Knoll / ノル

Knoll(ノル)は、1938年にドイツ生まれの家具商の息子ハンス・G・ノルによってニューヨークで設立された、世界的家具ブランドです。「Knollの歴史は、そのまま近代デザイン運動の歴史でもある」と称されるほど、20世紀のモダンデザインに多大な影響を与え続けてきました。創業者ハンス・ノルと、デザイナーであり妻であったフローレンス・ノルの卓越したビジネスモデルにより、時代を先駆ける建築家やデザイナーとの画期的なコラボレーションが実現され、美と心地良さを備えた「使われる芸術品」を世に送り出してきました。

ブランドの特徴とコンセプト

Modern Always ―永遠のモダン

Knollの信条である「Modern Always(永遠のモダン)」は、単なる流行を追うのではなく、時代を超越する真のモダンデザインを追求する姿勢を表しています。この理念のもと、決して妥協することなく研究を重ね、半世紀以上を経た現在においても色褪せることのない製品を生み出し続けています。

近代建築と家具の融合

創業者ハンス・ノルは「近代建築には、近代家具が必要」というシンプルかつ明確なビジョンを掲げました。この哲学は、バウハウスとクランブルックという二つの偉大なデザイン運動の思想を統合し、建築空間と調和する家具デザインという新しい地平を切り拓きました。バウハウスを父、クランブルックを母と例えられる独自のデザイン系譜は、Knollの作品に深い精神性と機能美をもたらしています。

デザイナーとのコラボレーション

Knollの最大の特徴は、20世紀を代表する偉大な建築家・デザイナーとの密接な協働関係にあります。フローレンス・ノルの教師であったミース・ファン・デル・ローエをはじめ、エーロ・サーリネン、ハリー・ベルトイア、マルセル・ブロイヤーなど、モダニズムの巨匠たちとの親交から生まれた作品群は、単なる商業製品を超えた芸術作品としての価値を持ち続けています。現代においても、ピエロ・リッソーニやエドワード・バーバー&ジェイ・オズガビーなど、世界的デザイナーとの協働を続けています。

ブランドヒストリー

創業と発展(1938-1950年代)

1938年、当時24歳であったハンス・G・ノルは、父ウォルター・ノルから受け継いだ家具商としての伝統を携え、ニューヨークに「Factory No.1」を設立しました。ドイツのWalter Knoll社で培われた堅牢な製造技術と、新大陸アメリカの革新的精神を融合させた新しい家具ブランドの誕生でした。

1941年、ハンスは運命的な出会いを果たします。それは後に妻となるフローレンス・シュストとの邂逅でした。彼女は、エリエル・サーリネンとアルヴァ・アアルトの推薦により、ウォルター・グロピウス、マルセル・ブロイヤー、ミース・ファン・デル・ローエといった20世紀を代表する建築家たちに師事した、卓越した才能の持ち主でした。1946年に結婚した二人は、ハンスのビジネスセンスとフローレンスのデザインスキルを融合させ、Knollを国際的企業へと成長させていきました。

1950年には生産施設をペンシルベニアに移設し、本格的な量産体制を確立。この時期、フローレンス・ノルは革新的なプランニング・ユニットを設立し、IBM、GM、CBSなどアメリカを代表する大企業のオフィスインテリアを手がけ、戦後アメリカにおける近代的オフィス空間の標準を確立しました。

黄金時代と継承(1950-1960年代)

1950年代は、Knollにとって輝かしい黄金時代でした。師であったミース・ファン・デル・ローエから、バルセロナコレクション、ブルーノチェア、MRシリーズなど、彼の代表作の独占製作権を譲り受けることに成功します。これは単なるビジネス上の契約ではなく、教師と教え子の間に築かれた深い信頼関係の証でした。ミースは、優秀な教え子フローレンスならば自身のデザインを完璧に製品化できると確信していたのです。

しかし1955年、ハンス・G・ノルが39歳の若さで急逝するという悲劇に見舞われます。フローレンス・ノルは会社の責任者に就任し、夫の遺志を継いで事業を発展させ続けました。彼女自身がデザインした家具を「肉とジャガイモ」と謙虚に表現しながらも、細部へのこだわり、完璧なプロポーション、モダンな美しさを備えた彼女の作品は、巨匠たちの傑作と並んで高く評価されています。

