった。
1945年、ラウリッツェンの事務所を離れ、コペンハーゲンのニューハウンに自身のデザイン事務所を開設。インテリアと家具デザインに特化した。また同年、デンマーク・デザインスクール(Danmarks Designskole)の教員となり、1955年まで教鞭をとった。ギルド展での1945年の展示では、ヴォッダーとの協働による表現豊かで彫刻的な作品群が大きな話題となり、特にモデル45アームチェアは、張地部分を木製フレームから分離するという伝統からの決別を示した。
国際的認知への転換点は1948年に訪れた。ニューヨーク近代美術館(MoMA)産業デザイン部門のリーダーであったエドガー・カウフマン・ジュニアがスカンディナヴィアを視察し、ユールの作品に感銘を受け、アメリカの雑誌「インテリアーズ」に大規模な記事を掲載した。これがユールとデンマークデザインのアメリカでの認知を飛躍的に高めた。
1950年、ミシガン州グランドラピッズのベーカー・ファニチャー社がユールにアメリカ工場での製品デザインを依頼。当初は量産化に懐疑的だったユールだが、工場を訪問した後、24点の椅子、テーブル、収納ユニット、サイドボード、デスクをデザインし、伝統的な高い職人技術基準と近代的な量産を初めて成功裏に融合させた。1951年にはシカゴの「グッドデザイン展」に参加し、同展に関連して「美しい物体で幸福を創造することはできないが、悪い物体で多くの幸福を台無しにすることはできる」という有名な言葉を残している。
ユールのキャリアのハイライトは、1951年から1952年にかけての国際連合本部信託統治理事会会議場の内装デザインである。デンマークから国連への贈り物として実現したこのプロジェクトは、ユールの名を世界に知らしめ、デンマークモダンデザインの国際的評価を決定づけた。
1950年代のミラノ・トリエンナーレでは、合計5つの金メダルを獲得し、国際的な評判をさらに高めた。この時期、ユールは1940年代よりも量産市場を意識したデザインを続けた。また、SASスカンジナビア航空から依頼を受け、ヨーロッパとアジアの33のオフィスとターミナル、さらに航空機の内装デザインを手がけた。その他、ゲオルグ・イェンセンのために複数の店舗デザインを手がけ、1954年の50周年記念展もデザインし、後にアメリカ各地を巡回した。
家具以外の分野でも、ユールはゼネラル・エレクトリックのために冷蔵庫、ガラス器、陶磁器などもデザインした。1965年にはシカゴのインスティテュート・オブ・デザインの客員教授を務めた。
1961年からは、音楽出版社エディション・ヴィルヘルム・ハンセンの一族であるハンネ・ヴィルヘルム・ハンセンと事実婚の関係にあった。1960年代から70年代にかけてユールのデザインへの関心は一時的に低下したが、1990年代後半に再び注目を集めるようになった。1989年5月17日、コペンハーゲンで死去し、アシステンス墓地に埋葬された。
2000年、ハンネ・ヴィルヘルム・ハンセンがユールのデザインの権利をワンコレクション社(現ハウス・オブ・フィン・ユール)に譲渡。2003年、ハンセンはユールの遺産を称えるため「フィン・ユール賞」を設立し、家具デザイン分野で顕著な貢献をした人物に毎年授与されている。同年ハンセンが死去した後、ユールの死後そのままに保たれていた自宅は歴史的住宅博物館となり、隣接するオードロップゴー美術館の一部として運営されている。
デザインの思想とアプローチ
フィン・ユールのデザイン哲学は、家具を彫刻作品として捉える芸術的アプローチにある。建築家として訓練を受けながらも、家具デザインにおいては独学であることを誇りとし、「家具デザイナーとしては完全に独学である」と繰り返し強調した。この独自の立場が、同時代のデンマークデザイナーたちとは異なる革新的なデザインを生み出す源泉となった。
ユールの師であったカーレ・クリントが主導する実用的かつ匿名的なデザイン原則に対し、ユールはより個人的で芸術的なアプローチを追求した。現代美術、特に抽象彫刻家ジャン・アルプからの影響は顕著であり、ペリカンチェアをはじめとする多くの作品にシュルレアリスム的解釈が見られる。また、民族芸術にも影響を受け、チーフテンチェアを人類学研究の武器の写真とともに展示するなど、エキゾチックで異文化的なインスピレーションを作品に取り入れた。
