ワシリーチェア(Wassily Chair)は、1925年にマルセル・ブロイヤーがバウハウス・デッサウ校の家具工房主任在任中に創案した、モダンデザイン史上最も重要な椅子のひとつである。正式名称は「クラブチェアB3(Model B3)」であり、家具史において初めてシームレスなスチールパイプを使用した画期的な作品として知られている。その革新的な構造と透明感のある佇まいは、第一次世界大戦後の建築とデザインに浸透した厳格な美学を象徴し、従来の重厚な椅子の概念を根底から覆した。
ブロイヤーは自身が購入したアドラー社製自転車のハンドルバーから着想を得て、その軽量性と強度に感銘を受けた。彼は曲げ加工されたスチールパイプという工業素材を家具デザインに応用し、伝統的なクラブチェアの大仰なクッションと布張りを排除することで、骨格のような構造へと昇華させた。この設計は、溶接箇所を持たない連続した曲線で構成されており、全体をクロームメッキで仕上げることが可能であった。
現在、この椅子はニューヨーク近代美術館(MoMA)、メトロポリタン美術館、東京国立近代美術館をはじめとする世界の主要美術館に収蔵され、20世紀デザインの金字塔として高く評価されている。1968年にノル社がイタリアのガヴィーナ社を買収して以来、ノル社によって製造が継続されており、今日においてもモダニズムの象徴的存在として世界中で愛され続けている。
デザインの特徴とコンセプト
革新的な素材の採用
ワシリーチェアの最大の革新は、家具製作において前例のなかったスチールパイプの使用である。ブロイヤーは自転車フレームの構造に着想を得て、直径25ミリメートルのシームレスなスチールパイプを複雑に曲げることで、空間を規定する立体的なフレームを創出した。この技術は、ドイツの鋼材メーカーであるマンネスマン社が完成させたシームレスパイプ製造工程によって初めて実現可能となった。従来の溶接継ぎ目のあるパイプでは、曲げ加工の際に破損する問題があったが、この新技術により滑らかな曲線の実現が可能となったのである。
座面、背もたれ、アームレストには、当初アイゼンガルン(鉄糸)と呼ばれる特殊な素材が使用された。これは19世紀に発明された光沢のあるワックス加工綿糸であり、バウハウスの織物工房に在籍していたマルガレータ・ライヒャルトがその品質を改良し、ブロイヤーのスチールパイプ家具専用の張り材を開発した。この素材は高い強度と耐久性を備えており、スプリングで裏面から引っ張ることで適度な張力を保持する構造となっていた。
構成主義とデ・スティルの影響
ワシリーチェアのデザインは、オランダのデ・スティル運動と構成主義理論から強い影響を受けている。ブロイヤーは伝統的なクラブチェアという既存の形態を、その本質的な線と面へと還元することを試みた。大仰な装飾や無駄な要素を排除し、機能に基づいた純粋な構造を追求する姿勢は、バウハウスが提唱した「産業と芸術の統合」という理念を体現するものであった。
椅子全体は幾何学的な構成によって成立しており、スチールパイプの曲線と張り材の面が織りなす透明性は、空間との対話を生み出している。ブロイヤー自身がこの作品について「外観においても素材の使用においても最も極端な作品であり、最も芸術的でなく、最も論理的で、最も快適さから遠く、最も機械的である」と評したように、この椅子は従来の椅子概念からの徹底的な逸脱を意図したものであった。
透明性と軽量性の追求
ブロイヤーがワシリーチェアで追求した中心的概念は「透明性」である。重厚で不透明な伝統的家具に対して、彼は空間を視覚的に遮断しない透過性の高い構造を目指した。スチールパイプの骨格は空間に浮遊するかのような軽やかさを生み出し、張り材のみが身体を支える構造により、着座時には「空中に浮かんでいる」ような独特の感覚を体験することができる。