現代への継承

現代のKnollは、三つの部門から構成されています。オフィス関連製品を扱う「Knoll Office」、北米最大級のテキスタイルサプライヤーである「Knoll Textiles」、そして著名デザイナーの作品を扱う「Knoll Studio」です。Knoll Studioでは、バウハウス出身の巨匠たちの作品から、ミッドセンチュリー期のデザイナーの名作、そして現代の第一線で活躍するデザイナーの作品まで、モダン家具の歴史を時系列で辿るような充実したコレクションを展開しています。

代表的なデザインと作品

バルセロナチェア(デザイナー:ミース・ファン・デル・ローエ)

前世紀を代表するオブジェのひとつであり、モダン・ムーブメントのアイコンとして君臨するバルセロナチェアは、1929年のバルセロナ万国博覧会のドイツ館のためにミース・ファン・デル・ローエがデザインした傑作です。

ミースの最も有名な格言「Less is more(より少ないことは、より豊かなこと)」と「God is in the details(神は細部に宿る)」を完璧に体現したこの椅子は、シンプルでありながら極めてエレガント。Xの字を描く優美なスチールフレームと、手作業で丁寧に縫製されたレザーのクッションが織りなす調和は、モダンデザインと卓越したクラフトマンシップの融合として、今なお多くの人々を魅了し続けています。

Knollが製造する正規品は、革の質感、座り心地、仕上げの精度において、リプロダクト品とは比較にならない完成度を誇ります。師から託された作品を完璧に実現するという、フローレンス・ノルの誓いが今も守られているのです。

チューリップチェア(デザイナー:エーロ・サーリネン)

1956年に発表されたチューリップチェアは、エーロ・サーリネンが「椅子の脚の森を取り除く」という明確なビジョンのもと創造した革命的デザインです。一本の優美な脚が花のように広がり、有機的なシェルを支える姿は、まさにチューリップの名にふさわしい造形美を実現しています。

サーリネンとフローレンス・ノルは、クランブルック美術アカデミーで共に学んだ友人でした。この深い信頼関係から生まれたチューリップコレクションは、椅子だけでなくテーブルも含む包括的なシステムとして展開され、統一された美しさを空間にもたらします。

ダイヤモンドチェア・ワシリーチェア(デザイナー:ハリー・ベルトイア、マルセル・ブロイヤー)

金属彫刻家ハリー・ベルトイアが手がけたベルトイアコレクションは、1952年にKnollから発表されました。特にダイヤモンドチェアは、スチールワイヤーを格子状に編み上げた独創的な構造により、彫刻作品のような芸術性と実用性を両立させています。光を透過し、空間に軽やかさをもたらすこのデザインは、ベルトイアの彫刻家としての感性が生み出した奇跡です。

マルセル・ブロイヤーによるワシリーチェアは、1925年にバウハウスで誕生した近代家具デザインの金字塔です。自転車のハンドルからインスピレーションを得たという管状スチールフレームと、キャンバス地の組み合わせは、当時としては革新的でした。バウハウスの精神を現代に伝える貴重な作品として、Knollの正規コレクションに加わっています。

フローレンス・ノル コレクション

1954年にデザインされたフローレンス・ノル自身によるラウンジコレクションは、建築的思考を家具に凝縮したモダンな構造が特徴です。彼女は自身の作品を謙虚に「肉とジャガイモ」と表現しましたが、細部へのこだわり、完璧なプロポーション、そして時代を超越した美しさを持つこれらのデザインは、巨匠たちの作品と同等の尊敬と称賛を受けています。

