リソム ラウンジチェアは、デンマーク出身のデザイナー、イェンス・リソムが1941年にデザインした名作ラウンジチェアである。このチェアは、ハンス・ノール・ファニチャー・カンパニー(現ノール社)が初めて委託した家具デザインの一つであり、アメリカにおけるスカンディナヴィアンモダンデザインの先駆けとなった記念碑的作品である。第二次世界大戦中の材料制限という困難な状況下で生み出されたこのチェアは、シンプルなメープル材のフレームと余剰のパラシュート用ウェビングを組み合わせた独創的な設計により、機能性と美しさを高度に両立させている。
1941年、23歳のイェンス・リソムと24歳のハンス・ノールは、アメリカ全土を4ヶ月にわたって巡り、建築家やデザイナーたちがモダン家具に求めるものを徹底的に調査した。この調査の成果として、1942年に発表された最初のノールカタログには、リソムがデザインした15点の家具が掲載され、その中核を成したのがこのラウンジチェアである。戦時下の制約を逆手に取った革新的なアプローチは、「良いデザインとは、多くの要求を満たす良い解決策である」というリソムの哲学を見事に体現している。
特徴・コンセプト
戦時下の制約から生まれた革新
リソム ラウンジチェアの最も顕著な特徴は、第二次世界大戦中の材料不足という制約を創造的に克服した点にある。戦時中、多くの材料が軍事目的に転用され、家具製造に必要な資源は極めて限られていた。リソムは、パラシュート製造で余剰となったナイロン製ウェビングに着目し、これを座面と背もたれの素材として採用した。このウェビングは、軍事規格に満たなかったために破棄される予定だったものであり、リソムの慧眼により新たな価値を与えられることとなった。
フレームには、当時容易に入手可能であったメープル材の端材を使用している。リソムは「非常に基本的で、非常にシンプルで、安価で、作りやすい」と自らのデザインを評したが、そこには深い思慮が込められている。限られた資源を最大限に活かし、製造の容易さを確保しながらも、美しさと機能性を犠牲にしないという高度なバランス感覚が、このチェアの根底に流れている。
スカンディナヴィアンモダンの美学
リソム ラウンジチェアは、イェンス・リソムがアメリカに持ち込んだスカンディナヴィアンデザインの美学を完璧に体現している。柔らかな曲線と幾何学的な角度の組み合わせは、北欧デザインの特徴である有機的フォルムと構造的明快さを見事に融合させている。フレームの各部材は、伝統的なほぞ組み(モルティスアンドテノン)工法で接合されており、金属製の留め具を一切使用しない純粋な木工技術によって堅牢性が確保されている。
ウェビングは、フレームに対して交差するように編み込まれ、バスケット織りのパターンを形成する。この編み方により、座面と背もたれは適度な弾力性と通気性を持ち、長時間の使用でも快適性を保つ。ウェビングの織りなす陰影と質感は、視覚的にも触覚的にも豊かな体験をもたらし、シンプルな構造でありながら洗練された印象を与えている。
時代を超える普遍性
このチェアのデザインは、1940年代の戦時下という特定の文脈から生まれたにもかかわらず、80年以上を経た現代においてもその魅力を失っていない。シンプルで誠実なデザイン哲学は、流行に左右されない普遍的な美しさを持ち、現代のミニマリズムとも共鳴する。アームレスの開放的なフォルムは、様々な空間に柔軟に適応し、リビングルーム、書斎、寝室など、多様な用途に対応する汎用性を備えている。
現代の製品では、オリジナルの素材に加えて、サンブレラ素材を使用したアウトドア版や、多様なカラーバリエーションのウェビングが展開されている。フレーム材もメープルに加えてウォルナットが選択可能となり、エボナイズド(黒染め)仕上げなど、現代のインテリアニーズに応える選択肢が用意されている。しかし、その本質的なデザインは変わることなく、リソムのオリジナルビジョンが尊重され続けている。
エピソード
ハンス・ノールとの運命的な出会い
1939年、23歳のイェンス・リソムは、アメリカンデザインを学ぶためにコペンハーゲンからニューヨークへと渡った。しかし、家具デザイナーとしての仕事を見つけることは困難を極め、やむなくテキスタイルデザインの仕事を受けることになった。この苦境の中、リソムのデザインが1939年のニューヨーク万国博覧会でロックフェラーセンター前に建設された「コリアーズ・ハウス・オブ・アイディアズ」に採用されたことが転機となった。
1941年、リソムは同じく若き起業家であったハンス・ノールと出会う。当時、ハンス・ノールはヨーロッパ製家具の輸入販売業を営んでいたが、戦争によって供給ラインが途絶えることを予見していた。一方、リソムは自身のデザインを販売してくれる営業担当者を探していた。両者のニーズは完璧に一致し、二人の若者は意気投合した。彼らは共にアメリカ全土を巡り、市場調査を行った。リソムは後に「家具がまったくなく、手に入るものは何でも欲しがる状況だった」と当時を振り返っている。この旅が、アメリカにモダンデザインをもたらす歴史的な協業の始まりとなった。
MoMAコレクションへの収蔵
リソム ラウンジチェアの文化的・歴史的価値は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のパーマネントコレクションに収蔵されていることによって公式に認められている。MoMAが所蔵するのは1941年製のモデル650で、レザーウェビングを使用した初期バージョンである。この収蔵は、リソムのデザインが単なる商業製品を超えて、20世紀デザイン史における重要な文化的遺産として評価されていることを示している。
