概要
エーロ・サーリネン(1910-1961)は、フィンランドに生まれアメリカで活動した建築家・デザイナーである。案件ごとに異なる解を出すという姿勢をとり、様式を持たないことを自らの方針とした。家具では、脚の本数を減らして床面を空けるという課題に取り組み、ファイバーグラスの殻と一本脚を組み合わせたペデスタル・シリーズに至った。建築ではゲートウェイ・アーチ、TWAフライトセンター、ダレス国際空港などを手がけ、51歳で没している。家具はノルが生産を続けている。
バイオグラフィー
1910年8月20日、フィンランドのキルッコヌンミに生まれた。父は建築家エリエル・サーリネン、母は織物のデザイナーであるロヤ・ゲセリウスである。1923年に一家でアメリカへ移り、父が教えたミシガン州のクランブルック美術学院の環境で育った。ここで彫刻と家具設計の課程を受け、チャールズ・イームズやフローレンス・ノルと親交を結んでいる。
1929年からパリのアカデミー・ド・ラ・グランド・ショーミエールで彫刻を学び、その後イェール大学建築学部に進んで1934年に修了した。ヨーロッパと北アフリカ、フィンランドを回ったのち、1936年にクランブルックへ戻って教えながら父の事務所に加わっている。
1940年、チャールズ・イームズとの共同案でニューヨーク近代美術館の家具設計競技「Organic Design in Home Furnishings」に入賞。1948年にはジェファーソン国立拡張記念碑の設計競技に当選し、これがのちのゲートウェイ・アーチとなった。
1950年に父が没したのを機に事務所を継ぎ、「エーロ・サーリネン・アンド・アソシエイツ」として活動する。1961年8月、頭痛を訴えてミシガン州アナーバーの病院に入り、脳腫瘍と診断された。同年9月1日、手術中に51歳で死去。進行中の案件は、共同経営者のケヴィン・ローチとジョン・ディンケルーが引き継いで完成させた。
デザインの思想と方法
サーリネンは、案件ごとに条件が異なる以上、同じ形式を繰り返すことは解答の放棄にあたると考えていた。実際に彼の建築は、ガラスと鉄の直方体から、コンクリートの薄い殻、吊り屋根まで大きく異なる。共通しているのは形の傾向ではなく、その形を選んだ理由を条件から説明できるようにするという進め方である。
脚を減らすという課題
家具でサーリネンが繰り返し扱ったのは、床面に立つ脚の本数を減らすことだった。四本脚の椅子とテーブルを並べると、床に大量の細い垂直材が現れる。これを整理するために、彼は座面を支える構造を中心の一本に集約する方法を探した。ペデスタル・シリーズは、この検討の到達点にあたる。
構造上の解決は素材の使い分けによって得られている。殻はファイバーグラスで成形し、荷重を受ける台座は鋳造アルミニウムとした。当初は台座も同じ樹脂で作ることを想定していたが、強度が足りず、外形の連続を保ったまま材料だけを変える形で決着している。
姿勢の幅を条件にする
フローレンス・ノルから、体を丸めて座れる椅子という依頼を受けて設計したのがウームチェアである。背筋を伸ばして座ることを前提とした従来の椅子に対し、脚を上げる、斜めに寄りかかるといった姿勢を許容する広い殻をつくった。座り方を一つに定めないという設定は、以後の彼の椅子にも引き継がれている。
殻の構造を建築の規模へ
家具で扱った「薄い殻で荷重を受ける」という構成は、建築でも用いられている。マサチューセッツ工科大学のクレスギ講堂は球面の一部を切り取った薄いコンクリート殻を三点で支え、TWAフライトセンターは四つの殻を組み合わせて内部空間をつくる。規模と材料は異なるが、面そのものに構造を負担させるという考え方は共通している。
ノルの歴史や他の製品について詳しくはノル ブランドページをご覧ください。
代表作にみる方法
オーガニックチェア(1940年)
チャールズ・イームズとの共同で、ニューヨーク近代美術館の家具設計競技に出品した椅子である。座・背・肘掛けを連続した一つの殻として成形する構想は、当時の合板加工の水準では量産に届かなかったが、身体を受ける面を一体でつくるという課題を明確にした。この課題は、両者がそれぞれ別の材料で解き続けることになる。
ウームチェア(1948年)
ファイバーグラスの殻に発泡ゴムと張り地を重ね、細い鋼の脚で支える構成をとる。殻を身体より一回り大きくすることで、正面を向いて座るほかに、脚を上げる、横に寄りかかるといった姿勢が可能になった。座る姿勢を規定しないという設定を、殻の寸法で解いた例にあたる。→ウームチェア
エグゼクティブチェア(モデル71、1950年)
ウームチェアで用いた成形の殻を、執務用の寸法に置き換えた椅子である。殻を小さくして肘掛けを付け、脚を四本とすることで、長時間の作業に向く座り姿勢に合わせている。同じ製法を保ちながら用途を変えるという展開の仕方は、当時のノルの製品構成にも合っていた。→サーリネン エグゼクティブ アームチェア(モデル71)
ペデスタル・シリーズ(1955-1957年)
椅子・スツール・テーブルを、中心の一本脚とその上の面という共通の構成でそろえた製品群である。脚の本数が減ることで床が広く見え、椅子とテーブルを並べたときの視覚的な整理がつく。台座を鋳造アルミニウム、殻をファイバーグラスとすることで、外形の連続を保ったまま必要な強度を得ている。→チューリップチェア / チューリップテーブル
TWAフライトセンター(1956-1962年)
ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港のターミナルで、四つのコンクリート殻を組み合わせて内部空間をつくる。殻どうしの隙間が天窓となり、内部は柱のない連続した空間になる。搭乗口へ向かう動線に沿って床の高さと天井の形状が変化し、移動そのものが空間の経験になるよう構成されている。サーリネンの死の翌年に開業した。
評価と影響
サーリネンは一般に、1950年代のアメリカ建築において形式の探索を推し進めた設計者と評価されている。同一の語彙を繰り返さない姿勢は、当時「様式がない」という批判も受けたが、案件ごとの条件から形を導くという方針として現在は整理されている。