ユールのデザイン手法の特徴は、「支える要素」と「支えられる要素」という二つの中心的な要素を用いて創作することである。自身の身体を測定し、椅子の各部品がどのように人体を支え運ぶべきかを分析することから始めた。機能主義の同時代人たちが流線型で骨組みのような構造を好んだのに対し、ユールはより有機的で自然な形態を目指した。彼の野心は、動きと生命を持つ家具を創造すること、そして支持要素と着座する人の両方が空間に浮遊しているかのように見せることだった。
素材の潜在的な強度を最大限に活用し、自然界の構造のように、木材を可能性の限界まで押し進めた。特にチーク材への愛好により、その使用のための新しい優れた技術を開発し、デンマーク家具におけるチークの現在の人気に責任を持つ。多くのデンマークモダン運動の提唱者がオーク材を好んだのに対し、ユールはチークやその他の暗色木材を使用した。
ユールの最も革新的なデザイン特徴の一つは、「浮遊する背もたれと座面」である。椅子デザインのほとんどに見られるこの特徴は、通常、支持要素の硬い木材とは対照的に張地が施されている。完全な背もたれと座面が支持体上に浮遊しているように見え、1945年と1948年の椅子から顕著に現れ始めた。この視覚的な軽さと構造的大胆さは、彼のトレードマークとなった。
ユールは家具を建築の重要な一部と考え、インテリアと家具、手工芸品、芸術が家の完全性を創造すべきだと感じていた。自邸では、当時のデンマーク画家の作品で装飾し、家具、工芸、芸術の調和を実現した。この全体的な空間デザインへのアプローチは、後のキャリアにおいてもインテリアデザインの数多くの依頼につながった。
作品の特徴
フィン・ユールの作品群は、以下の顕著な特徴によって他のデザイナーと一線を画している。
彫刻的で有機的なフォルム
ユールの家具は、まさに彫刻作品のような三次元的な造形美を持つ。実用的な構造に限定されることなく、彫刻家のマインドセットで家具を形作った。人体の輪郭を反映した有機的な形状は、美的価値だけでなく機能性も兼ね備え、身体を構造的に支える接点を創造し、その強度にもかかわらず軽やかに見える構造的に大胆な構造を実現した。
浮遊感を生み出す構造的革新
ユールの最も革新的な貢献は、張地部分を木製フレームから視覚的に分離する技法である。座面と背もたれが支持構造から浮遊しているかのように見えるこの手法は、1945年のモデル45チェアで初めて顕著に表現され、伝統的な椅子デザインの概念を打ち破った。この「支える要素」と「支えられる要素」の明確な分離は、椅子の構造をほぼ自己説明的にし、視覚的な軽さと優雅さを生み出した。
曲線と流線の美学
ユールは木製モダニスト椅子のラインに柔らかなエッジを与え、しばしば木材を可能性の限界まで押し進める有機的な形状を好んだ。流れるような曲線的なアームレストや傾斜した後脚など、細部へのこだわりが作品全体の調和を生み出している。
チーク材の革新的使用
多くのデンマークモダン運動の提唱者がオーク材を好んだのに対し、ユールはチークやその他の暗色木材を一貫して使用した。彼のチーク材への愛好は、その使用のための多数の構造技術の開発につながり、デンマーク家具におけるチークの普及に大きく貢献した。木材の自然な美しさと温かみのある色調が、張地との美しいコントラストを生み出している。
快適性への徹底的な追求
ユールの椅子やソファは、美的価値だけでなく快適性においても卓越している。人体工学に基づいた設計により、複数のリラックスした座り方を可能にし、長時間の使用でも快適さを保つ。自身の身体を測定し、家具の各部品がどのように人体を支えるべきかを分析した結果、機能と美が完璧に融合した作品が生まれた。
タイムレスな美しさ
ユールの作品が60年から70年前にデザインされたものであることに気づくと、多くの人が驚嘆する。優美な形状と官能的な曲線は、時代を超越した美しさを持ち、現代のインテリアにもシームレスに調和する。このタイムレスな魅力が、現在も世界中で愛され続ける理由である。
主な代表作とその特徴
チーフテンチェア(Chieftain Chair, 1949年)
ユールの最も有名で豪華な椅子であり、彼の絶対的傑作と評される。1949年のコペンハーゲン家具職人ギルド展で発表され、デザイン評論家スヴェン・エリク・メラーは「フィン・ユールは疑いなく世界最高の家具デザイナーである」と宣言した。
