バルセロナから世界へ、ヒューマニズムの造形
リエボレ・アルテール・モリーナ(Lievore Altherr Molina、以下LAM)は、1991年にスペイン・バルセロナで設立されたデザインスタジオである。アルゼンチン出身の建築家アルベルト・リエボレ、ドイツ出身のインダストリアルデザイナー、ジャネット・アルテール、バルセロナ生まれのマネル・モリーナという三つの異なる文化的背景をもつ才能が融合し、家具・プロダクト・インテリア・パッケージデザインからコンサルティング、アートディレクションまで幅広い領域で活動した。機能・技術・文脈という制約のなかから、美しく純粋なフォルムを論理的に導き出す「ヒューマニスティック」なアプローチを信条とし、イタリアのArper、Foscarini、Tecno、スペインのAndreu World、Vibiaをはじめとするブランドとともにコンテンポラリーデザインに確かな足跡を刻んだ。1999年にスペイン国家デザイン賞、2016年にはイタリアのコンパッソ・ドーロを受けるなど、四半世紀にわたり国際的な評価を確立している。
バイオグラフィー
アルベルト・リエボレ ― アルゼンチンからバルセロナへ
1948年、アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれ。ブエノスアイレス大学で建築を学び、在学中からインテリアデザインの実務に携わって、1972年にはインテリアデザインと家具製造の会社「イポテシス(Hipótesis)」を設立した。1976年にバルセロナへ移住し、建築家ノルベルト・チャベス、デザイナーのホルヘ・ペンシ、オリオル・ピベルナトらとグルポ・ベレンゲール(Grupo Berenguer)を結成。理論・教育と実践の双方に取り組み、ホルヘ・ペンシとともにスペインデザインの国際的な発信に大きく貢献した。1984年には自身のデザインスタジオを設立し、プロダクトデザインやアートディレクションを本格的に展開している。
ジャネット・アルテール ― ドイツの分析性とバルセロナの感性
1965年、ドイツ・ハイデルベルク生まれ。ダルムシュタットでインダストリアルデザインを学んだのち、1989年にバルセロナへ移り、マッサーナ美術学校(Escola Massana)で研鑽を続けた。1992年のオリンピックへ向けて刷新が進むバルセロナの創造的な空気のなかで、フリーランスのスタイリストとして複数のデザイン誌に寄稿しつつ、アルベルト・リエボレとの協働を始める。ドイツ的な分析力・還元的思考と、バルセロナで培った軽やかで感覚的なアプローチの統合が、彼女の独自性を形づくった。児童のための空間とオブジェに関する著書『Children Size』の執筆者でもある。
マネル・モリーナ ― バルセロナの職人的感性
1963年、スペイン・バルセロナ生まれ。バルセロナのEINA美術デザイン学校でインテリアおよびインダストリアルデザインを学び、1985年から1989年まで、スペインを代表するデザイナーの一人ミケル・ミラ(Miquel Milà)のスタジオで経験を積んだ。職人の家系に育ったモリーナは、素材と手仕事への深い敬意を自然に受け継いでおり、その感性がLAMの作品に独特の温もりとマテリアリティをもたらした。
スタジオの設立と展開
1991年、リエボレ、アルテール、モリーナの三者が合流し、バルセロナにスタジオ「リエボレ・アルテール・モリーナ」を設立する。アルゼンチンの建築的知性、ドイツの分析的厳密性、スペインの感覚的豊かさという三つの文化の交差が、スタジオの多面的なデザインの源泉となった。設立当初からプロダクトデザインに加えてコンサルティングやアートディレクションも手がけ、クライアント企業に個別化されたトータルソリューションを提供する姿勢を貫いた。スペインのAndreu World、Sellex、Santa & Cole、イタリアのArper、Foscarini、Poltrona Frau、Tecno、Tacchini、ドイツのThonet、Wilkhahn、アメリカのBernhardt Design、Davisなど、欧米の名だたるブランドと協業し、家具から照明まで膨大なプロダクトを世に送り出した。
2016年、マネル・モリーナがスタジオを離れて自身のスタジオ「エストゥディ・マネル・モリーナ」を設立。リエボレとアルテールは、新たなパートナーのデルフィーヌ・デジレ(Delphine Désile)とデニス・パーク(Dennis Park)を迎え、「リエボレ+アルテール・デジレ・パーク(Lievore + Altherr Désile Park)」として活動を続けている。
デザインの思想とアプローチ
LAMのデザイン哲学の核心は「ヒューマニスティック・アプローチ」にある。彼らは機能・技術・文脈という三つの制約から、美しく純粋なフォルムを論理的必然として導き出すことを信条とした。リエボレは「デザインとは自己実現ではなく、コミュニケーションである。印象づけるのではなく、誘惑したい」と語っている。視覚的な衝撃や過剰な装飾ではなく、バランス、統合(シンセシス)、官能性、独創性が自然に調和する境地を目指す姿勢が、その言葉に凝縮されている。
その設計プロセスは「本質(エッセンシャル)の探求」として特徴づけられる。あるプロダクトが果たすべき機能を徹底的に分析し、それを最も純粋な形で実現するフォルムを見出すことで、生まれるデザインは、ほかのいかなる方法でも実現し得なかったかのような論理的必然性を帯びる。ミニマリズムに通じる簡潔さを志向しながらも、冷徹な還元主義に陥ることなく、人間の身体と感覚に寄り添う温かさを常に内包している点が、LAMの真骨頂である。こうした姿勢は、プロダクトのデザインからブランドコミュニケーション、空間デザインまでを一貫して提案するホリスティックな協業へと展開された。とりわけArperとの協業では、Catifa 53を起点にブランド全体のクリエイティブディレクションへと関係を深め、Arperのアイデンティティ構築に決定的な役割を果たしている。
