深澤 直人:無意識に宿る美学の探求者
深澤直人は、人間の無意識の行為に潜むデザインの本質を見出し、それを静かで力強い造形へと昇華させる稀有な才能を持つ日本のプロダクトデザイナーである。1956年山梨県に生を受け、現在は日本民藝館館長、多摩美術大学副学長として、デザインの実践と教育の両面で日本のデザイン界を牽引している。彼のデザイン哲学「Without Thought(思わず)」は、人々が考えることなく自然に行ってしまう行為の中にこそ、真にグローバルで普遍的なデザインの解があるという洞察に基づいている。
無印良品の壁掛式CDプレーヤー、auの携帯電話INFOBARシリーズ、家電ブランド±0、マルニ木工のHIROSHIMAチェアなど、彼が手がけた作品の多くはニューヨーク近代美術館(MoMA)やデンマークデザイン美術館の永久収蔵品となり、世界中で高い評価を得ている。卓越した造形美とシンプルに徹したデザインで、電子精密機器から家具、インテリアに至るまで、その領域は多岐にわたる。デザインのみならず、その思想や表現は国や領域を超えて深い共感を呼び、現代デザイン界における最も重要な思想家の一人として認識されている。
バイオグラフィー:日本からシリコンバレー、そして世界へ
深澤直人は1956年、山梨県に生まれた。山梨県立甲府工業高等学校を卒業後、御茶の水美術学院での浪人生活を経て、1980年に多摩美術大学美術学部プロダクトデザイン科を卒業。同年、セイコーエプソンに入社し、先行開発のデザインを担当する。この時期に、彼は工業製品におけるデザインの可能性と限界を深く理解し、より自由な創造活動への渇望を育んでいった。
1989年、深澤は新たな視野を求めて渡米し、サンフランシスコの国際的デザインコンサルティング会社ID Two(現IDEO)に入社する。シリコンバレーを中心とした革新的な産業環境の中で、彼は7年半にわたり先端技術とデザインの融合に従事した。この時期の経験は、後の彼のデザイン哲学に決定的な影響を与えることとなる。テクノロジーが人間の生活をどのように変えるのか、そしてデザインがその変化をいかに人間的なものにできるのかという問いが、彼の中で熟成されていったのである。
1996年、深澤は日本に帰国し、IDEO東京支社を設立。そして2003年、満を持して独立し、NAOTO FUKASAWA DESIGNを設立する。この独立が、彼の創造活動における真の開花の始まりであった。同年、彼はタカラ社、ダイヤモンド社との共同プロジェクトとして家電・雑貨ブランド「±0(プラスマイナスゼロ)」を立ち上げ、10月にはau design projectの第一弾として携帯電話「INFOBAR」を発表。これらのプロダクトは瞬く間に大きな話題となり、深澤の名を一躍世界に知らしめることとなった。
現在、深澤は70社以上の世界を代表するブランドのデザインやコンサルティングを手がけながら、日本民藝館館長(第5代)、多摩美術大学副学長、21_21 Design Sightディレクター、良品計画デザインアドバイザリーボード、マルニ木工アートディレクターなど、多数の要職を務めている。また、グッドデザイン賞審査委員長(2010年~2014年)、Braun Prize審査委員(2012年)、LOEWE Craft Prize審査委員(2017年~)として、デザイン界の発展にも大きく貢献している。
デザインの思想とアプローチ:「Without Thought」から「Super Normal」へ
Without Thought:無意識の行為に潜むデザインの本質
深澤直人のデザイン哲学の核心をなすのが「Without Thought」という概念である。「考えない」「思わず」と訳されるこの言葉は、人間が無意識のうちに行ってしまう行為や連想の中にこそ、真に普遍的なデザインの源泉があるという洞察を表している。深澤は述べる:「人間の意識していないときの行動の中にデザインのきっかけがある」と。
1997年より、深澤はDMN(ダイヤモンド・デザイン・マネジメント・ネットワーク機構)のデザインワークショップ「WITHOUT THOUGHT」をデザインディレクターとして継続的に主催している。このワークショップでは、企業のインハウスデザイナーたちとともに、日常生活の中で人々が無意識に行う行為を観察し、そこから新しいデザインの可能性を引き出す実践を重ねている。壁掛式CDプレーヤーや±0の多くの製品がこのワークショップから生まれ、グッドデザイン賞に選定されるなど、高い評価を得ている。
デザインの輪郭:環境とものとの関係性
