コーア・クリント:デンマーク近代家具デザインの父
コーア・クリント(Kaare Klint、1888-1954)は、デンマーク近代家具デザインにおいて最も重要な人物であり、「デンマーク近代家具デザインの父」として広く認知されている。建築家、家具デザイナー、そして教育者として、彼は機能主義と人間工学に基づく科学的アプローチを家具デザインに導入し、デンマークデザインの黄金時代の礎を築いた。1924年に王立デンマーク美術アカデミーに家具科を設立し、初代教授として、ハンス・J・ウェグナー、ボーエ・モーエンセン、アルネ・ヤコブセン、ポール・ケアホルムといった後世を代表するデザイナーたちを育成した。
生涯と創造的キャリア
初期:建築家の息子として
1888年12月15日、コーア・クリントはコペンハーゲンのフレデリックスバーグ地区に生まれた。父親は著名な建築家ペーダー・ヴィルヘルム・イェンセン・クリント(P.V. Jensen-Klint)であり、後にコペンハーゲンの象徴的建築物グルントヴィークス教会を設計することとなる。当時、父は画家としての道を諦め、建築家へと転身しようとしていた時期であった。
クリントは幼少期から建築に囲まれて育ち、当初は絵画を学んだが、やがて父とカール・ピーターセンの下で建築を学ぶようになった。カルンボーとコペンハーゲンで家具職人としての修業を積み、技術学校やイェンス・モラー・イェンセンの家具学校、そしてヨハン・ローデの下でアーティスト・スタジオ・スクールで学んだ。この多様な教育背景が、後の彼の学際的なアプローチの基礎となった。
キャリアの始まり:ファーボー美術館プロジェクト
1914年、26歳のクリントに転機が訪れた。師であるカール・ピーターセンから、ファーボー美術館の家具と設備のデザインを手伝ってほしいとの依頼を受けたのである。この共同プロジェクトのため、二人は18世紀の伝統的な椅子の形態を研究し、ネオクラシック様式の「ファーボーチェア」を生み出した。籐の背もたれと牛革の座面を持つこの椅子は、発表当時と変わらぬ卓越した品質で現在も製造され続けている名作であり、クリントのデザインキャリアの幕開けを飾る記念碑的作品となった。
教育者としての役割:家具科の設立
1920年、クリントはコペンハーゲンに自身の事務所を設立。その後20年間、トーヴァルセン美術館やデンマーク工芸博物館のための家具をデザインした。特に1920年から1926年にかけて、イヴァー・ベンツェンとともにデンマーク工芸博物館の改修に携わり、博物館のすべての備品をデザインした。この期間、彼は博物館を拠点に教育、仕事、生活を営み、20世紀のデンマーク建築家やデザイナーたちの師となった。
1923年、王立デンマーク美術アカデミーに家具科が新設されることとなり、クリントはその設立に貢献した。1924年に准教授として、その後教授として就任。この役職を1954年の死去まで務めた。彼の教育アプローチは革命的であった。スタイル重視の従来の学術的教育とは対照的に、機能主義と建築・家具デザイン原理の実践的研究を優先した。彼は家具科を建築事務所のように組織し、講師として助言を与えるだけでなく、学生とともに製図台に向かった。
国際的認知と後期の作品
クリントの家具は1929年のバルセロナ万国博覧会のデンマーク館で国際的に展示され、1937年のパリ展でも注目を集めた。1929年のバルセロナ万博では、デンマーク館の展示デザイン全体を手掛け、デンマークデザインの国際的評価を高めることに貢献した。
1930年に父P.V.イェンセン・クリントが死去すると、コーアは父の未完のプロジェクトを完成させる責任を引き受けた。最も重要なものは、1921年に着工されたグルントヴィークス教会であり、クリントは10年をかけて1940年にこの記念碑的建築を完成させた。また、1936年から1937年にかけて、父のスケッチに基づいてベツレヘム教会を設計し、1938年に献堂式が行われた。
Le Klint社との関わり
