Tecno(テクノ)

Tecnoは、イタリア・ロンバルディア州マリアーノ・コメンセに本社を置く家具メーカーである。1953年、建築家オズヴァルド・ボルサーニと双子の弟フルジェンツィオが、ブリアンツァ地方ヴァレードの家業の家具工房を母体に、量産家具の会社として設立した。1950年代に住宅向けの機構家具で名を知られ、1960年代後半からオフィス家具と公共空間向け家具に軸足を移し、社内設計部門「チェントロ・プロジェッティ・テクノ」と外部の建築家との協働によって製品を開発してきた。2010年以降はジュリアーノ・モスコーニが経営権を持ち、2017年からはザノッタを傘下に収めてTecno/Zanottaグループを形成している。

事業と製造の実体

工房から量産への転換

母体となったArredamenti Borsani Varedo(ABV)は、木工の集積地ブリアンツァで注文家具を一点ずつ製作する工房だった。1953年の設立は、この工房が持つ木工・張り地・金物の技術を、規格化した部品の組み合わせで量産する体制に移し替えることを目的としている。設計を製造図に翻訳する社内の技術部門はTecnoの創業と同時に置かれたが、その実体はABV時代からの職人的な知識を引き継いだもので、初期は3人の担当者が顧客の平面図をもとに原寸図を起こしていたと、当時の責任者の証言が記録されている。

金属部品は、1960年代まで外部に委託されていた。1950年代のP40やD70の金物は、ブレシア近郊で主にオートバイ用エンジンを製造していた工場が手がけている。1962年にはオズヴァルド・ボルサーニ自身の設計でヴァレードに7階建ての工場が建てられ、下階から上階へ工程が流れる縦型の生産方式が採られた。1968年のオフィスシステムGraphisでは、ブレシア県サーレ・マラジーノの金属家具メーカーCastagnaに金属部品の製造を委ね、社内の若手建築家が外注先との調整を担った。1970年にはヴァレードにさらに大きな工場が完成し、それまでミラノにあった管理部門と登記上の本拠もそこへ移された。

素材と加工技術

1972年のオフィスチェアModusは、社内設計部門が最初に手がけた製品で、Tecnoの製造技術の方向を決めた。座面シェルはポリプロピレンより高価なナイロン(ポリアミド)の射出成形で、金型の原型は設計者が工場の作業者と鉛の型を手で削りながら作った。シェルと各種脚部をつなぐ「スパイダー」と呼ばれる接合部品はアルミダイカストで、この機構は1972年に米国で特許出願され、1974年に登録されている。ひとつのシェルにスタッキング脚、5本脚の回転ベース、ベンチ用の梁などを組み合わせる方式は、以後の公共用シーティングにも引き継がれた。

1986年のNomosでは、ノーマン・フォスターが自身の事務所用に鋼管を溶接して作った試作テーブルを、溶接なしで量産する方法が開発された。中央の背骨となるパイプにあらかじめ穴を開け、専用のドリルで穴の縁を押し出して座金状の突起を作り、そこに脚・リブ・補強材をすべてねじ止めする。この加工法は製鉄業で使われていた技術を転用したもので、設計者側の図面と工場側の試作を2年ほど往復して固められた。

特注部門「Tecno Engineering」

規格品の製造と並行して、大型建築の内装を一括して請け負う特注部門を早くから持っていた点が、Tecnoの事業構成の特徴である。ABV時代の特注は富裕層の住宅や役員室が対象だったが、Tecnoは空港・駅・病院・オフィスビルといった規模の案件に対象を移した。起点は1956年にENI総裁エンリコ・マッテイと面会したことで、1957〜58年にサン・ドナート・ミラネーゼのENI本社ビルの内装を担当した。以後、1986年のロンドンのロイズ本社(リチャード・ロジャース設計)では、建築家の図面をもとに大きさの異なる「ボックス」を組める標準化システムを開発し、2005年のマドリードのソフィア王妃芸術センターでは図書室と役員室に100席以上のNomosを納入している。この部門は当初「グランディ・ラヴォーリ(大規模案件)」と呼ばれ、現在はTecno Engineeringの名称で存続している。

現在の生産体制

2010年に本社をヴァレードからマリアーノ・コメンセに移した。約14,000平方メートルの施設に研究開発部門、木工の手作業工程、物流、営業・管理部門を置き、鋼材部品や機械部品などの加工は出資先の外部企業に移して社内工程を絞る構成をとっている。公表資料によれば、品質・環境・労働安全のISO 9001、ISO 14001、ISO 45001を取得し、FSC認証材の製品を供給できるライセンス(FSC-C171395)を持つ。