直線的でありながら優雅なフォルム、機能性と美しさの完璧なバランスは、彼女が師事した偉大な建築家たちから学んだ原則を、家具デザインという領域で昇華させた成果です。

主要デザイナー

ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ(Ludwig Mies van der Rohe)
20世紀を代表する建築家の一人。バウハウス最後の校長を務め、「Less is more」の理念を提唱。バルセロナチェア、バルセロナテーブル、ブルーノチェア、MRコレクションなど、数々の名作の製作権をKnollに託しました。フローレンス・ノルの恩師でもあり、彼女のデザイン哲学に決定的な影響を与えました。
エーロ・サーリネン(Eero Saarinen)
フィンランド系アメリカ人建築家・デザイナー。父エリエルもまた著名な建築家。フローレンス・ノルとはクランブルック美術アカデミーの同窓であり、生涯の友人でした。チューリップチェア、ウームチェア、グラスホッパーチェアなど、有機的で彫刻的なフォルムの傑作を数多く生み出しました。
ハリー・ベルトイア(Harry Bertoia)
イタリア生まれのアメリカ人彫刻家・家具デザイナー。金属彫刻の技法を家具デザインに応用し、ダイヤモンドチェアをはじめとするベルトイアコレクションを1952年に発表。ワイヤーメッシュを用いた革新的な構造は、芸術作品としても高く評価されています。
マルセル・ブロイヤー(Marcel Breuer)
ハンガリー出身のモダニズム建築家・デザイナー。バウハウスで学び、後に教師として活躍。世界初のスチールパイプを使用した椅子「ワシリーチェア」(1925年)の創造者として知られ、近代家具デザインに革命をもたらしました。
フローレンス・ノル(Florence Knoll)
Knollの共同創業者であり、卓越したデザイナー、建築家。ミース・ファン・デル・ローエ、ウォルター・グロピウス、マルセル・ブロイヤーに師事。プランニング・ユニットを設立し、戦後アメリカのオフィスインテリアに革命をもたらしました。自身がデザインした家具も、建築的構造美と機能性の完璧な融合として高く評価されています。
イサム・ノグチ(Isamu Noguchi)
日系アメリカ人彫刻家・デザイナー。サイクロンテーブルなど、彫刻的な美しさと実用性を兼ね備えた作品をKnollから発表。日本とアメリカの美意識を融合させた独自の世界観を表現しました。
ジェンス・リゾム(Jens Risom)
デンマーク生まれのアメリカ人デザイナー。Knollで初期から活躍し、スカンジナビアンデザインとアメリカンモダンの融合を実現。温かみのある木材と織物を用いた作品で知られています。

品質へのこだわり

Knollの製品が「使われる芸術品」と称される理由は、妥協なき品質追求にあります。多くのKnollの名作は意匠権が切れ、リプロダクト製品が市場に出回っていますが、正規品との差は歴然としています。

長年にわたり蓄積された豊富な素材知識、厳選された最高品質の素材、そして熟練した職人による製造ノウハウ。特に革製品においては、質感、座り心地、経年変化の美しさにおいて、正規品ならではの価値が際立ちます。ミース・ファン・デル・ローエがフローレンス・ノルに作品を託したのは、彼女ならば自身のデザインを完璧に実現できるという絶対的な信頼があったからです。その誓いは、85年以上を経た現在も、Knollの製品一つひとつに息づいています。

現代における意義

「Modern Always」という信条のもと、Knollは単に過去の名作を守り続けるだけでなく、現代の第一線で活躍するデザイナーとのコラボレーションも積極的に展開しています。ピエロ・リッソーニやエドワード・バーバー&ジェイ・オズガビーといった現代デザイナーの作品が、バウハウスやミッドセンチュリーの巨匠たちの傑作と共存する空間——それこそがKnollの目指す「永遠のモダン」の姿です。

オフィス、パブリック空間、住宅など、あらゆるシーンにおいて、Knollの家具は単なる機能的な道具を超えた存在として、空間に美と心地良さをもたらし続けています。それは、真に優れたデザインは時代を超越するという、普遍的な真理の証明に他なりません。

基本情報

ブランド名 Knoll(ノル)
設立 1938年
創業者 ハンス・G・ノル(Hans G. Knoll)
創業地 アメリカ合衆国 ニューヨーク州 ニューヨーク市
本社所在地 アメリカ合衆国 ペンシルベニア州
事業内容 家具デザイン・製造・販売、オフィスインテリアプランニング、テキスタイル
主要部門 Knoll Studio(デザイナーコレクション)、Knoll Office(オフィス家具)、Knoll Textiles(テキスタイル)
公式サイト https://www.knoll.com