1943年、兄のターゲ・クリント(Tage Klint)が照明ブランド「Le Klint(レ・クリント)」を設立した。このブランドの起源は、1901年に父P.V.イェンセン・クリントが日本の折り紙をヒントに、オイルランプのあかりを調節するためのプリーツ加工されたシェードを作ったことに遡る。コーアは芸術的側面を担当し、「ランタン」(モデル101)や「モデル306」といった象徴的なランプをデザインした。特に「ランタン」は「フルーツランタン」とも呼ばれ、細かいプリーツが特徴的で、Le Klint社のロゴのアイコンとしても使用されるほど、ブランドを代表する作品となった。
晩年と遺産
クリントは1954年3月28日、コペンハーゲンで65歳の生涯を閉じた。教授職は弟子のオーレ・ヴァンシャーが引き継ぎ、クリントの教えと哲学は次世代に受け継がれた。彼の作品の多くは、ルド・ラスムッセン社(現カール・ハンセン&サン)によって製造され続けており、タイムレスな魅力を今も放ち続けている。
デザイン哲学:機能、比例、そしてリ・デザイン
機能主義と人間工学の先駆者
コーア・クリントのデザイン哲学の中核は、機能主義と人間工学への献身であった。バウハウスなどのモダニズム運動が伝統を拒絶したのに対し、クリントは異なるアプローチを採用した。彼は、素材、比例、古典家具の構造を徹底的に理解することが、新しいデザインの最良の基盤であると信じていた。
クリントは家具デザインと人間の比率の関係を詳細に研究することに大きく貢献した。日常生活の道具としての椅子の定義を再考し、微調整することに関心を持ち、大規模な研究を行った。この理論的アプローチは人体計測と呼ばれ、後の家具デザイナーや工業デザイナーにとって必須のものとなった。研究の一環として、クリントは収納するものに合わせて収納ユニットを特別にデザインし、引き出しや棚の標準寸法を確立した。
リ・デザインの思想
クリントの最も重要な貢献の一つは、「リ・デザイン」(Re-design)の概念を確立したことである。彼は、形態は歴史を通じて完成されてきたものであり、完全に再発明する必要はなく、形状、線、素材の面で現代性を加えることができると信じていた。この哲学は、彼の多くの作品に反映されている。
例えば、1933年のサファリチェアは、イギリス軍の将校が使用していた折りたたみ式のキャンペーンチェア(ルールキーチェア)をリ・デザインしたものである。1927年のレッドチェアは、18世紀のイギリスのデザイナー、トーマス・チッペンデールの椅子を参照している。これらの作品は、模倣と創造的再訪の間の絶妙なバランスを示している。
素材と職人技への敬意
クリントは常に、明確で論理的なデザイン、クリーンなライン、最高品質の素材、卓越した職人技を追求した。彼の作品は、高い職人技、機能主義、そして上質な木材への愛によって特徴づけられる。キューバ産マホガニー、チーク、オーク、アッシュなど、最高級の木材を使用し、多くの作品はルド・ラスムッセン社の小さな工房で手作りされた。
1930年のインタビューで、クリントは理論と芸術性の間の理想的な相互作用について次のように述べている。「デザイナーは家具の製図を学ぶことができます。項目から項目へと、無味乾燥な事実に基づいて。しかしデザイナーは同時に、デザイナー自身が生きる時代に適した芸術的感覚をそこに与えるべきです。」
空間との調和
クリントはデザインと環境の関係を深く意識していた。彼は、自身のデザインが決して空間を支配すべきではなく、形態と機能を統合し、全体との調和を保つべきだと主張した。この哲学は、家具が単独で存在するのではなく、建築空間と使用者との対話の中に位置づけられるという考えを反映している。
作品の特徴:タイムレスな美しさと機能性の融合
形態的特徴
コーア・クリントの家具デザインは、以下の特徴によって識別される。
- クリーンで純粋なライン:余分な装飾を排除し、本質的な美しさを追求。直線と曲線の絶妙なバランス。
- 人間の比率に基づく比例:人体計測学に基づいた寸法設定により、使用者に最適な快適さを提供。
- 古典への敬意と現代性:歴史的家具を研究し、現代の素材と技術で再解釈。
- 構造の明瞭性:家具の構造が明確に理解でき、各部材の役割が視覚的に認識できる。
- 視覚的軽さと安定性:細身のフレームと計算された重量配分による、軽やかでありながら堅牢な造形。
素材の選択と扱い