この椅子の総重量は約6.8キログラムと極めて軽量であり、移動や配置転換が容易である。また、その構造的特性により、大規模な設備投資を必要とせず、工場における大量生産が可能であった。製造工程に高度な職人技術を必要としないという点も、バウハウスが理想とした「工業生産時代のためのデザイン」を実現するものであった。
歴史的エピソード
誕生の経緯
1925年、23歳のマルセル・ブロイヤーは、バウハウス・デッサウ校の家具工房主任として活動していた。当時、彼は自身初の自転車を購入し、その完璧な機能美と変わらぬ形態に感銘を受けた。建築家の友人との会話の中で、自転車のハンドルバーがマカロニのように曲げられることを知り、この技術を家具デザインに応用することを着想した。ブロイヤーは批判を恐れて、当初は誰にも知らせずに実験を重ねていたという。
最初の試作品が工房に運び込まれた際、偶然訪れたワシリー・カンディンスキーがこれを目にし、「これは何だ?」と強い興味を示した。カンディンスキーの絶賛を受け、バウハウス全体がこの新しい家具に注目するようになった。ブロイヤーは後に、カンディンスキーの誕生日祝いとして、デッサウのマイスター住宅にある彼の私室のために複製を制作し贈呈した。この逸話が後に椅子の名称に影響を与えることとなる。
「ワシリー」という名称の由来
この椅子が「ワシリーチェア」という名称を得たのは、デザインから数十年後のことである。1960年頃、ブロイヤーは自身の家具コレクションの権利をイタリアのデザイン会社ガヴィーナ社に売却した。ガヴィーナ社が椅子の起源を調査する過程で、カンディンスキーとの逸話を発見し、商品化にあたって「ワシリーチェア」という名称を採用したのである。
一般に「ブロイヤーがカンディンスキーのために特別にデザインした」という誤解が広まっているが、実際には椅子はカンディンスキーのために制作されたものではない。あくまでも完成したデザインを見たカンディンスキーが賞賛し、その後にブロイヤーが複製を贈ったという経緯が正確である。しかし、この逸話はマーケティング上の魅力的な物語となり、椅子の名称として定着することとなった。
製造と普及の歴史
ワシリーチェアは1920年代後半、ドイツ・オーストリアの家具メーカーであるトーネット社によって「モデルB3」という名称で初めて商業生産された。当初は折り畳み式と非折り畳み式の両バージョンが提供されていたが、第二次世界大戦中に生産が中止された。戦後、ガヴィーナ社がワシリーチェアとブロイヤーの他のデザインの製造権を取得し、布張りからより認知度の高い黒革張りへと変更したバージョンを導入した。
1968年、アメリカのノル社がガヴィーナ・グループを買収したことにより、ブロイヤーのデザインすべてがノル社のカタログに加わった。以来、ワシリーチェアはノル社によって継続的に製造されており、現在ではクロームメッキ、18金メッキ、パウダーコーティング仕上げのスチールフレームに、多様なレザーまたはキャンバス張りを組み合わせたバリエーションが提供されている。オリジナル品には、フレームにマルセル・ブロイヤーの署名とノルのロゴが刻印されている。
デザイン界への影響と評価
モダンデザイン運動における位置づけ
ワシリーチェアは、20世紀のプロダクトデザインと建築に計り知れない影響を与えた。ブロイヤーがスチールパイプ家具を発表した後、ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエといった巨匠たちも相次いでスチールパイプを家具製作に採用し始めた。この椅子は、工業素材と大量生産技術を活用した家具デザインの先駆けとなり、現代の家具生産における基本原理を確立した作品として評価されている。
ニューヨーク・タイムズ紙は、ワシリーチェアとセスカチェアを「20世紀で最も重要な椅子」と評している。その革新性は単に素材や製造方法にとどまらず、椅子という家具の本質的な再定義を試みた点にある。装飾を排除し、機能と構造の純粋な表現を追求する姿勢は、モダニズム運動全体の理念を体現するものであった。
受賞歴と主要コレクション
