概要
アイソコン ロングチェアは、マルセル・ブロイヤーが1936年にアイソコン社のために創作した成形合板製のラウンジチェアである。座面と背もたれを一枚の成形合板で構成し、細いフレームに載せる。
バウハウスの閉鎖後、ナチスドイツから逃れて英国に渡ったブロイヤーは、建築家でありモダンデザインの推進者であったジャック・プリチャードと出会い、協働関係を築いた。プリチャードが1931年に設立したアイソコン・ファニチャー・カンパニーは、フィンランドの建築家アルヴァ・アアルトによる先駆的な合板家具に触発され、英国における合板家具の流行を牽引する存在となった。ロングチェアは、ブロイヤーとアイソコン社の2年間の協働から生まれた代表作である。
特徴とコンセプト
人間工学に基づく革新的設計
座面と背もたれは一枚の成形合板でつくられる。座面と背もたれを別部材とすれば境目に段差が生じるが、一続きの面であれば身体が接する範囲が広がり、体重が分散する。
従来の椅子は構造体を組んでから座面を取り付ける。この椅子では座面が構造の一部を兼ねるため、支持のための部材が減る。曲面を持つ板は平板より曲げに強く、そのまま梁として働く。
成形合板技術の探求
ブロイヤーはバウハウス時代に鋼管家具を手がけていた。本作は1932年から33年に制作したアルミニウム製の椅子を出発点とし、素材を合板に置き換えたものにあたる。
金属は熱伝導率が高く、長時間触れる家具では体温を奪う。合板であればこの問題が生じない。初期の試作では、座面は合板会社で成形されたものを用い、ロンドンの工房で製作したフレームと組み合わせた。
座面の曲線
座面は前端から後端まで連続した曲線を描く。傾斜が緩やかなため、身体は特定の一点に固定されず、姿勢を変えられる。
エピソード
誕生の背景
ロングチェアは、1930年代半ばの歴史的な状況のなかで生まれた。ナチス政権によるバウハウス閉鎖後、ヴァルター・グロピウスやブロイヤーらは一時ロンドンに滞在しており、グロピウスはアイソコン社のデザイン・コントローラーに就任していた。そのグロピウスがブロイヤーに「新しい合板家具の制作」を依頼したことが、ロングチェア誕生の直接のきっかけとなった。
アアルトとの特許論争
1933年にアアルトが取得した合板成形技術の特許と、本作の技術に類似する部分があったため、権利をめぐる問題が生じた。1937年に合意が成立し、アイソコン社はアアルトの特許番号を椅子に明記したうえで、その特許下で製作することとなった。
評価と影響
板材を成形して曲面をつくる方法では、パイミオチェアが先行する。パイミオは座面と背もたれを巻き込んでバネとするのに対し、ロングチェアは長い一枚の面を連続させる。同じブロイヤーによるS 285 デスクは、同じ時期に金属で線をつくる方向をとっていた。
製造数は限られていた。第二次世界大戦により合板の供給が途絶え、生産は一時中断している。1963年に再開され、1982年以降はアイソコン・プラスが手作業による製造を続けている。
収蔵
以下の収蔵が確認できる(V&A=ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、MoMA=ニューヨーク近代美術館)。V&Aは1936年のものと1948年頃のものを、MoMAは「Chaise Longue」として2点を登録している。
- V&A ロングチェア(1936年) 収蔵番号 CIRC.83:1 to 3-1975
- V&A アイソコン ロングチェア(1948年頃) 収蔵番号 W.15:1-1979
- MoMA シェーズロング(1935-1936年) 収蔵番号 836.1942
- MoMA シェーズロング(1936年) 収蔵番号 197.1998
マルセル・ブロイヤーの設計思想や経歴について詳しくはマルセル・ブロイヤープロフィールページをご覧ください。
アイソコンの歴史や他の製品について詳しくはアイソコンブランドページをご覧ください。
基本情報
| デザイナー | マルセル・ブロイヤー |
|---|---|
| 製造 | アイソコン・ファニチャー・カンパニー(現:アイソコン・プラス) |
| デザイン年 | 1935-1936年 |
| 素材 | 成形積層バーチ合板、バーチフレーム |
| 寸法 | 高さ約76-81cm × 幅約61-62cm × 奥行約129-136cm |
| 製造国 | イギリス(初期の座面はエストニア製) |
| 収蔵美術館 | ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(収蔵番号CIRC.83:1 to 3-1975、W.15:1-1979)、ニューヨーク近代美術館(収蔵番号836.1942、197.1998) |