ピピストレロは、イタリアの建築家兼デザイナーであるガエ・アウレンティが1965年にデザインした、20世紀を代表するアイコニックなテーブルランプである。イタリア語で「コウモリ」を意味するその名の通り、コウモリの翼を思わせる独特な形状のシェードを特徴とし、マルティネッリ・ルーチェ社によって製造されている。発表から半世紀以上を経た現在も、世界中のデザイン愛好家から高い評価を受け続けており、MoMAやポンピドゥーセンターをはじめとする主要美術館の永久コレクションに収蔵されている。その普遍的な美しさと革新的な機能性は、イタリアンデザインの黄金期を象徴する傑作として、今なお多くの人々を魅了し続けている。

デザインの背景とコンセプト

ピピストレロの誕生は、1965年にオリヴェッティ社がガエ・アウレンティにパリとブエノスアイレスのショールームデザインを依頼したことに始まる。当時、アドリアーノ・オリヴェッティは強い美的感性をもって会社を率いており、製品デザインから建築に至るまで、卓越した審美性を追求していた。アウレンティはパリのショールーム内にイタリアの広場を再現するというコンセプトを構想し、その公共的な集いの場を照らすための照明としてピピストレロを着想した。

このランプは、当時のミラノデザイン界を支配していた合理主義的な国際様式に対する反動として、アールヌーヴォー的な装飾性と有機的なフォルムを取り入れている。アウレンティのデザイン言語を象徴するこの作品は、ネオリバティと呼ばれる新しい潮流の一翼を担い、機能性と表現性の見事な調和を実現している。その形態は建築的な構造を持ち、金属製のベースが柱の基礎、伸縮式のシャフトが柱身、そしてシェードが柱頭という古典的な構成を踏襲しながらも、コウモリの翼を広げたような有機的な造形によって、まったく新しい照明デザインの地平を切り開いた。

デザインの特徴

ピピストレロの最も印象的な特徴は、その象徴的なシェードにある。乳白色のメタクリレート樹脂を用いて成形されたシェードは、深い溝によって四つのセクションに分割され、その起伏に富んだ曲面がまさにコウモリの翼を広げた姿を彷彿とさせる。この複雑な形状は、光を柔らかく拡散させる機能的な役割も果たしており、上方には穏やかな間接光を、下方には明るく集中した直接光を放つという二重の照明効果を生み出している。

機能面における革新性も特筆に値する。ステンレススチール製の伸縮式シャフトにより、高さを66cmから86cmまで自在に調節することが可能であり、テーブルランプとしてもフロアランプとしても使用できる多機能性を実現している。この可変的な構造は、様々な空間や用途に適応できる柔軟性を与えており、デスクワークから読書、アンビエント照明まで、幅広いシーンで活用できる。ラッカー仕上げのアルミニウム製ベースは安定性に優れ、控えめなフレアデザインによって、どのような環境にも馴染む洗練された佇まいを保っている。

当初はダークブラウンとホワイトの二色のみで展開されていたが、現代では市場の多様なニーズに応えるため、グロッシーブラック、パープルレッド、チタニウム、アガベグリーン、ブラスサテンなど、様々なカラーバリエーションが用意されている。さらに、オリジナルのサイズに加えて、ミニバージョンやコードレスバージョンなども開発され、時代とともに進化を続けている。

製造の挑戦と市場投入

ピピストレロの製品化は、技術的に極めて困難な挑戦であった。1965年にガエ・アウレンティがこのデザインをマルティネッリ・ルーチェの創業者エリオ・マルティネッリに提示した際、彼は即座にその魅力に惹かれたものの、実現には大きな障壁が立ちはだかった。伸縮式シャフトの工業化は複雑であり、特にシェードの深い溝と曲面を持つ複雑な形状は、当時の成形技術では製造が容易でなかった。メタクリレート樹脂のモールド製作は特に困難を極め、このプロジェクトは一時期、会社の引き出しの中で眠ることとなった。

しかし、マルティネッリ・ルーチェのチームは諦めることなく技術的課題に取り組み続け、1967年についにピピストレロランプを市場に投入することに成功した。ただし、発売当初は即座に成功を収めたわけではなかった。転機となったのは1972年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催された展覧会「Italy: The New Domestic Landscape(イタリア:新しい国内の風景)」において、このランプが展示されたことである。この国際的な舞台での露出により、ピピストレロは一躍世界的なデザインアイコンとしての地位を確立した。特にフランスでは熱狂的に受け入れられ、そのアールヌーヴォー的な趣味がフランスのインテリアと見事に調和したことが、人気の一因となった。

文化的影響と評価

ピピストレロは、1960年代イタリアンデザインの黄金期を象徴する作品として、デザイン史における重要な位置を占めている。その文化的影響は極めて大きく、レトロでありながら洗練されたデザインの象徴として、芸術家や文化に関心を持つ人々の間で広く愛されている。このランプは、単なる照明器具の枠を超えて、時代の美学と価値観を体現する文化的アイコンとなった。

その芸術性と歴史的重要性は、世界の主要な美術館とデザインミュージアムによって認められている。ニューヨーク近代美術館(MoMA)、メトロポリタン美術館、ポンピドゥーセンター、クーパー・ヒューイット・スミソニアン・デザイン博物館、ミラノ・トリエンナーレ、モントリオール装飾美術館など、数多くの権威ある機関がピピストレロを永久コレクションに加えており、これは20世紀デザインの傑作としての地位を確固たるものにしている。また、ペドロ・アルモドバル監督の映画「ペイン・アンド・グローリー」や「ザ・バットマン」といった映画作品にも登場し、ポップカルチャーにおいてもその存在感を示している。

