概要
マルセル・ブロイヤー(1902-1981)は、ハンガリーに生まれアメリカで活動した家具デザイナー・建築家である。バウハウスの家具工房を率い、1925年に鋼管を用いた椅子を、1928年には後脚を持たない片持ちの椅子を設計した。渡英中は成形合板の家具を手がけ、1937年の渡米後は建築へ軸足を移して、ユネスコ本部やホイットニー美術館などを設計している。ワシリーチェアとチェスカチェアは現在も生産が続く。
バイオグラフィー
1902年5月21日、オーストリア=ハンガリー帝国のペーチ(現ハンガリー)に生まれた。1920年にウィーン美術アカデミーに入るがすぐに離れ、開校まもないヴァイマールのバウハウスに加わる。1925年、デッサウへの移転にあたり23歳で家具工房のマイスターとなった。
1928年にベルリンで独立し、室内と家具の設計にあたる。1932年にヴィースバーデンで最初の建築作品を完成させた。1935年、ナチスの台頭を受けてロンドンへ移り、イソコン社のジャック・プリチャードに迎えられて成形合板の家具を手がけている。
1937年、ヴァルター・グロピウスがハーバード大学デザイン大学院の建築学科主任に就任したのに伴い渡米し、同校で教えた。グロピウスとの共同事務所を1937年から1941年まで持ち、1946年にニューヨークで独立している。以後は建築が仕事の中心となった。
1953年、ピエール・ルイジ・ネルヴィ、ベルナール・ゼールフュスとともにユネスコ本部の設計者に選ばれた。1968年にアメリカ建築家協会(AIA)のゴールドメダルを受け、1972年にはメトロポリタン美術館で回顧展が開かれている。1976年に実務を退き、1981年7月1日、ニューヨークで没した。
デザインの思想と方法
ブロイヤーの仕事は、その時点で使える材料が何を許すかを確かめ、そこから形を決めるという順序をとる。鋼管、成形合板、コンクリートと材料が変わるたびに造形も変わるが、材料の性質を試したうえで構成を決めるという手順は一貫している。
鋼管を家具に持ち込む
1925年、自転車のハンドルに使われる鋼管に着目した。曲げられ、軽く、量産できるという性質は、木では得られない。ワシリーチェアは、この鋼管で骨組みをつくり、革や布の帯を張って座面と背をつくる構成をとる。骨組みと身体が触れる面が完全に分離しているため、どちらがどの役割を負っているかが見て分かる。
後脚をなくす
1928年のチェスカチェアは、鋼管の弾性を利用して後脚を省いた。前脚から座面下を通ってU字に折り返す一本の管が、座る人の体重でわずかにたわむ。脚が2本になることで床に接する点が減り、椅子の下が見通せる。材料の弾性という性質を、構造の省略と座り心地の両方に使った例にあたる。
合板を曲げる
ロンドン時代には、アルヴァ・アアルトの仕事に触れて成形合板に取り組んだ。鋼管が線として働くのに対し、合板は面のまま曲がる。イソコン・ロングチェアは一枚の合板を連続して曲げ、頭から脚までを一つの面で支える。材料が変わると構成の考え方も変わることが、この二つの椅子の対比に現れている。
コンクリートを塊として扱う
建築では、住宅で用いた木や石から、大規模建築のためのコンクリートへ移った。型枠に流して固めるという工法は、線でも面でもなく塊をつくる。ホイットニー美術館の上階が張り出す形や、セント・ジョンズ修道院教会の鐘楼は、この性質を前提とした形状である。彼はこれを「コンクリートによる彫刻」と呼んでいる。
ノルの歴史や他の製品について詳しくはノル ブランドページをご覧ください。
代表作にみる方法
ワシリーチェア(B3、1925-26年)
鋼管で骨組みを組み、革または布の帯を張って座面・背・肘掛けとした椅子である。帯は張力だけで支持され、骨組みには接点でのみ留まる。従来の肘掛け椅子の体積を、線材と帯に置き換えた構成にあたる。名称は1960年代にガヴィナが再生産した際に付けられたもので、設計時のものではない。→ワシリーチェア(クラブチェアB3)
ネストテーブル(B9、1925-26年)
鋼管の枠に天板を載せた、大きさの異なる複数のテーブルを入れ子にできる組である。枠の断面が一定なので、寸法だけを変えて同じ構成を反復できる。鋼管という材料が、規格化された部材の反復に向くことを示す例にあたる。→B 9 ネストテーブル
