概要
フローレンス・ノル(1917-2019)は、アメリカの建築家・家具デザイナーである。ミース・ファン・デル・ローエらに学び、1943年にノル社内に「ノル・プランニング・ユニット」を設けて、事務空間の設計と家具の供給を一体で行う体制をつくった。自身の家具は、周囲の設計者の椅子を配置するための机・収納・長椅子が中心で、空間の構成を成り立たせる役割を負う。エーロ・サーリネンやハリー・ベルトイアを同社に迎えたのも彼女である。
バイオグラフィー
1917年5月24日、ミシガン州サギノーにフローレンス・シュストとして生まれた。1932年からクランブルック教育共同体のキングスウッド女子校に学び、隣接するクランブルック美術学院の学長エリエル・サーリネンの一家と親交を持つ。1934年に同学院へ進んだ。
1936年にクランブルックへ戻り、エーロ・サーリネンやチャールズ・イームズとともに家具の製作に取り組んだ。1938年にはアルヴァ・アアルトの推薦でロンドンの建築協会学校に学び、帰国後はイリノイ工科大学でミース・ファン・デル・ローエに師事して1941年に学位を得ている。
1941年にニューヨークへ移り、ハンス・ノルと出会った。1943年に同社へ加わり、インテリア設計の部門「ノル・プランニング・ユニット」を設ける。1946年に結婚し、社名は Knoll Associates となった。
1955年にハンス・ノルが事故で没した後も会社を継続し、設計の責任者を務めた。1957年に再婚してフローレンス・ノル・バセットと名乗る。1965年に退任し、以後フロリダで過ごした。2019年1月25日、101歳で没している。
デザインの思想と方法
フローレンス・ノルが扱ったのは、事務空間をどう設計するかという問題である。当時のアメリカの重役室は、斜めに置いた大きな机とその背後の飾り棚、壁際に散らばる椅子という構成が通例だった。彼女はこれを、その部屋で実際に行われる仕事——打ち合わせ、書類の受け渡し、応接——の側から組み立て直した。
使われ方を調べてから配置を決める
ノル・プランニング・ユニットは、設計案を出す前にクライアントの業務を調査した。誰がどこで何をし、どの経路で人が動くかを把握し、そこから机の種類と配置を決める。重役の主要な業務が会話であるなら、対面を妨げる大きな机は要らない——この判断から、引き出しのないテーブル型の机と、背後に置く収納の組み合わせが生まれた。
自分の家具は空間のために設計する
彼女は自身の家具を、他の設計者の椅子のあいだを埋めるものと位置づけていた。プロジェクトに必要な家具がないから自分で設計した、という説明を繰り返している。目立つ造形を避け、直線と定まった比例で構成するのは、部屋の中で他の要素を成立させるためである。
建築の断面を家具に移す
彼女の家具は、細い角形の鋼管でつくった枠の上に、箱状の本体や座面を載せる構成をとる。支持部を細くして本体を持ち上げるため、床との間に隙間が生まれ、体積の割に軽く見える。ミースの建築で用いられた構成を、家具の寸法に移したものにあたる。
ボタンを使わないタフティング
張り地の押さえには通常ボタンを用いるが、彼女は1956年に、正方形に縫い込んで面をわずかに窪ませる方法で特許を取得した。ボタンという突起を持たないため、面が連続したまま張りの位置を示せる。直線と平面で構成する方針が、細部の処理にも及んでいる。
ノルの歴史や他の製品について詳しくはノル ブランドページをご覧ください。
代表作にみる方法
ノル・プランニング・ユニット(1943年)
家具を売るのではなく、空間の設計を引き受ける部門である。業務の調査から平面計画、家具・テキスタイル・仕上げの選定までを一括して担当した。提案には「ペーストアップ」と呼ぶ、素材見本と家具を台紙に貼って構成を示す方法を用いている。図面ではなく実物の色と質感で示すため、決定に必要な情報が揃う。
エグゼクティブ コレクション(1954年)
細い角形鋼管の枠の上に、直線的な座面と背もたれを載せた一群である。二人掛け・三人掛けの長椅子、肘掛け椅子、ベンチ、卓が同じ枠の断面で構成され、並べたときに水平線が揃う。個々の家具を目立たせず、部屋の構成を成り立たせるという方針が最も明確に現れている。→フローレンス・ノル ソファ
テーブルデスク(1961年)
引き出しを持たない天板だけの机である。従来の重役机が備えていた収納は背後のクレデンザへ移され、机は対面のための面になった。人と向き合う位置に物理的な障壁がなくなるため、来客との距離が変わる。業務の内容から家具の種類を決め直した例にあたる。→フローレンス・ノル エグゼクティブデスク
クレデンザ(1961年)