デザイン批評の観点からは、ピピストレロは形態と機能の完璧な融合として高く評価されている。有機的でありながら幾何学的、装飾的でありながら機能的という二重性を持ち、一見相反する要素を見事に調和させている。その柔らかく拡散する光は、冷たさを感じさせず、温かみのある雰囲気を空間にもたらす。また、可変的な高さという実用的な機能性と、彫刻的な美しさを兼ね備えたデザインは、時代を超えて普遍的な魅力を放ち続けている。

デザイナー:ガエ・アウレンティ

ガエ・アウレンティ(本名ガエターナ・アウレンティ、1927-2012年)は、イタリアを代表する建築家兼デザイナーである。1953年にミラノ工科大学を卒業後、建築、インテリアデザイン、工業デザイン、舞台美術など、多岐にわたる分野で活躍した。男性優位の業界において女性の地位向上を唱え、デザインを単なる美的追求ではなく社会的芸術として捉える思想を提唱した先駆者でもあった。

アウレンティの代表作には、パリのオルセー美術館の改修設計、バルセロナの国立カタルーニャ美術館の再構成など、重要な文化施設のプロジェクトが含まれる。照明デザインの分野では、ピピストレロに加えて、1964年のジョーヴァランプ、1967年のキングサンランプ、1975年のパトロクロランプなど、数々の名作を生み出した。1979年から1996年まではフォンタナアルテの芸術監督を務め、同社の製品ラインに永続的な影響を与えた。

その功績に対して、フランス政府からレジオンドヌール勲章シュヴァリエ章、アメリカ建築家協会名誉会員、東京の高松宮殿下記念世界文化賞建築部門、イタリア共和国功労勲章グランドクロス騎士など、数々の栄誉が授けられた。2012年にミラノで逝去する直前には、ミラノ・トリエンナーレから生涯功労賞を授与されている。

製造:マルティネッリ・ルーチェ

マルティネッリ・ルーチェは、1950年にエリオ・マルティネッリによってトスカーナ州ルッカに設立されたイタリアの照明メーカーである。光とデザインへの情熱を体現するブランドとして、自然と幾何学からインスピレーションを得た独創的な照明器具を手作業で生み出してきた。創業者エリオ・マルティネッリは、1960年代から1970年代にかけてイタリアを代表するデザイナーの一人となり、その芸術的ビジョンは娘のエミリアーナ・マルティネッリに受け継がれている。

同社は、ガエ・アウレンティをはじめ、レラ・ヴィニェッリ、マッシモ・ヴィニェッリ、セルジオ・アスティなど、著名なデザイナーとのコラボレーションによって、数々の名作を世に送り出してきた。2023年には、イタリア経済開発省が創設した「国家的重要性を持つ歴史的商標の特別登録簿」に登録され、50年以上にわたって地域の歴史の一部となってきた卓越したイタリア製造業として認定された。マルティネッリ・ルーチェの製品の多くは、ミラノ・トリエンナーレやニューヨークMoMAなど、世界の主要な近代美術・デザイン美術館に永久展示されている。

現代における展開

ピピストレロは、1967年の発売以来、一度も生産が途絶えることなく製造され続けている稀有なデザインプロダクトである。マルティネッリ・ルーチェは、オリジナルのデザインの本質を保ちながら、時代に応じて材料と生産技術をアップデートし続けている。近年では、環境への配慮とエネルギー効率の向上を目的として、LED光源を統合したバージョンが開発され、2700Kの暖かい色温度で柔らかく機能的な照明を提供している。

また、オリジナルのフルサイズモデルに加えて、よりコンパクトな空間に適した「ミニピピストレロ」も展開されている。さらに、現代のライフスタイルに対応したコードレスバージョン「ピピストレロ4.0」も登場し、ワイヤレス技術とタッチ調光機能を搭載することで、使用場所の自由度をさらに高めている。こうした進化は、デザインの本質的な価値を守りながら、変化する市場のニーズに応え続けるマルティネッリ・ルーチェの姿勢を示している。

ピピストレロは今日においても、クラシックからモダン、インダストリアルまで、あらゆるスタイルのインテリアに調和する普遍的な魅力を保ち続けている。その彫刻的なフォルムと柔らかな光は、単なる照明器具を超えて、空間に個性と洗練をもたらす芸術作品として、世界中のデザイン愛好家に愛され続けている。

基本情報

製品名 ピピストレロ(Pipistrello)
型番 Model 620
分類 テーブルランプ/フロアランプ
デザイナー ガエ・アウレンティ(Gae Aulenti)
製造 マルティネッリ・ルーチェ(Martinelli Luce)
デザイン年 1965年
製品化年 1967年
サイズ 高さ:66-86cm(伸縮可能)、直径:約54cm
素材 シェード:乳白色メタクリレート樹脂、シャフト:ステンレススチール、ベース:ラッカー仕上げアルミニウム
光源 E14 LED 14W(1400lm、2700K)または4×25W白熱電球
カラー展開 ホワイト、ダークブラウン、グロッシーブラック、パープルレッド、チタニウム、アガベグリーン、ブラスサテン、ブロンズ
コレクション MoMA(ニューヨーク近代美術館)、メトロポリタン美術館、ポンピドゥーセンター、クーパー・ヒューイット・スミソニアン・デザイン博物館、ミラノ・トリエンナーレ、モントリオール装飾美術館ほか