テンポ ウォールクロックは、日本を代表するプロダクトデザイナー深澤直人が、イタリアの革新的デザイン家具メーカーMagis(マジス)のためにデザインした壁掛け時計である。2010年のミラノサローネにて初めて発表され、翌2011年より製品化が開始された。

本作は、時計という日常の道具を極限まで単純化しながらも、見る者に親しみと温かみを感じさせるデザインを実現している。深澤が提唱する「スーパーノーマル」の思想を体現した逸品であり、あらゆる空間に溶け込みながらも、確かな存在感を放つプロダクトとして高い評価を得ている。

特徴・コンセプト

テンポ ウォールクロックの最大の特徴は、時計デザインの慣習を見直し、より還元された造形言語を追求している点にある。伝統的な数字表記は簡潔なストローク(線)に置き換えられ、文字盤、針、時刻目盛りの各要素が立体的に浮き上がる構造となっている。この三次元的な凹凸は、光と影の微妙な変化によって時の移ろいを静かに告げる。

スーパーノーマルの実践

深澤直人は2006年、イギリスのデザイナー、ジャスパー・モリソンとともに「スーパーノーマル」という概念を提唱した。これは、特別であることを競いがちなデザイン界において「普通の超越」を掲げる思想である。スーパーノーマルとは、すぐに馴染む「ノーマル」でありながら、従来のものを超える「スーパー」な存在を意味する。テンポ ウォールクロックは、まさにこの哲学を時計というプロダクトにおいて実現したものである。

視覚言語の革新

本作の視覚的効果は、漫画やデジタルアイコンの世界から直接引用したかのような、どこか懐かしさを感じさせるものである。教室の壁に掛けられた時計や、私たちのデスクトップやモバイルデバイスを飾る時計アイコンといった、普遍的なイメージを巧みに取り入れている。深澤は「デザインとは客観的に観察すること」と語り、人々が無意識のうちに時計に対して抱くイメージの本質を形にしている。

素材と製法

ABS樹脂を二点射出成形法により製造することで、軽量性と耐久性を両立させている。白い文字盤を基調とし、フレームと針にはブラウン、オレンジ、グレー、ブラックの各色が用意されており、様々なインテリア空間に対応できる汎用性を備えている。

エピソード

深澤直人とMagisとの協業は、同社創業者ユージニオ・ペラッツァとの出会いに端を発する。深澤が「並外れた嗅覚」と評するペラッツァは、デザイナーの才能を見抜き、その創造性を最大限に引き出すことに長けた人物であった。両者の信頼関係のもと、テンポ ウォールクロックは誕生した。

深澤は「±0」ブランドにおいても複数の時計をデザインしているが、そのウォールクロックは2008年にパリのMAISON & OBJET展にて「Coup de Coeur(一目惚れ)賞」を受賞し、2009年にはグッドデザイン賞を獲得するなど、国内外で高い評価を受けている。テンポ ウォールクロックは、こうした時計デザインにおける深澤の知見が結実した作品といえる。

深澤は「Without Thought(思わず)」というワークショップを1999年から継続的に開催しており、人間が無意識のうちに行う行動の中にこそデザインの契機があるという持論を展開している。テンポ ウォールクロックもまた、私たちが時計を見るという行為の本質を見つめ直すことから生まれた作品である。

評価

テンポ ウォールクロックは、その抑制されたデザインによって、過去のクラシックなモデルを想起させながらも、どの空間においても不必要に注目を集めることなく調和する点が高く評価されている。

英国のデザイナー、マーク・ニューソンは深澤のデザインについて「彼の作品が巧みなのは、非常にシンプルであること。そしてデザイナーなら誰もが知っているように、シンプルに見えるものほど、デザインは難しい」と述べている。また、ジャスパー・モリソンは「彼には明白なアイデアを意外な方法で思いつき、楽しさと真剣さを完璧なバランスで組み合わせる自然な能力がある。直人の作品は他の誰のものよりも優れている」と賞賛している。

ドイツの巨匠ディーター・ラムスもまた「周囲のデザインの混乱に加担することなく、清々しいコントラストを提供する数少ないデザイナーの一人」と深澤を評している。

受賞歴・収蔵

深澤直人は、IDEA金賞、iF design award金賞、D&AD金賞、グッドデザイン賞金賞、毎日デザイン賞など、国内外で50を超える賞を受賞している。2007年には英国王室芸術協会よりロイヤルデザイナー・フォー・インダストリーの称号を授与された。

無印良品の壁掛式CDプレーヤー、au/KDDIのINFOBAR、neonはニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久収蔵品となっており、壁掛式CDプレーヤーはヴィクトリア・アンド・アルバート博物館にも収蔵されている。Magisの製品群もまた世界各地の美術館に展示されており、テンポ ウォールクロックはこうした名作の系譜に連なる作品である。

デザイナー|深澤直人

1956年、山梨県生まれ。1980年に多摩美術大学プロダクトデザイン科を卒業後、セイコーエプソンに入社し先行開発のデザインを担当。1989年に渡米し、ID Two(現IDEOサンフランシスコ)に入社。シリコンバレーを中心としたデザインの仕事に7年半従事した後、1996年に帰国。IDEO東京支社長を経て、2003年にNAOTO FUKASAWA DESIGNを設立。

「行為に相即するデザイン」「意識の中心」「ふつう」「輪郭」「典型」など、独自のデザイン哲学を実践し続けている。日本民藝館館長、多摩美術大学副学長、21_21 Design Sightディレクター、良品計画デザインアドバイザリーボード、マルニ木工アートディレクターなど、多くの要職を務める。2023年に広島で開催されたG7サミットでは、各国首脳が座るチェアとしてマルニ木工のHIROSHIMAアームチェアが採用された。

基本情報

デザイナー 深澤直人(Naoto Fukasawa)
ブランド Magis(マジス)
発表年 2010年(ミラノサローネ)
製造開始 2011年
素材 ABS樹脂(二点射出成形)
サイズ 直径30cm × 奥行4cm
重量 約700g
電源 単三電池(付属)
カラー ブラウン、オレンジ、グレー、ブラック(文字盤はホワイト)
製造国 イタリア