ハインリッヒ・メラー ― ドイツ近代時計デザインの先駆者

ハインリッヒ・ヨハネス・メラー(Heinrich Johannes Möller, 1905–1983)は、ドイツの時計デザイナーであり、シュヴァルツヴァルト(黒い森)地方に本拠を置くドイツ最古の時計メーカー、キンツレ(Kienzle)の主任デザイナーとして約40年にわたり活躍した人物である。マックス・ビルやディーター・ラムスがユンハンスやブラウンのために時計をデザインオブジェとして昇華させる遥か以前に、メラーは時計を機能的な計時装置から近代的なデザインプロダクトへと変革する道を切り拓いた。バウハウスやノイエ・ザッハリヒカイト(新即物主義)の精神を体現した簡潔で装飾を排した造形、真鍮やガラスといった素材の洗練された組み合わせ、そして工芸の伝統と工業生産の融合を体現するその作品群は、20世紀ドイツのプロダクトデザイン史において独自の位置を占めている。

バイオグラフィー

出自と修業時代

1905年4月21日、ドイツ・ヘッセン州ヴィースバーデンに生まれる。1920年から1922年にかけて、ヘッセン州ラウターバッハのハインリッヒ・ロート工房にて家具職人(指物師)としての修業を積み、1923年5月5日に職人試験に合格した。その後3年間の実務経験を経て、1926年11月から1927年4月までハルツ山地のブランケンブルクにある家具職人専門学校に学ぶ。この私立学校は、木工を主体とする製造業において指導的な役割を担う人材の育成を目的としており、メラーは設計・製図といった専門課程に加え、簿記や原価計算などの経営実務も修めた。

DUFA時代

専門学校を修了した22歳のメラーは、テューリンゲン州ミュールハウゼンに所在するドイツ時計工場株式会社(Deutsche Uhrenfabrik A.-G.、通称DUFA)にデザイナーとして採用される。同社において、近代的な時計筐体のデザインならびに展示室の空間設計を担当した。しかし1920年代末の世界恐慌により、DUFAは多くの時計メーカーと同様に深刻な経営危機に陥ることとなる。

キンツレ時代(1931–1970)

1931年、シュヴェニンゲン(現フィリンゲン=シュヴェニンゲン)に本拠を置くキンツレ時計工場がDUFAの製造事業を引き継いだ際、メラーもキンツレに移籍する。両社の統合に伴い、メラーは設計・建築部門の責任者に任命された。以後、時計のデザインのみならず、コレクション全体の企画統括、プレゼンテーションルームや展示会ブースの内装設計に至るまで、キンツレのクリエイティブ全般を統括する立場を担う。1937年には代理権(Handlungsvollmacht)を、1949年には支配人権限(Prokura)を付与され、単なるデザイナーの枠を超えた経営幹部としての役割をも果たした。

39年にわたるキンツレでの勤務を経て、1970年に定年退職。1983年2月21日、フィリンゲン=シュヴェニンゲンにて逝去。バート・デュルハイムの墓地に埋葬された。

デザインの思想とアプローチ

職人的伝統と近代デザインの架け橋

メラーのキャリアにおいて特筆すべきは、彼が「デザイナー」という職業の学術的な専門性がまだ確立されていない時代に活動を始めたことにある。マックス・ビルやリヒャルト・ザッパーのように美術家や独立したデザイナーとして時計メーカーに起用された人物とは異なり、メラーは家具職人としての手工芸的修業を基盤とし、そこに工業デザインと経営実務の知識を加えた独自の経歴を持つ。その自己認識はなお伝統的な「型紙職人(Musterzeichner)」の域にあったとされるが、実際の仕事においては、時計デザインに近代的なデザイン概念をいち早く導入した先駆者であった。