チェスカチェア(B32、1928年)
鋼管の弾性で後脚を省いた片持ちの椅子である。骨組みはブナ材の枠を介して籐編みの座と背を受ける。工業材料の鋼管と、手作業による籐編みが同じ一脚に共存し、それぞれが担う役割は分かれている。トーネットのために製作された。→チェスカ・チェア(B32)
イソコン・ロングチェア(1936年)
一枚の成形合板を連続して曲げ、頭から脚までを支える寝椅子である。線材で骨組みを組む鋼管家具とは逆に、面そのものが構造を担う。合板の弾性がそのまま座り心地になるため、クッションを必要としない。ロンドンのイソコン社のために設計された。→アイソコン ロングチェア
ホイットニー美術館(1966年)
ニューヨークのマディソンアベニューに建つ美術館で、上階が下階より前へ張り出す形をとる。花崗岩で覆ったコンクリートの塊が街路の上に迫り出し、窓は台形に限られる。作品を保護するという要求から開口を絞った結果でもある。ホイットニー美術館の本拠として2014年まで使われ、以後は別の用途に転じている。
評価と影響
ブロイヤーは一般に、鋼管を家具の構造材として最初に用いた設計者の一人と評価されている。ワシリーチェアとチェスカチェアはいずれも20世紀の家具のなかで模倣の多い部類に入り、鋼管という材料の使い方を後続に定着させた。
建築では、グロピウスとともに戦前ヨーロッパのモダニズムをアメリカへ持ち込んだ。ハーバード大学での教育を通じてI.M.ペイ、ポール・ルドルフ、フィリップ・ジョンソンらが学んでおり、戦後アメリカの住宅と公共建築の双方に関係が及ぶ。
1950年代以降のコンクリートによる建築は、1960年代から70年代のブルータリズムの先例として扱われる。当初は批判の対象となった建物も多いが、現在は保存と再利用の対象となっている。
受賞・収蔵
受賞
- 1968年 アメリカ建築家協会(AIA)ゴールドメダル
- 1972年 メトロポリタン美術館 回顧展
- 1976年 フランス建築アカデミー 金メダル
収蔵
以下の収蔵が確認できる(MoMA=ニューヨーク近代美術館、V&A=ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、Met=メトロポリタン美術館、AIC=シカゴ美術館)。
- MoMA アームチェア(1922年) 収蔵番号 160.1958
- MoMA ネストテーブル(B9、1925-26年) 収蔵番号 204.1950.1-4
- MoMA サイドチェア(B5、1926-27年) 収蔵番号 353.1985
- MoMA クラブチェア(B3/ワシリー、1927-28年) 収蔵番号 229.1934
- MoMA チェスカ アームチェア(B64、1928年) 収蔵番号 224.1981
- MoMA ティーカート(B54、1928年) 収蔵番号 225.1981.a-b
- MoMA ラウンジチェア(B25、1928-29年) 収蔵番号 354.1982
- MoMA 子供用サイドチェア(B33 1/2、1929年) 収蔵番号 61.1948
- MoMA スツール(B37、1932年) 収蔵番号 15.1997
- MoMA シェーズロング(1936年) 収蔵番号 197.1998
- V&A サイドチェア(B5、1926-27年) 収蔵番号 W.61-1977
- V&A B33 チェア(1927-28年) 収蔵番号 W.33-2016
- V&A モデルB32(1928年) 収蔵番号 W.10-1989
- V&A スチール ショートチェア試作(1932年) 収蔵番号 W.12:1, 2-1993
- V&A ネストテーブル(1936年頃) 収蔵番号 CIRC.314-1965
- V&A イソコン ロングチェア(1948年頃) 収蔵番号 W.15:1-1979
- Met アームチェア(1922年) 収蔵番号 1983.366
- Met ワシリー アームチェア(1925年) 収蔵番号 1988.256
