ファウボーチェア(フォーボーチェア) / Faaborg Chair

1914年、デンマーク・フュン島南岸の港町ファウボーで、一脚の椅子が生まれた。のちに「デニッシュモダン最初の名作」と呼ばれるこの椅子は、20代半ばの若きデザイナー、コーア・クリントの手によるものである。建築家カール・ペーターセンがファウボー美術館の設計を進めるなかで、クリントに託されたのは、来館者が絵画の前に腰を下ろし、じっくりと作品を鑑賞するための椅子をデザインするという課題であった。

クリントはこの要求に対し、軽量で持ち運びが容易でありながら、安定性と優雅さを備えた一脚を設計した。古代ギリシャのクリスモス椅子の系譜を引きながらも、一切の装飾を排したその姿は、当時主流だった新古典主義の装飾的な美学とは一線を画すものであった。素材、構造、機能が一体となったデザインは、以降のデンマーク家具に方向性を与え、1950年代に世界的に広がるデニッシュモダンの基盤となった。

ファウボーチェアは、1915年のファウボー美術館開館以来、一世紀以上にわたり生産が続けられている、現役最古のデンマーク家具のひとつである。当初はルッド・ラスムッセン工房が製作を担い、2011年にカール・ハンセン&サンが同工房を取得して以降は、同社がその伝統を受け継いでいる。

特徴とデザインコンセプト

ファウボーチェアの造形は、古代ギリシャ・ローマのクリスモス椅子に範を取りながら、その精神を近代的に再解釈したものである。座面から床に向かって緩やかに弧を描く後脚は、座った者の荷重を自然に受け止めるよう設計され、後脚がそのまま上方へ延びて、大きく湾曲した背もたれの支柱となる。この一連の曲線が、古典の端正さとモダニズムの簡潔さを結びつけている。

クリントは黄金比をはじめとする数学的な比率をこの椅子の設計に取り入れた。背もたれの弧の半径と、床から座面上端までの高さが同一寸法で統一されるなど、各部の寸法は幾何学的な関係のもとに決められている。この数理的なアプローチは、クリントが後年体系化する「内側から外側へ」という設計思想の萌芽でもあった。

素材と手仕事

背もたれに施された手編みの籐(ラタン)は、ファウボーチェアの象徴的なディテールである。もともとクリントが籐を選んだのは、座面や背を透かすことで美術館のタイル床を見せるためであり、椅子の軽量化にも寄与するという合理的な判断に基づいていた。現在の生産品でも、一脚の籐編みには約20時間を要し、熟練した一人の職人が手作業で仕上げている。

フレームには、オーク、ウォルナット、マホガニーといった無垢材が用いられる。現在ではCNC加工機によってフレーム部材が切り出されるが、組み立ては今も手作業で行われ、機械の精度と手仕事が共存している。座面には現在、上質なレザーが採用されている。

誕生のエピソード

ファウボーチェアの起源は1912年に遡る。フュン島の画家集団「フュン派」の作品を展示する美術館が、実業家マス・ラスムッセンの夏の邸宅に隣接して計画された。設計は新古典主義建築の旗手であったカール・ペーターセンに委ねられ、クリントは1913年12月にペーターセンの助手として参加した。

1914年2月には書庫用のソファや書棚の図面が描かれ、展示室用の椅子、すなわちファウボーチェアの最初の設計図面は同年6月に完成した。その後、縮小模型と実寸大の試作品が製作され、翌1915年の美術館開館に合わせて披露された。

この椅子の設計にあたっては、ペーターセン自身も背もたれ上端の曲がり方について修正を提案したとされ、クリントは後年、その助言が設計上の重要な議論であったことを認めている。師弟の対話から生まれた一脚は、デンマーク家具デザイン史における転換点として記憶されている。

評価と影響

ファウボーチェアは、デニッシュモダンの最初の古典として国際的に評価されている。装飾を排し、機能と構造と素材の統一を追求するクリントの設計思想は後続の世代に引き継がれ、ハンス・J・ウェグナー、アルネ・ヤコブセン、ボーエ・モーエンセン、ポール・ケアホルムといったデンマークの家具デザイナーたちに影響を与えた。人体の寸法に基づいて家具を「内側から外側へ」構築するというクリントの方法論は、その後のデンマークデザインの黄金期を支える基盤となった。

現在もカール・ハンセン&サンによって生産が続けられているファウボーチェアは、一世紀を超えてなお古びない。その事実が、クリントが追求した普遍性の確かさを示している。

基本情報

正式名称 KK96620 ファウボーチェア(フォーボーチェア) / KK96620 Faaborg Chair
デザイナー コーア・クリント(Kaare Klint, 1888–1954 / デンマーク)
デザイン年 1914年
発表 1915年(ファウボー美術館開館時)
製造元(現行) カール・ハンセン&サン(Carl Hansen & Søn / デンマーク)
製造元(当初) ルッド・ラスムッセン(Rud. Rasmussen)※2011年にカール・ハンセン&サンが取得
フレーム素材 オーク材(FSC™認証)、ウォルナット材、マホガニー材(FSC™認証)
背もたれ 手編みラタン(籐)
座面 レザー(Sif 90 / Sif 98)
サイズ W700 × D545 × H730 mm / 座面高 440 mm
仕上げ オイル仕上げ(オーク・ウォルナット)、ラッカー仕上げ(マホガニー)
製造国 デンマーク
参考価格帯 仕様により変動。最新価格は正規販売店にご確認ください
スタッキング 不可