家具では、一本脚で支える構成が以後の製品に広く採用され、テーブルや事務用椅子の一つの標準的な形式となった。座り姿勢を限定しない椅子という設定も、後年のラウンジチェアの設計に引き継がれている。
ゲートウェイ・アーチは高さ192メートルのカテナリー曲線をステンレス鋼で覆った構造物で、1965年、彼の死の4年後に完成した。TWAフライトセンターとあわせ、いずれも本人の生前には完成していない。
受賞・収蔵
受賞
- 1940年 MoMA「Organic Design in Home Furnishings」競技 入賞(チャールズ・イームズと共同)
- 1948年 ジェファーソン国立拡張記念碑 設計競技 当選
- 1960年 アメリカ芸術科学アカデミー フェロー
- 1962年 アメリカ建築家協会(AIA)ゴールドメダル(没後)
収蔵
以下の収蔵が確認できる(MoMA=ニューヨーク近代美術館、V&A=ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、Met=メトロポリタン美術館、AIC=シカゴ美術館)。
- MoMA ウームチェア(1946年) 収蔵番号 447.1956.a-c
- MoMA チューリップ アームチェア(モデル150、1955-56年) 収蔵番号 149.1958
- MoMA ローバック アームチェア(1940年、チャールズ・イームズと共同) 収蔵番号 840.1942
- MoMA ハイバック アームチェア(1940年、チャールズ・イームズと共同) 収蔵番号 841.1942
- V&A チューリップ(1956-57年) 収蔵番号 CIRC.86:1, 2-1969
- V&A ウームチェア(1948年頃) 収蔵番号 W.35-2008
- Met チューリップ アームチェア(モデル150、1956年) 収蔵番号 1980.287ab
- Met ウーム ソファ(モデル73、1950年設計) 収蔵番号 1984.542.5
- Met エグゼクティブ アームチェア(71シリーズ、1957年設計) 収蔵番号 1998.535.2
- AIC チューリップ アームチェア(1955-57年) 収蔵番号 1971.15
- AIC ウームチェア(1948年) 収蔵番号 1973.356
- AIC テーブル(1955-57年) 収蔵番号 1986.37
作品一覧
| 発表年 | 区分 | 作品名 | ブランド / 場所 |
|---|---|---|---|
| 1940年 | 椅子 | オーガニックチェア(チャールズ・イームズと共同) | MoMA競技出品作 / Vitra(復刻) |
| 1946年 | 椅子 | グラスホッパー ラウンジチェア | Knoll |
| 1948年 | 椅子 | ウームチェア | Knoll |
| 1948年 | オットマン | ウーム オットマン | Knoll |
| 1948-1965年 | 建築 | ゲートウェイ・アーチ | セントルイス、アメリカ |
| 1948-1956年 | 建築 | ゼネラルモーターズ技術センター | ウォーレン、アメリカ |
| 1950年 | 椅子 | サーリネン エグゼクティブ アームチェア(モデル71) | Knoll |
| 1950年 | 椅子 | エグゼクティブ サイドチェア(モデル72) | Knoll |
| 1950年 | ソファ | ウーム セティ | Knoll |
| 1953-1955年 | 建築 | クレスギ講堂(MIT) | ケンブリッジ、アメリカ |
| 1955-1958年 | 建築 | MITチャペル | ケンブリッジ、アメリカ |
| 1953-1957年 | 建築 | ミラー邸 | コロンバス、アメリカ |
| 1955-1957年 | 椅子 | チューリップチェア | Knoll |
| 1955-1957年 | テーブル | チューリップテーブル | Knoll |
| 1955-1957年 | スツール | ペデスタル スツール | Knoll |
| 1956-1962年 | 建築 | TWAフライトセンター | ニューヨーク、アメリカ |
| 1958-1962年 | 建築 | ダレス国際空港ターミナル | ワシントンD.C.近郊、アメリカ |
| 1958-1962年 | 建築 | イェール大学 アイスホッケーリンク | ニューヘイブン、アメリカ |
プロフィール
| 生没年 | 1910年8月20日〜1961年9月1日 |
|---|---|
| 出身地 | フィンランド・キルッコヌンミ |
| 国籍 | フィンランド(1923年に渡米、のちアメリカ) |
| 活動拠点 | ミシガン州ブルームフィールドヒルズ、コネチカット州ハムデン |
| 分野 | 建築、家具 |
| 主な協働ブランド | Knoll |
Reference
- Eero Saarinen | Britannica
- https://www.britannica.com/biography/Eero-Saarinen
- Eero Saarinen | Knoll
- https://www.knoll.com/designer/Eero-Saarinen
- Eero Saarinen | Cranbrook Art Museum
- https://cranbrookartmuseum.org/learn/eero-saarinen/
- Eero Saarinen, FAIA | USModernist
- https://www.usmodernist.org/saarinen.htm
- Eero Saarinen | Encyclopedia.com
- https://www.encyclopedia.com/people/literature-and-arts/architecture-biographies/eero-saarinen
- The Museum of Modern Art Collection
- https://www.moma.org/artists/5069