オレンジスライスチェア(F437)は、1960年にフランスの巨匠ピエール・ポーランがオランダの家具メーカーArtifortのためにデザインした革新的なラウンジチェアです。スライスされたオレンジの果肉を彷彿とさせる有機的なフォルムからその愛称が付けられたこの作品は、ポーランとArtifortの長期にわたる協働関係の中で生まれた数多くの傑作の一つとして、今日まで変わらぬ人気を誇っています。

二つの完全に同一な圧縮ブナ材のシェルがフォームで覆われ、クローム仕上げまたは粉体塗装の金属製チューブベースに支えられるという構造は、1960年代当時としては極めて先進的な製造技法でした。見る角度によって異なる表情を見せるこのチェアは、まるで生き物のように「カールアップ」する様々な段階を表現しており、その遊び心に満ちた佇まいは、複数脚を配置した際にさらに際立ちます。

特徴・コンセプト

オレンジスライスチェアの最も顕著な特徴は、その彫刻的な美しさと機能性の完璧な融合にあります。ポーランは「椅子は単に機能的であるだけでなく、親しみやすく、楽しく、カラフルであるべきだ」という信念のもと、この作品を創造しました。この哲学は、戦後の豊かさを求める時代精神と、北欧デザインや日本の美学から受けた影響が見事に結実したものです。

革新的な構造

プライウッド(成型合板)技術を応用した二つの同一シェルは、高密度ウレタンフォームで覆われ、ファブリックまたはレザーで仕上げられます。この製法は、オーガニックチェアなどのミッドセンチュリー期の名作と同様の技法を採用しながらも、より自由な曲線を実現しています。金属製のベースは、視覚的な軽やかさを保ちながら構造的な安定性を提供し、チェア全体の浮遊感を演出しています。

視覚的な魅力

このチェアの最も魅惑的な特性は、視点によって全く異なる形態に見えるという点です。ある角度からは開放的で誘うような姿を見せ、別の角度からは内向的で抱擁的な印象を与えます。この多面性こそが、オレンジスライスチェアを単なる座具から芸術作品へと昇華させている要素であり、空間に配置されたチェアは、常に動的で生命力に満ちた存在感を放ちます。

エピソード

ピエール・ポーランは1958年、オランダの家具メーカーArtifortのエステティックアドバイザーであったコー・リャン・イーが企画した国際家具展で、現代的なシェルチェアを発表し大きな注目を集めました。その印象が契機となり、彼はArtifortのフリーランスデザイナーとして招聘され、以後半世紀にわたる実り豊かな協働関係が始まりました。

オレンジスライスチェアが誕生した1960年は、ポーランがマッシュルームチェアで世界的な名声を確立した年でもあります。彼はインタビューで「Artifortでの仕事は、私の能力の最初の完全な表現でした。椅子の製造はかなり原始的だと考えており、新しいプロセスを考え出そうとしていました」と語っています。イタリアから取り寄せたフォームとラバーを軽量な金属フレームの周囲に配し、その上に新開発のストレッチ素材を張るという革新的な手法は、家具製造に新たな地平を切り開きました。

1960年代初頭までに、ポーランの彫刻的なデザインは国際市場で非常に人気を博し、Artifortの生産設備では需要に追いつけないほどとなりました。彼の作品は、スペースエイジのカラフルで躍動的な美学と、純粋に機能的なモダニズムの狭間で生まれ、やがて訪れるポストモダン時代への橋渡しとなる重要な役割を果たしました。

評価

オレンジスライスチェアは、発表以来60年以上を経た現在でも、デザイン史における重要な作品として高く評価されています。世界中の主要な美術館やデザインミュージアムの常設コレクションに収蔵されており、ミッドセンチュリーデザインの象徴的存在として、インテリアデザイナーやコレクターから変わらぬ支持を受けています。

この作品が特に評価される点は、形態と機能の完璧なバランスにあります。多くの彫刻的な家具が視覚的な印象を優先する中、オレンジスライスチェアは座り心地の快適さを決して犠牲にしていません。身体を優しく包み込むような座面と背もたれの曲線は、長時間の使用においても疲労を感じさせず、リビングルームからホテルのロビー、オフィスの応接空間まで、幅広い環境で活躍します。

