パシャ ラウンジチェア:雲上の座を具現化した1970年代の革新
パシャ ラウンジチェアは、フランスの巨匠デザイナー、ピエール・ポーラン(Pierre Paulin, 1927-2009)が1975年にデザインした、モダンファニチャーデザイン史における画期的な作品である。当初Mobilier International社より発表されたこの椅子は、「雲の上に座る感覚」というポーランの詩的なビジョンを物質化した作品として、戦後デザインの禁欲性から脱却し、1970年代の享楽的で自由な精神を体現している。
その特徴的な有機的フォルムと、従来の椅子の概念から脚部を排した革新的な構造により、パシャは「ローレベル・リビング」という新しい生活様式を提唱した先駆的存在として、デザイン史に不朽の地位を確立している。
デザインの背景と思想
ポーランがパシャのデザインに着手した1970年代半ばは、社会文化的に大きな変革の時代であった。この椅子は、彼がArtifort社のために創作したBlublubコレクションの発展形として位置づけられ、現代的快適性の概念に関する長年の研究の集大成として誕生した。
初期のスケッチにおいてポーランが描いたのは、文字通り「雲」の形態であった。この詩的な発想は、単なる美的探求に留まらず、人体に究極の安楽をもたらす機能的解決策の追求でもあった。従来の椅子が持つ構造的制約から解放され、身体を包み込むような有機的形態を追求することで、座るという行為そのものを再定義しようとする野心的な試みが、このプロジェクトの核心にあった。
特徴とデザインコンセプト
ローレベル・リビングの先駆
パシャ ラウンジチェアの最も革新的な特徴は、従来の椅子脚を完全に排し、最小限のプリンス(台座)のみで支持される構造にある。床面から僅かに浮遊するようなこの設計は、「床に座る」あるいは「床に近接して座る」という新しい生活様式を提案するものであり、1970年代の非慣習的でリラックスした生活態度と完全に調和していた。
彫刻的有機性と人間工学の融合
パシャの曲線的で豊満なシルエットは、単なる造形的美しさを超えた機能性を内包している。内側に傾斜して走るステッチラインは、視覚的エレガンスを付与すると同時に、座面の構造的完全性を確保している。ポーランは完璧なプロポーションを見出すことで、この丸みを帯びた形態に真の優雅さを与えることに成功した。
曲げ合板による内部構造、高反発カットフォームによる張地、そしてラッカー塗装MDF製ベースという素材構成は、現代的製造技術を駆使しながら、卓越した職人技を必要とする。このような丸みを帯びた有機的形態をカットフォームで実現し、それを滑らかに張り上げるには、特殊な縫製技術が求められ、結果として高度に洗練された家具作品が生み出される。
快適性への不変の追求
ポーランのデザイン哲学において、快適性は常に不変の出発点であった。パシャの曲線的で気まぐれとも言える有機的形態は、すべて身体に奉仕するよう conceived されており、慰安と安楽の両方を提供する。その構造化された柔らかさは、まさにインスピレーション源となった雲の上に座るような寛ぎをもたらす。
歴史的文脈における位置づけ
パシャ ラウンジチェアは、1975年の発表当時、フランス市場においては大胆すぎると判断され、完全には理解されなかった。しかし、この有機的で寛大な形態は、ポップムーブメントと1970年代の精神に触発された先見的作品として、時代を超越した価値を内包していた。
ポーランの作品は、1960年代後半には既にニューヨーク近代美術館(MoMA)のコレクションに加わり、彼自身は1971年にクロード・ポンピドゥーとジョルジュ・ポンピドゥー大統領により、エリゼ宮殿の私邸部分の改装を委託された。1984年には、フランソワ・ミッテラン大統領も同様にポーランに大統領執務室のインテリアデザインを依頼している。このような政府最高機関からの信任は、彼のデザインが単なる家具を超えた文化的重要性を持つことを示している。
パシャ自体も、パリのポンピドゥー・センター国立近代美術館のパーマネントコレクションに収蔵されており、20世紀デザイン史における不朽の名作としての地位が公的に認められている。
