バイオグラフィー
1927年、イタリア北部ロンバルディア州パラッツォーロ・デッロ・ステッラに生まれる。本名ガエターナ・アウレンティ。1953年、ミラノ工科大学建築学科を卒業。同大学で学んだ数少ない女性の一人であり、卒業時には建築学科の全学生のうち女性はわずか数名に過ぎなかった。卒業後、建築雑誌『カサベラ・コンティヌイタ』の編集に携わり、1955年から1965年まで同誌のグラフィックデザインを担当。この時期に培われた批評的視点は、後の設計活動において重要な基盤となった。
1960年代より本格的に建築・デザイン活動を開始。1965年にはミラノに自身の設計事務所を設立し、建築、インテリア、舞台美術、工業デザインと多岐にわたる分野で才能を発揮した。1980年代には、パリのオルセー美術館の内装設計という大規模プロジェクトを手がけ、国際的な名声を確立。2012年10月31日、ミラノにて85歳で逝去するまで、半世紀以上にわたり第一線で活躍し続けた。
デザインの思想・アプローチ
アウレンティの設計哲学の根幹には、「歴史との対話」という一貫した姿勢がある。彼女は過去の建築遺産を単なる保存の対象としてではなく、現代との創造的な対話を通じて新たな生命を吹き込むべき存在として捉えた。オルセー美術館の設計において、19世紀の壮麗な駅舎建築を美術館という全く異なる機能に転換しながら、原建築の持つ空間的ダイナミズムを最大限に活かした手法は、この思想の結晶といえる。
また、彼女は「デザインとは問題解決である」という信念を持ち、装飾的な美しさよりも機能性と使い手の体験を重視した。家具や照明のデザインにおいても、形態の美しさは常に機能から導き出されるものであり、その逆ではないという姿勢を貫いた。
さらに、アウレンティは女性建築家として、男性優位の建築界において独自の道を切り開いた先駆者でもある。彼女は性差を特別視することなく、作品の質のみで評価されることを求め、その姿勢は多くの女性建築家・デザイナーに勇気を与えた。
作品の特徴
アウレンティの作品は、力強いフォルムと繊細なディテールの共存によって特徴づけられる。照明器具「ピピストレロ」に見られる有機的な曲線、オルセー美術館の展示空間に見られる大胆な構造体の配置など、スケールを問わず一貫した造形言語が認められる。
素材の選択においては、スチール、ガラス、大理石といった工業的素材と伝統的素材を巧みに組み合わせ、モダニズムの冷徹さと温かみのある人間性を両立させた。特に照明デザインにおいては、光の質と拡散の仕方に細心の注意を払い、空間全体の雰囲気を演出する装置としてのランプを追求した。
建築作品では、既存建築への介入という手法を多く採用し、新旧の対比を通じて両者を際立たせる設計を得意とした。これは単なる折衷主義ではなく、歴史的文脈を深く理解した上での創造的解釈であり、ポストモダン建築の一つの到達点を示すものである。
主な代表作
ピピストレロ(Pipistrello)ランプ(1965年)
マルティネッリ・ルーチェ社のために設計されたテーブルランプ。イタリア語で「コウモリ」を意味するその名の通り、伸びやかに広がるシェードと彫刻的なベースが特徴。当初は市場での反応が芳しくなかったが、時間の経過とともに評価が高まり、現在では20世紀イタリアンデザインを代表するアイコン的存在となっている。高さ調節が可能な機構を備え、機能美と造形美を見事に融合させた。
オルセー美術館(Musée d'Orsay)内装設計(1980-1986年)
パリのセーヌ河畔に建つ旧オルセー駅を美術館に転換するプロジェクト。ACT Architecture設計チームとの協働により実現した。アウレンティは、ヴィクトール・ラルーが1900年に設計した壮麗なボザール様式の駅舎空間を活かしながら、印象派を中心とする19世紀美術のための展示空間を創出した。中央の大空間を貫く軸線、採光を考慮した展示室の配置、鋳鉄製の装飾を活かしたディテールなど、歴史的建築への敬意と現代的機能の両立を見事に実現し、世界的な評価を獲得した。
パラッツォ・グラッシ(Palazzo Grassi)改修(1985-1986年)
ヴェネツィアの大運河に面する18世紀の宮殿を、フィアット社会長ジャンニ・アニェッリの依頼により現代美術ギャラリーに改修。歴史的な外観を保存しながら、内部に白を基調としたニュートラルな展示空間を挿入し、古典建築と現代アートの調和を実現した。
アジアン・アート・ミュージアム(Asian Art Museum)改修(1999-2003年)
サンフランシスコの旧市立図書館を、アジア美術専門の美術館に転換。ボザール様式の建築を活かしながら、東洋美術に相応しい静謐な展示空間を創出した。
スクエア(Quadrifoglio)テーブル(1965年)
ザノッタ社のためにデザインしたガラステーブル。四つ葉のクローバーを意味する名を持ち、キャスター付きの軽やかなフレームが特徴。当時としては革新的な可動式のデザインであった。
ジャンボ(Jumbo)テーブル(1965年)
ノル社のためにデザインした大理石天板のコーヒーテーブル。重厚な素材を用いながら、支柱との組み合わせにより視覚的な軽やかさを実現した。
功績・業績
アウレンティは、建築、インテリア、工業デザイン、舞台美術と複数の領域において、20世紀後半のデザイン史に重要な足跡を残した。特に美術館建築・改修の分野では、歴史的建築物を現代的用途に転換するという手法を確立し、世界各地の類似プロジェクトに影響を与えた。
1991年、フランス政府よりレジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを授与される。同年、日本の高松宮殿下記念世界文化賞(建築部門)を受賞。イタリア共和国功労勲章グランデ・ウッフィチャーレ、ドイツ連邦共和国功労勲章大十字章など、国際的な栄誉を多数受けている。
また、女性建築家の先駆者として、ミラノ工科大学やヴェネツィア建築大学で教鞭を執り、次世代の建築家・デザイナーの育成にも尽力した。
評価・後世に与えた影響
