ブラウン LE1 スピーカー
1959年、ドイツの家電メーカーBraun(ブラウン)から発表されたLE1スピーカーは、ドイツ市場初の静電型ラウドスピーカーとして音響史に刻まれる革新的な製品であった。筐体デザインを手がけたのは、20世紀のインダストリアルデザインを牽引した巨匠ディーター・ラムス。機能に忠実でありながら彫刻的な美しさを湛えるその造形は、半世紀以上を経た現在も、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のパーマネントコレクションに収蔵されている。
2019年、ブラウンは約30年ぶりにオーディオ市場へ復帰し、往年のLEシリーズを現代のテクノロジーとともに蘇らせた。フラッグシップモデル「LE01」は、ラムスが確立したミニマリズムの設計哲学を忠実に継承しつつ、ワイヤレスストリーミング、音声アシスタント、高性能BMRドライバーといった先端技術を搭載する。本稿では、オリジナルLE1の歴史的意義から現行LE01の技術仕様に至るまで、このスピーカーの全体像を紐解く。
概要
ブラウン LE1(Lautsprechereinheit 1=スピーカーユニット1)は、英国の音響機器メーカーQuad Electroacoustics(当時はAcoustical Manufacturing Co. Ltd.)の静電型スピーカー技術のライセンスを受けて開発された。内部のエレクトロスタティック・パネルはQuad ESL-57をベースとしながらも、トランスと高電圧カスケード回路はブラウンが独自に設計。外装の筐体とスチール管製の脚部は、ディーター・ラムスがデザインを担当した。
ラムスによる筐体デザインは、グレーのメタルフレームにグラファイト色のパンチングメタルグリルを組み合わせ、ニッケルメッキのスチールチューブ製脚部で支える構成であった。直線的かつ端正なフォルムは、当時の家具調ステレオ機器の常識を覆すものであり、音響機器を「見せるインテリア」として成立させた最初期の事例として評価されている。
2019年のIFA(ベルリン国際コンシューマ・エレクトロニクス展)で発表された現行LEシリーズは、ロンドンのデザインスタジオPrecipice Designが手がけたもので、LE01(フラッグシップ)、LE02(ミドルサイズ)、LE03(コンパクト)の3モデルで構成される。2020年11月に販売が開始され、ブラウンの約30年にわたるオーディオ空白期間に終止符を打った。
特徴・コンセプト
オリジナル LE1(1959年)の設計思想
LE1は、大きく軽量なメンブレン(振動板)が前面全体を覆う構造を特徴とし、透明感と明瞭さのある音の再生で知られた。従来のコーン型スピーカーとは根本的に異なる平面振動板による再生は、空間全体に自然で開放的な音場を形成し、当時の愛好家たちに強い印象を与えた。
ラムスの設計哲学「グッドデザインの10原則」における「グッドデザインは正直である(Good design is honest)」という信条は、LE1の造形に如実に表れている。構造を隠すことなく、素材そのものの質感を活かし、装飾を排した純粋な形態は、1959年という時代にあって極めて先鋭的であった。この設計言語は後年、Apple社のプロダクトデザインに多大な影響を与えたことでも広く知られている。
現行 LE01(2019年〜)の技術革新
現行LE01は、オリジナルのミニマリスティックな意匠を現代的に再解釈しながら、最新のオーディオ技術とスマート機能を融合させたモデルである。アルミニウム削り出しの筐体にアコースティッククロスのスピーカーグリルを配し、ステンレススチール製の脚部で浮遊するように支えるデザインは、60年前のオリジナルへの敬意を明確に示している。
音響面では、次世代BMR(Balanced Mode Radiator)ドライバーを3基搭載し、約180度の無指向性パノラマ・サウンドステージを実現。従来のスピーカーで必須とされたリスニングポイントの制約から解放され、室内のどこにいても豊かで均質な音場を享受できる。5.25インチのアルミニウムコーン・ウーファー2基とクアドラティック型パッシブラジエーター2基が低域を力強く支え、62Hzから21,500Hzまでの広帯域再生を可能にしている。