クリントは素材の選択において妥協を許さなかった。キューバ産マホガニー、チーク、オーク、アッシュなど、最高級の木材を使用し、それぞれの木材の特性を最大限に活かした。革張りの作品では、ニジェールレザーや上質な牛革を使用し、経年変化を楽しめる素材選びを行った。サファリチェアのキャンバス地、籐細工など、伝統的な素材を現代的にアレンジする手法も特徴的である。
タイムレスなデザイン
クリントの家具が100年以上経った今も生産され続け、愛され続けている理由は、流行に左右されないタイムレスな美しさにある。彼は一時的なトレンドではなく、永続的な価値を持つデザインを追求した。シンプルで上品、そして国内素材を用いた全体的な品質への追求が、彼の作品の持続的な魅力を生み出している。
多様性と適応性
クリントは家具だけでなく、テキスタイル、照明、オルガン、さらには建築まで、複数のスケールのデザインをマスターした。それぞれの分野において、同じ哲学的アプローチ—機能、比例、素材への敬意—を貫いた。この学際的な能力が、彼を単なる家具デザイナーではなく、総合的なデザイナーとして位置づけている。
主要代表作品:デザインの革新と継承
ファーボーチェア(1914年)
コーア・クリントの最初の主要作品であり、彼のキャリアの出発点となった椅子。カール・ピーターセンとの共同デザインで、ファーボー美術館のために制作された。18世紀の古典的な椅子形態を参照しながら、ネオクラシック様式で再解釈。籐の背もたれと牛革の座面が特徴的で、軽やかでありながら存在感のある佇まいを持つ。100年以上経った今も、カール・ハンセン&サン社によって当時と変わらぬ品質で製造され続けている。この作品は、クリントの「リ・デザイン」思想の原点であり、古典の研究と現代的解釈の完璧なバランスを示す名作である。
レッドチェア(1927年)
コペンハーゲン市内のデンマーク工芸博物館(現デザインミュージアム・デンマーク)の講義室用にデザインされた椅子。18世紀のイギリスのデザイナー、トーマス・チッペンデールの椅子をリ・デザインしており、革張りの背もたれと座面が特徴。もともと赤色で製作されたことから「レッドチェア」と名付けられたが、バルセロナ万国博覧会で賞を受賞したことで、デンマークでは「バルセロナチェア」とも呼ばれる。講義室での使用を考慮し、前脚は隣の椅子の前脚と揃うように削られている。横から見ると後ろ脚に猫脚のような優雅な曲線が見られ、チッペンデール様式の影響を示している。
プロペラスツール(1927年)
1927年にデザインされた多機能スツール。プロペラを思わせる独特の形状が名前の由来。シンプルながら彫刻的な美しさを持ち、スツールとしてだけでなく、サイドテーブルとしても使用できる汎用性の高いデザイン。クリントの機能主義哲学を体現する作品の一つ。
サファリチェア(1933年)
コーア・クリントの最も有名な作品の一つ。イギリス軍の将校が使用していた折りたたみ式のキャンペーンチェア(ルールキーチェア)をリ・デザインしたもの。アメリカの映画撮影技師がアフリカのサファリに持参した椅子の写真を見たクリントが、その実用性と美しさに着目してデザインした。染色されたアッシュ材のフレームにキャンバス地の座面と背もたれを組み合わせた構造で、分解して持ち運びができる画期的なデザイン。現代のDIY家具の先駆けとも言え、工具なしで簡単に組み立てられる。座面のキャンバスがフレームを包むことで、コンパクトに収納できる。現在もカール・ハンセン&サン社によって、アッシュ材とレザーまたはキャンバスで製造され続けている。
デッキチェア(1933年)
サファリチェアと同年にデザインされた、取り外し可能な布張りマットとクッションを備えたラウンジチェア。初期のデッキチェアデザインにインスピレーションを得て、より快適性を追求した作品。リラックスした姿勢で座ることができ、屋外でも室内でも使用できる汎用性を持つ。
チャーチチェア(1936年)