新即物主義とバウハウスの精神

1931年にキンツレに着任したメラーが見出したのは、変革の渦中にある企業であった。キンツレは競合他社との差別化を図るため、品質ブランドとしてのポジショニングを強化し、優れたデザイン・高品質な素材・堅実な製造を重視する方針を打ち出していた。メラーの指揮のもと、1935年以降はデザイン要素への注力がいっそう深まり、装飾を極力排した即物的な造形が確立される。文字盤には小ぶりで控えめな数字が少数の標準書体で配され、素材そのものの質感と幾何学的な造形美が前面に打ち出された。バウハウスやブルク・ギービヒェンシュタイン芸術学校が提唱した「新しい思考」の理念と軌を一にするメラーのデザインは、時計という日用品に近代主義の精神を注ぎ込むものであった。

作品の特徴

メラーの作品は、アール・デコの華麗さとバウハウス的な機能主義の簡潔さを独自のバランスで融合させている点に特色がある。真鍮、クロームメッキ鋼管、ガラス、大理石、木材といった多様な素材を駆使しながらも、つねに抑制の効いた造形を志向し、過度な装飾を排しつつも冷淡に陥ることのない端正な佇まいを実現した。テーブルクロック、マントルクロック、壁掛け時計からスタンドクロック(柱時計)に至るまで、あらゆるタイプの時計を手がけ、そのいずれにもキンツレの技術力とメラーの造形感覚が結実している。

特筆すべきは、メラーが時計の筐体設計にとどまらず、展示空間やプレゼンテーション手法にも独自の美学を展開した点である。1930年代にキンツレが全国展開した全長16メートルの移動展示車両も、メラーの創造的構想なくしては実現し得なかったものであり、4階建ての車内には75名を収容する展示スペースが設けられ、その斬新なデザインは行く先々で大きな注目を集めた。

主な代表作とその特徴・エピソード

モダニスト・テーブルクロック(1932年)

クロームメッキの真鍮にガラスと黒色エナメル仕上げの文字盤を組み合わせた、メラー初期の代表作のひとつ。真鍮の数字と白い針が黒い文字盤に映えるコントラストは、バウハウスの造形理念を時計デザインに翻訳した早期の事例として一般に高く評価されている。

モダニスト・スタンドクロック「ハウスウーア」(1933年設計、1934–1939年製造)

メラーの作品中もっとも希少な逸品として知られる柱時計である。キンツレ自身が「ハウスウーア(家の時計)」と名付けたこの作品は、正方形の木製時計筐体を4本のクロームメッキ鋼管柱が支える構造を持ち、ガラス製文字盤にクロームの針と時刻数字を配した。新即物主義の精神を体現するアヴァンギャルドな造形で、当時の価格は210ライヒスマルクという高額であった。メラーの息子がドイツ時計博物館館長に語ったところによれば、製造総数はわずか約50台にとどまり、現存が確認されているのはわずか3台程度とされる。国家社会主義の台頭期にあって、このような前衛的なデザインは「退廃芸術」とみなされかねず、また主な所有者が大都市の知識層に限られていたことから、第二次世界大戦の空襲によりその多くが失われたと考えられている。

ゾディアック・クロック(1935年頃)

文字盤に黄道十二宮の図像を配した8日巻きのミステリー・マントルクロック。真鍮、銅、パティナ仕上げの金属にガラスを組み合わせた筐体は、アール・デコの装飾性とメラー特有の抑制された造形感覚が見事に調和している。15石のムーブメントを搭載し、キンツレの上位価格帯製品として位置づけられた。

世界時計「ヴェルトツァイトウーア」(1939年設計)

メラーの代表作にして、キンツレの長期ベストセラーとなった世界時計である。メルカトル図法の世界地図を文字盤中央に配し、回転する目盛りで各都市の時刻を表示する独創的な機構を持つ。真鍮のケースに凸面ガラスを備えた端正な外観は、20世紀中葉のデスクオブジェとして非常に高い完成度を示している。戦後に一部デザインの変更を経た上で、1956年から同社が1996年に経営破綻するまで40年にわたり製造が継続された、文字通りのロングセラー製品であった。機械式からエレクトロメカニカル式、さらにはクォーツ式へとムーブメントが変遷しつつも、メラーが確立した文字盤の基本レイアウトは一貫して踏襲された。

アール・デコ・マーブル・テーブルクロック(1930年代)