- Met B35 アームチェア(1928-29年) 収蔵番号 1985.127
- Met イソコン テーブル(1936年) 収蔵番号 1989.52
- AIC アームチェア(1922年設計) 収蔵番号 1988.39
- AIC B-5 サイドチェア(1926-27年設計) 収蔵番号 1982.1167
- AIC チェスカ アームチェア(1928年設計) 収蔵番号 1971.16
- AIC シェーズロング(1936-37年) 収蔵番号 2015.471
作品一覧
家具
| 発表年 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1921年 | 椅子 | アフリカン・チェア(グンタ・シュテルツルと共同) | Bauhaus |
| 1922年 | 椅子 | スラット・アームチェア | Bauhaus / Tecta |
| 1925年 | 椅子 | ワシリーチェア(クラブチェアB3) | Standard Möbel / Knoll |
| 1925-26年 | テーブル | B 9 ネストテーブル | Thonet |
| 1928年 | 椅子 | チェスカ・チェア(B32) | Thonet / Knoll |
| 1930年代 | デスク | S 285 デスク | Thonet |
| 1935年 | テーブル | ネストテーブル(アイソコン) | Isokon |
| 1936年 | 椅子 | アイソコン ロングチェア | Isokon |
| 1930年代 | 収納 | S44シェルフ | Tecta |
| 1925年 | テーブル | ラッチオ テーブル | Gavina / Knoll |
建築(抜粋)
| 年 | 区分 | 作品名 | 場所 |
|---|---|---|---|
| 1932年 | 住宅 | ハルニッシュマッハー邸 | ヴィースバーデン、ドイツ |
| 1935-36年 | 集合住宅 | ドルダータール・アパートメント | チューリッヒ、スイス |
| 1938年 | 住宅 | グロピウス邸(グロピウスと共同) | リンカーン、アメリカ |
| 1947年 | 住宅 | ブロイヤー自邸I | ニューカナン、アメリカ |
| 1949年 | 展示 | 美術館の庭の家(MoMA) | ニューヨーク、アメリカ |
| 1958年 | 建築 | ユネスコ本部(ネルヴィ、ゼールフュスと共同) | パリ、フランス |
| 1961年 | 宗教建築 | セント・ジョンズ修道院教会 | コレジヴィル、アメリカ |
| 1966年 | 美術館 | ホイットニー美術館 | ニューヨーク、アメリカ |
| 1968年 | 庁舎 | アメリカ住宅都市開発省(HUD)本部 | ワシントンD.C.、アメリカ |
プロフィール
| 生没年 | 1902年5月21日〜1981年7月1日 |
|---|---|
| 出身地 | ハンガリー・ペーチ |
| 国籍 | ハンガリー(のちアメリカ) |
| 活動拠点 | デッサウ、ベルリン、ロンドン、ニューヨーク |
| 分野 | 家具、建築、インテリア |
| 主な協働ブランド | Thonet、Knoll、Isokon、Tecta、Standard Möbel |
Reference
- Marcel Breuer Digital Archive | Syracuse University
- https://breuer.syr.edu/
- Marcel Breuer | Knoll
- https://www.knoll.com/designer/Marcel-Breuer
- Marcel Breuer | Thonet
- https://www.thonet.de/en/designer/marcel-breuer
- Marcel Breuer | Bauhaus-Archiv
- https://www.bauhaus.de/en/
- The Museum of Modern Art Collection
- https://www.moma.org/collection/works/2325