作品の特徴
LAMのプロダクトに共通する視覚的特徴は、明快なグラフィカルシルエットと有機的な曲線の融合にある。装飾を排した簡潔な輪郭線のなかに、身体を包み込むような柔らかなカーブが息づく。また、その多くは単一の製品としてではなく、多様なバリエーションと組み合わせを内包するシステムとして構想された。シェルの寸法、脚部の種類、素材、カラーの自在な組み合わせによって、住宅から企業オフィス、教育施設、公共空間まであらゆる文脈に適応する汎用性は、コントラクト市場で高く評価されている。
素材と技術への探究心も、LAMを支える柱である。ポリプロピレンの射出成形、ダイキャストアルミニウム、吹きガラス、曲げ木など、各プロダクトに最適な素材と製造技術を慎重に選定し、先端技術と伝統的な職人技の双方を活かした。機能性と美しさ、エルゴノミクスとエステティクスを統合する姿勢が、すべての作品を貫いている。
主な代表作とエピソード
Catifaシリーズ(2001年〜 / Arper)
LAMとArperの協業を象徴する作品群で、スタジオの代名詞ともいうべきシーティングコレクション。「Catifa」はカタルーニャ語で「絨毯」を意味し、最小限のジェスチャーで最大限の快適さを実現するという意図が込められている。2001年のCatifa 53を皮切りに、Catifa 46(2004年)、Catifa 60/70/80へと展開され、シェルの寸法と用途が異なるファミリーを形成した。Catifa 53はArperのアイデンティティを定義づけた最初のコレクションであり、環境製品宣言(EPD)を取得した先駆的製品でもある。シェルの素材(ポリプロピレン、成形合板、張りぐるみ)や脚部(4本脚、スレッド、トレスル、キャスター付き5本脚など)、カラーの組み合わせにより、住宅からオフィス、公共空間まで幅広く対応する。
曲げ合板による4本脚のフレームに、特徴的な背もたれを組み合わせた木製チェア。リエボレはこれを「椅子の古典的な言語を現代に蘇らせた、親しみやすくフレンドリーな原型(アーキタイプ)」と表現している。肩の少し下で止まる低い背もたれが動きの自由を確保しつつ、木に刻まれた一筆書きのような輪郭が、空間に静かな存在感を放つ。オークやチークなどの素材と豊富な色を用意し、座面に張り地を加えることもできる。クロームスチールのスレッドベース版はスタッキングが可能で、住宅からコントラクト空間まで幅広く対応する。手の届く価格で提供することも、その設計の重要な前提だった。
Duna・Leaf(Arper)
Dunaは、柔らかな花弁のようなフォルムが特徴のシーティングコレクション。エレガントで現代的な造形とスタッキング可能な合理性を兼ね備え、多目的素材と多様な脚部によって住宅から大規模なコントラクト空間まで対応する。Leaf(2005年)は、スチールのスレッドベースに有機的な曲面のシートを組み合わせたインドア・アウトドア兼用のシーティングで、その名のとおり葉のように軽やかなシルエットが空間に彩りを添える。粉体塗装による豊富なカラーバリエーションが用意されている。
Vela(2014年 / Tecno)― コンパッソ・ドーロ受賞
イタリアの名門オフィス家具メーカー、Tecnoのために設計したシーティングシステム。2016年に第24回コンパッソ・ドーロを受賞した。目に見える機械的な要素を排したクリーンで本質的なラインの内部に、使用者の体重に自動的に反応する「レスポンシブ」機構を組み込み、エルゴノミクスとエステティクスを高い次元で統合している。LAMの「見えない技術による本質的なエレガンス」という理念を体現した一脚であり、ADIコンパッソ・ドーロ財団のコレクションに永久収蔵されている。
照明作品(Foscarini・Vibia)
Foscariniのために手がけたAnisha(2011年)は、不規則な楕円形のリングが空虚な空間を縁取り、その内部を光で満たすテーブルランプ。ABS樹脂による彫刻的なフォルムにLED光源を完全に隠し、タッチで点灯・調光できる。Esaは、手吹きガラスのディフューザーとダイキャストアルミニウムのベースを組み合わせ、柔らかな光を生むテーブルランプである。Vibiaとの協業では、金属の細いステムとコーン型ディフューザーによるI.cono、宙に浮かぶ球体のような錯覚を生むペンダント、Cosmosなど、多数の照明コレクションを展開した。
その他の主要作品
Arperではほかに、Norma(2005年)、Dizzieテーブルコレクション(2005年)、Meety、Parentesit音響パネル(2016年)、Zintaベンチ、Colina、Loopモジュラーソファなど膨大なコレクションを手がけた。Andreu Worldとの長期的な協業からはAlya、Smile、Siesta、Manilaといった椅子が、Verzelloniのために Zoe(2006年)やCubica、Tacchiniのために Baobab、Poltrona FrauのためにTrustコレクションが生まれている。家具から照明まで、その仕事は幅広い分野に及んだ。
功績・業績
リエボレ・アルテール・モリーナは、四半世紀の活動を通じて国際的なデザイン賞を数多く受賞した。
- 1999年
- スペイン国家デザイン賞(Premio Nacional de Diseño)。スペインのデザイン分野における最高の栄誉
- ADI-FADデルタ賞
- デルタ・デ・オロ(金賞)およびデルタ・デ・プラタ(銀賞)を複数回受賞
- 2016年
- 第24回コンパッソ・ドーロ(Tecnoのオフィスチェア«Vela»により受賞)
