キンツレ ウォールクロックは、1930年代にキンツレ社が送り出した壁掛け時計の総称である。設計を担ったのはハインリッヒ・メラー(1905-1983)。同社のデザイン部門を率いた人物で、この時期のキンツレの時計には、装飾を削ぎ落とし、時刻の読み取りという一点に形を絞り込んだ設計が共通して見られる。
単一の型番を指す名称ではない。円形や菱形のケース、木製と真鍮製、掛時計と置時計──1930年代のカタログには複数の系統が並んでおり、現在ヴィンテージ市場で「キンツレのウォールクロック」と呼ばれるものは、これらの総体を指すことが多い。
デザインの特徴
造形
1930年代のキンツレの壁掛け時計は、幾何形態を骨格とする。円形の文字盤を基本としながら、ケースの外形には正円のほか、正方形を45度回した菱形が用いられた。ベゼルからケースへの移行、針の付け根から先端までの太さの変化といった細部にも、直線と円弧の組み合わせ以外の要素はほとんど現れない。
素材と仕上げ
ケースには、光沢仕上げのウォールナットやオークなどの木材と、真鍮や黒塗装の金属が用いられた。インデックスは真鍮の浮き出し加工とされることが多く、針も磨いた真鍮で作られる。文字盤の前面はドーム状に膨らんだミネラルガラスで覆われる。個々の仕様は型番や製造年によって異なるため、購入時には現物の確認が必要になる。
針と文字盤
メラーの時計を見分ける手がかりとしてしばしば挙げられるのが、針の形状である。細く長い分針と、先端に向かって輪郭が変化する時針の組み合わせは、この時期のキンツレの製品に繰り返し現れる。文字盤側は数字とインデックスを最小限に留め、目盛の間隔と針の長さで時刻を読ませる構成が採られた。
時代背景
メラーがキンツレに加わったのは1931年である。経営不振に陥っていたテューリンゲンの時計工場DUFAをキンツレが買収した際、そこで家具や展示室の設計を手がけていたメラーも移籍した。以後、彼はキンツレのデザインと建築を統括する部署を率いる。
1930年代のドイツでは、バウハウスに代表される造形の考え方が工業製品の設計にも及んでいた。キンツレの時計もこの流れのなかにあり、それまでの装飾的な時計から距離を取っている。1932年には、ドイツ時間計測・時計技術協会が主催したデザインコンペティションで、キンツレが賞の半数を獲得したと伝えられる。
もっとも、同社は同時期に伝統的な木製の時計も作り続けていた。新しい造形の製品を選ぶ人ばかりではなかったからである。1930年代のキンツレは、この二つの系統を並行して展開していた。
評価と現在
1930年代のキンツレ ウォールクロックは、現在ヴィンテージ市場で取引されている。機械式ムーブメントは経年により交換されている個体が多く、後年のクォーツやバッテリー式ムーブメントに載せ替えられたものも流通している。ケースの状態、ベゼルとインデックスの仕上がり、針が当時のものかどうかが、評価の分かれ目になる。
メラーがキンツレで手がけた仕事は壁掛け時計に限らない。1933年設計の背の高いケース時計「ハウスウーア」は、製造期間中に50点ほどしか作られなかったと伝えられる。1939年に最初の設計がなされた世界時計「ヴェルトツァイトウーア」は、後年まで生産が続いた。壁掛け時計は、こうした一連の仕事のなかで最も広く普及した製品群である。
基本情報
| デザイナー | ハインリッヒ・メラー(Heinrich Möller、1905-1983) |
|---|---|
| メーカー | キンツレ(Kienzle) |
| デザイン年 | 1930年代 |
| 生産国 | ドイツ |
| 製品カテゴリー | 壁掛け時計 |
| 主な素材 | 木材(ウォールナット、オーク等)、真鍮、金属、ミネラルガラス(型番により異なる) |
| ムーブメント | 機械式(現存個体は交換されている場合がある) |