深澤は自らのデザインを「環境とものとの間の関係の輪郭線を決める行為」と定義している。著書『デザインの輪郭』(TOTO出版、2005年)において、彼は「環境がものに要請している姿、そこに存在すべき姿を見る」ことがデザイナーの役割であると述べている。デザインとは、まったく新しい何かを創造することではなく、すでにそこにあるべき姿を発見し、それに明確な輪郭を与えることなのである。
この思想は、深澤のデザインが持つ独特の「あたりまえ感」を説明している。彼の作品を目にした人々は、しばしば「常にそこにあったかのように感じる」と語る。それは、深澤が環境と人間の関係性の中に潜在的に存在していた形を、巧みに可視化しているからに他ならない。
Super Normal:ジャスパー・モリソンとの共同宣言
2006年、深澤直人は英国のプロダクトデザイナー、ジャスパー・モリソンとともに「Super Normal」を設立した。これは、「特別であること」を競いがちなデザイン界に対する、静かだが力強い提言であった。モリソンは「空間の雰囲気を静かに変えるものこそスーパー・ノーマル」と述べ、深澤とともに、目立つことよりも調和すること、主張することよりも溶け込むことの価値を説いた。
スーパー・ノーマルとは、単なる「普通」ではない。それは、長い時間をかけて洗練され、余計なものがすべて削ぎ落とされた結果として現れる、超越的な普遍性を指している。深澤の多くの作品がMoMAの永久収蔵品となり、発表から20年以上経った今もなお生産され続けているのは、まさにこのスーパー・ノーマルの質を体現しているからである。
「ふつう」と日本民藝との邂逅
深澤のデザイン思想は、日本の民藝運動とも深い親和性を持っている。2012年、彼は日本民藝館の第5代館長に就任し、柳宗悦が提唱した「用の美」の思想と自らのデザイン哲学との対話を深めている。著書『ふつう』(D&DEPARTMENT PROJECT、2020年)において、深澤は「誰もが当たり前に思っていることの核心を探る」ことの重要性を説いている。
彼にとって「ふつう」とは、誰もが常に感じていることの本質であり、それを発見し形にすることがデザイナーの使命なのである。この思想は、名もなき職人たちが生み出した日常の道具の中に美を見出した民藝運動の精神と、驚くほど共鳴している。深澤は、現代のプロダクトデザインにおいて民藝の精神を体現する稀有な存在と言えるだろう。
作品の特徴:静かな存在感と完璧な調和
形態言語の特質
深澤直人の作品に共通するのは、過度な主張を避けながらも強い存在感を放つ、独特の形態言語である。彼のデザインは、鋭角的な線や複雑な装飾を排し、柔らかな曲線と清潔な面によって構成される。しかし、それは単なるミニマリズムではない。深澤の作品には、見る者の心を静かに揺さぶる詩的な質感が宿っている。
HIROSHIMAチェアの背もたれとアームレストを繋ぐ流れるような曲線、壁掛式CDプレーヤーの完璧な正方形、INFOBARのタイル状のボタン配置——これらはすべて、人間の身体や行為、そして空間との理想的な関係性を追求した結果である。深澤のデザインは、使う人の身体に寄り添い、空間に溶け込みながらも、その場の雰囲気を確実に向上させる力を持っている。
素材への深い理解
深澤は、素材が持つ本来の性質を深く理解し、それを最大限に活かすデザインを心がけている。マルニ木工との協働では、木という素材の温もりと強度、加工可能性を熟知した上で、機械加工と職人の手仕事を巧みに組み合わせている。HIROSHIMAチェアのアームから背もたれへと続く柔らかな曲面は、最終的に熟練職人の手作業によって仕上げられ、すべすべとした木肌の心地よさを実現している。
また、家電製品においても、プラスチックや金属といった工業材料に生命を吹き込むことに長けている。±0の加湿器のドーナツ型フォルムは、単なる造形的な美しさだけでなく、蒸気の拡散という機能的要求と、空間に置かれたときの視覚的バランスを同時に満たしている。
色彩の抑制と効果的な使用
深澤のデザインにおける色彩の使用は、極めて抑制的かつ戦略的である。多くの作品はホワイト、グレー、ブラックといったニュートラルな色調を基調としているが、INFOBARシリーズのように、鮮やかな色彩を効果的に用いることもある。初代INFOBARの「錦鯉」「ビル」といったカラーバリエーションは、単なる色の違いではなく、それぞれが異なる世界観を持った独立した作品として機能している。
重要なのは、色彩が装飾としてではなく、製品のアイデンティティや使用時の体験を構成する本質的な要素として扱われていることである。深澤にとって色は、形態や素材と同様に、環境とものとの関係性を調整するための重要なパラメータなのである。
主な代表作とその特徴
