概要
オーレ・ヴァンシャー(1903-1985)は、デンマークの家具デザイナー・家具史家である。コーア・クリントのもとで学び、1955年から1973年まで王立芸術アカデミーの教授職を務めた。過去の家具を実測して型として扱う方法をとり、18世紀イギリスや古代エジプトの形式を出発点とする。
バイオグラフィー
1903年9月16日、コペンハーゲンのフレデリクスベア生まれ。父は美術史家のヴィルヘルム・ヴァンシャー(1875〜1961)、母は画家のラウラ・K・ボーウー・ゾイテン(1877〜1974)。美術史の蔵書と議論に囲まれた家庭に育ったことは、のちに家具史の著述家となる進路に直結している。
工業学校を経て王立芸術アカデミー建築学校に数年在籍したが、卒業資格は取得していない。1929年にデンマーク建築家協会(Akademisk Arkitektforening)に受け入れられ、建築家として活動を始めた。1924年には国立博物館によるヴィツケル修道院の実測調査に参加している。
関心の中心は当初から家具にあった。1925年から1927年までコーア・クリントのもとで働き、その後、家具を専門とする自身の事務所を開いた。1931年から1936年まで工芸学校(Kunsthåndværkerskolen)で家具製図を教え、1939年から1949年まではデンマーク建築家協会の設計競技委員会の書記を務めている。
1954年にクリントが没した翌年、1955年に王立芸術アカデミーの家具・室内芸術の教授職を引き継ぎ、1973年まで在任した。この間、家具史の研究者としても著作を重ねている。1985年12月27日没。
デザインの思想とアプローチ
ヴァンシャーは家具の設計を建築の一分野として扱った。構造と形が先にあり、装飾は結果として現れる。この態度はクリントから受け継いだものだが、その適用範囲は師より広い。
過去を否定しない近代性
モダニズムが歴史様式との断絶を掲げた時期に、ヴァンシャーは逆の道をとった。18世紀イギリスの家具、古代エジプトの折りたたみ椅子、中国やギリシアの座具を実測と文献の両面から研究し、そこで得た型を現代の寸法と材料に置き換えていく。彼にとって歴史は模倣の対象ではなく、すでに検証済みの設計解の集積だった。
細い断面と弾力のある線
ヴァンシャーの椅子は部材が細い。肘掛けはゆるやかに反り上がり、先端で頂点をつくったのち、まっすぐ床へ降りる。この線の処理は彼の家具を見分ける手がかりになっている。細さと安定を両立させるため、貫や接合部の設計に負担が集中しており、実際の強度は見た目より高い。
職人生産と工業生産の両方へ
最も精度の高い仕事は、家具マイスターのA・J・イヴェルセン(1888〜1979)との協働から生まれている。一方で、量産による良質な家具にも早くから関心を示し、フリッツ・ハンセン、P・イェッペセン、フランス&サン(France & Søn)といったメーカーのために設計を行った。手工芸か工業かという当時の対立軸を、彼は選択の問題としては扱っていない。
作品の特徴
素材の選択は保守的で、ローズウッドやマホガニーといった高価な材が多い。加工精度を要求する設計であるため、結果として製品は高価格帯に収まった。
- 反り上がる肘掛け
- 先端で頂点をつくって折り返す肘掛けの線が、ラウンジチェアやソファに共通して現れる。コロニアル チェアがその代表例
- 丸材による脚
- 前脚・後脚とも丸材を用い、後脚をわずかに外へ振り出すことで安定を得る。断面を大きくせずに接地面を広げる解法
- 籐と張り地の組み合わせ
- 籐編みの座に別体のクッションを載せる構成を好んだ。通気性が確保され、板張りより軽量に仕上がる
- 歴史的な型の翻案
- 古代エジプトの折りたたみ椅子(sella curulis)や18世紀イギリスの椅子など、既存の型を寸法から再検討して現代化する手法
- 著述との往復
- 設計と並行して家具史の研究書を執筆し、そこで整理した型の知識を設計へ還流させた
主な代表作とその特徴
家具デザイン
コロニアル チェア(PJ 149/OW149)
ヴァンシャーの最もよく知られた椅子。無垢材の細いフレームに籐編みの座を張り、その上にクッションを置く。名称は18世紀イギリスの家具および植民地時代の折りたたみ家具への関心に由来する。P・イェッペセン社で1950年代半ばから生産され、現在はカール・ハンセン&サンがOW149として継続生産している。設計年については1949年とする資料が多いが、製造元のカール・ハンセン&サンは1959年としており、資料により一致していない。
コロニアル チェアと同じ基本設計を持つ2人掛け版。細いフレーム、籐編みの座、反り上がる肘掛けという構成をそのまま踏襲する。チェアの発表から15年ほど後に、ソファとコーヒーテーブルが追加されてシリーズを構成した。
エジプシャン スツール
古代エジプトの折りたたみ椅子を出発点とした、脚を交差させるスツール。A・J・イヴェルセンの製作による。ヴァンシャーは晩年に『Sella curulis』(1980年)でこの椅子型の歴史を単独で論じており、設計と研究が同じ対象を扱っている例にあたる。
レディース デスク(1954年)
同じくイヴェルセンとの協働による小型のデスク。細い脚と薄い天板、引き出しの見付けを抑えた構成で、家具というより建具に近い精度で作られている。
セネター イージーチェア/110 ロッキングチェア(1951年)
フランス&サンのために設計された量産向けの椅子。チーク材と分割された張りクッションによる構成で、輸出を前提とした分解梱包にも対応する。職人生産の仕事とは別系統の、工業生産に向けた設計として位置づけられる。
著述
『Møbelkunsten』(1946〜55年)
国内外の美術館での長期にわたる調査をもとにした分冊刊行の大著。様式史としてではなく、家具を「型」として捉え、用途・材料・構法がその型をどう規定してきたかを論じた点に特徴がある。1966年に改訂版、翌年に英語版『The Art of Furniture』が刊行された。
その他の著作
『Møbeltyper』(1932年)、『Møbelkunstens Historie i Oversigt』(1941年)、『Engelske Møbler』(1944年)、『Sella curulis』(1980年)、『Møblets æstetik』(1985年)などがある。専門誌『Arkitekten』や工芸系の雑誌にも多数の論考を寄せた。
