20世紀後半のフランスを代表する家具デザイナー、ピエール・ポーラン。彫刻的な有機フォルムと革新的な素材使いで、従来の家具の概念を根本から覆した先駆者である。その作品は、工業生産と芸術的表現の融合を体現し、現代デザインの方向性を決定づけた。
バイオグラフィー
1927年7月9日、フランス・パリに生まれる。叔父は著名な陶芸家ジョルジュ・セラを擁する芸術家系に育ち、幼少期より美的感性を養う。第二次世界大戦後、パリの装飾美術学校(École Camondo)にて学び、1950年代初頭より家具デザイナーとしてのキャリアを歩み始める。
1950年代後半、オランダの家具メーカー、アーティフォート社との運命的な出会いを果たす。この協働関係は以後40年以上にわたり継続し、数々の傑作を世に送り出すこととなる。1970年代には、ジョルジュ・ポンピドゥー大統領、後にフランソワ・ミッテラン大統領のエリゼ宮殿内装デザインを手がけ、フランス国家を代表するデザイナーとしての地位を確立した。
2009年6月13日、南仏モンペリエにて81歳で逝去。その功績を称え、パリ装飾美術館やニューヨーク近代美術館をはじめとする世界の主要美術館に作品が永久収蔵されている。
デザイン哲学
ポーランのデザイン哲学の根幹には、「座る」という行為の本質への深い洞察がある。従来の家具が直線と角で構成されていたのに対し、彼は人体の曲線に沿う有機的なフォルムこそが真の快適性をもたらすと確信していた。この信念は、自然界の形態、とりわけ貝殻や花弁、そして女性の身体曲線から着想を得たものである。
「家具は人を包み込むものでなければならない」という彼の言葉は、その設計思想を端的に表している。椅子は単なる座るための道具ではなく、人体を優しく受け止め、心理的な安心感を与える存在であるべきだと考えた。この思想は、後の人間工学に基づくデザインの先駆けとなった。
また、ポーランは工業生産技術の可能性を積極的に追求した。従来の木工技術では実現不可能であった複雑な三次元曲面を、金属フレームとストレッチファブリックの組み合わせによって量産可能としたのである。芸術性と機能性、そして生産効率の三位一体を実現した点において、彼は真の意味での工業デザイナーであった。
作品の特徴
ポーラン作品の最大の特徴は、その彫刻的な有機フォルムにある。椅子でありながら、あたかもアート作品のような存在感を放つその造形は、空間に置かれた瞬間から周囲の雰囲気を一変させる力を持つ。直線的要素を極力排除し、連続する曲面によって構成されたフォルムは、見る角度によって異なる表情を見せる。
素材面では、ストレッチファブリックの革新的な使用が挙げられる。金属またはウレタンフォームで成形された骨格に、伸縮性のある布地を張り込む手法により、従来の椅子張り技術では不可能であった複雑な曲面を実現した。この技法は、後に「スキン構造」とも呼ばれ、現代家具デザインにおける標準的な手法のひとつとなっている。
色彩においては、1960年代のポップアートやサイケデリック文化の影響を受けながらも、独自の洗練された色使いを追求した。原色の大胆な使用から、モノトーンの静謐な表現まで、各作品に最適な色彩を与えることで、フォルムの美しさを最大限に引き出している。
代表作品
リボンチェア(Ribbon Chair / F582)- 1966年
ポーランの代名詞ともいえる傑作。一枚の連続した曲面が、あたかもリボンがたなびくかのごとく優雅なフォルムを描く。木製合板を成形し、金属フレームと組み合わせた構造により、見た目の軽やかさと十分な強度を両立している。発表当初より世界的な反響を呼び、1969年にはシカゴ現代美術館のグッドデザイン賞を受賞。現在もアーティフォート社より生産が継続されており、20世紀を代表するデザインアイコンとして不動の地位を築いている。
タングチェア(Tongue Chair / F577)- 1967年
舌を模したかのような独特のフォルムが印象的なラウンジチェア。床面から連続する曲線が、座面と背もたれを一体化させた革新的な構造を持つ。低い座面高と大胆に傾斜した背もたれにより、深くくつろぐ姿勢を誘導する。スチールフレームに高密度ウレタンフォームを成形し、ストレッチファブリックで覆う製法により、その有機的なフォルムを実現している。
マッシュルームチェア(Mushroom Chair / F560)- 1960年
その名の通り、キノコを彷彿とさせる愛らしいフォルムのラウンジチェア。円形の座面と丸みを帯びた背もたれが一体となり、座る人を優しく包み込む。一見シンプルに見えるが、人間工学に基づいた綿密な曲面設計により、長時間座っても疲れにくい快適性を実現している。同時期に発表されたオットマンとの組み合わせにより、さらなるくつろぎの空間を演出できる。
オレンジスライスチェア(Orange Slice Chair / F437)- 1960年
半月形に切り分けられたオレンジの一片を連想させる、遊び心あふれるデザインのラウンジチェア。二つの半円形のクッションが向かい合うように配置され、座る人を両側から支える構造となっている。スチール製の脚部とのコントラストが、ポップでありながらも洗練された印象を与える。1960年代のデザイン精神を体現する作品として、現在もなお高い人気を誇る。
チューリップチェア(Tulip Chair / F549)- 1965年
花開くチューリップの花弁をモチーフとした優雅なラウンジチェア。外側に広がる座面と背もたれの曲線が、空間に華やかさと動きをもたらす。アルミニウムの十字脚との組み合わせにより、視覚的な軽やかさを実現しながらも、安定した座り心地を提供する。
エリゼ宮殿内装 - 1971年/1983年
ポンピドゥー大統領の依頼により、エリゼ宮殿の私的居住空間の内装デザインを担当。18世紀の宮殿建築に、20世紀のモダンデザインを融合させるという難題に挑み、見事な調和を実現した。後のミッテラン大統領時代にも同様の依頼を受け、フランス共和国を代表するデザイナーとしての評価を不動のものとした。
功績・受賞歴
ポーランは、その革新的な業績に対し、数々の栄誉を受けている。1969年、シカゴ現代美術館グッドデザイン賞受賞。1987年、フランス国家産業創造大賞(Grand Prix National de la Création Industrielle)受賞。2008年には、キャリア全体の功績を称え、コンパッソ・ドーロ賞(イタリア)の名誉賞が授与された。