壁掛式CDプレーヤー(無印良品、1999年)
深澤直人の名を世界に知らしめた記念碑的作品。換気扇のように壁に掛け、下に垂れたコードを引くことで音楽が流れ出すというコンセプトは、「Without Thought」の思想を完璧に体現している。人々が換気扇のコードを無意識に引いてしまう行為を観察し、それをCDプレーヤーという全く異なる製品に応用した発想の転換は、深澤のデザインアプローチの本質を示している。
この作品は2000年にグッドデザイン賞、2010年にはグッドデザイン・ロングライフデザイン賞を受賞。ニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久収蔵品となり、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館にも収蔵されている。発表から四半世紀が経過した現在も無印良品のアイコン的製品として生産が続けられており、真にタイムレスなデザインの証左となっている。
INFOBAR(au/KDDI、2003年)
2003年、au design projectの第一弾として発表されたINFOBARは、日本の携帯電話市場に革命をもたらした。二つ折りが主流だった当時、あえてバータイプを採用し、タイル状に配置されたボタンは「境目を指で感じる」という触覚的な快楽を提供した。「錦鯉」「ビル」といった独創的なカラーネーミングも話題となり、携帯電話にファッション性と感覚的機能という新しい価値をもたらした。
INFOBARもMoMAの永久収蔵品となり、その後INFOBAR 2(2007年)、INFOBAR xv(2018年)へと進化を遂げている。特にINFOBAR xvは、スマートフォン全盛の時代にあえて「ガラケー」として登場し、デジタルデトックスという新しいニーズに応えた。深澤は「不要なアプリケーションに疲れている人がいる」という洞察から、シンプルさの価値を再提示したのである。
±0(プラスマイナスゼロ、2003年~)
2003年、深澤はタカラ社、ダイヤモンド社との共同プロジェクトとして、家電・雑貨ブランド「±0」を立ち上げた。ブランド名が示すように、これは過剰でも不足でもない、ちょうど良いバランスを追求するプロジェクトであった。
特に2004年に発表されたドーナツ型の加湿器は、従来の家電の概念を覆す造形美で大きな注目を集めた。家電をインテリアの一部として捉え、機能性と美しさを高次元で融合させたこの製品は、2007年にMoMAのパーマネントコレクションに選定された。±0シリーズは、扇風機、電気ケトル、クリーナーなど、日常の家電製品に新しい美的価値をもたらし続けている。
HIROSHIMAチェア(マルニ木工、2008年~)
2008年、深澤はマルニ木工との協働により、MARUNI COLLECTIONの第一弾としてHIROSHIMAシリーズを発表した。創業地の広島の名を冠したこのチェアは、「100年使っても飽きのこないデザインと堅牢さ」を目指したマルニ木工の新しい挑戦の象徴であった。
HIROSHIMAアームチェアは、計算し尽くされたデザインと木工技術の粋を結集した傑作である。背もたれからアームレストへと続く流れるような曲線は、機械加工と職人の手仕事の完璧な調和によって実現されている。2009年のミラノサローネ国際家具見本市で高い評価を得て、マルニ木工の名を世界に知らしめた。
2018年には、ノーマン・フォスターが設計したApple新本社ビル(カリフォルニア州クパチーノ)のビジターセンターに数千脚が納品され、2023年のG7広島サミットでは各国首脳が座るチェアとして採用された。デンマークデザイン美術館のパーマネントコレクションにも認定されており、日本発の木製椅子として世界的な地位を確立している。2010年からは、深澤がマルニ木工のアートディレクターに就任し、継続的な協働関係を築いている。
その他の重要作品
- 携帯電話neon(au/KDDI)
- INFOBARに続くau design projectの作品。光を表現したデザインで、MoMA永久収蔵品。
- B&B ITALIAの家具シリーズ
- 2005年のミラノサローネにて、B&B ITALIA、driade、MAGIS、DANESE、Artemideなど7社から新作を同時発表し、国際的な注目を集めた。
- Panasonic Araunoトイレ
- パナソニック製品で初めて外部デザイナーを起用。清潔感と先進性を両立させたデザイン。
- 日立ビルシステム エレベーター「アーバンエース HF」
- ニューノーマル時代のスタンダードとなるエレベーターデザイン。