接続性においては、Apple AirPlay 2、Chromecast built-in、Bluetooth 4.2(AAC対応)、Wi-Fi(デュアルバンド802.11a/b/g/n/ac)、有線LANおよび3.5mmアナログ入力を備え、300以上の音楽ストリーミングサービスに対応する。Google アシスタントによる音声操作にも対応し、マイクを物理的に切断するプライバシーボタンも設けられている。
エピソード
静電型スピーカーの技術的背景
LE1の技術的源流は、1950年代に英国のQuad社でピーター・J・ウォーカーが開発した静電型スピーカー技術にある。高周波で振動するフォイル(薄膜)を用いた静電型ラウドスピーカーは、当時の音響技術における画期的な革新であった。ブラウンのマーケティング部門は、この矩形の振動面による新しい音楽再生方式の可能性にいち早く着目し、1959年にQuadの技術ライセンスを取得した。
Studio 2 Hi-Fiシステムとの連携
LE1は当初、ブラウン初のHi-Fiシステム「Studio 2」の構成要素として開発された。Studio 2は、パワーアンプCV11、チューナーCE11、コントロールユニットCS11からなるモジュラー構成の先駆的なオーディオシステムであり、LE1はその音声出力を担う存在であった。専用の4芯ケーブルにより、オーディオ信号と220V電源を同時に供給する独自の方式が採用されていた。
ディーター・ラムスの承認による復刻
オリジナルLE1の生産終了後も、その音響品質と造形美への需要は衰えることがなかった。ドイツ・コブレンツのQuad代理店が、ファンの強い要望を受けてLE1の再生産に着手した際、ディーター・ラムス本人にライセンスを求めた。ラムスはこれを快諾し、外観はオリジナルと同一であること、品質に妥協がないことを条件として再生産を許可した。この復刻版は、ブラウン製品としては異例の少量手作り生産品であり、技術とデザインの愛好家の双方に向けた特別な存在として位置づけられている。
約30年の沈黙を経た帰還
ブラウンは1990年代初頭にオーディオ事業から撤退して以降、約30年にわたりスピーカー市場に不在であった。2019年、ブラウン創業100周年に近いタイミングで、現行LEシリーズが発表された。開発を担ったのは英国のPure Audio社であり、ブランドおよびプロダクトのデザイン全般はロンドンのPrecipice Designが手がけた。パッケージング、写真、ウェブサイト、アプリのUIに至るまで、ブラウンのヘリテージを尊重しつつ現代のプレミアムオーディオ市場に適合するブランド体験が構築されている。
評価
オリジナルLE1は、音響機器のデザイン史において不動の地位を占めている。ニューヨーク近代美術館(MoMA)のパーマネントコレクションに収蔵され、数多くの企画展で展示されてきた。その造形言語が後世のプロダクトデザイン、とりわけApple社の製品群に与えた影響は、デザイン史家や批評家によって広く論じられている。
現行LE01についても、デザイン性と音響性能の双方において高い評価が寄せられている。オーディオ専門メディアの多くは、BMRドライバーによる広大なサウンドステージ、あらゆる音量で維持される透明感のある音質、そして低域の豊かさを称えている。また、アルミニウムとステンレススチールによる筐体の質感、ミニマルなボタンレイアウト、直感的なLEDインジケーターなど、プロダクトデザインとしての完成度も高く評価されている。
一方で、光学デジタル入力やHDMI端子の不在、セットアップにGoogle Homeアプリが必須となる点など、改善の余地を指摘する声も一部に見られる。とはいえ、デザイン性と先端技術の融合という点において、ブラウンが掲げる「Less, but better(より少なく、しかしより良く)」の哲学を受け継いだ製品であるとの評価は、おおむね一致している。
受賞歴
- iF Design Award 2020
- Braun Audio LEシリーズは、iF Design Awardを受賞した。クラシックなデザイン遺産と現代技術の融合が評価されている。
- Red Dot Award 2020
- Red Dot Design Awardにおいても受賞し、クラシックなブラウン・デザインの遺産を現代に受け継いだ点が評価された。