沿革

前史:ABVとモンテナポレオーネ通り

1920年代初頭、ガエターノ・ボルサーニがヴァレードに「アトリエ・ディ・ヴァレード」を開き、のちにArredamenti Borsani Varedo(ABV)と改称した。当初はブリアンツァの伝統に沿った様式家具を作っていたが、1925年から27年にかけて息子オズヴァルドの意匠が前面に出るようになる。1932年に新工場を建て、同時にミラノのモンテナポレオーネ通りに店舗兼設計事務所を開いた。1933年の第5回ミラノ・トリエンナーレでは、オズヴァルドがカイローリ、ヴァリスコと共同で出品した「最小限住宅」が銀メダルを受けている。1930〜40年代のABVは、ロンバルディアの富裕層の住宅や専門職の事務所の内装を主な仕事とした。

設立と第10回トリエンナーレ

1953年、オズヴァルドとフルジェンツィオのボルサーニ兄弟がTecnoを設立した。ブレラの美術学校とミラノ工科大学建築学部に学んだオズヴァルドが設計を、経済学を修めたフルジェンツィオが経営と財務を担い、この分担は二人が没するまで変わらなかった。対外的な初出は1954年の第10回ミラノ・トリエンナーレで、単品家具展にオズヴァルド設計の特許取得済みソファベッドD70を出品して名誉賞を受け、会場の公園には量産家具を並べる独立パビリオンを設けた。バックミンスター・フラーのジオデシック・ドームで構成された米国館の内装にも、Tecnoの家具が多数使われている。同じ年、グラフィックデザイナーのロベルト・マンゴが大文字の「T」を用いた商標を作り、現在まで使われている。

1956年のENIとの出会いを経て、Tecnoは住宅向けの家具から企業・公共向けの大型案件へと事業の重心を移していく。1957年には建築家エウジェニオ・ジェルリとの協働が始まった。1962年、ヴァレードに縦型の新工場が完成する。

Graphisと量産への転換

1960年代半ば、ボルサーニ兄弟は単品家具と役員室向けの家具から、事務部門全体を対象とする大量生産への転換を決めた。この時期に外部設計者との協働が試みられ、オリヴェッティで実績のあった建築家エドゥアルド・ヴィットリアの書棚E105 Prisma(1964年)、マリオ・ベリーニの収納シリーズ1000 Nastro(1967年)、アルベール・ルクレールの組み立て式収納Free(1968年)が生まれたが、いずれも短期間で終わっている。転換を決定づけたのは1968年、オズヴァルド・ボルサーニとジェルリが設計したオフィスシステムGraphisだった。白い琺瑯仕上げの鋼板を折ったL字型の脚2本に天板を載せる構成で、同年5月の第14回トリエンナーレ「大きな数」で発表された。会場は開幕時に学生と労働者に占拠され、Graphisの机も落書きの対象になったが、閉会後に洗浄すると新品同様に戻ったと、ジェルリが回想している。

1966年には、Arflex、Artemide、Bernini、Boffi、Cassina、Flos、ICFの7社とともにデザイン誌『Ottagono』の創刊を支えた。

チェントロ・プロジェッティ・テクノ(1970〜1990年代)

1970年、社内の設計業務はチェントロ・プロジェッティ・テクノ(CPT)として組織化された。オズヴァルドの娘で建築家のヴァレリア・ボルサーニと、その夫マルコ・ファントーニが、社内で生まれる製品に個人の署名を付けるのをやめて集団の名義で発表することを提案し、オズヴァルド・ボルサーニが監修者、ファントーニが実務の調整役となった。1972年には広告部門が設けられ、以後ロベルト・ダヴォリのもとで広告・カタログ・展示会の設計を社内で一貫して扱った。製品写真も社内スタジオで撮影している。

CPTの最初の製品が1972年のModusで、1975〜78年には役員室向けの403シリーズと333シリーズ、1974年の会議テーブルT407が続いた。T407は、オズヴァルド・ボルサーニ自身が設計と製造の両段階を見た最後の製品とされる。1981〜83年には空港や駅を対象にした公共用シーティングのWaiting Systemを開発し、1984年にはアリタリア航空の営業所の統一デザインでコンパッソ・ドーロを受けた。オズヴァルド・ボルサーニは1985年に没した。

1980年代半ば、大型案件の増加を受けて、Tecnoは外部の建築家との協働を再開する。1983年、ファントーニがロンドンのノーマン・フォスターの事務所で、フォスターが自身のために作り、スウィンドンのルノー・センターでも少数使われていた鋼管製のテーブルを目にし、Tecnoでの量産を提案した。約2年の開発を経て1986年に発表されたNomosは、1987年のコンパッソ・ドーロを受け、以後10年以上にわたってTecnoの国際的な顔となった。