- 無印良品 自動運転バス「GACHA」
- フィンランドのSensible 4社と協働した次世代モビリティ。
功績と業績:国際的な評価と多岐にわたる活動
主要な受賞歴
- イサム・ノグチ賞(2018年)
- Collab Design Excellence Award(2024年、日本人初受賞)
- ロイヤルデザイナー・フォー・インダストリー(英国王立芸術協会、2007年)
- IDEA金賞(米国インダストリアルデザイナー協会)
- iF design award金賞(ドイツ)
- red dot design award(ドイツ)
- D&AD金賞(英国)
- 毎日デザイン賞(2002年)
- 織部賞
- DNA Paris Design Awards
- 日本グッドデザイン賞金賞(多数)
- グッドデザイン・ロングライフデザイン賞(2010年、壁掛式CDプレーヤー)
受賞総数は60を超え、彼の作品が国際的に高く評価されていることを示している。
美術館収蔵作品
- ニューヨーク近代美術館(MoMA)パーマネントコレクション:壁掛式CDプレーヤー、INFOBAR、neon、±0加湿器
- ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(ロンドン):壁掛式CDプレーヤー
- デンマークデザイン美術館:HIROSHIMAアームチェア
主要な役職と活動
- 日本民藝館 第5代館長(2012年~)
- 多摩美術大学 副学長(2024年~)
- 21_21 DESIGN SIGHT ディレクター
- 良品計画 デザインアドバイザリーボード(2002年~)
- マルニ木工 アートディレクター(2010年~)
- 一般財団法人THE DESIGN SCIENCE FOUNDATION 設立(2022年)
- グッドデザイン賞審査委員長(2010年~2014年)
- Braun Prize 審査委員(2012年)
- LOEWE Craft Prize 審査委員(2017年~)
- 日本経済新聞社 日経優秀製品・サービス賞 審査委員
- 毎日デザイン賞 選考委員
教育活動
深澤は、自らの豊富な実践経験を次世代に伝えることにも情熱を注いでいる。武蔵野美術大学基礎デザイン学科教授、多摩美術大学客員教授、統合デザイン学科教授、東京大学大学院情報学環・学際情報学府特別講師を歴任。現在は多摩美術大学副学長として、大学全体のデザイン教育の方向性にも関与している。
また、1997年より継続しているデザインワークショップ「WITHOUT THOUGHT」は、企業のインハウスデザイナーたちに、真にグローバルで普遍的なデザイン能力を開発する機会を提供し続けている。このワークショップから生まれた作品の多くが国際的な賞を受賞しており、深澤の教育者としての手腕も高く評価されている。
著作活動
- 『深澤直人のアトリエ』(平凡社、2023年)
- 『ふつう』(D&DEPARTMENT PROJECT、2020年)
- 作品集『Naoto Fukasawa EMBODIMENT』(PHAIDON、2018年)
- 『デザインの輪郭』(TOTO出版、2005年)
- 『DESIGN SCIENCE_01』(学芸みらい社、2023年、共著)
- 『デザインの生態学──新しいデザインの教科書』(東京書籍、2004年、共著)
- 『デザインの原形』(六耀社、2002年、共著)
- 『THE OUTLINE 見えていない輪郭』(共著)
評価と後世への影響:現代デザイン界の指標
国際的な評価
深澤直人は、日本のみならず世界中のデザイン界で最も尊敬されるデザイナーの一人である。2024年にフィラデルフィア美術館で開催された回顧展「Naoto Fukasawa: Things in Themselves」は、彼のデザイン哲学を「outline(輪郭)」「emergence(出現)」「without thought(思わず)」「Super Normal」という四つの原則で提示し、深澤のデザインが単なる造形活動を超えて、人間と環境の関係性を再定義する思想的営為であることを明確に示した。
英国王立芸術協会からロイヤルデザイナー・フォー・インダストリーの称号を授与され、イサム・ノグチ賞を受賞し、2024年には日本人として初めてCollab Design Excellence Awardを受賞するなど、その業績は国際的に高く評価されている。ヨーロッパ、北欧、アジアなど世界を代表するブランドから継続的にオファーが寄せられていることも、彼の実力と信頼の証である。
デザイン思想の影響
