概要

フィン・ユール(1912-1989)は、デンマークの建築家・家具デザイナーである。建築を学びながら家具については独学で、家具職人ニールス・ヴォッダーとの協働を通じて設計を実現した。座面と背もたれを木の枠から視覚的に切り離す構成を1940年代に確立し、以後の作品の基本形とした。1950年からは米国ベーカー・ファニチャーのために量産向けの設計を手がけ、デンマークの家具が米国市場に入る過程で早い時期に紹介された設計者にあたる。

バイオグラフィー

1912年1月30日、コペンハーゲン近郊のフレゼリクスベアに生まれた。1930年にデンマーク王立芸術アカデミー建築学校に入り、カイ・フィスカーに学ぶ。在学中の1934年から建築家ヴィルヘルム・ラウリッツェンの事務所で働き始め、デンマーク放送協会のラジオハウスやコペンハーゲン空港の仕事に加わった。実務が多忙となり、建築学校を正式に修了することはなかった。

1937年、第11回コペンハーゲン家具職人組合展に出品して家具の設計者として活動を始める。同年から家具職人ニールス・ヴォッダーとの協働が始まり、1959年まで続いた。1942年には父から相続した資金で自邸を設計・建設している。

1945年にラウリッツェンの事務所を離れ、コペンハーゲンのニューハウンに自身の設計事務所を開いた。同年からデンマーク・デザインスクールで教え、1955年まで務めている。

1948年、ニューヨーク近代美術館の工業デザイン部門を率いていたエドガー・カウフマン・ジュニアが北欧を訪れ、ユールの家具を米国の雑誌『インテリアズ』で紹介した。これを機に米国での認知が広がり、1950年にはミシガン州のベーカー・ファニチャーから量産向けの設計を委嘱される。1951年から1952年にかけては、デンマークから国連への贈与として実現した国際連合本部・信託統治理事会議場の内装を担当した。

1960年代以降は関心が一時的に低下したが、1990年代後半から再評価が進んだ。1989年5月17日、コペンハーゲンで没した。2000年に設計の権利がワンコレクション(現ハウス・オブ・フィン・ユール)に移り、自邸は2003年からオードロップゴー美術館の一部として公開されている。

デザインの思想と方法

ユールが扱ったのは、椅子を「支えるもの」と「支えられるもの」に分けて考えるという問題である。木の枠が荷重を受け、その上に身体を受ける面が載る。この二つを同じ輪郭にまとめず、別々の形として扱えば、面は枠から離れて見える。彼の椅子の多くはこの操作から出発している。

枠と面を切り離す

1945年のモデル45以降、座面と背もたれを木の枠から浮かせる構成が定型となった。張り包んだ面は枠の内側に収まらず、接点だけで支えられる。荷重は接点に集中するため、枠の断面はその位置に合わせて変化する。曲線的な肘掛けや後傾した後脚は装飾ではなく、この荷重の流れに対応した形状である。構造が外から読めるという点で、切り離しは造形上の効果と説明の役割を兼ねている。

家具職人と組んで形を決める

ユールは家具の製作技術を独学で身につけており、実現はニールス・ヴォッダーの工房に依存していた。曲面をもつ部材の加工可否は工房で確かめられ、図面と現物のあいだで形が詰められた。家具職人組合展という発表の場が、設計者と工房が一組で新作を出す仕組みだったため、この進め方が成立している。

チーク材の採用

当時のデンマークの家具がオークやビーチを主としていたのに対し、ユールはチークをはじめとする濃色の木材を継続して用いた。チークは加工時の反応が国産材と異なるため、接合や仕上げの手順を工房と詰める必要があった。この経験が、その後のデンマーク家具でチークが広く使われる下地になっている。

量産への移行

1950年のベーカー・ファニチャーとの仕事は、少量生産の工房から工場生産へ設計を移す作業だった。ユールは工場を訪ねたうえで、椅子・テーブル・収納など24点を設計している。枠と面を切り離す構成を保ちながら、部材の形状を機械加工で出せる範囲に収める調整が行われた。

代表作にみる方法

ペリカンチェア(1940年)

枠を外から見せず、全体を張り包んだ椅子である。左右に張り出した背が身体を囲い、正面以外の姿勢でも座れる。木の枠と張り地を分ける後年の構成とは逆の方向にあり、面だけで椅子を成立させる試みにあたる。発表当時は評価されず、生産は展示用の二脚にとどまった。2001年に復刻されている。→ペリカンチェア

モデル45(1945年)

1945年秋の家具職人組合展でヴォッダーとの協働により発表された。座面と背もたれを木の枠から離し、接点だけで支える構成をとる。枠の断面は接点の位置で太くなり、そこから先端に向けて細くなる。荷重の配分が輪郭にそのまま出ているため、どこで支えているかが見て分かる。ニューヨーク近代美術館が1950年に収蔵している(収蔵番号214.1950.1-2)。→モデル45チェア

チーフテンチェア(1949年)

1949年の家具職人組合展で発表された大型のラウンジチェアである。背もたれ・座面・肘掛けをそれぞれ独立した面として扱い、それらを支える枠が下に通る。部材ごとに断面が変わり、接合部で細くなるため、大きさに比して重く見えない。枠と面の切り離しを最も大きな寸法で行った例にあたる。→チーフテンチェア