また、複数脚を配置した際の構成美は、建築家やインテリアデザイナーによって特に重視されています。異なる色彩のファブリックで仕上げられた複数のチェアが並ぶ光景は、視覚的なリズムと遊び心を空間にもたらし、1960年代のポップアートの精神を現代に伝える役割を果たしています。

受賞歴とポーランの栄誉

ピエール・ポーランは、その革新的なデザインによって世界中で数多くの賞を受賞しました。彼の作品における際立った彫刻的形態は、デザイン界に新たな基準を確立し、フランスデザインの評価を大きく高めました。

ポーランのキャリアにおいて特筆すべき栄誉は、フランス大統領からの委嘱です。1971年、モビリエ・ナショナル(フランス文化省の家具管理部門)の依頼により、ジョルジュ・ポンピドゥー大統領のエリゼ宮殿における私的居室の改装を手がけました。さらに1983年には、フランソワ・ミッテラン大統領の執務室の家具デザインを担当し、フランス共和国の最高権力の空間にポーランの美学が採用されるという栄誉を得ました。

2009年6月13日、ポーランは南フランスのモンペリエで82歳の生涯を閉じました。フランスのニコラ・サルコジ大統領は彼を「デザインを芸術にした男」として讃えました。同年11月、王立技芸振興協会より死後「ロイヤル・デザイナー・フォー・インダストリー」の称号が授与され、彼の偉大な業績が永遠に記憶されることとなりました。

日本との関係

ピエール・ポーランと日本の関係は、1970年の大阪万国博覧会に遡ります。彼はフランスパビリオンにトリコロールカラーのソファ「アンフィス」を出品し、万博の機会に初めて来日を果たしました。この訪日時に、友人とともに日本各地を旅し、著名な陶芸家・濱田庄司と出会い、交流を深めたというエピソードが残されています。

ポーランは北欧デザインとともに日本の美学からも深い影響を受けており、彼の作品における簡潔さと有機的な形態には、日本の伝統的な美意識との親和性が見て取れます。2014年には東京・銀座のシャネル・ネクサス・ホールで回顧展「ピエール・ポラン デザイン・フォーエバー」が開催され、オレンジスライスチェアをはじめとする彼の代表作が一堂に展示されました。

現代における位置づけ

Artifortは現在もオレンジスライスチェアを製造し続けており、オリジナルのデザインに忠実でありながら、現代の製造技術と素材の進化を取り入れています。2013年には子供向けの「オレンジスライスジュニア」も追加され、コレクターや家族連れに新たな選択肢を提供しています。

張地のオプションは大幅に拡充され、Kvadrat社のDivinaやTonusをはじめとする高品質なテキスタイルから、様々なレザー仕上げまで、現代のインテリアニーズに応える豊富なバリエーションが用意されています。また、ベースはクローム仕上げに加え、粉体塗装によるカラーオプションも選択可能となり、より多様な空間演出が可能になっています。

ミッドセンチュリーデザインの再評価が進む現代において、オレンジスライスチェアは単なる歴史的作品ではなく、現在進行形で空間に活力をもたらす生きたデザインとして機能し続けています。その普遍的な美しさと快適性は、時代を超えて人々を魅了し続ける真のデザインクラシックの証といえるでしょう。

基本情報

デザイナー ピエール・ポーラン(Pierre Paulin)
ブランド Artifort(アーティフォート)
デザイン年 1960年
モデル番号 F437
分類 ラウンジチェア
寸法(ロータイプ) 幅83cm×奥行80cm×高さ70cm(座面高41cm)
寸法(ハイタイプ) 幅83cm×奥行80cm×高さ80cm(座面高44cm)
構造 圧縮ブナ材シェル、高密度ウレタンフォーム、スチールチューブベース
仕上げ ベース:クローム仕上げまたは粉体塗装/張地:ファブリックまたはレザー
生産国 オランダ
生産状況 現行生産