深澤の「Without Thought」と「Super Normal」の概念は、21世紀のデザイン思想に大きな影響を与えている。装飾的で自己主張の強いデザインが称賛された時代から、環境に調和し、人々の生活に静かに寄り添うデザインへと価値観がシフトする中で、深澤の思想は時代の先を行くものであった。
特に「Super Normal」展(2006年、ジャスパー・モリソンと共同)は、デザインが「特別であること」を競う必要はなく、むしろ「あたりまえ」であることの中に最高の価値があるという、デザイン界にとって革命的な提言であった。この思想は、持続可能性やミニマリズムが重視される現代において、ますます重要性を増している。
日本のデザイン文化への貢献
日本民藝館館長として、深澤は柳宗悦の民藝思想と現代デザインを橋渡しする重要な役割を果たしている。彼は、名もなき職人が生み出した日常の道具の中に宿る「用の美」と、自らが追求する「Without Thought」の思想が深く共鳴することを示してきた。
深澤の活動は、西洋的なモダンデザインと日本的な美意識を高次元で統合し、グローバルに通用する日本発のデザイン言語を確立した点でも画期的である。彼のデザインは、日本人であることを過度に主張することなく、しかし確かに日本的な感性を体現している。この絶妙なバランス感覚こそが、深澤のデザインが世界中で受け入れられる理由の一つである。
次世代デザイナーへの影響
深澤の教育活動と著作は、次世代のデザイナーたちに大きな影響を与え続けている。「WITHOUT THOUGHT」ワークショップは、企業のインハウスデザイナーたちに、日常の観察から普遍的なデザインを導き出す方法を実践的に学ぶ場を提供してきた。このワークショップから巣立ったデザイナーたちの多くが、現在、日本のデザイン界で活躍している。
また、深澤の著作、特に『デザインの輪郭』は、デザインを学ぶ学生や若手デザイナーにとって必読書となっている。デザインとは何か、デザイナーは何を見るべきか、という根源的な問いに対する深澤の回答は、技術やトレンドを超えた普遍的な価値を持っている。
産業界への影響
深澤のデザインは、多くの企業にとってブランド価値を大きく向上させる原動力となってきた。無印良品における壁掛式CDプレーヤーや数々の家電製品、auにおけるINFOBARシリーズ、マルニ木工におけるHIROSHIMAシリーズなど、深澤がデザインした製品は、それぞれの企業のアイコンとなり、ブランドイメージを大きく向上させた。
特にマルニ木工との関係は象徴的である。2004年のnextmaruniプロジェクトへの参加、2008年のHIROSHIMAシリーズの発表、そして2010年のアートディレクター就任という深澤との協働は、バブル崩壊後に低迷していたマルニ木工を国際的な家具メーカーへと変貌させる原動力となった。HIROSHIMAチェアがApple本社やG7サミットで採用されたことは、日本の木工技術とデザインの力を世界に示す快挙であった。
デザインの民主化への貢献
深澤の仕事は、高級ブランドから日用品まで幅広く及んでいる。B&B ITALIAのような高級家具ブランドから、無印良品のような生活雑貨、±0のような手頃な価格の家電まで、彼のデザインは様々な価格帯で展開されている。これは、良いデザインは一部の富裕層だけのものではなく、すべての人々が享受できるべきだという深澤の信念の表れである。
特に無印良品との長年の協働は、「デザインの民主化」という観点から極めて重要である。深澤は2002年よりデザインアドバイザリーボードのメンバーとして、無印良品のデザイン哲学の形成に深く関与してきた。シンプルで機能的、しかも手頃な価格で良質なデザインを提供するという無印良品の理念は、深澤の「ふつう」や「Super Normal」の思想と完璧に一致している。
現代における意義:持続可能な未来へのデザイン
深澤直人のデザイン哲学は、環境問題や持続可能性が重視される現代において、ますます重要性を増している。「Without Thought」や「Super Normal」という彼の思想は、過剰な消費や短命な製品に対する批判的な視点を内包している。人々が本当に必要とするもの、長く使い続けられるものをデザインすることこそが、持続可能な社会への貢献である——深澤のデザインは、そのような静かだが力強いメッセージを発し続けている。
壁掛式CDプレーヤーが25年以上、HIROSHIMAチェアが15年以上生産され続けていることは、真に優れたデザインがトレンドを超越し、時代を超えて愛され続けることの証明である。これは、新しいモデルを次々と投入することで消費を促す現代の産業構造に対する、デザインからの提言でもある。