1936年にデザインされ、コペンハーゲンのベツレヘム教会のために制作された。これはデンマークで初めて、従来の固定された長椅子(ペュー)の代わりに、可動式の椅子を採用した教会となった。フレンチウィーブと呼ばれる海草の編み込みが座面に使用され、シンプルで機能的でありながら、荘厳な雰囲気を損なわない美しいデザイン。2024年、フレデリシア社は「クリントチェア」として現代版を再発表し、小さな調整を加えながら、新しい世代にも快適で関連性のある椅子として提供している。
スフェリカルベッド(円形ベッド)(1938年)
1938年のコペンハーゲン家具職人ギルド展で発表された、クリントの最も野心的な作品の一つ。曲線的な側面と丸みを帯びた端部を持ち、全体が直径2.3メートルの球体の輪郭を形成する幾何学的デザイン。当時としては驚異的な数学的計算と木工技術の偉業であった。リス・アールマンが手織りしたテキスタイルがアクセントを添えている。もともとシングルベッドとして制作されたが、現在カール・ハンセン&サン社が復刻版をダブルベッドとして提供している。高いヘッドボードとフットボードが、どの部屋でも明確に定義された空間を作り出す。すべての木材は同じ樹木から採取され、統一感のある美しい木目を実現している。1ヶ月かけて製作される、職人技の結晶である。
イングリッシュチェア(1931年)
1931年のコペンハーゲン家具職人ギルド展で初めて発表された、18世紀のイギリスの椅子にインスピレーションを得た作品。オーク、マホガニー、ローズウッドという対照的な木材要素が特徴。フレンチケインワーク(籐編み)の座面は、完成に約1週間を要する精緻な手仕事。カール・ハンセン&サン社が復刻版を提供しており、コレクションの中でも最も製作に時間がかかる複雑な作品の一つとされている。
Le Klint ランタン(モデル101)(1944年)
1944年にデザインされた、Le Klint社を代表する照明作品。「フルーツランタン」とも呼ばれる細かいプリーツを施した独特のフォルムが特徴。規則正しい折り目が美しい陰影を生み出し、周囲を均等に照らす柔らかな光を放つ。過去にはブランドのロゴのアイコンとしても使用されるほど、Le Klintを象徴する作品。一枚のプラスチックシートから熟練した職人が手作業で折り上げて製作され、完成に基礎だけで3年、一人前になるには10年以上かかるという高度な技術が必要。スモール、ミディアム、ラージの3サイズで展開され、和室にも調和する普遍的な美しさを持つ。
モデル306 テーブルランプ(1940年代)
真鍮製のベースとプリーツシェードを組み合わせた、上品な佇まいのテーブルランプ。真鍮の温かみのある輝きと、シンプルなプリーツシェードが調和し、デンマークの明るい木製家具とも、ダークな英国スタイルの家具とも相性が良い。テーブルランプとしてだけでなく、壁付けランプとしても使用できる汎用性を持つ。
功績と業績:デンマークデザインの基盤を築く
教育者としての影響
コーア・クリントの最も重要な功績の一つは、1924年に王立デンマーク美術アカデミーに家具デザイン学科を設立し、初代教授として30年間教鞭を執ったことである。彼の教育アプローチは革命的であった。スタイル重視の従来の学術的教育とは対照的に、機能主義と建築・家具デザイン原理の実践的研究を優先した。家具科を建築事務所のように組織し、学生とともに実践的なプロジェクトに取り組んだ。
クリントの下で学んだデザイナーたちは、後にデンマークデザインの黄金時代を形成することとなった。
- ボーエ・モーエンセン(1914-1972)
- 1938年から1942年までクリントの下で学び、クリントの助手も務めた。クリントの機能主義と民主的デザインの理念を最も忠実に継承し、シェーカー様式の椅子をリ・デザインした「J39」(ピープルチェア)を生み出した。後にフレデリシア・ファーニチャーの創設デザイナーとなる。
- ハンス・J・ウェグナー(1914-2007)
- コペンハーゲン美術工芸学校でクリントの弟子であるオーレ・モルゴー・ニールセンに師事。間接的にクリントの教えを受け、「リ・デザイン」の考えを自身のデザインに落とし込んだ。生涯で500脚以上の椅子をデザインし、20世紀の北欧デザインに多大な影響を与えた。
- モーエンス・コッホ(1898-1992)