国際連合 信託統治理事会議場(1951-1952年)

デンマークから国連への贈与として実現した内装で、ユールの仕事のなかで最も規模が大きい。議場の天井・壁面・座席配置・造作家具までを一括して設計した。家具単体ではなく、議事の進行という用途から室全体の構成を決めるという建築側の仕事にあたり、彼が建築の訓練を受けていたことが直接に生きている。

ベーカーソファ(1951年)

ベーカー・ファニチャーのために設計した長椅子で、背もたれを二つに分けた構成をとる。分割は形の都合ではなく、工場での張り工程と輸送の単位に合わせたものである。工房で一点ずつ作る前提から、工場で反復して作る前提へ設計条件が移ったことが、この分割に表れている。→ベイカーソファ

評価と影響

ユールは一般に、デンマークの家具を米国市場へ橋渡しした設計者と評価されている。1948年の『インテリアズ』誌での紹介、1951年のシカゴ「グッド・デザイン」展への参加、1950年からのベーカー・ファニチャーとの仕事が、その具体的な経路にあたる。

設計の面では、コーア・クリントに始まる実測と類型研究の系譜とは別の方向を示した点が挙げられる。ボーエ・モーエンセンハンス・J・ウェグナーが既存の型を整理する方向に進んだのに対し、ユールは枠と面を分離するという構成上の操作から新しい形を導いた。国内では当初この方向が受け入れられず、評価は国外から先に確立している。

1951年から1952年の国連議場の仕事は、デンマークの設計が国際的な公共空間で採用された初期の例として言及される。2000年代以降、ハウス・オブ・フィン・ユールが多数の設計を復刻し、自邸も公開されている。

受賞・収蔵

受賞

収蔵

以下の収蔵が確認できる(MoMA=ニューヨーク近代美術館、V&A=ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、Met=メトロポリタン美術館、AIC=シカゴ美術館)。

  • MoMA アームチェア(モデル45、1945年) 収蔵番号 214.1950.1-2
  • MoMA アームチェア(モデル48、1946年頃) 収蔵番号 215.1950
  • MoMA アームチェア(1951年) 収蔵番号 216.1953
  • V&A モデル45 チェア(1945年) 収蔵番号 CIRC.452:1, 2-1969
  • V&A モデル48 チェア(1948年) 収蔵番号 CIRC.451-1969
  • V&A アームチェア(1948年) 収蔵番号 CIRC.460-1970
  • Met セティ(1948年) 収蔵番号 61.7.47
  • Met カンファレンステーブル(1950年) 収蔵番号 61.7.48
  • Met サラダボウル(1949年) 収蔵番号 61.7.49
  • AIC チーフテンチェア(1949年) 収蔵番号 1971.345

作品一覧

発表年 区分 作品名 ブランド
1938年 椅子 グラスホッパー チェア Niels Vodder / House of Finn Juhl
1940年 椅子 ペリカンチェア Niels Vodder / House of Finn Juhl
1941年 ソファ ポエト ソファ Niels Vodder / House of Finn Juhl
1945年 椅子 モデル45チェア Niels Vodder / House of Finn Juhl
1946年 ソファ モデル46ソファ Niels Vodder / House of Finn Juhl
1948年 テーブル シルバーテーブル(ユダステーブル) Niels Vodder / House of Finn Juhl
1949年 椅子 チーフテンチェア Niels Vodder / House of Finn Juhl
1949年 椅子 エジプトチェア Niels Vodder / House of Finn Juhl
1951年 ソファ ベイカーソファ Baker Furniture / House of Finn Juhl
1951-1952年 内装 国際連合 信託統治理事会議場 ニューヨーク、アメリカ
1953年 椅子 No.53 チェア Niels Vodder / House of Finn Juhl
1953年 デスク ニューハウンデスク House of Finn Juhl
1953年 収納 FJ パネルシステム House of Finn Juhl
1957年 ソファ モデル57 ソファ Bovirke / House of Finn Juhl
1957年 椅子 ジャパンチェア France & Søn / House of Finn Juhl
1961年 収納 グローブキャビネット House of Finn Juhl
1962年 デスク カウフマンテーブル House of Finn Juhl
1965年 椅子 ジュピターチェア(モデル218) France & Daverkosen

プロフィール

生没年 1912年1月30日〜1989年5月17日
出身地 デンマーク・フレゼリクスベア
国籍 デンマーク
活動拠点 コペンハーゲン
分野 家具、インテリア、建築
主な協働ブランド Niels Vodder、House of Finn Juhl(Onecollection)、Baker Furniture、Bovirke、France & Søn

Reference

Finn Juhl | House of Finn Juhl
https://www.finnjuhl.com/en/finn-juhl
Finn Juhl | Designmuseum Danmark
https://designmuseum.dk/en/
The Trusteeship Council Chamber | United Nations
https://www.un.org/en/about-us/un-headquarters
Finn Juhl | Britannica
https://www.britannica.com/biography/Finn-Juhl
The Museum of Modern Art Collection
https://www.moma.org/collection/works/2325