また、深澤が2022年に設立した一般財団法人THE DESIGN SCIENCE FOUNDATIONは、デザインを単なる造形活動ではなく、人間と環境の関係を科学的に探求する学問として位置づけようとする試みである。これは、デザインの社会的責任と可能性をさらに拡大する重要な一歩と言えるだろう。
結語:見えない輪郭を描き続ける
深澤直人は、デザインの本質を「環境とものとの間の関係の輪郭を描くこと」と定義した。その輪郭は、目に見えるものではない。それは、人々の無意識の行為の中に、日常の何気ない瞬間の中に、すでに存在していながら明確化されていなかった関係性である。深澤の仕事は、その見えない輪郭に線を引き、形を与え、私たちの生活を静かに、しかし確実に豊かにすることである。
彼のデザインは主張しない。叫ばない。しかし、そこに存在することで、空間の雰囲気を変え、人々の行為を自然に導き、生活の質を向上させる。それは、深澤が一貫して追求してきた「あたりまえ」の中に宿る超越的な美の実現である。
2024年、68歳となった深澤直人は、なお精力的に創作活動を続けている。フィラデルフィア美術館での回顧展、Collab Design Excellence Awardの受賞、多摩美術大学副学長への就任——これらは、彼のキャリアの集大成であると同時に、新たな創造への出発点でもある。日本民藝館館長として民藝思想の現代的展開を模索し、THE DESIGN SCIENCE FOUNDATIONを通じてデザインの学問的基盤を構築し、次世代の教育に力を注ぐ深澤の姿勢は、真のデザイナーとは何かを私たちに示し続けている。
深澤直人のデザインは、21世紀を代表する日本の文化的達成の一つである。彼が描き続ける「見えない輪郭」は、これからも世界中の人々の生活を静かに、しかし確実に変えていくであろう。そして、その思想と実践は、未来のデザイナーたちに永遠のインスピレーションを与え続けるに違いない。
作品一覧
| 年月 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1999年 | オーディオ | 壁掛式CDプレーヤー | 無印良品 |
| 2000年 | 家具 | ラウンドチェア | 無印良品 |
| 2000年 | 照明 | スタンドライト | 無印良品 |
| 2002年 | 時計 | 壁掛け時計 | 無印良品 |
| 2003年 | 携帯電話 | INFOBAR | au/KDDI |
| 2003年 | 携帯電話 | neon | au/KDDI |
| 2004年 | 家電 | 加湿器(ドーナツ型) | ±0 |
| 2004年 | 家電 | 扇風機 | ±0 |
| 2004年 | 家電 | 電気ケトル | ±0 |
| 2005年 | 家具 | ソファ | B&B ITALIA |
| 2005年 | 家具 | チェア・テーブル | driade |
| 2005年 | 家具 | チェア | MAGIS |
| 2005年 | 家具 | テーブルウェア | DANESE |
| 2005年 | 照明 | 照明器具 | Artemide |
| 2007年 | 携帯電話 | INFOBAR 2 | au/KDDI |
| 2008年 | 家具 | HIROSHIMAアームチェア | マルニ木工 |
| 2008年 | 家具 | HIROSHIMAアームレスチェア | マルニ木工 |
| 2008年 | 家具 | HIROSHIMAラウンジチェア | マルニ木工 |
| 2008年 | 家具 | HIROSHIMAダイニングテーブル | マルニ木工 |
| 2008年 | 家具 | HIROSHIMAソファ | マルニ木工 |
| 2009年 | 家電 | トイレ Arauno | Panasonic |
| 2010年 | 家具 | Roundishチェア | マルニ木工 |
| 2010年 | 家電 | 炊飯器 | 無印良品 |
| 2011年 | 家具 | Takoテーブル | マルニ木工 |
| 2012年 | 家電 | 冷蔵庫 | 無印良品 |
| 2013年 | 家電 | 電気ケトル | 無印良品 |
| 2013年 | 建材 | キッチン フロートタイプ | Panasonic |
| 2014年 | 家具 | MEGUROチェア | マルニ木工 |
| 2015年 | 文具 | リフィルペン | 無印良品 |
| 2015年 | 時計 | デジタル時計 | 無印良品 |
| 2016年 | 家具 | Lightwoodチェア | マルニ木工 |
