ティー&コーヒー ピアッツァ ── 建築家が構想した銀の広場
1983年、イタリアの家庭用品メーカー、アレッシィが世界の建築界に投じた一石は、20世紀後半のデザイン史における最も野心的な実験のひとつとして記憶されている。「ティー&コーヒー ピアッツァ」と名付けられたこのプロジェクトは、当時アレッシィのアートディレクターを務めていたアレッサンドロ・メンディーニの発案により、11名の国際的建築家にティー&コーヒーセットのデザインを委嘱するという前例のない試みであった。その参加者のなかで、とりわけ際立った存在感を示したのが、イタリアの建築家にして理論家、アルド・ロッシである。
ロッシが手がけた「ピアッツァ」は、ガラス張りのヴィトリーヌ(陳列ケース)のなかにコーヒーポット、ティーポット、シュガーボウル、クリーマー、スプーンを収めた構成をとる。切妻屋根を戴くその佇まいは、あたかもイタリアの広場に建ち並ぶ建築群を縮小したかのようであり、日用品でありながら都市の記憶を宿す彫刻的オブジェとして、ポストモダンデザインを代表する作品のひとつに位置づけられている。
概要
「ティー&コーヒー ピアッツァ」プロジェクトは、1979年にアレッサンドロ・メンディーニとアレッシィ社長アルベルト・アレッシィの対話から構想が始まり、1980年に正式な共同作業が開始された。メンディーニは、当時のネオ・ポストモダニズムをめぐる議論の渦中にあって、建築家たちが実験的な手法や形態、類型を提示できる場を創出することを目指した。参加を招聘された建築家は、マイケル・グレイヴス、ハンス・ホライン、チャールズ・ジェンクス、リチャード・マイヤー、アレッサンドロ・メンディーニ、パオロ・ポルトゲージ、アルド・ロッシ、スタンリー・タイガーマン、オスカル・トゥスケッツ・ブランカ、ロバート・ヴェンチューリ、山下和正の11名であり、いずれもポストモダン建築の最前線に立つ巨匠たちであった。
各建築家には、コーヒーポット、ティーポット、クリーマー、シュガーボウル、トレイからなるセットのデザインが求められた。制作にあたっては完全な創造の自由が保証され、建築的思考をプロダクトデザインの領域へと翻訳する実験が奨励された。最終的に、各デザインはいずれも工場での量産には適さない複雑さを有していたため、925スターリングシルバーによる手工芸品として限定99セット(加えて3点の作家証明付き試作品)が制作されることとなった。
このプロジェクトは1983年にプロトタイプが完成し、ミラノのブレラ美術学院に属する9世紀の脱聖別教会サン・カルポフォロ聖堂、およびニューヨークのマックス・プロテッチ・ギャラリーで初公開された。1984年にはシカゴ大学ルネサンス・ソサエティにおいて「Architecture in Silver」と題した展覧会が開催され、大きな反響を呼んだ。
特徴・コンセプト
アルド・ロッシのティー&コーヒー ピアッツァは、11のデザインのなかでも最も建築的なアプローチを示す作品として高く評価されている。その最大の特徴は、ガラスの壁面と切妻屋根を持つ長方形のヴィトリーヌ(展示ケース)にある。このケースにはロッシの建築思想における「劇場」の概念が反映されている。
テアトリーノ・シエンティフィコとの連続性
ロッシは本プロジェクトへの参加に先立つ1978年、「テアトリーノ・シエンティフィコ(小さな科学劇場)」と題する作品を制作していた。ロッシ自身がこの作品を「機械と劇場と玩具の中間にある物体」と形容したように、それは演劇の原型的な形式を最も基本的なデザインで表現し、舞台装置と記憶のための場を創出するものであった。ティー&コーヒー ピアッツァのヴィトリーヌは、この構想を直接的に継承している。ガラスのケースは劇場へと変容し、セットの各器物は、茶やコーヒーを供する社交的儀式を演じる「役者」となるのである。
都市と住居の融合
「ピアッツァ(広場)」という名称が示すとおり、ロッシはセットの各器物をイタリアの広場に面する建築物として構想した。円錐形に先細りするコーヒーポットとティーポットは、頂部に淡いブルーのエナメルを施した帯と銀のガレリア(回廊)を持ち、塔のような威容を呈する。ヴィトリーヌの切妻屋根の中央には時計の文字盤が配され、旗竿が聳える。この時計は実際には作動しないが、それはロッシの形而上学的建築概念において、劇場の時間が日常の時間とは異なる法則に従うことを示唆するものとされる。こうして記念碑と日用品、都市と住居が、ひとつの小さなオブジェのなかで融合を果たしている。
素材と仕上げ