- クリントの直接の弟子であり、卒業後にクリントのスタジオでアシスタントとして働いた。「家具の設計だけでなく、様々な分野において永続するデザインを描くこと」というクリントの教えを受け、家具、建築、モニュメント、ファブリックなど多岐にわたる分野で活躍した。
- ポール・ケアホルム(1929-1980)
- クリントの機能主義的アプローチに影響を受けながらも、スチールなど革新的な素材を用いて独自の道を切り開いた。クリントの人間工学への敬意と、デンマークの職人技の伝統を継承しつつ、国際的な視点を持ったデザインを展開した。
- アルネ・ヤコブセン(1902-1971)
- 建築科の学生であったが、クリントが確立したデンマークデザインの原則から影響を受けた。後に「エッグチェア」「セブンチェア」などの名作を生み出し、デンマークモダニズムの旗手となる。
- オーレ・ヴァンシャー(1903-1985)
- クリントの下で学び、後にクリントの教授職を引き継いだ。デザイナーとしても教育者としても、現代デンマークデザインの美学と機能性を形成することに貢献した。
国際的な認知と展覧会
クリントの家具は国際的にも高く評価され、重要な展覧会で展示された。
- 1929年バルセロナ万国博覧会:デンマーク館の展示デザインを手掛け、デンマークデザインを国際舞台に紹介。レッドチェアが賞を受賞。
- 1937年パリ展:デンマークデザインの代表として作品を展示。
- 年次コペンハーゲン家具職人ギルド展:新作を定期的に発表し、デンマーク国内での認知を高めた。
建築家としての業績
家具デザイナーとしての名声に隠れがちだが、クリントは建築家としても重要な業績を残している。
- グルントヴィークス教会(1921-1940):父P.V.イェンセン・クリントが1921年に着工したが、1930年に父が死去した後、コーアが完成させた。1940年に完成したこの教会は、コペンハーゲンの象徴的建築物であり、デンマーク文化遺産として高く評価されている。記念碑的なゴシック様式をモダンに解釈した驚異的な建築。
- ベツレヘム教会(1936-1938):父のスケッチに基づいて設計し、1936年から1937年に建設、1938年に献堂式が行われた。チャーチチェアもこの教会のためにデザインされた。
- デンマーク工芸博物館の改修(1920-1926):イヴァー・ベンツェンとともに、18世紀のロココ様式の旧王立フレデリック病院を博物館として改修。すべての内装と備品をデザインし、この期間、博物館を拠点に教育活動を展開した。
受賞歴と栄誉
- 1928年
- エッカースベルグ賞(Eckersberg Medal)
- 1949年
- ロンドン名誉王立デザイナー(Honorary Royal Designer for Industry)
- 1954年
- C.F.ハンセン賞(C.F. Hansen Medal)—クリントの死の年に授与された
製造パートナーシップと継続的生産
クリントは、職人技と品質を重視する家具メーカーとの長期的なパートナーシップを築いた。特にルド・ラスムッセン社(Rud. Rasmussen)との関係は密接で、多くの作品が同社の小さな工房で手作りされた。ルド・ラスムッセン社は2016年に惜しまれつつ閉鎖したが、その後カール・ハンセン&サン社がクリントの作品を引き継ぎ、現在も当時と変わらぬ品質で製造を続けている。
また、兄のターゲ・クリントが設立したLe Klint社では、照明デザインが今も生産され続けており、2003年にはデンマーク王室御用達に選定された。クリントがデザインしたロゴも長年使用され、ブランドのアイデンティティの一部となっている。
評価と後世への影響:デンマークデザインの礎
「デンマーク近代家具デザインの父」
コーア・クリントは広く「デンマーク近代家具デザインの父」として認識されている。20世紀初頭まで、デンマークデザインは国際的にほとんど無名であった。その潮目を変えた出来事が、1924年の王立デンマーク美術アカデミーへの家具科の創設であり、クリントがその中心人物であった。
彼の教えを受けたデザイナーたちが、1940年代から1960年代にかけてデンマークデザインの黄金時代を築き、世界的な評価を得るに至った。ハンス・J・ウェグナー、ボーエ・モーエンセン、アルネ・ヤコブセン、フィン・ユール、ポール・ケアホルムといった巨匠たちの背後に、クリントの影響があることは疑いの余地がない。