- その他
- iF Gold Award、Iconic Award、Red Dot Design Award など多数
作品はバルセロナ、ミラノ、ニューヨーク、パリ、東京、ロンドン、ケルン、シカゴ、ストックホルム、ヘルシンキ、リスボン、マドリードなど世界の主要都市で展示され、国際的なデザイン誌に数多く取り上げられてきた。
評価と後世への影響
リエボレ・アルテール・モリーナは、スペイン発のデザインスタジオとして最も国際的な活躍を遂げた存在の一つである。アルベルト・リエボレが1970年代から取り組んだスペインデザインの国際化の志は、LAMの設立によって大きく実を結んだ。イタリア、ドイツ、アメリカの一流ブランドとの継続的な協業を通じて、バルセロナをコンテンポラリーデザインの重要な発信地として世界に印象づけた功績は大きい。
とりわけコントラクト(業務用)家具の分野では、一つのデザインコンセプトからシェルサイズ・脚部・素材・色の無数の組み合わせを展開する手法によって、オフィスや教育・公共空間における家具のあり方を更新した。また、プロダクトとそのコミュニケーションを統合し、ブランドのアイデンティティ全体を設計するという協業モデルは、Arperとの仕事に代表されるように、デザイナーとメーカーの関係に新たな可能性を示した。三人はスペイン国内の大学で教育にも携わり、その思想は次世代へと受け継がれている。LAMの解散後も、それぞれの後継スタジオを通じて、ヒューマニスティックなデザインの探求は続いている。
作品一覧
| 年月 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1990年代 | 椅子 | Smile | Andreu World |
| 1990年代 | 椅子 | Siesta | Andreu World |
| 1990年代 | 椅子 | Manila | Andreu World |
| 1990年代 | 椅子 | Alya | Andreu World |
| 2001年 | 椅子 | Catifa 53 | Arper |
| 2002年頃 | 椅子 | Duna | Arper |
| 2004年 | 椅子 | Catifa 46 | Arper |
| 2004年 | 椅子 | Girola | Arper |
| 2005年 | 椅子 | Norma | Arper |
| 2005年 | 椅子 | Leaf | Arper |
| 2005年 | テーブル | Dizzie | Arper |
| 2005〜2006年 | 椅子 | Catifa 60 | Arper |
| 2006年 | 椅子 | Catifa 70 | Arper |
| 2006年 | 椅子 | Catifa 80 | Arper |
| 2006年 | ソファ・椅子 | Zoe | Verzelloni |
| 2000年代 | 椅子 | Cubica | Verzelloni |
| 2000年代 | 椅子 | Saari | Arper |
| 2000年代 | ソファ | Steeve | Arper |
| 2000年代 | ソファ | Loop | Arper |
| 2000年代 | テーブル・スツール | Ply | Arper |
| 2000年代 | 椅子 | Colina | Arper |
| 2000年代 | 照明 | Esa | Foscarini |
| 2000年代 | 照明 | I.cono コレクション(フロア・テーブル・ウォール) | Vibia |
| 2000年代 | 照明 | Big | Vibia |
| 2000年代 | テーブル | Labanca | Tacchini |
| 2000年代 | テーブル | Nara | Tacchini |
| 2000年代 | ソファ | Baobab | Tacchini |
| 2000年代 | 照明 | Cosmos コレクション | Vibia |
| 2000年代 | 照明 | Skan コレクション(フロア・ペンダント) | Vibia |
| 2000年代 | 照明 | Vol | Vibia |
| 2000年代 | 照明 | Brisa(屋外照明) | Vibia |
| 2000年代 | テーブル | Visual コレクション | Sovet Italia |
| 2000年代 | ソファ・椅子 | Nilson | Verzelloni |
| 2000年代 | 椅子 | Saya | Arper |
| 2000年代 | ベンチ | Zinta | Arper |
| 2010年代 | テーブル | Meety | Arper |
| 2010年代 | 椅子 | Catifa Up | Arper |
| 2010年代 | 椅子 | Juno 02 | Arper |
| 2010年代 | 椅子 | Kinesit | Arper |
| 2011年 | 照明 | Anisha | Foscarini |
| 2014年 | オフィスチェア | Vela | Tecno |
| 2010年代 | オフィスチェア | Chancellor | Poltrona Frau |
| 2010年代 | オフィスシステム | Trust コレクション | Poltrona Frau |
| 2010年代 | 照明 | Tempo | Vibia |
| 2010年代 | ソファ | Sistema Soft | Viccarbe |
| 2016年 | 音響パネル | Parentesit | Arper |
| 2010年代 | ソファ | Livit | Expormim |
| 2010年代 | テーブル | Falcata | Expormim |