本作品はスターリングシルバー(925/1000銀)を主体に、金、エナメル加工された銀、真鍮、酸化処理を施した銅、ガラス、クオーツ(時計部分)、布地など、多様な素材が用いられている。各器物にはアレッシィのメーカーズマーク、オフィチーナ・アレッシィの刻印、ロッシのイニシャル「AR」、製造年とエディション番号が刻まれており、限定生産品としての真正性が保証されている。
エピソード
オフィチーナ・アレッシィの誕生
アルベルト・アレッシィは、ティー&コーヒー ピアッツァ・プロジェクトの制作と販売促進を、アレッシィ社内の特別事業として位置づけた。この実験的な活動を支えるため、建築家エットレ・ソットサスのデザインおよびコーディネーションのもと、「オフィチーナ・アレッシィ」という新たなブランドが創設された。工業的大量生産の制約から解放された、より実験的な研究を追求するためのプラットフォームとして構想されたこのブランドは、以後アレッシィの知的実験の拠点として重要な役割を果たすこととなる。
量産品への展開
限定シルバーセットとしてのピアッツァは、その高額な価格ゆえに多くの人々にとって手の届かない存在であった。しかし、アレッシィはこのプロジェクトから派生する量産品を通じて、物語を共有する道を開いた。ロッシのピアッツァに登場するコーヒーポットの円錐形デザインは、1984年に発売されたステンレス製エスプレッソメーカー「ラ・コニカ」へと発展した。さらに1988年には「ラ・クーポラ」が登場し、発売以来100万個以上を販売する大成功を収めた。これらの製品は、限られた少数のコレクターのために構想された建築的実験が、日常の台所に溶け込む愛用品へと変貌を遂げた稀有な例である。
評価
ティー&コーヒー ピアッツァ・プロジェクトは、発表当初から批評家と一般の双方に大きな反響をもたらし、アレッシィを「イタリアン・デザインのファクトリー」として確固たる地位に押し上げる契機となった。とりわけロッシのセットは、11のデザインのなかで最も高い人気を誇り、その建築的構成の独自性と象徴的な造形によって、コレクターズマーケットにおいても特別な位置を占めている。
本プロジェクトは、建築家がプロダクトデザインに本格的に参入する潮流を生み出した先駆的事例として広く認識されている。競合他社が相次いで同様のプロジェクトを立ち上げたほか、建築家がプロダクトデザイナーとして起用される機会が飛躍的に増加した。2003年にはメンディーニとアレッシィが再び協働し、22名の建築家を招聘した後継プロジェクト「ティー&コーヒー タワーズ」を実現している。
ロッシのティー&コーヒー ピアッツァは、ヒューストン美術館(MFAH)、シドニーのパワーハウス美術館、ヘント・デザイン・ミュージアムなど、複数の美術館に収蔵されている。オークション市場においても継続的に高い評価を受けており、サザビーズやクリスティーズ等の国際オークションハウスに定期的に出品されている。
基本情報
| 正式名称 | ティー&コーヒー ピアッツァ / Tea & Coffee Piazza |
|---|---|
| デザイナー | アルド・ロッシ / Aldo Rossi(イタリア、1931–1997) |
| ブランド | オフィチーナ・アレッシィ / Officina Alessi(Alessi S.p.A.) |
| デザイン年 | 1979–1983年 |
| 製造年 | 1983年–1990年代(限定生産) |
| 製造国 | イタリア |
| プロジェクト企画 | アレッサンドロ・メンディーニ(アートディレクター) |
| セット構成 | ヴィトリーヌ(展示ケース)、コーヒーポット、ティーポット、シュガーボウル、クリーマー、スプーン |
| 素材 | スターリングシルバー(925/1000)、金、エナメル加工銀、真鍮、酸化銅、ガラス、クオーツ、布地 |
| サイズ(ヴィトリーヌ) | 約 W66 × D43.5 × H29 cm |
| サイズ(コーヒーポット) | 高さ約 27.5 cm |
| サイズ(ティーポット) | 約 W24 × D14.5 × H15.5 cm |
| サイズ(クリーマー) | 約 W8.9 × D7.5 × H13.5 cm |
| サイズ(スプーン) | 長さ約 17.3 cm |
| エディション | 限定99セット+作家証明付き3セット(各デザイナーにつき) |
| 刻印 | Officina Alessi マーク、イニシャル「AR」、製造年、エディション番号、イタリア銀品位刻印(925) |
| カテゴリ | キッチン / テーブルウェア / コレクタブルデザイン |
| 主な所蔵美術館 | ヒューストン美術館(MFAH)、パワーハウス美術館(シドニー)、ヘント・デザイン・ミュージアム |