概要
パスティルチェアは、エーロ・アールニオが1967年に設計し、1968年にフィンランドのアスコから発表された椅子である。ガラス繊維強化ポリエステル(ファイバーグラス)の上下二つの殻を接合した扁平な球体で、脚を持たず、丸い底で床に接して揺れる。ジャイロチェアの名でも知られる。アスコによる製造は1980年で途絶えたが、1991年に再生産が始まり、現在はエーロ・アールニオ・オリジナルズが製造している。
特徴・コンセプト
ボールチェアの開口から決まった直径
直径は約92cmで、ボールチェアの殻の開口と同じ寸法に揃えてある。ボールチェアは内側を張りぐるみにした殻で、輸送の際には梱包箱のなかで、その内部の空間ごと各国へ運ばれていた。アールニオはこの空隙に収まる別の椅子を考え、開口の径を新しい椅子の外径に充てた。形の起点は、先行する製品の輸送で生じる無駄をどう減らすかという問題にあった。
閉じた中空の殻にした理由
この椅子のファイバーグラスは、平滑な型の上でガラス繊維と樹脂を手作業で積層して作られる。型に接した面は光沢を帯びるが、反対側の面は粗く残る。ボールチェアではこの粗い内面を張り地で覆っていた。アールニオはボールチェアの外面の艶を評価しており、張り地を必要としない椅子を求めた。
パスティルチェアは上下二つのシェルを成形し、外周の継ぎ目で接合して閉じた中空体としている。粗い面はすべて内部に収まり、外に現れるのは型に接した光沢面だけになる。布やクッションを持たないため屋内でも屋外でも使え、閉じた中空体であるため水に浮かべることもできる。
脚を持たず、底で揺れる
底面は緩やかな曲面で、座った人の重心の移動に応じて椅子全体が傾き、揺り椅子として働く。脚や台座を設けず、揺れを生む曲面をそのまま床に接する部分として使っている。丸い底は前後に揺れるだけでなく、座ったまま向きを変える回転も許す。座面は上面の片側をすくい取るように窪ませた形で、座面高は約32cmと低く、床に近い姿勢で腰を下ろす。
エピソード
発泡スチロールを削った試作
1967年、アールニオはヘルシンキのラウッタサーリで暮らしており、住まいの建物にある工作室でスケッチを描いた。スケッチは、当時アールニオの家具を製造していたラハティのアスコの工場へ送られた。角のない膨らんだ形は図面だけでは寸法を確かめにくい。そこで、あらかじめ大まかに成形した発泡スチロールのブロックを自宅に届けさせ、座面を自ら削り出して寸法、座り心地、揺れ方を検証した。
最初の試作は比率がまとまらず、アールニオは処分しようとしたが、建物の管理人が引き取った。アールニオは寸法をわずかに小さくして描き直し、新しいブロックを数時間で削り上げた。仕上がった形は小粒の菓子パスティーユに似ており、これが名称になった。
発表
1968年、ケルンの国際家具見本市で発表され、同年アスコが製造を始めた。製品は赤や濃い黄色をはじめとする鮮やかな色で作られた。
評価と影響
一般に、1960年代後半の樹脂による家具の代表例の一つとして扱われている。ヴィトラ・デザイン・ミュージアムの解説は、床に近い位置で揺れるラウンジチェアという新しい類型をこの椅子が開いたと述べている。クーパー・ヒューイット、スミソニアン・デザイン・ミュージアムでは、同館が所蔵するジョエ・コロンボやヴェルナー・パントンの1960年代の樹脂家具を補うものとして収蔵が提案された。V&Aは、1970年に開かれた近代の椅子の展覧会に向けて、発表から間もないこの椅子を取得した。
名称は資料によって異なる。MoMAの目録では「Gyro Chair」、ヴィトラ・デザイン・ミュージアムの目録では「Pastilli / Pastil Chair, Gyro Chair」と記載されており、クーパー・ヒューイットは「Rock 'n' Roll」の別名も挙げている。いずれも同じ椅子を指す。
受賞・収蔵
受賞
- 1968年 アメリカ・インテリアデザイナー協会(A.I.D.)インターナショナル・デザイン・アワード
収蔵
以下の収蔵が確認できる(MoMA=ニューヨーク近代美術館、V&A=ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、CH=クーパー・ヒューイット、スミソニアン・デザイン・ミュージアム、VDM=ヴィトラ・デザイン・ミュージアム)。
- MoMA Gyro Chair(1968年) 収蔵番号 196.1987
- V&A Pastilli chair(1967年) 収蔵番号 CIRC.13-1969
- CH Pastilli(1968年) 収蔵番号 2001-31-2
- VDM Pastilli / Pastil Chair, Gyro Chair(1968年) 収蔵番号 MSK-1011-1
Met、AIC では該当する収蔵は確認できなかった。
基本情報
| デザイナー | エーロ・アールニオ |
|---|---|
| ブランド | エーロ・アールニオ・オリジナルズ(現行)、アスコ(1968〜1980年) |
| 別名 | Pastilli(フィンランド語名)、ジャイロチェア(Gyro Chair) |
| 設計年 | 1967年 |
| 発表年 | 1968年 |
| デザインの成立国 | フィンランド |
| 主要素材 | ガラス繊維強化ポリエステル(光沢仕上げ) |
| サイズ | W920 × D920 × H530mm、座面高320mm |
| 重量 | 12kg |
| 使用環境 | 屋内・屋外 |
エーロ・アールニオの設計思想や経歴について詳しくはエーロ・アールニオプロフィールページをご覧ください。
エーロ・アールニオ・オリジナルズの歴史や他の製品について詳しくはエーロ・アールニオ・オリジナルズブランドページをご覧ください。
Reference
- The Story of Pastil - Eero Aarnio Originals
- https://www.aarniooriginals.com/pages/pastil
- Pastil - Eero Aarnio Originals
- https://www.aarniooriginals.com/products/pastil
- Pastil Technical(Eero Aarnio Originals)
- https://cdn.shopify.com/s/files/1/1461/0984/files/Pastil-Technical-2026.pdf
- Pastil awards - Eero Aarnio Originals
- https://aarniooriginals.com/blogs/design-by-intuition/pastil-awards
- Gyro Chair - The Museum of Modern Art
- https://www.moma.org/collection/works/2490
- Pastilli chair - Victoria and Albert Museum
- https://collections.vam.ac.uk/item/O132487/
- Pastilli - Cooper Hewitt, Smithsonian Design Museum
- https://www.si.edu/object/pastilli:chndm_2001-31-2
- Pastilli Rocking Chair - Cooper Hewitt Collection
- https://collection.cooperhewitt.org/objects/18693705/
- Pastilli / Pastil Chair, Gyro Chair - Vitra Design Museum
- https://collection.design-museum.de/en/collection/item/43269/