テーブルデスクと組で使う収納である。細い鋼のベースの上に木の箱を載せ、床から浮かせる。天板に大理石を用いる仕様もあり、机の背後に置いたときに面が連続する。机から収納を分離するという判断が、二つの家具の関係として現れている。
ダイニング/コンファレンス テーブル
クロームの脚部に大理石や木の天板を載せた卓の一群である。天板の輪郭と脚の位置を変えることで、食卓にも会議卓にも対応する。大理石は面ごとに石目が異なるため、同じ設計でも一台ずつ表情が変わる。→フローレンス・ノル ダイニングテーブル
評価と影響
フローレンス・ノルは一般に、戦後アメリカの事務空間の設計を組み立て直した人物と評価されている。家具の販売に空間設計を組み合わせるという業態そのものが、彼女の設けた部門から始まった。
設計者の起用でも役割を果たした。エーロ・サーリネンにはくつろいで座れる椅子を依頼してウームチェアが生まれ、彫刻家のハリー・ベルトイアには金属の造形を家具に移せるかを2年かけて試させた。師であったミース・ファン・デル・ローエからバルセロナチェアの製造権を得たのも彼女である。
「私はデコレーターではない」という発言は、インテリアデザインを装飾から空間の設計へ位置づけ直す主張として繰り返し引用される。当時ほぼ男性が占めていた分野で責任者を務めた点も併せて論じられることが多い。2004年にはフィラデルフィア美術館で回顧展が開かれた。
受賞・収蔵
受賞
- 1961年 アメリカ建築家協会(AIA)インダストリアルデザイン賞(女性として初)
- 2002年 米国国民芸術勲章
収蔵
以下の収蔵が確認できる(MoMA=ニューヨーク近代美術館、Met=メトロポリタン美術館)。
- MoMA コーヒーテーブル(1954年) 収蔵番号 25.1997
- MoMA クレデンザ(1955年頃) 収蔵番号 1270.2018
- Met テーブル No.304(1954年頃) 収蔵番号 1987.373a, b
- Met カーペット(1960年) 収蔵番号 1984.569
作品一覧
| 発表年 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1943年 | 組織 | ノル・プランニング・ユニット | Knoll |
| 1940年代 | スツール | モデル75 スツール(現ヘアピン スタッキングテーブル) | Knoll |
| 1947年 | テキスタイル | ノル・テキスタイル 立ち上げ | Knoll |
| 1954年 | ソファ | フローレンス・ノル ソファ | Knoll |
| 1954年 | 椅子 | モデル31 ラウンジチェア | Knoll |
| 1954年 | ソファ | モデル33 スモールソファ | Knoll |
| 1954年 | テーブル | コーヒーテーブル | Knoll |
| 1956年 | 技法 | ボタンを用いないタフティング(特許) | Knoll |
| 1961年 | デスク | フローレンス・ノル エグゼクティブデスク | Knoll |
| 1961年 | 収納 | クレデンザ | Knoll |
| テーブル | フローレンス・ノル ダイニングテーブル | Knoll |
プロフィール
| 生没年 | 1917年5月24日〜2019年1月25日 |
|---|---|
| 出身地 | アメリカ・ミシガン州サギノー |
| 国籍 | アメリカ |
| 活動拠点 | ニューヨーク |
| 分野 | 家具、インテリア、テキスタイル |
| 主な協働ブランド | Knoll |
Reference
- Florence Knoll Bassett | Knoll
- https://www.knoll.com/designer/Florence-Knoll-Bassett
- Florence Knoll Bassett papers | Smithsonian Archives of American Art
- https://www.aaa.si.edu/collections/florence-knoll-bassett-papers-8404
- Knoll Archive
- https://www.knoll.com/knollnewsdetail/the-knoll-archive
- The Museum of Modern Art Collection
- https://www.moma.org/collection/works/2325
- The Metropolitan Museum of Art Collection
- https://www.metmuseum.org/art/collection