| 2017年 | 家具 | T&Oチェア | マルニ木工 |
| 2017年 | 照明 | デスクライト | 無印良品 |
| 2018年 | 携帯電話 | INFOBAR xv | au/KDDI |
| 2018年 | 家具 | Fuguソファ | マルニ木工 |
| 2019年 | オーディオ | 壁掛けBluetoothスピーカー | 無印良品 |
| 2019年 | 家電 | 空気清浄機 | 無印良品 |
| 2019年 | 建材 | エレベーター アーバンエース HF | 日立ビルシステム |
| 2020年 | オーディオ | ブック型CDプレーヤー | 無印良品 |
| 2020年 | 家具 | ENチェア | マルニ木工 |
| 2021年 | モビリティ | 自動運転バス GACHA | 無印良品 |
| 2021年 | 家具 | SHOTOチェア | マルニ木工 |
| 2022年 | 文具 | ペン各種 | LAMY |
| 2022年 | 家具 | Clubチェア | マルニ木工 |
| 2023年 | 家具 | Botanベンチ | マルニ木工 |
| 2023年 | 家電 | 冷蔵庫 TZシリーズ | AQUA |
| 2024年 | 家具 | MALTAダイニングテーブル | マルニ木工 |
| 2024年 | 家具 | STチェア | マルニ木工 |
| 年代不詳 | 家具 | ソファ本体木製フレーム | 無印良品 |
| 年代不詳 | 家具 | ベンチ | 無印良品 |
| 年代不詳 | バッグ | キャリーケース | 無印良品 |
| 年代不詳 | バッグ | ボストンバッグ | 無印良品 |
| 年代不詳 | バッグ | ソフトキャリーケース | 無印良品 |
| 年代不詳 | 時計 | ソーラーウォッチ | 無印良品 |
| 年代不詳 | 照明 | 壁掛け照明 | 無印良品 |
| 年代不詳 | 雑貨 | クリーニングツール木製柄 | 無印良品 |
| 年代不詳 | 雑貨 | ダッチオーブン | 無印良品 |
| 年代不詳 | 雑貨 | シュレッダー | 無印良品 |
| 年代不詳 | 食器 | 青白磁シリーズ | 無印良品 Found Muji |
| 年代不詳 | 建築 | MUJI HUT | 無印良品 |
| 年代不詳 | 家電 | コーヒーメーカー | 無印良品 |
| 年代不詳 | 家具 | Saiba Chair | Herman Miller |
| 年代不詳 | 家具 | チェア・テーブル各種 | カンディハウス |
| 年代不詳 | 家具 | チェア各種 | Thonet |
※上記は主要作品の一部です。深澤直人は70社以上のブランドで活動しており、全作品を網羅することは困難です。
Reference
- 深澤直人 公式サイト - About
- https://naotofukasawa.com/ja/about/
- 深澤直人 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/深澤直人
- マルニ木工 - 深澤 直人
- https://www.maruni.com/jp/designers/naoto-fukasawa.html
- デザインの輪郭 - TOTO出版
- https://jp.toto.com/publishing/detail/A0260.htm
- WITHOUT THOUGHT - DMN
- https://mctinc.jp/dmn/without_thought
- 2000年 壁掛式CDプレーヤー - 無印良品
- https://www.muji.net/lab/mujiarchive/101111.html
- 深澤直人が語る「INFOBAR xv」と、プロダクトデザインの未来 - WIRED.jp
- https://wired.jp/2018/11/17/infobar-xv-naoto-fukasawa/
- 世界を変えた日本の木の椅子 HIROSHIMA - TECTURE MAG
- https://mag.tecture.jp/event/20240302-107697/
- 深澤直人副学長がCollab Design Excellence Award を受賞 - 多摩美術大学
- https://www.tamabi.ac.jp/news/89124/
- デザイナー 深澤直人「無自覚な状況にフォーカスをする」 - AXIS Web
- https://www.axismag.jp/posts/2021/03/349572.html