アウレンティは、20世紀後半の建築・デザイン界において、ポストモダニズムの実践者として独自の地位を築いた。彼女の作品は、モダニズムの機能主義を継承しながらも、歴史や文脈への深い配慮を示し、単なる形式的なポストモダンとは一線を画する質の高さを備えていた。
特に美術館建築の分野では、「コンテナーではなくコンテンツに奉仕する空間」という彼女の理念が、その後の美術館設計に大きな影響を与えた。オルセー美術館の成功は、世界各地で廃止された駅舎や工場を文化施設に転用するプロジェクトの先駆けとなり、都市再生の新たなモデルを提示した。
照明デザインにおいても、「ピピストレロ」は発表から半世紀以上を経た現在もなお生産が続けられ、時代を超えたクラシックとしての地位を確立している。その有機的なフォルムは、後続のデザイナーに多大な影響を与え、イタリアンデザインの一つの典型として語り継がれている。
2012年の逝去に際しては、世界中の建築・デザイン界から追悼の声が寄せられ、「20世紀最も重要な女性建築家の一人」としてその功績が讃えられた。彼女が切り開いた道は、今日活躍する多くの女性建築家・デザイナーにとって、重要な指標であり続けている。
作品一覧
| 年 | 区分 | 作品名 | ブランド/場所 |
|---|---|---|---|
| 1962年 | 照明 | King Sun(キング・サン) | Kartell |
| 1964年 | 椅子 | Sgarsul(スガルスル)ロッキングチェア | Poltronova |
| 1965年 | 照明 | Pipistrello(ピピストレロ) | Martinelli Luce |
| 1965年 | テーブル | Quadrifoglio(クアドリフォリオ) | Zanotta |
| 1965年 | テーブル | Jumbo(ジャンボ)コーヒーテーブル | Knoll |
| 1967年 | 照明 | Oracolo(オラーコロ) | Artemide |
| 1968年 | 照明 | Mezzopileo(メッツォピレオ) | iGuzzini |
| 1969年 | 照明 | Ruspa(ルスパ) | Martinelli Luce |
| 1970年 | 椅子 | Locus Solus(ロクス・ソルス) | Poltronova |
| 1972年 | 照明 | La Ruspa(ラ・ルスパ) | Martinelli Luce |
| 1972年 | 家具 | Tavolo con Ruote(車輪付きテーブル) | FontanaArte |
| 1974年 | 建築 | フィアット工場ショールーム | トリノ、イタリア |
| 1975年 | 照明 | Patroclo(パトロクロ) | Artemide |
| 1977年 | 建築 | オリベッティ・ショールーム | パリ、フランス |
| 1979年 | 建築 | オリベッティ・ショールーム | ブエノスアイレス、アルゼンチン |
| 1980-1986年 | 建築 | Musée d'Orsay(オルセー美術館)内装設計 | パリ、フランス |
| 1982年 | 照明 | Parola(パローラ) | FontanaArte |
| 1984年 | 建築 | ポンピドゥーセンター国立近代美術館 改修 | パリ、フランス |
| 1985-1986年 | 建築 | Palazzo Grassi(パラッツォ・グラッシ)改修 | ヴェネツィア、イタリア |
| 1987年 | 照明 | Tavolo(タヴォロ) | FontanaArte |
| 1988年 | 建築 | カタルーニャ国立美術館 改修 | バルセロナ、スペイン |
| 1988年 | 照明 | Giova(ジョーヴァ) | FontanaArte |
| 1990年 | 建築 | イタリア文化会館 | 東京、日本 |
| 1993年 | 家具 | April(エイプリル)折りたたみ椅子 | Zanotta |
| 1996年 | 建築 | サン・マルコ広場改修計画 | ヴェネツィア、イタリア |
| 1999-2003年 | 建築 | Asian Art Museum(アジアン・アート・ミュージアム) | サンフランシスコ、アメリカ |
| 2000年 | 建築 | スカラ座ワークショップ | ミラノ、イタリア |
| 2002年 | 建築 | サンタ・マリア・デッラ・スカラ美術館 | シエナ、イタリア |
| 2004年 | 建築 | ペルージャ・サンタンナ駅 | ペルージャ、イタリア |
Reference
- Gae Aulenti - Wikipedia
- https://en.wikipedia.org/wiki/Gae_Aulenti
- Musée d'Orsay Official Website
- https://www.musee-orsay.fr/
- Martinelli Luce - Pipistrello
- https://www.martinelliluce.it/en/products/pipistrello/
- Knoll - Designer: Gae Aulenti
- https://www.knoll.com/designer/Gae-Aulenti
- FontanaArte - Designer Archive
- https://www.fontanaarte.com/
- Praemium Imperiale - Gae Aulenti 1991
- https://www.praemiumimperiale.org/
- Asian Art Museum San Francisco
- https://asianart.org/
- Palazzo Grassi
- https://www.palazzograssi.it/
- MoMA - The Collection: Gae Aulenti
- https://www.moma.org/artists/296
- Dezeen - Gae Aulenti
- https://www.dezeen.com/tag/gae-aulenti/