概要

ヒロシマ アームチェアは、深澤直人が設計しマルニ木工が2008年に発表した木製の肘掛け椅子である。同社が国外での展開を見据えて立ち上げたMARUNI COLLECTIONの最初の製品にあたる。背もたれから肘へ途切れずに続く面が外観を決めており、10点の部材を接いだうえで、接合部の稜線を削り落として一続きの曲面に見せている。座は板座と張座の2種類、主材はビーチ、アッシュ、オーク、ウォルナットから選べる。発表以来生産が続いており、2020年度のグッドデザイン・ロングライフデザイン賞を受けている。

特徴・コンセプト

背から肘へ続く面をつくる「溶かす」

この椅子でもっとも目を引くのは、背もたれから肘へ回り込む部分である。発売前の試作を検討する場で、深澤はこの接ぎの部分について「もう少し溶かしてほしい」と求めた。溶かすとは、面を磨き落とし、山の稜線のように角をぼかして木の表情を和らげることを指す社内での言い回しである。

この形状には2次元の図面では指定しきれない曲線が多く含まれる。そのためマルニ木工は原寸の試作を前に置き、削り落とすべき線がどこにあるのかを一つずつ確かめながら形を決めていった。図面から機械へ一直線に進めない工程を残したことが、接ぎ目の見えない連続した面につながっている。

側面には外へ向かってわずかに傾斜がつけられている。上面と側面の境で光の当たり方が変わり、天面の輪郭が際立つ。

木肌を覆わない仕上げ

マルニ木工が長く生産してきたクラシック家具は、削り出したのちに塗装を3〜4回重ね、最後に色を乗せる。使用中の手入れを楽にするための工程だが、木肌は別の色に覆われる。深澤とジャスパー・モリソンはこの点を惜しんだ。この椅子で無塗装に近い仕上げが選ばれたのは、その指摘に応えたためである。

通常仕様の仕上げはウレタン塗装とオイル仕上げで、いずれも無垢材の木肌が見える範囲にとどめられている。張座の仕様では、座の部分だけに張り地が張られ、カバーは取り外して交換できる。

木取りと木目合わせ

削り出したときにどの木目が表面へ出てくるかは、材の取り方で決まる。丸太の中心を通して挽く柾目は一本から取れる量が少なく高くつくが、反りや縮みが起きにくい。マルニ木工はこの椅子でも重要な部位に柾目材を用いている。

左右の肘は、削ったあとに現れる木目が対称になるよう材を選び分ける。削る前の材から仕上がりの表情を読む作業で、工場に100人以上いるスタッフのうちこれを担えるのは数人にとどまる。木を選ぶ段階が、そのまま仕上がりの見え方を決める工程になっている。

5軸加工と手仕上げ

部材の削り出しには5軸のCNC機を用いる。どの順序で、どの速度と角度で刃を当てれば品質が安定し、次の工程の手間が減るかをプログラムに落とし込む必要があり、この設定にマルニ木工は継続して手を入れてきた。機械そのものは市販品だが、使い方の作り込みが加工精度を支えている。

機械加工を終えた時点で形状はほぼ決まる。残るのは木目の見え方、触れたときの感触、わずかな角度といった数値で判断しにくい部分で、これらは職人が1脚ずつ磨いて仕上げる。機械加工と手仕事を組み合わせるこの分担は、マルニ木工が創業以来掲げてきた「工芸の工業化」という考え方に沿ったものである。

エピソード

「モッタイナイ」から始まった

出発点は、深澤直人とジャスパー・モリソンがそろってマルニ木工の本社工場を訪れたことにある。二人は同社の加工技術に感心する一方で、塗装を重ねて木肌を覆う仕上げを惜しみ、深澤は日本語で「モッタイナイ」と述べた。塗り重ねる仕上げこそ最良と考えてきた同社にとって、これは想定していなかった指摘であり、新しい製品づくりに取りかかる契機になった。

