タンチェア (F577):脚を持たない彫刻的なラウンジチェア
1967年、フランスの家具デザイナー、ピエール・ポーランがオランダの家具メーカー、アーティフォートのために設計したタンチェア(F577)は、20世紀後半のデザインを代表するチェアの一つである。その名が示すとおり「舌」を想起させる流麗な曲線が特徴で、脚を持たない低い座面は、着座する者に自然とリラックスした姿勢を促す。スペースエイジとポップアートが交差する1960年代の空気を映した造形である。
ニューヨーク近代美術館(MoMA)をはじめ各地の美術館に収蔵されており、半世紀以上を経た現在もアーティフォートによって生産が続けられている。
概要
タンチェアは、金属フレームにラテックスフォームを被せ、その上からストレッチファブリックで覆うという製法によって生み出された。この手法は、ポーランが南仏コートダジュールで目にした水着の、身体への密着性から着想を得たと伝えられている。従来の椅子が骨格を露出させていたのに対し、タンチェアではファブリックが有機的なフォルムを隙間なく包み込み、あらゆる角度から見ても継ぎ目のない造形を実現している。モデル番号F577として知られ、ポーランがアーティフォートで手がけた「シートスカルプチャー」シリーズの一作として、マッシュルームチェア(F560)やリボンチェア(F582, 1966年)とともに同社を代表する存在である。
特徴・コンセプト
構造と製法
タンチェアの構造は、チューブラースチールの軽量なフレームを骨格とし、そこにウェブ材とカットフォームを重ねて成形する。完成した本体をストレッチジャージーで包み込むことで、継ぎ目のない一体的なシルエットが生まれる。この製法により、彫刻作品のような存在感と快適性が両立している。
脚のないデザイン
タンチェアの最も際立った特徴は、脚を一切持たないことである。床面に近い低い座面は、座る者を自然と寛いだ姿勢へと導く。これは1960年代の若者文化が好んだ低い暮らしの感覚と呼応し、格式張った着座姿勢からの解放を意味していた。ポーランは、ポップアートに触発された当時の若者のライフスタイルに寄り添うことを意図したとされる。
鮮やかな色彩
アーティフォートのタンチェアは、クヴァドラ社のトーヌスなど高品質なテキスタイルで張り替えができ、オレンジ、ライムグリーン、レッド、ブルーなど多彩なカラーで提供されてきた。単色のファブリックが有機的なフォルムを引き立て、空間に力強いアクセントをもたらす。
誕生の背景:水着から生まれた発想
ポーランの張り地技法の背景には、よく知られた逸話がある。コートダジュールの海辺で、水着が身体の曲線に沿ってフィットする様子を目にしたポーランは、同様の伸縮素材を椅子の張り地に応用する着想を得た。この発想はすでに1954年、トーネ在籍時から実験が始まっており、タンチェアで最も明快な形に結実した。
美術館収蔵と評価
タンチェアはニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久コレクションに収蔵されているほか、各地のデザインミュージアムに所蔵されている。MoMAには、アーティフォートおよびスザンヌ・スレシン購入基金からの寄贈により収蔵された(収蔵番号 453.2008.3)。
デザイン史家シャーロット・フィールとピーター・フィールによる『1000 Chairs』にも収録され、戦後デザインを代表する作品として広く認知されている。ポーランが確立した「ストレッチファブリックによる一体成形」の手法は、その後のソフトファニチャーのデザインにも影響を与えた。
基本情報
| 作品名(日本語) | タンチェア |
|---|---|
| 作品名(英語) | Tongue Chair |
| モデル番号 | F577 |
| デザイナー | ピエール・ポーラン(Pierre Paulin, 1927–2009 / フランス) |
| デザイン年 | 1967年 |
| ブランド | アーティフォート(Artifort / オランダ) |
| 分類 | ラウンジチェア / アームチェア |
| 素材 | チューブラースチールフレーム、ラテックスフォーム(カットフォーム)、ストレッチファブリック張り、プラスチックグライダー |
| サイズ | W85 × D90 × H64 cm(座面高 約35.6 cm) |
| 美術館収蔵 | ニューヨーク近代美術館(MoMA)永久収蔵品(No.453.2008.3)ほか、世界各地のデザインミュージアム |
| 現行生産 | アーティフォートにて継続生産中 |