功績・業績
- 1924年 国立博物館によるヴィツケル修道院実測調査に参加
- 1925〜1927年 コーア・クリントの事務所に勤務
- 1929年 デンマーク建築家協会に加入/アカデミー奨学金
- 1931〜1936年 工芸学校で家具製図を指導
- 1936年 ヒアシュスプロング奨学金
- 1939年 クヌーズ・V・エンゲルハート記念奨学金
- 1939〜1949年 デンマーク建築家協会 設計競技委員会書記
- 1946〜1955年 『Møbelkunsten』刊行
- 1955〜1973年 王立芸術アカデミー 家具・室内芸術教授
- 1960年 コペンハーゲン家具職人組合 年間賞
- ダンネブロ勲章ナイト
評価・後世に与えた影響
ヴァンシャーの位置づけは、同時代のフィン・ユールやハンス・J・ウェグナーと比べると控えめである。造形の新奇さで注目を集める種類の設計ではなく、既存の型を丁寧に測り直す仕事だったためだ。しかし1958年、デンマークの新聞ポリティケンは、ヴァンシャーの椅子は数百年もつため所有すること自体が日々の体験になる、という趣旨の評価を与えている。耐久性と均衡に対する当時の評価がうかがえる。
教育者としての影響は大きい。1955年から1973年までの18年間、王立芸術アカデミーの家具・室内芸術の教授職にあり、クリントが確立した実測と型の研究という方法をこの期間に継承させた。ポール・ケアホルムについてヴァンシャー自身が1982年に論考を書いており、世代間の連続を当事者として意識していたことがわかる。
家具の流通面では、P・イェッペセン社の設計資産をカール・ハンセン&サンが引き継いだことで、コロニアル チェアとその関連製品がOW番号を与えられて現行品となっている。研究面では『Møbelkunsten』とその英語版が長く参照され続けており、設計と著述の双方を残した点がヴァンシャーの仕事の特徴を成している。
収蔵
4館のAPI(MoMA、V&A、Met、AIC)で照合したが、該当する収蔵は確認できなかった。デンマーク国内の館については照合手段がない。
作品一覧
| 年 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1932年 | 著作 | Møbeltyper | - |
| 1933年 | 建築 | 自邸(Gotfred Rodes Vej 5, シャルロッテンルン) | - |
| 1941年 | 著作 | Møbelkunstens Historie i Oversigt | - |
| 1944年 | 著作 | Engelske Møbler | - |
| 1946〜55年 | 著作 | Møbelkunsten(英語版 The Art of Furniture, 1966年) | - |
| 1949年 | 椅子 | コロニアル チェア(PJ 149/OW149) | Carl Hansen & Søn |
| 1950年頃 | 椅子 | ルンステズルン ダイニングチェア(Rungstedlund) | P. Jeppesen |
| 1951年 | ソファ | PJ-112 ソファ | P. Jeppesen |
| 1951年 | 椅子 | セネター イージーチェア(Senator) | France & Søn |
| 1951年 | 椅子 | 110 ロッキングチェア | France & Søn |
| 1954年 | デスク | レディース デスク | A. J. Iversen |
| 1950年代後半 | スツール | エジプシャン スツール(Egyptian Stool) | A. J. Iversen |
| 1960年 | ソファ | OW602/OW603 ソファ | Carl Hansen & Søn |
| 1960年代 | ソファ | コロニアル ソファ | Carl Hansen & Søn |
| 1980年 | 著作 | Sella curulis | - |
| 1985年 | 著作 | Møblets æstetik | - |
プロフィール
| 生没年 | 1903年9月16日〜1985年 |
|---|---|
| 出身地 | デンマーク・コペンハーゲン |
| 国籍 | デンマーク |
| 活動拠点 | コペンハーゲン |
| 分野 | 家具、家具史、教育 |
| 主な協働ブランド | Carl Hansen & Søn、P. Jeppesen |
Reference
- Ole Wanscher - Dansk Biografisk Leksikon | Lex
- https://biografiskleksikon.lex.dk/Ole_Wanscher
- Ole Wanscher - Den Store Danske | Lex
- https://denstoredanske.lex.dk/Ole_Wanscher
- Ole Wanscher - Wikipedia
- https://en.wikipedia.org/wiki/Ole_Wanscher
- Ole Wanscher - Wikidata
- https://www.wikidata.org/wiki/Q358592
- Ole Wanscher | Designer profile - Carl Hansen & Søn
- https://www.carlhansen.com/en/en/designers/ole-wanscher
- OW149 Colonial Chair - Carl Hansen & Søn
- https://www.carlhansen.com/en/en/collection/chairs/lounge-chairs/ow149
- Ole Wanscher - Pamono
- https://www.pamono.com/designers/ole-wanscher
- Ole Wanscher - DkWiki
- https://dkwiki.dk/OrdBog/Ole_Wanscher