作品は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、パリ装飾美術館、ポンピドゥー・センター、ヴィクトリア&アルバート博物館など、世界の主要美術館に永久収蔵されている。これらの収蔵は、彼の作品が単なる家具を超え、20世紀デザイン史における重要な文化遺産として認められていることの証左である。
後世への影響
ピエール・ポーランが現代デザインに与えた影響は計り知れない。有機的フォルムと工業生産技術の融合という彼のアプローチは、後のデザイナーたちに多大な示唆を与えた。ロン・アラッド、マルク・ニューソン、カリム・ラシッドといった現代の著名デザイナーたちの作品に、彼の影響を見出すことができる。
また、人体工学と美学の統合という観点からも、ポーランは先駆者であった。「美しいものは機能的であり、機能的なものは美しい」という理念は、現代のプロダクトデザインにおける基本原則のひとつとなっている。
2009年の逝去後も、アーティフォート社をはじめとする各メーカーによって彼の代表作は生産が継続されており、新たな世代のインテリア愛好家たちに愛され続けている。また、近年のミッドセンチュリーモダン・リバイバルの潮流の中で、ポーラン作品への注目度は一層高まっており、オークション市場においても高い評価を得ている。彼のデザインは、時代を超えた普遍的な魅力を持つものとして、今後も長く語り継がれていくことであろう。
| 年月 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1954年 | 椅子 | CM 131 | Thonet France |
| 1956年 | 椅子 | CM 194 | Thonet France |
| 1956年 | 椅子 | AP 14 (Anneau Chair) | AP Polak / Artifort |
| 1958年 | 椅子 | F157 Chair | Artifort |
| 1959年 | ソファ | F438 Sofa | Artifort |
| 1960年 | ラウンジチェア | F437 (Orange Slice Chair) | Artifort |
| 1960年 | ラウンジチェア | F560 (Mushroom Chair) | Artifort |
| 1960年 | オットマン | F561 (Mushroom Ottoman) | Artifort |
| 1960年 | ソファ | F442 Sofa | Artifort |
| 1963年 | ラウンジチェア | F580 Chair | Artifort |
| 1964年 | ラウンジチェア | F598 (Groovy Chair / M Chair) | Artifort |
| 1965年 | ラウンジチェア | F549 (Tulip Chair) | Artifort |
| 1965年 | ラウンジチェア | F545 Chair | Artifort |
| 1966年 | ラウンジチェア | F582 (Ribbon Chair) | Artifort |
| 1966年 | オットマン | F583 (Ribbon Ottoman) | Artifort |
| 1967年 | ラウンジチェア | F577 (Tongue Chair) | Artifort |
| 1967年 | 椅子 | F300 Chair | Artifort |
| 1968年 | デスク | CM 141 Desk | Thonet France |
| 1968年 | ラウンジチェア | F585 (Big Tulip Chair) | Artifort |
| 1969年 | ラウンジチェア | F574 Chair | Artifort |
| 1970年 | ソファ | ABCD Sofa | Artifort |
| 1971年 | インテリア | エリゼ宮殿 私的居住空間 | フランス政府 |
| 1972年 | ソファ | Pumpkin Sofa | Ligne Roset |
| 1973年 | 椅子 | Déclive Chair | Ligne Roset |
| 1983年 | インテリア | エリゼ宮殿 内装リニューアル | フランス政府 |
| 1991年 | ラウンジチェア | Globe Chair | Artifort |
| 1994年 | ラウンジチェア | Little Globe Chair | Artifort |
| 2008年 | ソファ | Pumpkin Armchair | Ligne Roset |
Reference
- Artifort - Pierre Paulin Designer Page
- https://www.artifort.com/designers/pierre-paulin
- MoMA - Pierre Paulin
- https://www.moma.org/artists/4525
- Centre Pompidou - Pierre Paulin
- https://www.centrepompidou.fr/en/ressources/personne/cz4yRRK
- Musée des Arts Décoratifs - Pierre Paulin
- https://madparis.fr/en/pierre-paulin
- Design Museum - Pierre Paulin
- https://designmuseum.org/designers/pierre-paulin
- Ligne Roset - Pierre Paulin Collection
- https://www.ligne-roset.com/designer/pierre-paulin
- 1stDibs - Pierre Paulin Furniture
- https://www.1stdibs.com/creators/pierre-paulin/furniture/
- Vitra Design Museum - Paulin Collection
- https://www.design-museum.de/en/collection/designers/pierre-paulin.html