バウハウスとの対比:デンマーク独自の道
ドイツのバウハウス運動がデンマークのデザイナーたちに大きな影響を与えたことは事実だが、クリントの指導のもと、デンマークは独自の道を歩んだ。バウハウスが伝統を拒絶し、未来と美的美しさを追求したのに対し、クリントと彼の弟子たちは実用性と機能性を重視し、伝統を尊重しながら現代化するアプローチを採用した。
この違いが、デンマークデザインの特徴—温かみのある木材、有機的な形態、快適性と機能性の融合—を生み出すことになった。バウハウスのような革命的な姿勢ではなく、進化的な姿勢が、デンマークデザインの持続的な魅力の源泉となっている。
機能主義と人間工学の確立
クリントの最も重要な貢献は、家具デザインに科学的・体系的なアプローチを導入したことである。人体計測学に基づいた家具の寸法研究、収納家具の標準化、人間の動作と家具の関係性の分析など、彼の研究は後の工業デザインの基礎となった。
ドイツでも人間工学の研究が進められていたが、クリントはそれよりも早く研究を進めていたとされる。彼のアプローチは、単なる理論ではなく、実際の家具制作と密接に結びついていた点で独特であった。
現代への影響と継続的な関連性
クリントの作品と哲学は、21世紀の今日でも高い関連性を持っている。
- 持続可能性:高品質な素材と職人技による長寿命のデザインは、使い捨て文化へのアンチテーゼ。100年前の作品が今も現役で使用され、製造されているという事実は、真のサステナビリティを体現している。
- タイムレスなデザイン:流行に左右されない本質的な美しさは、「ファストファニチャー」への批判として機能している。
- 人間中心のデザイン:人体計測学と快適性への配慮は、現代のユニバーサルデザインの先駆け。
- 職人技の価値:手仕事と高度な技術への敬意は、大量生産時代における職人技の重要性を再認識させる。
- リ・デザインの思想:完全な再発明ではなく、既存の良いものを改善するというアプローチは、循環型デザインの考え方と共鳴する。
市場での評価
クリントの作品は、ヴィンテージ市場でも高く評価されている。ルド・ラスムッセン社製のオリジナル作品は、特に収集家の間で人気が高く、オークションで高値で取引されている。サファリチェア、レッドチェア、ファーボーチェアなどは、数十万円から数百万円の価格帯で取引されることもある。
また、カール・ハンセン&サン社による復刻版も、現代の住空間に完璧に調和し、新たな世代に受け入れられている。2024年には、製作に最も時間がかかるイングリッシュチェアとスフェリカルベッドを復刻し、職人技への敬意を示している。
評論家の声
カール・ハンセン&サン社のCEO、クヌード・エリック・ハンセンは次のように述べている。「コーア・クリントは、私たちのコレクションに存在する幸運な革新的な建築家です。彼の作品は信じられないほど複雑で、そのほとんどは量産に適していません。しかし、クリントの遺産を継続したいという強い願望があり、したがって『イングリッシュ』チェアと『スフェリカル』ベッドは、私たちの見習い工房The Labにとって明白な作品です。」
フレデリシア・ファーニチャーは、2024年にクリント家具学校設立100周年を記念し、チャーチチェアを「クリントチェア」として再発表。「デンマークデザインとして今日私たちが知っているものの礎となった」クリントの功績を称えている。
結論:永続する遺産
コーア・クリント(1888-1954)は、デンマーク近代家具デザインの基盤を築いた偉大なデザイナー、建築家、教育者である。機能主義と人間工学に基づく科学的アプローチ、古典家具への深い理解と「リ・デザイン」の思想、最高品質の素材と職人技への献身、そして次世代への教育を通じて、デンマークデザインの黄金時代を可能にした。
彼の作品—ファーボーチェア、サファリチェア、レッドチェア、スフェリカルベッド、Le Klintのランプ—は、100年近く経った今も製造され、愛され続けている。これは、真にタイムレスなデザインの証である。流行を追わず、本質を追求し、人間の快適性と美的感覚を融合させた彼のアプローチは、現代のデザイナーにとっても学ぶべき多くの教訓を含んでいる。