1990年代の協働は、設計者から持ち込まれるのではなく、Tecnoが案件ごとに建築家を選んで依頼する方式で進められた。ジョルジェット・ジウジアーロ、ルカ・スカケッティ、ガエ・アウレンティ、リカルド・ボフィル、ジャン=ミシェル・ヴィルモット、リチャード・ロジャース、レンゾ・ピアノ、ラファエル・モネオ、ジャン・ヌーヴェル、マリオ・ベリーニとクラウディオ・ベリーニ、ジャンカルロ・ピレッティらが並び、エミリオ・アンバースの椅子Qualisは1991年のコンパッソ・ドーロを受けた。同じ1991年には、ABV時代から続く美術家との関係を製品化した「ABVコレクション」を、アルナルド・ポモドーロ、ゲトゥリオ・アルヴィアーニ、マン・レイらの参加で発表している。

創業家の退出と経営権の移動

1992年にフルジェンツィオ・ボルサーニが没し、息子のパオロ・ボルサーニが社長として経営と財務を引き継いだ。ヴァレリア・ボルサーニは副社長兼CEOを務めたのち、1998年に夫ファントーニとともに経営と株式の両方から退いた。主要な担い手を失ったCPTは形式上は存続したものの自律的な設計活動を弱め、2000年代初頭にはピエロ・リッソーニにコーポレート・アイデンティティと歴史的コレクションの全面的な見直しが委ねられた。これを境に、Tecnoは製品開発を外部の個々のデザイナーに委ねる体制に移り、集団名義の設計という1970年以来の方式は終わった。

2008年にパオロ・ボルサーニが早世し、息子のフェデリコがアートディレクターとして社内に残った。同年、ミラノのポルタ・ガリバルディにある1826年建造の旧税関建物2棟を改修し、ショールームを開いている。2010年、ポルトローナ・フラウ・グループの元CEOジュリアーノ・モスコーニが、自身の会社D Academyを通じてTecnoの株式60%を取得し、社長兼CEOに就いた。同じ年に本社をマリアーノ・コメンセの新施設へ移している。

2010年代以降

モスコーニ体制のもとで、2013年のニューヨークを皮切りにロンドン(2015年)、マドリード(2016年)、パリ(2017年、ル・コルビュジエ設計のメゾン・オザンファン)、ドバイ・ソウル・ワルシャワ(2018年)と海外拠点を開いた。2015年には、家具にセンサーを組み込んで稼働状況を集める「io.T」を発表し、同年、創刊に関わった『Ottagono』の商標と過去のアーカイブを取得した。2016年、リエボレ・アルテール・モリーナ設計の椅子Velaで5度目のコンパッソ・ドーロを受けている。

2017年、Tecnoはザノッタの株式の過半を取得し、オフィス・コントラクト分野のTecnoと住宅・ホスピタリティ分野のザノッタを合わせたTecno/Zanottaグループを形成した。2022年1月にはエンリコ・カヴァッラーリがグループCEOに就き、モスコーニは会長として残っている。2023年にはイタリア政府の「歴史的商標(Marchio Storico)」に登録された。

デザイナーとの協働

Tecnoのデザイナー起用は、時期によって方針が大きく変わってきた。1950年代のボルサーニ兄弟は、ABVの工房で培った「設計者は社内の一員である」という考えを持ち込み、外部の設計者にも社内での継続的な関与を求めた。1954年前後にロベルト・マンゴ、ヴィコ・マジストレッティ、カルロ・デ・カルリらとの協働が試みられたが、デ・カルリの椅子P36(1957年)を除いて短期間で終わり、長く続いたのは1957年に始まったエウジェニオ・ジェルリとの関係だけだった。ジェルリは週に2回ヴァレードに通う形で35年間にわたって関与し、Graphisをはじめ1950年代末から80年代までの多くの製品に関わっている。

1970年から1990年代までは、社内のCPTが設計の中心で、製品は集団名義で発表された。1980年代半ばからは、大型案件を通じて関係のできた建築家に、Tecnoの側から製品化を持ちかける方式に転じ、その代表がノーマン・フォスターとのNomosである。フォスターとの関係はその後もカレ・ダール(ニーム)、大英博物館などの内装、2018年のヴェネチア・ビエンナーレ建築展のバチカン館における礼拝堂の施工へと続いている。

2000年代以降は外部の個々のデザイナーに製品ごとの設計を委ねる体制で、ピエロ・リッソーニによるコレクションの再編(2000年代初頭)、Pierandrei AssociatiのオフィスシステムBeta(2009年)、ロドルフォ・ドルドーニのソファ・テーブルシステムPons、リエボレ・アルテール・モリーナのVelaなどがある。過去の協働相手にはマリオ・ベリーニ(1967年の1000 Nastro、1990年代の協働)やガエ・アウレンティ(1990年代)も含まれる。