MoMAへの収蔵に際しては、デザイナー本人からの寄贈という形が取られた。これは、リソム自身がこの作品を自身のキャリアにおいて極めて重要な位置づけとして認識していたことを物語っている。現在、MoMAデザインストアでは、現代的にアップデートされたアウトドア版のリソム ラウンジチェアが販売されており、オリジナルデザインの精神を受け継ぎながら現代の生活様式に適応した製品として提供されている。
1997年のリイシュー
第二次世界大戦後、リソムは1946年に独立し、自身の会社「イェンス・リソム・デザイン」を設立した。1970年に会社を売却した後、一時的にデザイン活動から遠ざかっていた。しかし、1997年、ノール社はリソムの1940年代から1950年代にかけてのデザインを再発売することを決定した。これは、ミッドセンチュリーモダン家具への関心が高まっていた時期であり、リソムのデザインが再評価される契機となった。
このリイシューは、単なる復刻ではなく、現代の製造技術と品質基準に基づいて丁寧に再現されたものである。オリジナルの設計思想を尊重しながら、持続可能な素材の使用や、GREENGUARD認証の取得など、現代的な環境配慮も組み込まれている。2008年にはロンドンのロケット・ギャラリーとリバティ・ギャラリーでリソムの回顧展が開催され、2000年代以降、ラルフ・プッチによる継続的な展示や製品化が行われるなど、リソムのデザインは21世紀において見事なルネッサンスを遂げている。
評価
リソム ラウンジチェアは、デザイン批評家や歴史家から一貫して高い評価を受けてきた。1951年、ダラス・デイリー・タイムズ・ヘラルド紙は、リソムの家具について「堅牢な構造、清潔なライン、木材への思慮深い処理を示している。デザインは現代的でありながら、優雅さと職人技の古風な雰囲気を持ち、あらゆる時代の優れた家具と調和する」と賞賛している。
このチェアは、アメリカにおけるモダンデザインの普及において極めて重要な役割を果たした。デザイン史家ヴィッキー・ローリーは、リソムについて「アメリカにおけるモダン家具デザインを発明しなければならなかった」と評している。当時のアメリカでは、モダンデザインのインフラが存在せず、リソムは文字通りゼロからその基盤を築いた。彼のデザインは、チャールズ・イームズやジョージ・ネルソンのような同時代のデザイナーたちほど急進的ではなかったが、まさにそのアプローチ可能性こそが、一般のアメリカ人の美意識を重厚なアンティーク家具から現代的なシンプルさへと転換させる原動力となった。
建築情報サイト「アーキタイザー」は、IKEAがアメリカ市場に進出するはるか以前に、リソムがスカンディナヴィアンデザインの魅力をアメリカ人に紹介したと指摘している。戦時下の制約という困難を創意工夫で乗り越えたこのチェアは、「優れたデザイン」の本質を体現する作品として、現代においても新鮮な啓示を与え続けている。環境意識が高まる現代において、リソムの「入手可能な材料を創造的に再利用・適応させる」という姿勢は、持続可能なデザインの先駆的事例としても再評価されている。
受賞歴
イェンス・リソム個人の受賞歴として、以下のような栄誉が授与されている。1996年、デンマーク女王マルグレーテ2世から騎士十字章(Knight's Cross)を授与され、母国デンマークにおける文化的貢献が公式に認められた。また、アメリカにおいては、ブルックリン美術館からモダニズム・デザイン賞生涯功労賞(Brooklyn Museum/Modernism Design Award for Lifetime Achievement)、ラッセル・ライト賞(Russell Wright Award)を受賞している。さらに、ロードアイランド・スクール・オブ・デザインから名誉博士号を授与され、同校の理事も務めた。
リソム ラウンジチェアそのものは、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のパーマネントコレクションに収蔵されているほか、イェール大学アートギャラリー、ブルックリン美術館など、アメリカの主要な美術館・博物館に所蔵されている。現代の製品版は、GREENGUARD認証を取得しており、持続可能な材料と製造プロセスが評価されている。KnollStudioのロゴとデザイナーのサインが刻印され、正規品としての品質保証がなされている。
基本情報
| 名称 | リソム ラウンジチェア |
|---|---|
| 英語名 | Risom Lounge Chair |
| デザイナー | イェンス・リソム(Jens Risom) |
| デザイン年 | 1941年 |
| 製造開始年 | 1942年 |
| メーカー | Knoll(ノール) |
| シリーズ | 600シリーズ |
| モデル番号 | 650(ロータイプ)、654(ラウンジ)など |
| フレーム素材 | メープル材(クリア仕上げ、エボナイズド仕上げ)、ウォルナット材 |
| 張地素材 | 100%天然コットンウェビング、ナイロン/コットンブレンドウェビング、サンブレラウェビング(アウトドア版) |
| 構造方式 | ほぞ組み(モルティスアンドテノン)工法 |
| 寸法(アームレス版) | 幅51cm × 奥行71cm × 高さ77cm(座面高41cm) |
| 寸法(アーム付版) | 幅60cm × 奥行69cm × 高さ74cm(座面高39cm、アーム高56cm) |
| 重量 | 約8kg |
| コレクション収蔵 | MoMA(ニューヨーク近代美術館)、イェール大学アートギャラリー、ブルックリン美術館 |
| 認証 | GREENGUARD認証 |
| 現行製造 | Knoll(1997年リイシュー以降継続生産) |