展覧会でフレデリク国王がこの椅子に座ったとき、ユールは「キングチェア」と名付けるべきか尋ねられた。しかし、エキゾチックで異文化からのインスピレーションを受けていたユールは、単に「これは族長のためにデザインされたものだ」と答えた。1975年のインタビューで、ユールはパリのルーブル美術館訪問から着想を得たと語っている。「正直に言えば、私は構造を盗んだ。さらに、直角と曲線的な背もたれも盗んだ」。
大胆で流麗なフレームと豪華な素材を特徴とし、パワーと洗練を体現する。曲線を描くアームレストと快適さで名高いこの椅子は、マスターキャビネットメーカーのニールス・ヴォッダーとの協働で製作された。その広範な細部へのこだわりは比類なく、彫刻的な作品として周囲に空間を必要とする存在感を持つ。現在もハウス・オブ・フィン・ユールによって生産が継続されている。
モデル45チェア(Model 45 Chair, 1945年)
ユールの初期の傑作の一つであり、伝統からの決別を象徴する革命的作品である。1945年秋の家具職人ギルド展でヴォッダーとの協働により発表され、張地部分を木製フレームから分離することで即座に伝統的様式からの脱却として評価された。
ユールは何年もかけて完璧なイージーチェアに取り組んでおり、この流麗で彫刻的な優雅さを持つデザインには、ほとんど競合するものがない。信じがたいほどの快適さも特徴である。発表直後にニューヨークの近代美術館(MoMA)に収蔵され、1951年のミラノ・トリエンナーレでは金メダルを獲得した。
レザーまたはファブリックで張られた座面と背もたれ、美しく曲線を描くアームレスト、傾斜した後脚は高品質なチーク材で作られ、ユールの細部へのこだわりを示している。多目的に使用でき、部屋の焦点、デスクチェア、オフィスチェア、アクセントチェアとして機能する。この作品は、ユールを20世紀最重要家具デザイナーの一人、特にモダニズム運動における地位を確固たるものにした。
ペリカンチェア(Pelican Chair, 1940年)
ユールのシュルレアリスムへの傾倒が最も顕著に表れた作品であり、彼のすべてのデザインの中で最も時代を先取りしていた。1940年のコペンハーゲン家具職人ギルド展で発表されたとき、その異様な形状と頑丈な脚で目立ち、批評家からは「パンクしたテニスボール」「疲れたセイウチ」と酷評された。
当初は展覧会で展示された2つのオリジナルのみが制作され、数十年にわたってほとんど忘れ去られていた。しかし、2001年にハウス・オブ・フィン・ユールによって再発見され再発行されると、最も愛される作品の一つとなった。
ヘンリー・ムーアやジャン・アルプの抽象彫刻のように、人体の輪郭を反映している。特徴的な柔らかく有機的な形状は、まるで身体が身体を抱きかかえるようであり、座った瞬間にフレンドリーな抱擁を与える。ユールの後期デザインの多くと同様に、複数の快適な座り方を可能にする。現在もデンマークで手縫いで製作され、テキスタイル、シープスキン、レザーで張られ、オーク、ウォールナット、ブラック塗装の脚が選択可能である。
ポエットソファ(Poet Sofa, 1941年)
1941年のコペンハーゲン家具職人ギルド展で発表されたポエットソファは、元々ユール自身の自宅のためにデザインされた。展覧会では、彫刻家シグルヨン・オラフソンの2つの石膏彫刻の隣に展示され、芸術家のアプローチでソファの有機的な形状をデザインし、家具と彫刻の関係を構築した。
この有名なニックネームは10年後の1951年に、ヨルゲン・モーエンセンによる人気デンマーク漫画「詩人と妻(Poeten og Lillemor)」に登場したときに定着した。漫画では、若い詩人がソファに横たわり、人生の不思議を熟考している。流動的で彫刻的な形態は、ユールの芸術的家具デザインへのアプローチを完璧に表現している。
ベーカーソファ(Baker Sofa, 1951年)
ユールのアメリカデビューを飾った記念碑的作品である。1951年にデザインされ、1949年からユールがミシガン州のホリス・ベーカーのために制作していた現代家具コレクションの一部として発表された。大胆な2ピースの背もたれが特徴で、その後ソファの名前のインスピレーションとなった。
オークまたはウォールナットの木製フレームで見事に製作され、張地はすべて手縫いでテキスタイルまたはレザーが使用される。クッションにはスプリングが使用され、最大限の快適さと耐久性を提供する。2010年には、ワンコレクション(現ハウス・オブ・フィン・ユール)によって再発行されたこのソファが、ウォールペーパー・マガジンのデザインアワードで「ベスト・リイシュー/ソファデザイン」カテゴリーを受賞した。