主な製品群

製品群は、住宅向けの機構家具から始まり、オフィスシステム、公共用シーティング、間仕切りへと段階的に広がってきた。

1950年代の製品は、位置を変えられる機構を持つ住宅用の椅子とソファが中心で、ソファベッドD70(1954年)、リクライニングチェアP40(1955年)、P31(1957年)が代表的である。オフィス分野は1968年のGraphisで始まり、1972年のModusが椅子の側からこれを補った。1970年代には役員室向けの403・333シリーズが加わり、1981〜83年のWaiting Systemで空港・駅向けの公共用シーティングが製品群に入った。

1986年のノモス テーブルは、テーブルから机、会議卓までを同じ構造で展開するシステムとして設計され、現在も生産が続いている。1991年のQualis、2009年のBeta、2010年代のVela、工具なしで組める机Clavis、間仕切りW80が、現行のオフィス向け製品群を構成する。並行して、Tecno Engineeringによる特注品と、ザノッタ傘下入り後の住宅・ホスピタリティ分野がグループの製品範囲を広げている。

受賞・収蔵

受賞

コンパッソ・ドーロは、アリタリア航空営業所の統一デザイン(1984年)、Nomos(1987年)、Qualis(1991年)、Vela(2016年)の4件の製品・プロジェクトに加え、企業活動そのものに対して1件が贈られている(自社資料では1989年としている)。このほか、1954年の第10回ミラノ・トリエンナーレでD70が名誉賞を受け、1970年にはGraphisとT92がコンパッソ・ドーロの選出作品に入った。

収蔵

以下の収蔵が確認できる(MoMA=ニューヨーク近代美術館、V&A=ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、Met=メトロポリタン美術館)。

  • MoMA P40 アームチェア(1955年) 収蔵番号 518.1998
  • V&A P31(1957年) 収蔵番号 W.9-2017
  • V&A Nomos テーブル(1986年) 収蔵番号 W.16:1, 2-1989
  • Met Nomos テーブル(1987年) 収蔵番号 1998.379ab

AIC(シカゴ美術館)では該当する収蔵は確認できなかった。

現在の展開

現在の事業は、オフィス家具(Work)、間仕切り(Partitions)、公共空間向けシーティング(Public)、ラウンジや役員室向けの家具(Life)の4つの製品領域と、大型案件の特注を担うTecno Engineeringで構成される。企業のオフィスのほか、空港・駅・図書館・美術館など不特定多数が利用する施設が主要な納入先で、公式サイトはこれらを「Corporate Office」「Public Seating」「Custom」「Partitions」の4分野で紹介している。

本社と生産拠点はマリアーノ・コメンセ、ショールームはミラノのポルタ・ガリバルディ旧税関建物に置く。2013年以降に開いたニューヨーク、ロンドン、マドリード、パリ、ドバイ、ソウル、ワルシャワの拠点は、建築家や設計者向けの製品提案と案件の技術支援を担う。ソウルの拠点は韓国の住宅内装大手Hanssemとの提携で開設された。ザノッタとは会長・CEOを共有するグループ体制で、Tecnoがオフィス・コントラクト、ザノッタが住宅・ホスピタリティを担当する分担になっている。

環境・労働に関しては、ISO 14001とISO 45001の認証、FSC認証材によるライセンス供給のほか、男女平等に関するイタリアの認証UNI/PdR 125:2022を取得したと公表している。

基本情報

設立 1953年
創業者 オズヴァルド・ボルサーニ、フルジェンツィオ・ボルサーニ
本社所在地 イタリア・マリアーノ・コメンセ(コモ県)
事業内容 オフィス家具・公共空間向け家具・間仕切りの製造・販売、大型建築の内装特注
グループ Tecno/Zanottaグループ(2017年よりザノッタを傘下に持つ)
公式サイト https://www.tecnospa.com/

Reference

Tecno – Timeline(公式サイト)
https://www.tecnospa.com/en-us/company/timeline
Tecno – Awards(公式サイト)
https://www.tecnospa.com/en-us/company/awards
Tecno – About us(公式サイト)
https://www.tecnospa.com/en-us/company/about-us
Chiara Lecce, "Il Centro Progetti Tecno", AIS/Design. Storia e Ricerche, vol. 4, n. 7 (2016)
https://www.aisdesign.org/ser/index.php/SeR/article/view/150
Il Sole 24 Ore – Enrico Cavallari alla guida di Tecno-Zanotta(2021年12月16日)
https://www.ilsole24ore.com/art/enrico-cavallari-guida-tecno-zanotta-AET8DE3
Pambianco Design – Giuliano Mosconi acquisisce Tecno Spa
https://design.pambianconews.com/giuliano-mosconi-acquisisce-tecno-spa/
MoMA – Osvaldo Borsani, Armchair (P40), 518.1998
https://www.moma.org/collection/works/4291
V&A – Nomos Table, W.16:1, 2-1989
https://collections.vam.ac.uk/item/O144156/
The Metropolitan Museum of Art – "Nomos" Table, 1998.379ab
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/487071