ワシリーチェアは数々の栄誉を受けている。1968年にはニューヨーク近代美術館賞(The Museum of Modern Art Award)を受賞し、1982年にはドイツにおいて「芸術作品」としての公式認定を受けた。これらの評価は、この椅子が単なる実用品を超えて、芸術的価値を持つ文化財として認識されていることを示している。
世界の主要美術館がワシリーチェアを永久コレクションに加えている。ニューヨーク近代美術館には、バウハウスのハーバート・バイヤーから寄贈された1927-28年製のスタンダード・メーベル社製の作品が収蔵されている。メトロポリタン美術館、東京国立近代美術館、ヴィトラ・デザイン・ミュージアムなども重要な作品を所蔵しており、デザイン教育や研究における不可欠な参照点となっている。
現代における意義
デザインから100年近くが経過した現在においても、ワシリーチェアは色褪せることのない魅力を放ち続けている。その普遍的なデザインは、現代のインテリアにおいても違和感なく調和し、オフィス、ホテル、美術館、個人住宅など多様な空間で活用されている。ノル社による現代の製造品は、環境配慮型設計とGREENGUARD室内空気質認証を取得しており、持続可能性の観点からも評価されている。
2017年には、東京国立近代美術館において「マルセル・ブロイヤーの家具」展が開催され、日本国内初の包括的なブロイヤー家具展示として大きな注目を集めた。展覧会では、時代とともに変化したワシリーチェアの4つのモデルが並べて展示され、来場者が実際に着座して写真撮影できるブースが設けられた。このような取り組みは、歴史的デザインを現代の観客に体験的に紹介する試みとして高く評価された。
デザイナーについて
マルセル・ラヨシュ・ブロイヤー(Marcel Lajos Breuer, 1902-1981)は、ハンガリーのペーチに生まれ、モダニズムを代表する建築家・家具デザイナーとして活躍した。1920年にドイツの造形学校バウハウスに入学し、初代校長ヴァルター・グロピウスの薫陶を受けて才能を開花させた。1925年から1928年まで、母校の家具工房主任として数々の革新的なスチールパイプ家具を創案し、バウハウスの理念を実践的に展開した。
1937年、グロピウスに招かれてアメリカに渡り、ハーバード大学で建築を指導するとともに、建築家としての活動を本格化させた。戦後はパリのユネスコ本部(1958年)、ニューヨークの旧ホイットニー美術館(現メトロポリタン美術館ブロイヤー別館、1966年)など、ブルータリズム様式の傑作建築を手がけた。家具と建築の両分野において卓越した業績を残し、1968年にはアメリカ建築家協会のゴールドメダルを受賞している。ブロイヤーは1981年7月1日、ニューヨークにて79歳で逝去した。
基本情報
| 正式名称 | クラブチェアB3(Model B3)/ ワシリーチェア(Wassily Chair) |
|---|---|
| デザイナー | マルセル・ブロイヤー(Marcel Breuer) |
| デザイン年 | 1925年 |
| 分類 | ラウンジチェア / クラブチェア |
| 製造 | トーネット社(1920年代後半-1940年代)、スタンダード・メーベル社(1920-30年代)、ガヴィーナ社(1960年代-1968年)、ノル社(1968年-現在) |
| 素材 | クロームメッキスチールパイプ(直径25mm)、レザーまたはキャンバス張り(初期はアイゼンガルン) |
| 寸法 | 幅790mm × 奥行690mm × 高さ730mm × 座面高420mm(ノル社製) |
| 重量 | 約6.8kg |
| 受賞歴 | ニューヨーク近代美術館賞(1968年)、ドイツ「芸術作品」認定(1982年) |
| 主要コレクション | ニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、東京国立近代美術館、ヴィトラ・デザイン・ミュージアムほか |