エドガー・カウフマン・ジュニアがユールをアメリカのデザイン界に紹介し、ホリス・ベーカーの注意を引いたことで実現したこのコレクションは、後に「デニッシュ・モダン」として知られるようになり、デンマークデザインのアメリカへの輸出ブームの始まりとなった。
エジプトチェア(Egyptian Chair, 1949年)
チーフテンチェアと同じ1949年のギルド展で発表されたエジプトチェアも、パリのルーブル美術館訪問からインスピレーションを得たとユールは語っている。古代エジプト文化への関心が反映されたこの椅子は、張地の座面と背もたれを備え、ダイニングチェアとしてもデスクチェアとしても機能する多目的性を持つ。美学だけでなく快適性を重視したユールのアプローチが表現されている。
ジャパンチェア(Japan Chair, 1957年)
東洋と西洋の対話を象徴する作品として、ミッドセンチュリーモダンアートとデザインに表現された。広島近郊の著名な厳島神社のシンプルなシルエットから着想を得た。フランス&サン社によって製造され、2人掛けソファ、3人掛けソファ、フットストールを含むシリーズの一部である。
日本の伝統的な建築技法に触発された崇高なシンプルさが特徴で、ミッドセンチュリースカンディナビアンデザインが強調した温かみのある木材、優しいライン、微妙な曲線を体現している。1957年にボヴィルケのためにデザインされ、コペンハーゲンのチボリ公園で初めて展示された。
グラスホッパーチェア(Grasshopper Chair, 1938年)
その名が示す通り、バッタのような特徴的なフォルムを持つこの椅子は、ユールをデザイナーの伝説的地位に押し上げた作品の一つである。1938年にデザインされ、2018年に再発行された。有機的で流麗な形状が特徴で、ヴィルヘルム・ラウリッツェンの建築事務所での仕事中に生まれた初期作品である。
功績と業績
主要な受賞歴
- 1947年:エッカースベルグ・メダル(ビング&グロンダールの店舗内装に対して)
- 1951年:ミラノ・トリエンナーレ金メダル(モデル45チェアに対して)
- 1954年:第10回ミラノ・トリエンナーレ名誉卒業証書(デンマークスタンドのデザインに対して)
- 1950年代:ミラノ・トリエンナーレで合計5つの金メダルを獲得
- 1957年:第11回ミラノ・トリエンナーレで3つの金メダル
- 1957年:デンマーク・ダネブロ騎士勲章
- 2010年:ウォールペーパー・マガジン・デザインアワード「ベスト・リイシュー/ソファデザイン」カテゴリー(ベーカーソファ、死後受賞)
主要プロジェクトと展覧会
- 1946年:コペンハーゲン、アマゲアトーヴのビング&グロンダール店舗内装(現ロイヤル・コペンハーゲン)
- 1948年:コンゲンス・ニュートーヴのスヴェン・シャウマン花屋の内装
- 1951年:シカゴ「グッドデザイン展」参加
- 1951-1952年:国際連合本部信託統治理事会会議場の完全内装デザイン(デンマークから国連への贈り物)
- 1954年:ゲオルグ・イェンセン50周年記念展デザイン(デンマーク装飾芸術博物館、後にロンドン、ワシントンD.C.、ルイビル、ダラス、セントルイスを巡回)
- 1954年:「デザイン・フロム・スカンジナビア展」(ヴァージニア美術館から始まり、アメリカとカナダの24の美術館を3年間巡回、100万人以上が観覧)
- 1958年:ブルーミングデールズでのスカンディナビアンデザイン全店展示
- 1960年代:SASスカンジナビア航空のヨーロッパとアジアにおける33のオフィスとターミナル、および航空機内装のデザイン
- 1965年:シカゴ・インスティテュート・オブ・デザイン客員教授
デザイン活動の範囲
家具デザインを中心としながらも、ユールは幅広い分野で活動した。建築分野では、ヴィルヘルム・ラウリッツェンの下でのラジオハウス、コペンハーゲン空港などの主要プロジェクトに携わった。インテリアデザインでは、高級店舗、大使館、国連会議場などを手がけ、工業デザインではゼネラル・エレクトリックの冷蔵庫、ガラス器、陶磁器をデザインした。また、国際的な展覧会の企画とデザインも数多く手がけた。
レガシーと継承