「HIROSHIMA」という名

発売が近づいた頃、深澤から製品名としてHIROSHIMAを使ってはどうかという提案があった。広島の会社であるマルニ木工にとって、この語は生産地の名にとどまらない。平和の象徴であると同時に原爆の惨禍を想起させる言葉でもあり、社内はすぐには決めかねた。

迷いを伝えた同社に対し、深澤は、平和の象徴として世界の多くの人が知っていて一度聞けば忘れない名であること、地方の中小企業が直接世界へ発信していく時代にあってマルニ木工の海外展開にふさわしいことを挙げた。この説明を受けて社内の意見はまとまり、製品名が決まった。

ミラノでの発表と生産の立ち上がり

世界への披露は2009年4月のミラノサローネである。当時のマルニ木工には海外の取引先がなく、会場での知名度もなかったが、背から肘にかけての面をゆっくり撫でてから腰を下ろす来場者が続いたという。同社はこの反応を、深澤が求めた「溶かす」仕上げによるものと受け止めている。

発売当初の生産数は月40脚程度にとどまっていた。加工プログラムの調整を積み重ねた結果、2019年時点ではその20倍程度まで生産能力が上がったと同社は説明している。

評価と影響

2017年に稼働したアップル・パーク(フォスター・アンド・パートナーズ設計)には、この椅子が数千脚納入されたとマルニ木工は公表している。一般公開されているビジターセンターのカフェでも使われている。

2023年5月のG7広島サミットでは、広島県産ヒノキで製作された首脳会議用の円卓やシェルパデスクとともに、張座仕様のヒロシマ アームチェアが使用された。同社が発注を受けたのは同年2月21日で、製作期間は2か月に満たなかった。

受賞歴・美術館コレクション

2020年度のグッドデザイン賞では、長く生産され支持され続けた製品に贈られるロングライフデザイン賞を受けている。

ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館は、ビーチ材による1脚を収蔵番号W.15-2017で登録している。同館の記録には、10点の部材を組み立て、手で仕上げた椅子であることが記されている。

基本情報

名称 ヒロシマ アームチェア / HIROSHIMA Armchair
デザイナー 深澤直人(Naoto Fukasawa)
ブランド マルニ木工(Maruni Wood Industry)
発表年 2008年
デザインの成立国 日本
分類 アームチェア/ダイニングチェア
主要素材 無垢材(ビーチ、アッシュ、オーク、ウォルナット)
座の仕様 板座/張座(カバーリング交換可)
仕上げ ウレタン樹脂塗装、オイル仕上げ
部材点数 10点
サイズ 幅560mm × 奥行530mm × 高さ765mm
座面高 425mm(板座)/430mm(張座)
重量 8.5kg
受賞 グッドデザイン・ロングライフデザイン賞(2020年度)
収蔵 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(W.15-2017)

Reference

HIROSHIMA(ヒロシマ)アームチェア(板座) | マルニ木工オンラインショップ
https://webshop.maruni.com/c/item/hrarmchair_wood
「モッタイナイ」から生まれる形 HIROSHIMA Vol.1 | マルニ木工
https://webshop.maruni.com/column/stories_vol01/
深澤直人の「溶かす」ディテール HIROSHIMA Vol.2 | マルニ木工
https://webshop.maruni.com/column/stories_vol08/
熟練の技「木目合わせ」HIROSHIMA Vol.3 | マルニ木工
https://webshop.maruni.com/column/stories_vol12/
3次元ってなに? HIROSHIMA Vol.4 | マルニ木工
https://webshop.maruni.com/column/stories_vol17/
どうして「HIROSHIMA」なのか? HIROSHIMA Vol.5 | マルニ木工
https://webshop.maruni.com/column/stories_vol21/
APPLE PARK/アメリカ | マルニ木工
https://webshop.maruni.com/column/stories_vol07/
2023年 G7広島サミット Vol.01 ーご依頼から木取りまでー | マルニ木工
https://webshop.maruni.com/column/stories_vol59/
Hiroshima chair | Victoria and Albert Museum
https://collections.vam.ac.uk/item/O1420563/