概要

チェスカ・チェア(B32)は、マルセル・ブロイヤーが1928年に設計した椅子である。後脚を持たず、一本に曲げたクロムメッキの鋼管が座枠から前脚、床、そして背もたれへと回り込むカンチレバー構造をとる。座と背にはブナ材の枠に籐を編み込む。トーネットが生産を始め、1960年代にガヴィーナ、1968年からノルが引き継いでいる。

特徴・コンセプト

後脚を持たない構造

4本の脚で支える椅子では、背に体重をかけたときの力は後脚が受け止める。チェスカ・チェアは後脚を置かず、床から前方へ伸びた鋼管が跳ね出しの梁として座と背を支える。荷重は前脚の付け根に集まり、そこを起点に鋼管全体がわずかにたわむ。詰め物を加えずに沈み込みを得る仕組みで、背にもたれたときの反発は素材の弾性そのものから来ている。

床に接する部分が前方の2箇所だけになるため、椅子の下に視線が抜ける。同じ姿勢を支えながら、見た目の質量が減る。

鋼管と籐の組み合わせ

座と背には、ブナ材の枠に籐を手で編み込んだ面が用いられる。鋼管のたわみを活かすには、座面自体も面として動く必要がある。板を張れば剛性が上がって撓みが打ち消されるが、編んだ籐であれば荷重に応じて面がしなり、通気も得られる。工業的に量産される鋼管と、手で編む籐という異なる出自の素材が、構造上の要請から同じ椅子に収まっている。

エピソード

カンチレバーをめぐる争い

後脚を持たない椅子は、1920年代後半に複数の設計者が相次いで手がけた。オランダの建築家マルト・スタムがガス管を用いた椅子を1927年のシュトゥットガルトの住宅展で公開しており、着想の先後をめぐってブロイヤーとの間で争いが起きた。1929年から続いた裁判は1932年に判決に至り、カンチレバー構造の権利はスタムにあるとされた。ブロイヤーの椅子が特許を得られなかったのはこのためである。

「チェスカ」という名

当初の呼称は型番のB32(肘掛けのない型)とB64(肘掛け付き)であった。1960年代初頭にイタリアのガヴィーナが製造権を取得した際、創業者ディーノ・ガヴィーナが型番に代わる名としてブロイヤーの娘フランチェスカの愛称チェスカを提案し、以後この名で呼ばれるようになった。1968年、ノルがガヴィーナを買収し、現在まで生産を続けている。

評価と影響

鋼管と籐という組み合わせ、および後脚を持たない構成は、以後の椅子の設計に広く引き継がれた。現在も複数の製造元と多数の模倣品が並行して流通しており、原型となった設計として参照されることが多い。ノル製の現行品は、クロムメッキまたはマットブラック仕上げのフレームに、手編みの籐または張り地を組み合わせる。肘掛け付きのB64も継続して生産されている。

美術館コレクション

ニューヨーク近代美術館は、クロムメッキ鋼管・木・籐によるB32を1942年に収蔵している(収蔵番号835.1942)。肘掛け付きのチェスカ・アームチェアも収蔵する(収蔵番号1228.1968、1968年、ステンディグ社からの寄贈)。ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館も1928年のB32を収蔵している(収蔵番号W.10-1989)。

基本情報

名称 チェスカ・チェア(B32)/ Cesca Chair
デザイナー マルセル・ブロイヤー(Marcel Breuer)
ブランド ノル(1968年〜)/トーネット、ガヴィーナ(歴代)
発表年 1928年
デザインの成立国 ドイツ
型番 B32(肘掛けなし)/B64(肘掛け付き)
主要素材 クロムメッキ鋼管、ブナ材、籐(または張り地)
サイズ 幅46.5cm × 奥行59.5cm × 高さ80cm、座面高45cm(肘掛けなし)
収蔵 ニューヨーク近代美術館(835.1942)、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(W.10-1989)

Reference

Original Design: The Cesca Chair | Knoll
https://www.knoll.com/story/shop/original-design-the-cesca-chair
Cesca Side Chair (model B32) | MoMA
https://www.moma.org/collection/works/4462
Model B32 | Victoria and Albert Museum
https://api.vam.ac.uk/v2/objects/search?q=W.10-1989