- MoMA パーマネントコレクション
- オリジナルのBraun LE1(MoMAの登録では1960年モデル)は、ニューヨーク近代美術館のパーマネントコレクションに収蔵されている。
基本情報
オリジナル Braun LE1(1959年)
| 正式名称 | Braun LE1(Lautsprechereinheit 1) |
|---|---|
| デザイナー | Dieter Rams(ディーター・ラムス) |
| デザイン年 | 1959年 |
| ブランド | Braun(ブラウン)/ ドイツ |
| 方式 | 静電型(エレクトロスタティック)ラウドスピーカー |
| 技術ベース | Quad ESL-57(英国Acoustical Manufacturing Co. Ltd.ライセンス) |
| ドライバー構成 | ウーファー2基、ミッドレンジ1基、ツイーター1基 |
| 周波数特性 | 45Hz〜18,000Hz |
| 許容入力 | 15W / 15Ω |
| 電源 | 220/110V 50–60Hz |
| サイズ | W830 × H770 × D320 mm |
| 素材 | メタルフレーム(ライトグレー)、パンチングメタルプレート(グラファイト)、ニッケルメッキ・スチールチューブ脚部 |
| 対応アンプ | Braun CV11、CSV13、CSV60(真空管アンプ、専用4芯ケーブル接続) |
現行 Braun LE01(2019年〜)
| 正式名称 | Braun LE01 |
|---|---|
| デザイン監修 | Dieter Rams(ディーター・ラムス)の設計哲学に基づく/Precipice Design |
| 発表年 | 2019年(IFA)、販売開始 2020年11月 |
| ブランド | Braun Audio(Pure Audio社運営) |
| サイズ(本体) | W700 × H271 × D99 mm |
| サイズ(スタンド付) | W700 × H323 × D159 mm |
| 重量 | 約10.61kg |
| カラー | ブラック、ホワイト |
| ウーファー | カスタム設計 5.25インチ アルミニウムコーン・ハイエクスカーション・ウーファー × 2(NdFeモーター) |
| ドライバー | フルレンジ 2.5インチ BMR(Balanced Mode Radiator)ドライブユニット × 3 |
| パッシブラジエーター | レーストラック/クアドラティック 8×4.5インチ カスタムパッシブラジエーター × 2 |
| アンプ | モノリシック HD クラスDパワーアンプ × 3 |
| プロセッサー | 32bit ARM マルチコア デジタルシグナルプロセッサー |
| 周波数特性 | 62Hz〜21,500Hz(-6dB) |
| ハイレゾ対応 | 96kHz / 24bit HDオーディオストリーミング |
| 対応フォーマット | HE-AAC、LC-AAC、MP3、Vorbis、WAV(LPCM)、FLAC、Opus |
| 接続方式 | Apple AirPlay 2、Chromecast built-in、Bluetooth 4.2(AAC)、Wi-Fi(802.11a/b/g/n/ac デュアルバンド)、Ethernet(10/100)、3.5mm Aux-in |
| スマート機能 | Google アシスタント(遠距離音声認識対応、4基マイクアレイ)、プライバシーボタン(マイク物理切断) |
| 動作モード | 横置き:統合ステレオスピーカー / 縦置き:モノラル / 2台ペアリング:左右チャンネルステレオ |
| その他機能 | ルームプレイスメントEQ最適化、オートソース切替、マルチルーム対応、アプリによる低音・高音調整 |
| 素材 | アルミニウム筐体、レーザーカット・アルミニウム製リアグリル、超音波溶着アコースティッククロス・グリルカバー、ステンレススチール製カスタムサポートフット |
| 別売アクセサリー | フロアスタンド(ステンレススチール製、ケーブルマネジメント機能付) |
| 参考価格 | 日本国内 約187,000円(税込目安)/ 海外 $1,299 / £1,099 / €1,199 |