- 2000年:ハンネ・ヴィルヘルム・ハンセンがデザインの権利をワンコレクション(後のハウス・オブ・フィン・ユール)に譲渡
- 2003年:フィン・ユール賞の設立(家具デザイン分野で顕著な貢献をした人物に毎年授与)
- 2003年:自邸がオードロップゴー美術館の一部として歴史的住宅博物館に
- 現在:ハウス・オブ・フィン・ユールが40点以上の再発行作品を製造
- 1942年設計の自邸:オープンプランデザインの初期例として、デンマーク建築史における重要な作品
評価と後世への影響
フィン・ユールは、ハンス・J・ヴェグナー、アルネ・ヤコブセン、ボーエ・モーエンセン、ポール・ケアホルムとともに、デンマークモダンをミッドセンチュリーアメリカに紹介した功労者として認められている。しかし、ユールはこのグループの中で最初に海外で作品が宣伝されたデザイナーであり、デンマーク家具の特徴—優美さ、職人技、実用性に内在する原則—を国際的な観客にもたらした先駆者である。
独自性と革新性
ユールはスタイリスティックな反逆者として、表現豊かで自由に流れる形状を、同僚たちよりもはるかに早く椅子、サイドボード、ソファのデザインに取り入れた。最も静かな作品でさえ、優雅で人間工学的な、しなやかで曲線的な形態を組み込んでいる。
デンマークでは、カーレ・クリントのデザインに依拠し、より保守的だったボーエ・モーエンセンやハンス・ヴェグナーほどの人気を得られなかった。ユールのより急進的なデザインは、当初は物議を醸し、1940年代を通じて批判を受けた。しかし、まさにこの急進性が、長期的には国際的な評価と影響力をもたらした。
デンマークモダンの父
ユールは「デンマークモダンの父」と呼ばれ、特に1950年代において、「デンマークデザイン」という用語を創造する上で最も中心的な人物だった。この用語は、輸出の成功と、建築、デザイン、芸術の分野におけるモダニズムの独自のバージョンを示し、スカンディナビア福祉社会のトレードマークとなった。
1948年のエドガー・カウフマン・ジュニアによる「インテリアーズ」誌での大規模記事以前、アメリカ人はほとんどデンマークの建築家や家具デザイナーの作品を見たことがなかった。アルヴァ・アアルト(フィンランド)やブルーノ・マットソン(スウェーデン)の家具は1930年代からアメリカで入手可能だったが、その控えめなラインと積層ブロンド材は、ユールの作品の誘惑的に成形された形態や豊かな木目のローズウッドやチークとは全く異なっていた。
彫刻的アプローチの影響
同世代の中で唯一キャビネット製作の訓練を受けていなかったことが、ユールのデザインの独自性を説明している。彼の作品は常に家具というより彫刻のようだと評される。ユール自身も認めているように、「芸術は常に私の主要なインスピレーションの源だった」。
この彫刻的アプローチは、次世代のスカンディナビア建築家に大きな影響を与え、大胆な彫刻的形態と超人間的な快適さの使用に影響を及ぼした。構造の安定性と独特な形態の表現が調和した彼の作品は、20世紀デザインの傑作として世界中の美術館に収蔵されている。
1960-70年代の低迷と1990年代の復活
1960年代から70年代にかけて、ユールのデザインへの関心は一時的に低下した。しかし、1990年代後半に関心が復活し、2000年代には完全な再評価が行われた。2001年のペリカンチェアの再発行、2010年のベーカーソファのウォールペーパー・デザインアワード受賞など、死後もユールの作品は新たな評価を受け続けている。
現代への継続的影響
ユールの家具は、60年から70年前にデザインされたものであることに気づくと衝撃を受けるほど、タイムレスな美しさと現代性を保っている。優美な形状と官能的な曲線は、現代のインテリアにシームレスに溶け込み、モダンデザインの古典として世界中で愛され続けている。
ユールが蒔いたスカンディナビアンスタイルの種は、アメリカで根を下ろし広がった。「デザイン・フロム・スカンジナビア」展の成功後、他の小売業者もノルディック家具を扱い始め、スカンディナビア専門店が全米に出現した。この影響は現在も続いており、ミッドセンチュリーモダンデザインの人気の中核を成している。
ユールの遺産は、建築と家具デザインの境界を曖昧にし、芸術的表現と実用性を完璧に融合させた革新者としての地位を確固たるものにしている。彼の作品は単なる歴史的遺物ではなく、イノベーションの永続的なシンボルであり、偉大なデザインが時代を超越することを証明し続けている。
