アイソコン ロングチェアは、マルセル・ブロイヤーが1936年にアイソコン社のために創作した成形合板製のラウンジチェアである。戦間期モダニズム運動から生まれた最も重要な家具作品のひとつとして広く認識されており、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、ニューヨーク近代美術館、ブルックリン美術館、クーパー・ヒューイット・スミソニアン・デザイン博物館をはじめとする世界各国の著名な美術館の永久コレクションに収蔵されている。

バウハウスの閉鎖後、ナチスドイツから逃れて英国に渡ったブロイヤーは、建築家でありモダンデザインの推進者であったジャック・プリチャードと出会い、協働関係を築いた。プリチャードが1931年に設立したアイソコン・ファニチャー・カンパニーは、フィンランドの建築家アルヴァ・アアルトによる先駆的な合板家具に触発され、英国における合板家具の流行を牽引する存在となった。ロングチェアは、ブロイヤーがアイソコン社のために手掛けた最も重要な作品であり、わずか2年間の協働期間における最大の成果として位置づけられている。

特徴とコンセプト

人間工学に基づく革新的設計

ロングチェアの最も顕著な特徴は、着座者の体重を通常の椅子よりも広い表面積に分散させる設計にある。1936年の発売当初、アイソコン社はこの椅子を「身体のあらゆる部分に科学的なリラクゼーションを与え、即座に幸福感を生み出す」と表現した。流れるような曲線を描く座面と背もたれは単一の成形合板から形成され、細く優美な支持フレームと一体化することで、レジャーと休息のための理想的な姿勢を実現している。

ブロイヤーの設計手法は従来の家具製作における概念を転換させた。荷重を支える構造体を独立して組み立て、その後に座面を取り付けるという伝統的な方法に代わり、座面自体がフレーム部材と一体化して完全な構造を形成する手法を採用したのである。この革新的なアプローチにより、軽量でありながら強度を保持する、視覚的にも機能的にも洗練された造形が可能となった。

成形合板技術の探求

ロングチェアは、ブロイヤーにとって合板という素材を用いた最初の実験的作品であった。バウハウス時代に革新的なクロームメッキ鋼管家具で名声を確立した彼にとって、合板は新たな表現の可能性をもたらす素材であった。プリチャードの助言により、ブロイヤーは1932年から33年にかけてスイスで制作したアルミニウム製リクライニングチェアのデザインを基盤として、合板による新たな解釈を試みた。

成形積層バーチ合板の使用は、金属家具に対する英国市場の抵抗感を和らげる戦略でもあった。金属の冷たく厳格な美学に比して、木材の温かみのある色調と触感は、より伝統を重んじる英国の嗜好に適合した。同時に、アアルトによる合板家具の成功が示すように、この素材は有機的で彫刻的な形態を実現する卓越した可塑性を備えていた。初期の試作品では、座面はエストニアのヴェネスタ合板会社で予め成形されたものが使用され、ロンドンの工房で製作されたフレームと組み合わされた。

モダニズム美学の体現

ロングチェアは、モダニズムの中核的原理である効率性、革新性、そして現代的なライフスタイルへの適応を視覚的に体現している。流動的で細身の輪郭は、20世紀初頭の産業時代における速度と動きへの憧憬を反映するとともに、機械生産に適した合理的な構造を示している。バウハウス出身のグラフィックデザイナー、ラースロー・モホイ=ナジがデザインした販売パンフレットには、ロングチェアでくつろぐことを「モダニズム的な浮遊」と表現しており、この椅子が単なる座具を超えた、新しい時代の生活様式の象徴として位置づけられていたことが窺える。

エピソード

バウハウスの巨匠たちの英国亡命

ロングチェアの誕生背景には、1930年代半ばの歴史的激動が深く関わっている。ナチス政権によるバウハウスの閉鎖後、ヴァルター・グロピウス、ラースロー・モホイ=ナジ、そしてブロイヤー自身といったバウハウスの中心人物たちがロンドンに難を逃れた。この短い英国滞在期間は、彼らがアメリカへと移住する前の過渡期であったが、英国のデザイン史において特別な意義を持つ時代となった。グロピウスはアイソコン社のデザイン・コントローラーに就任し、ブロイヤーに「新しい合板家具の制作」を依頼した。この協働関係から生まれたロングチェアは、まさにバウハウス精神が英国の土壌で結実した成果であった。

アアルトとの特許論争

ロングチェアの開発過程では、アルヴァ・アアルトの合板家具に関する特許権をめぐる法的問題が生じた。1933年にアアルトが取得した合板成形技術の特許は、ブロイヤーの新たなデザインと技術的に類似する部分があったためである。1937年に両者の弁護士間で合意が成立し、アイソコン社はアアルトの特許番号を椅子に明記し、その特許下で製作することを認める形で決着した。この事例は、知的財産権の管理が現代のデザイン界だけでなく、1930年代においても既に重要な課題であったことを示している。

『ロングチェアからの眺め』

ジャック・プリチャードは晩年、サフォークのブライスバラにある自邸で過ごした。その家は芸術と文化、美食と知的対話に満ちた空間であり、何よりもバウハウスの精神が東アングリアの地に蘇った場所であった。デザイン史家のフィオナ・マッカーシーがプリチャードの回顧録執筆を支援した際、そのタイトルは必然的に『ロングチェアからの眺め(View from a Long Chair)』となった。この題名は、ロングチェアがプリチャードの生涯とアイソコン社の物語において中心的な存在であったことを象徴的に物語っている。

評価と影響

ロングチェアは発表当時から高い評価を受け、戦間期における有機的合板家具の先駆的作品として位置づけられた。アアルトの1930年代の合板椅子と並び、この椅子は後のチャールズ&レイ・イームズ、ジョージ・ネルソン、エーロ・サーリネンといった戦後デザイナーたちによって更に発展させられる有機的デザインの潮流の基礎を築いた。

1936年当時、ロングチェアは6ポンド以上という比較的高価な価格設定であったため、製造数は限られていた。第二次世界大戦の勃発とソビエト連邦によるエストニア侵攻によってヴェネスタ社からの合板供給が途絶えたことで、アイソコン社の生産活動は一時中断を余儀なくされた。しかし1963年、プリチャードは限定的ながらロングチェアの生産を再開し、1982年以降は後継組織であるアイソコン・プラス(旧ウィンドミル・ファニチャー)が、ブロイヤーの意図通りの手法による小規模な手作業での製造を継続している。

現代においても、ロングチェアはモダニズム家具デザインの教科書的存在として、デザイン史、建築史、家具製作の文脈において繰り返し参照される。その簡潔でありながら洗練された造形、材料の特性を最大限に活かした構造、そして人間の身体に対する深い理解は、時代を超えた普遍的な価値を持ち続けている。世界各国の主要美術館における永久収蔵は、この椅子が20世紀デザインの正典における不可欠な位置を占めていることの証左である。

基本情報

デザイナー マルセル・ブロイヤー
製造 アイソコン・ファニチャー・カンパニー(現:アイソコン・プラス)
デザイン年 1935-1936年
素材 成形積層バーチ合板、バーチフレーム
寸法 高さ約76-81cm × 幅約61-62cm × 奥行約129-136cm
製造国 イギリス(初期の座面はエストニア製)
収蔵美術館 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、ニューヨーク近代美術館、ブルックリン美術館、クーパー・ヒューイット・スミソニアン・デザイン博物館、シカゴ美術館、セインズベリーセンター他