クリントが育てたデザイナーたち—ウェグナー、モーエンセン、ヤコブセン、ケアホルム—は、20世紀中盤のデザイン史に不可欠な存在となった。彼らを通じて、クリントの哲学は世代を超えて受け継がれ、今日もデンマークデザインの DNA として生き続けている。
「デンマーク近代家具デザインの父」として、コーア・クリントの遺産は、デザイン史における不可欠な章であり、持続可能性、タイムレスな美しさ、人間中心のデザインを追求する現代においても、依然として高い関連性を持ち続けている。
作品一覧
| 年月 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1914年 | 椅子 | Faaborg Chair(ファーボーチェア) | Rud. Rasmussen / Carl Hansen & Søn |
| 1920年代 | 収納 | 書棚・収納ユニット(標準化システム) | - |
| 1927年 | 椅子 | Red Chair(レッドチェア / バルセロナチェア)Model 3949 | Rud. Rasmussen / Carl Hansen & Søn |
| 1927年 | 椅子 | Bergère Chair(ベルジェールチェア) | Rud. Rasmussen |
| 1927年 | スツール | Propeller Stool(プロペラスツール) | Rud. Rasmussen / Carl Hansen & Søn |
| 1930年 | 椅子 | Church Chair(チャーチチェア) | Carl Hansen & Søn / Fredericia(クリントチェアとして2024年再発表) |
| 1930年代 | テーブル | Smoking Table Model 4486(スモーキングテーブル) | Rud. Rasmussen |
| 1930年代 | テーブル | Coffee Table(コーヒーテーブル)各種 | Rud. Rasmussen / Carl Hansen & Søn |
| 1931年 | 椅子 | English Chair(イングリッシュチェア) | Rud. Rasmussen / Carl Hansen & Søn(2024年復刻) |
| 1932年 | 椅子 | Bergère Chair(ベルジェールチェア・1932モデル) | Rud. Rasmussen |
| 1933年 | 椅子 | Safari Chair(サファリチェア)KK47000 | Rud. Rasmussen / Carl Hansen & Søn |
| 1933年 | 椅子 | Deck Chair(デッキチェア) | Rud. Rasmussen / Carl Hansen & Søn |
| 1935年 | ソファ | 3-Seater Sofa Model KK5011(3人掛けソファ) | Rud. Rasmussen |
| 1938年 | ベッド | Circle Bed / Spherical Bed(円形ベッド / スフェリカルベッド) | Rud. Rasmussen / Carl Hansen & Søn(2024年復刻) |
| 1940年代 | 照明 | Le Klint Model 101 The Lantern(ランタン / フルーツランタン) | Le Klint |
| 1940年代 | 照明 | Le Klint Model 306 Table Lamp(テーブルランプ) | Le Klint |
| 1940年代 | 照明 | Le Klint 各種ランプシェード | Le Klint |
| 1950年代 | テーブル | Extension Table in Mahogany(伸長式テーブル) | Rud. Rasmussen |
| 1960年代 | 照明 | Stoneware Lamps(ストーンウェアランプ) | Søholm(帰属) |