| 年月 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1938年 | ラウンジチェア | Grasshopper Chair(グラスホッパーチェア) | House of Finn Juhl(2018年再発行) |
| 1940年 | ラウンジチェア | Pelican Chair(ペリカンチェア) | Niels Vodder / House of Finn Juhl(2001年再発行) |
| 1940年 | コーヒーテーブル | Pelican Table(ペリカンテーブル) | Niels Vodder / House of Finn Juhl |
| 1941年 | ソファ | Poet Sofa(ポエットソファ) | Niels Vodder / House of Finn Juhl |
| 1945年 | ラウンジチェア | Model 45 Chair(モデル45チェア/NV45) | Niels Vodder / House of Finn Juhl(2003年再発行) |
| 1946年 | アームチェア | 46 Chair(46チェア) | Niels Vodder / House of Finn Juhl |
| 1946年 | ソファ | 46 Sofa(46ソファ) | Niels Vodder / House of Finn Juhl |
| 1948年 | チェア | 48 Chair(48チェア) | Niels Vodder / House of Finn Juhl |
| 1948年 | ソファベンチ | 48 Sofa Bench(48ソファベンチ) | Niels Vodder / House of Finn Juhl |
| 1948年 | コーヒーテーブル | Art Collector's Table(アートコレクターズテーブル) | Niels Vodder / House of Finn Juhl |
| 1948年 | ダイニングテーブル | Silver Table(シルバーテーブル) | Niels Vodder / House of Finn Juhl |
| 1948年 | ダイニングテーブル | Small Silver Table(スモールシルバーテーブル) | Niels Vodder / House of Finn Juhl |
| 1948年 | コーヒーテーブル | Eye Table(アイテーブル) | Niels Vodder / House of Finn Juhl |
| 1948年 | ダイニングテーブル | Bovirke Table(ボヴィルケテーブル) | Bovirke / House of Finn Juhl |
| 1948年 | コーヒーテーブル | Ross Coffee Table(ロスコーヒーテーブル) | House of Finn Juhl |
| 1949年 | ラウンジチェア | Chieftain Chair(チーフテンチェア) | Niels Vodder / House of Finn Juhl(2002年再発行) |
| 1949年 | チェア | Egyptian Chair(エジプトチェア) | Niels Vodder / House of Finn Juhl |
| 1949年 | コーヒーテーブル | Butterfly Table(バタフライテーブル) | Niels Vodder / House of Finn Juhl |
| 1949年 | ソファ | Chieftain Sofa(チーフテンソファ) | House of Finn Juhl |
| 1950年 | ダイニングチェア | Model 109 Chair(モデル109チェア/NV109) | Niels Vodder / House of Finn Juhl |
| 1951年 | ソファ | Baker Sofa(ベーカーソファ) | Baker Furniture / House of Finn Juhl |
| 1951年 | コーヒーテーブル | Cocktail Table(カクテルテーブル) | Baker Furniture / House of Finn Juhl |