緑と茶の大理石を用いたテーブルクロックは、メラーの素材選択の幅広さを示す作品である。石材の重厚な質感と精密な時計機構の組み合わせは、1930年代のドイツにおける工芸と工業デザインの接点を象徴している。

ミッドセンチュリー・テーブルクロック(1950–1960年代)

戦後のメラーは、国際的なデザイン潮流を取り入れながらも、キンツレの伝統的な品質基準を維持する製品群を次々と生み出した。1950年代の真鍮ケースにカラーガラスを組み合わせた8日巻きテーブルクロック、1960年代の自動巻きテーブルクロックなど、時代の空気を映しながらも一貫してメラーらしい簡潔さと品格を保った作品が数多く残されている。

功績・業績

デザイン賞と展示歴

メラーの指揮する設計部門の仕事は、早くから国内外で高い評価を得た。1932年、ドイツ時計計測技術協会(Gesellschaft für Zeitmesskunde und Uhrentechnik)のデザインコンペティションにおいて、キンツレは全賞の半数を獲得するという快挙を成し遂げた。1940年のミラノ・トリエンナーレでは、メラー率いるデザイン部門の作品に金メダルが授与されている。1942年には「輸出向け美しい日用品」展に出品。戦後も1954年の「優れた工業デザイン(Gute Industrieform)」展への参加、1962年から1964年にかけてのハノーヴァー・メッセ特別展示、1963年のバーデン=ヴュルテンベルク州立商工業局「ツェントルム・フォルム」展示、そして1964年のミラノ・トリエンナーレへの出品と、一貫して高い水準のデザイン成果を発信し続けた。

キンツレのブランド価値向上への貢献

メラーがキンツレに在籍した約40年間は、同社がドイツ最大の時計メーカーとしての地位を確立し、発展させた時期と正確に重なる。1939年時点で従業員数6,500名以上、年間生産台数約500万台を誇った同社の成長において、メラーのデザインは品質ブランドとしてのキンツレのアイデンティティ形成に不可欠な役割を果たした。ロールス・ロイスやベントレーの車載時計をも手がけたキンツレの名声は、メラーが築き上げたデザイン哲学に負うところが大きい。

評価・後世に与えた影響

ハインリッヒ・メラーの歴史的意義は、時計を単なる計時装置から近代的なデザインプロダクトへと最初に転換した点に集約される。マックス・ビルがユンハンスのために、あるいはディーター・ラムスがブラウンのために時計をデザインオブジェとして再定義する数十年も前に、メラーはすでにその道を切り拓いていたのである。職人的な手仕事の伝統に根ざしながらも工業生産の合理性を理解し、バウハウス的な造形理念を商業製品に翻訳し得たメラーの仕事は、まさに時代の転換点に立つ者ならではの達成であった。

今日、メラーがデザインしたキンツレの時計は、ヴィンテージ・コレクターや20世紀デザイン愛好家の間で高い人気を誇っている。1stDibs、パモノ(Pamono)、クィッテンバウム(Quittenbaum)といった著名なヴィンテージ・デザインのプラットフォームやオークションハウスで取引されるメラーの作品は、アール・デコからミッドセンチュリー・モダンに至るドイツ・デザインの精華として評価されている。また、DUFA(Deutsche Uhrenfabrik)ブランドは現在、「ヴァイマール・ハインリッヒ・メラー」コレクションを展開しており、メラーの清潔なアール・デコ/バウハウス的デザインへのオマージュとして、その遺産を現代に伝えている。

ドイツ時計博物館(Deutsches Uhrenmuseum)にはメラーの作品が収蔵されており、同館はメラーの業績を記録・保存する重要な機関となっている。メラーの仕事を包括的に論じた文献としては、ヨハネス・グラーフによる「世界恐慌からの脱却をスタイルウォッチで ― デザイナー、ハインリッヒ・メラーとキンツレ時計工場」(ドイツ時計学会年報、第53巻、2014年、53–80頁)が知られている。

