Braun(ブラウン)

Braunは、ドイツ・ヘッセン州クロンベルク・イム・タウヌスに拠点を置く家庭用電気製品のブランドである。1921年にMax Braunがフランクフルトで機械工房として創業し、ラジオ部品の製造から受信機へ、戦後は電気シェーバーや音響機器へと事業を広げた。1950年代半ばに社内へ意匠部門を設け、ウルム造形大学の教員らを起用して製品の外形を統一する体制を築いたことで、工業製品の設計に関する参照点として扱われるようになった。現在はProcter & Gambleが商標を保有し、家庭用調理器具などについてはDe'Longhiが恒久的な使用許諾を持つ。

事業と製造の実体

Braunは現在、単一の企業として全製品を製造しているわけではない。商標はProcter & Gambleが保有し、電気シェーバーや脱毛器などの身だしなみ用品を同社が扱う。台所用の調理器具やアイロンなどの小型家電については、2012年4月にDe'Longhiが恒久的な使用許諾を取得しており、関連する特許と生産設備、従業員の多くも同社へ移った。体温計についてはKaz、時計・電卓についてはZeonが許諾を受けている。クロンベルクの拠点は、Procter & Gambleの機器開発の中核として機能している。

製品の外形を規定してきたのは、1956年に設けられた意匠部門である。Fritz Eichlerが率いたこの部門は、ウルム造形大学の関係者と協力し、機器の面を平坦に保ち、操作部を整理して配置する形式を全製品にわたって適用した。素材は板金と樹脂の組み合わせが基本で、SK4 レコードプレーヤーでは蓋に透明なアクリル樹脂を用い、内部の機構を見せる構成を採った。当時の同種の製品が木製の箱に収められていたことに対する変更にあたる。

操作部の設計も製造上の条件と結びついている。ET66 電卓では、押しやすさを確保するために凸面のキーを用い、機能ごとに色を変えて配置した。少数の色と単純な幾何形に絞る方針は、部品の共通化と量産の条件に合致するものでもあった。

沿革

ラジオ部品から家電へ

1921年、機械技術者のMax Braun(1890年〜1951年)がフランクフルトに小さな工房を設立した。1923年からラジオ用の部品を製造し、事業の拡大にともなって1928年にIdsteiner Strasseの新しい建物へ移る。1929年には受信機そのものの製造を始めた。1935年にブランド名と記号が定められている。第二次世界大戦中は軍需品の製造に転じ、1944年の空襲で工場が損壊したが、戦後に再建された。

1950年、最初の電気シェーバーS 50と、調理用のMultimixを発売した。S 50は薄い穿孔金属の膜で刃を覆う構成を採り、この方式は以後の同社のシェーバーに引き継がれている。

意匠部門の設置

1951年にMax Braunが急逝し、息子のArtur(1925年〜2013年)とErwin(1921年〜1992年)が経営を継いだ。1955年にはDieter Ramsが入社する。当初は室内設計の担当だったが、まもなく製品の設計へ活動を移した。

1956年、Fritz Eichlerを責任者とする意匠部門が設けられ、ウルム造形大学との協力が始まった。同じ年に発表されたSK4 レコードプレーヤーは、Hans Gugelot、Dieter Ramsらの設計によるもので、透明な蓋を持つ構成が当時の家電の形式から大きく外れていた。1958年にはT3 ポケットラジオが発売されている。Dieter Ramsは1961年から1995年まで意匠部門を率いた。

資本の移動

1962年、同社はBraun AGとして株式を公開した。1967年、米国のGilletteが過半の株式を取得する。1984年にはGilletteの完全子会社となった。

1970年代以降、Braunはスライド映写機や音響機器から撤退し、シェーバー、調理器具、時計などへ事業を絞った。音響部門は1981年に分社化され、1990年に事業を終えている。この時期、Dieter RamsとDietrich Lubsは一連の時計を設計し、1987年には電卓ET66 電卓を発表した。

2005年、Procter & GambleがGilletteを買収し、BraunはP&Gの傘下に入った。2006年には体温計などの健康関連部門がKazへ売却され、2012年4月には小型家電に関する恒久的な使用許諾がDe'Longhiへ与えられている。2019年には音響製品を再び発表し、1959年のLEシリーズを再解釈したスピーカーが公開された。

デザイナーとの協働

Braunの製品開発は、社内の意匠部門が主導する点で外部委託を基本とする家具メーカーと異なる。1956年に設けられた部門が、機器の外形と操作方法の基準を定め、これを全製品へ適用した。ウルム造形大学との協力によって、造形の判断を個々の担当者の裁量ではなく、共通の原則に置き換える体制が作られている。

この部門に関わった主な人物は、責任者を務めたFritz Eichler、ウルム造形大学のHans Gugelot、1961年から1995年まで部門を率いたDieter Rams、時計や電卓を手がけたDietrich Lubs、ラジオを担当したReinhold Weissらである。

主な製品群

音響機器では、1956年のSK4 レコードプレーヤー、1958年のT3 ポケットラジオ、携帯型のTP1 ポータブルラジオ&レコードプレーヤー、スピーカーのブラウン LE1 スピーカーがある。いずれも面を平坦に保ち、操作部を上面または前面へ整理して配置する構成を採る。

生活用の機器では、目覚まし時計のAB1 アラームクロック、電卓のET66 電卓、卓上扇のブラウン HL 1 デスクファン、暖房機のブラウン H 1 ファンヒーター、コーヒー抽出器のKF 20 アロマスターを扱ってきた。

現在の製品は、Procter & Gambleが扱う身だしなみ用品と、De'Longhiが扱う調理器具・アイロンに分かれる。時計と電卓はZeonの許諾のもとで生産されている。

基本情報

ブランド名 Braun(ブラウン)
創業 1921年(フランクフルトの機械工房として)
創業者 Max Braun
本社所在地 ドイツ・ヘッセン州クロンベルク・イム・タウヌス
資本・許諾関係 商標はProcter & Gambleが保有。小型家電はDe'Longhi、体温計はKaz、時計・電卓はZeonが使用許諾を受ける
事業内容 身だしなみ用品、家庭用電気製品の設計、製造および販売
公式サイト https://www.braun.com

Reference