| 1951年 | ベンチ | Cocktail Bench(カクテルベンチ) | Baker Furniture / House of Finn Juhl |
| 1953年 | チェア | 53 Chair(53チェア) | Niels Vodder / House of Finn Juhl(2015年再発行) |
| 1953年 | ソファ | 53 Sofa(53ソファ/NV53) | Niels Vodder / House of Finn Juhl |
| 1953年 | ダイニングテーブル | Nyhavn Dining Table(ニューハウンダイニングテーブル) | House of Finn Juhl |
| 1953年 | デスク | Nyhavn Desk(ニューハウンデスク) | House of Finn Juhl |
| 1953年 | チェア | Reading Chair(リーディングチェア) | House of Finn Juhl(2015年再発行) |
| 1953年 | ベンチ | Table Bench(テーブルベンチ) | House of Finn Juhl |
| 1953年 | 収納 | Panel System(パネルシステム) | House of Finn Juhl |
| 1953年 | ソファ | 77 Sofa(77ソファ) | House of Finn Juhl |
| 1953年 | フットストール | Chieftain Footstool(チーフテンフットストール) | House of Finn Juhl |
| 1956年 | ラウンジチェア | Model 136 Chair(モデル136チェア) | France & Daverkosen |
| 1957年 | ソファ | 57 Sofa(57ソファ) | Bovirke / House of Finn Juhl |
| 1957年 | チェア | Japan Chair(ジャパンチェア) | France & Søn / House of Finn Juhl |
| 1957年 | ソファ | Japan Sofa Two Seater(ジャパンソファ2人掛け) | France & Søn / House of Finn Juhl |
| 1957年 | ソファ | Japan Sofa Three Seater(ジャパンソファ3人掛け) | France & Søn / House of Finn Juhl |
| 1957年 | フットストール | Japan Footstool(ジャパンフットストール) | France & Søn / House of Finn Juhl |
| 1961年 | 収納 | Glove Cabinet(グローブキャビネット) | House of Finn Juhl(2015年再発行) |
| 1962年 | コーヒーテーブル | 500 Table(500テーブル) | France & Søn / House of Finn Juhl |
| 1962年 | デスク | Kaufmann Table(カウフマンテーブル) | House of Finn Juhl |
| 1965年 | チェア | Jupiter Chair Model 218(ジュピターチェア) | France & Daverkosen |
| 1965年 | ソファ | Jupiter Sofa Model 218(ジュピターソファ) | France & Daverkosen |
| 年代不詳 | チェア | 44 Chair(44チェア) | House of Finn Juhl |
| 年代不詳 | ダイニングチェア | 108 Chair(108チェア) | House of Finn Juhl |
| 年代不詳 | チェア | France Chair(フランスチェア) | House of Finn Juhl |
| 年代不詳 | チェア | Fireplace Chair(ファイアプレースチェア) | House of Finn Juhl |
| 年代不詳 | チェア | Kettelhut Chair(ケッテルハットチェア) | House of Finn Juhl |
| 年代不詳 | チェア | Whisky Chair(ウィスキーチェア) | House of Finn Juhl |