| 2010年代 | 椅子 | Branch | Tribu |
| 2010年代 | 椅子 | Arcos | Arper |
| 2010年代 | テーブル | Nuur | Arper |
| 2010年代 | ソファ | Noe | Verzelloni |
| 2010年代 | 椅子 | Adell | Arper |
| 2024年 | 椅子 | Catifa Carta(PaperShell素材) | Arper |
Reference
- Arper — Lievore Altherr Molina
- https://www.arper.com/ww/en/products/designers/lievore-altherr-molina
- Bernhardt Design — Lievore Altherr Molina
- https://bernhardtdesign.com/designers/lievore-altherr-molina/
- Expormim — Lievore Altherr Molina
- https://www.expormim.com/us/furniture-designers/lievore-altherr-molina/
- Archiproducts — Lievore Altherr Molina Designer
- https://www.archiproducts.com/en/designers/lievore-altherr-molina
- Fast — Designer Studio Lievore Altherr
- https://www.fastspa.com/en/designer/studio-lievore-altherr
- Sellex — Lievore Altherr Molina
- https://www.sellex.es/en/designers/lievore-altherr-molina
- Tecno — Lievore Altherr Molina
- https://www.tecnospa.com/en-us/company/architects-and-designers/lievore-altherr-molina
- Tecno — Tecno is awarded with the 5° Compasso d'Oro
- https://www.tecnospa.com/en-us/news/tecno-is-awarded-with-the-5-compasso-d-oro
- Foscarini — Lievore Altherr Molina, Lamp designers
- https://www.foscarini.com/en/designer/lievore-altherr-molina/
- Vibia — Lievore Altherr Molina
- https://vibia.com/us/usa/designers/lievore-altherr-molina
- Poltrona Frau — Lievore Altherr Molina
- https://www.poltronafrau.com/us/en/about/architects-and-designers/lievore-altherr-molina.html
- Verzelloni — Lievore Altherr Molina
- https://www.verzelloni.it/designers/lievore-altherr-molina/?lang=en
- burgbad magazin — A portrait of Jeannette Altherr
- https://burgbad.de/magazin/en/a-portrait-of-jeannette-altherr-in-search-of-what-really-matters/
- WOTH — Jeannette Altherr
- https://www.woth.co/people/jeannette-altherr/
- Estudi Manel Molina — About Us
- https://manelmolina.com/en/about-us/
- Interiors from Spain — Estudi Manel Molina
- https://www.interiorsfromspain.com/en/features/interviews/2021/estudi-manel-molina
- Sovet — Lievore Altherr Molina
- https://www.sovet.com/en/lievore-altherr-molina
- Spain is culture — Alberto Lievore
- http://www.spainisculture.com/en/artistas_creadores/alberto_lievore.html
- Stylepark — Lievore Altherr Molina
- https://www.stylepark.com/en/designer/lievore-altherr-molina
- Arper — Catifa Carta Collection
- https://www.arper.com/us_EN/collections/catifa-carta.html
- cre8 — Lievore Altherr Molina
- https://www.cre8.sk/en/designer/lievore-altherr-molina