GUBIによる復刻と現代的再評価
2018年、デンマークの名門デザインハウスであるGUBIは、ポーランの息子ベンジャミン・ポーラン(Benjamin Paulin)の全面的支援のもと、パシャ コレクションの復刻を実現した。ベンジャミンは、家族企業「Paulin, Paulin, Paulin」を通じて、父の遺産を保全し、生前に実現されなかったデザインを製品化するという使命を担っている。
GUBIの復刻版は、ポーランのオリジナルの哲学に忠実でありながら、現代の生活空間に完璧に適合するよう配慮されている。コレクションは、クラシックなアームチェア、アームレスト付きバージョン、2人掛けから5人掛けまでのモジュラーソファ、そしてオットマンへと拡張され、ポーランが当初構想した通りの無限の構成可能性を提供している。
発表から約50年を経た現在、パシャのロープロファイルでふくよかなスタイルは、再び時代の趨勢を形成している。ミニマリストやエクレクティックなインテリアにおいて、その時代を超越したモダニティが新たな評価を獲得し、デザイン愛好家から装飾雑誌に至るまで、世界中の聴衆を魅了している。
エピソードと影響
ポーランの未亡人マイア・ヴォディスワフスカ=ポーラン(Maïa Wodzislawska-Paulin)と息子ベンジャミン、そしてベンジャミンの妻アリス・ルモワーヌ(Alice Lemoine)は、ポーランの死後、彼が生涯にわたって追求した未実現デザインの製品化という願いを叶えるため、家族企業を設立した。これは単なる商業的事業ではなく、生前に謙虚さゆえに追求しなかった認知を、彼の作品に与えるという大きな目的へと進化している。
今日、カニエ・ウェスト、ニコラ・ジェスキエール、ヴァージル・アブローといった現代の文化的アイコンがポーランのコレクターに名を連ね、彼のデザインはニューヨーク近代美術館、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館、パリのポンピドゥー・センターをはじめとする世界中の現代美術・デザインコレクションに収蔵されている。
現代における評価
パシャ ラウンジチェアは、初めてデザインされた時と同様に、今日においても現代的である。正直で機能的な作品として、あらゆるインテリア空間に生命力と個性をもたらす。その特徴的なシルエットは、大胆な色彩と触感的表現を支える力を持ち、ベルベット、レザー、あるいはGUBIが独自に開発したKarakorum Stripeブークレなど、様々なアップホルスタリーによって、多様な表情を見せる。
フランスのサルコジ大統領は、ポーランを「デザインを芸術にした男」として称え、2009年にはRDI(Royal Designer for Industry)の称号が死後授与された。パシャは、ポーランの創造性、快適性への献身、そして前衛性を祝福する作品であり、創作から約半世紀を経て、ようやくそれに相応しい認知を獲得している。
基本情報
| 製品名 | パシャ ラウンジチェア(Pacha Lounge Chair) |
|---|---|
| デザイナー | ピエール・ポーラン(Pierre Paulin) |
| デザイン年 | 1975年 |
| オリジナル製造 | Mobilier International(フランス) |
| 現行製造 | GUBI(デンマーク、2018年より復刻) |
| 分類 | ラウンジチェア |
| 素材 | 内部構造:曲げ合板 / ベース:ラッカー塗装MDF / 張地:カットフォーム、各種ファブリックまたはレザー |
| 寸法(GUBI版) | 幅77cm × 奥行85cm × 高さ65cm / 座面高37cm / 座面奥行54cm |
| ベースオプション | 固定式 / スイベル式(自動復帰機構付き) / 仕上げ:マットブラックまたはパールゴールド |
| 美術館収蔵 | ポンピドゥー・センター国立近代美術館(パリ)、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、ヴィクトリア&アルバート博物館(ロンドン) |