| 年代不詳 | チェア | Willadsen Chair(ウィラッセンチェア) | House of Finn Juhl |
| 年代不詳 | ソファ | Little Mother Sofa(リトルマザーソファ) | House of Finn Juhl |
| 年代不詳 | ソファ | Wall Sofa(ウォールソファ) | House of Finn Juhl |
| 年代不詳 | ソファ | Willadsen Sofa(ウィラッセンソファ) | House of Finn Juhl |
| 年代不詳 | コーヒーテーブル | Tray Table(トレイテーブル) | House of Finn Juhl |
| 年代不詳 | 収納 | Sideboard(サイドボード) | House of Finn Juhl |
| 年代不詳 | 収納 | Hulsø Shelf(フルソーシェルフ) | House of Finn Juhl |
| 年代不詳 | ラグ | Circle Rug(サークルラグ) | House of Finn Juhl |
| 1950年代 | 工業製品 | 冷蔵庫 | General Electric |
| 年代不詳 | ガラス器 | 各種 | 不明 |
| 年代不詳 | 陶磁器 | 各種 | 不明 |
Reference
- Finn Juhl - Wikipedia
- https://en.wikipedia.org/wiki/Finn_Juhl
- About Finn Juhl | House of Finn Juhl
- https://finnjuhl.com/about/about-finn-juhl
- The Work of Finn Juhl Still Defines Good Design - 1stDibs Introspective
- https://www.1stdibs.com/introspective-magazine/finn-juhl/
- Finn Juhl (1912 - 1989) Influential Danish Designer - Encyclopedia of Design
- https://encyclopedia.design/2022/07/07/finn-juhl-influential-danish-designer/
- Finn Juhl Biography | Casati Gallery
- https://www.casatigallery.com/designers/finn-juhl/
- Finn Juhl - Danish Teak Classics
- https://www.danishteakclassics.com/about/designers/finn-juhl/
- Finn Juhl – The Golden Age of Danish Design - Daily Scandinavian
- https://www.dailyscandinavian.com/finn-juhl-the-golden-age-of-danish-design/
- Finn Juhl - Designer Biography and Price History on 1stDibs
- https://www.1stdibs.com/creators/finn-juhl/
- Finn Juhl: The Pioneer of Danish Modern Design — The Design Editions
- https://www.thedesigneditions.com/journal/finn-juhl-the-pioneer-of-danish-modern-design
- Timeline | House of Finn Juhl
- https://finnjuhl.com/about/timeline
- Finn Juhl – Design Within Reach
- https://www.dwr.com/designer-finn-juhl?lang=en_US
- Furniture by Finn Juhl | House of Finn Juhl
- https://finnjuhl.com/collection