| 1920-1940年代 | 椅子 | Ravenna Armchair(ラヴェンナアームチェア) | Rud. Rasmussen |
| 1920-1940年代 | テーブル | Side Tables(サイドテーブル各種)KK66870, KK44860 | Rud. Rasmussen / Carl Hansen & Søn |
| 1920-1940年代 | オットマン | Ottoman(オットマン各種) | Rud. Rasmussen / Carl Hansen & Søn |
| 1920-1926年 | 建築/インテリア | デンマーク工芸博物館(現デザインミュージアム・デンマーク)改修・家具デザイン | - |
| 1921-1940年 | 建築 | Grundtvig's Church(グルントヴィークス教会)完成 | - |
| 1936-1938年 | 建築 | Bethlehem Church(ベツレヘム教会) | - |
| 1929年 | 展示デザイン | バルセロナ万国博覧会 デンマーク館 | - |
| 1920-1950年代 | テキスタイル | Textiles(テキスタイル各種) | - |
| 1920-1950年代 | オルガン | Organ Designs(オルガンデザイン) | - |
Reference
- Kaare Klint "ism" デンマークデザインの継承と変化 - H.L.D
- https://hld-os.com/html/page152.html
- Kaare Klint - Wikipedia
- https://en.wikipedia.org/wiki/Kaare_Klint
- Kaare Klint | The founder of modern Danish design - Carl Hansen & Søn
- https://www.carlhansen.com/en/en/designers/kaare-klint
- Kaare Klint - Fredericia Furniture
- https://www.fredericia.com/designer/kaare-klint
- Kaare Klint - LE KLINT
- https://www.leklint.com/blogs/designers/kaare-klint
- 北欧インテリアデザイナー一覧 - 北欧ジャーナル greeniche
- https://greeniche.jp/blogs/staff-magazine/nordic-furniture-designer
- コーア・クリントのデザイン - ひだまりデザイン
- http://www.hidamari-design.com/designer/klint_kaare/index.html
- 北欧を代表するデザイナーと作品たち - REPUBLIC OF FRITZ HANSEN STORE OSAKA
- https://www.republicstore-keizo.com/blog/2022/12/design.html
- Kaare Klint furniture designs reissued by Carl Hansen & Søn - Wallpaper
- https://www.wallpaper.com/design-interiors/carl-hansen-kaare-klint-furniture-reissues
- Kaare Klint, The Danish Furniture Design Master - Trendland
- https://trendland.com/danish-furniture-design-by-kaare-klint/
- LE KLINT(レ・クリント)について - HACO STORE
- https://www.haco.me/leklint/
- Kaare Klint - Context Gallery
- https://contextgallery.com/designers/kaare-klint