年月 区分 作品名 ブランド
1927–1931年 時計筐体・展示空間 DUFA時代の時計筐体および展示室デザイン DUFA(Deutsche Uhrenfabrik A.-G.)
1932年 テーブルクロック モダニスト・テーブルクロック(クロームメッキ真鍮・ガラス・黒エナメル文字盤) Kienzle
1933年 スタンドクロック モダニスト・ハウスウーア(スタンドクロック) Kienzle
1930年代 テーブルクロック アール・デコ・テーブルクロック(黒塗装木材・真鍮・ローマ数字) Kienzle
1930年代 テーブルクロック アール・デコ・マーブル・テーブルクロック(緑・茶大理石) Kienzle
1935年頃 マントルクロック ゾディアック・ミステリー・マントルクロック(黄道十二宮文字盤) Kienzle
1930年代 テーブルクロック アール・デコ・ガラス・デスククロック各種(着色ガラス・真鍮) Kienzle
1939年 テーブルクロック ヴェルトツァイトウーア(世界時計 / World Time Clock) Kienzle
1940年代 テーブルクロック アール・デコ・ゴールドギルト・テーブルクロック(8日巻き) Kienzle
1950年代 テーブルクロック 真鍮・カラーガラス・テーブルクロック(8日巻き) Kienzle
1950–1960年代 テーブルクロック ヴェルトツァイトウーア改良版(戦後リデザイン、機械式~クォーツ式各種) Kienzle
1960年代 テーブルクロック ミッドセンチュリー・オートマチック・テーブルクロック(真鍮・ガラス) Kienzle
1960年代 壁掛け時計 ミッドセンチュリー・ウォールクロック(ブロンズ・真鍮) Kienzle
1931–1970年 展示空間 キンツレ・ショールーム、メッセブース、移動展示車両の空間設計 Kienzle

Reference

Heinrich Johannes Möller – Wikipedia (de)
https://de.wikipedia.org/wiki/Heinrich_Johannes_M%C3%B6ller
Heinrich Möller Kienzle Clock - Modernism | Zeitklassiker
https://www.zeitklassiker.de/en/objects/heinrich-moller-kienzle-clock-modernism-bauhaus
Kienzle World Time desk clock – Antique and Vintage Clocks
https://antiquevintageclock.com/2024/05/10/kienzle-world-time-desk-clock/
Kienzle World Time Clock (Weltzeituhr) – more about this fascinating clock
https://antiquevintageclock.com/2017/02/28/kienzle-world-time-clock-a-fascinating-history/
Kienzle Uhren – Wikipedia (en)
https://en.wikipedia.org/wiki/Kienzle_Uhren
Heinrich Möller – Quittenbaum Artists & Designer
https://www.quittenbaum.de/en/artists/moller-heinrich-6307/
Heinrich Möller – Designer Biography | 1stDibs
https://www.1stdibs.com/creators/heinrich-moller/
Art Deco Kienzle Zodiac Mantel Mystery Clock, circa 1935 | 1stDibs
https://www.1stdibs.com/furniture/decorative-objects/clocks/mantel-clocks/art-deco-kienzly-zodiac-mantel-mystery-clock-circa-1935-heinrich-moller/id-f_21871802/
Grandfather Clock by Heinrich Möller for Kienzle, 1934 | Pamono
https://www.pamono.com/grandfather-clock-by-heinrich-moeller-for-kienzle-1934
Large Art Deco World Time Clock by Heinrich Möller for Kienzle, 1950s | Pamono
https://www.pamono.com/large-art-deco-world-time-clock-by-heinrich-moeller-for-kienzle-1950s
Kienzle brand history – Time Transformed
https://timetransformed.com/2020/11/05/kienzle-brand-history/
WEIMAR HEINRICH MÖLLER – DUFA
https://www.deutsche-uhrenfabrik.de/collections/weimar-moller-edition-9026
Johannes Graf: Mit Stiluhren aus der Weltwirtschaftskrise. Der Designer Heinrich Möller und die Kienzle Uhrenfabriken. In: Deutsche Gesellschaft für Chronometrie. Jahresschrift, Bd. 53, 2014, S. 53–80.
(学術文献)