概要
ベルナール=アルバン・グラ(1886-1943)は、フランスの技術者である。1921年、工場と設計事務所のための可動式の作業灯を発表した。ねじも溶接も用いず、差し込みと締めつけ、球関節だけで組む構成をとる。のちに「ランプ・グラ」と呼ばれ、ル・コルビュジエが住宅の照明としても用いた。
バイオグラフィー
1886年12月5日、地中海に面したフランス南東部の町サン=ラファエルに生まれる。父は製図を仕事とし、母は家庭にあった。長じて技術者となり、生涯に数多くの特許を出願しているが、のちに手がける照明ほどの広がりを見せたものはない。
1921年、パリで工場と設計事務所のための照明の一群を発表する。可動式の作業灯としてまとめられたこの製品群は、のちに「ランプ・グラ」と呼ばれるようになった。同年に特許を取得しており、発明家の登竜門として知られたコンクール・レピーヌでは金メダルを受けている。
生産と販売の担い手は途中で移った。1927年、ラヴェル社が特許を買い取って製造を引き継ぎ、以後はパリ近郊クラマールの工場で作られる。当時の個体には「RAVEL Clamart」の刻印を持つものが多く、ヴィンテージ市場では製造時期を判別する手がかりとして扱われている。
照明の設計者として名を残した一方で、その後の経歴を伝える資料は多くない。1943年2月26日、カナダのモントリオールで没した。
デザインの思想とアプローチ
グラは注文を受けて図面を引く職業デザイナーではなく、技術者だった。関心は工場や設計事務所で働く人の手元にあり、必要な場所へ必要な向きで光を届けることを設計の出発点に置いている。
当時の作業用照明は、天井から吊るブラケット式か単一のアームを持つ型が主流で、可動域が狭かった。位置を変えるには器具そのものを付け替えるほかなく、通電したまま扱えば危険も伴う。グラはこの不便を、関節の数と自由度を増やすことで解いた。
もう一つの特徴は、機能から導いた形をそのまま意匠として引き受けた点にある。鋳鉄のベース、腕と腕をつなぐ連結棒(ビエル)、笠の受け口。いずれも構造上必要な部材だが、断面や輪郭には固有の造形が与えられている。DCWエディションはこの点を、グラを20世紀初期のデザイナーの一人として扱う理由に挙げている。
作品の特徴
基本形にねじも溶接も用いないことが、ランプ・グラの構造上の要点である。部材どうしは差し込みと締めつけで組まれ、可動部は球関節でつながる。ベークライトの球を用いた関節を持つ型もあり、ベースと支柱の接続部を全方向に振ることができる。溶接部を持たない構成が、作業現場での扱いに耐える強度をもたらした。
アームは連結棒を介してもう一段の関節につながり、その先に向きを変えられる反射笠が付く。笠は開口を絞った円錐形と丸みのある形が用意され、光を拡散させずに手元へ集める。関節を締めて姿勢を保つ仕組みのため、片手で位置を決められる。
取り付け方の展開も広い。作業台や工作機械に留める万力式、壁面の受け座に差す壁付け式、三角錐の鋳鉄ベースに載せる卓上式、床置き式。同じ関節とアームの組み合わせを、固定部だけ替えて多くの用途に振り分ける考え方が取られている。型番は用途と取り付け方によって整理され、2xx番台と3xx番台を中心に数十種が並んだ。
主な代表作
三角錐の鋳鉄ベースに球関節で支柱を立てた卓上型。ベースの重さで本体を支えるため、机上のどこにでも置ける。当時は事務机や製図台のための「携帯型(portatif)」として案内されていた。ランプ・グラの型番のなかでも早くから広く使われ、現在DCWエディションが扱う卓上型の中心にもなっている。
ランプ・グラのモデル展開
同じ関節とアームを共有しながら、固定部と腕の長さを変えて用途ごとに型番が振られた。卓上型では、N°201が作業台に留める万力式、N°206がベースに木の台座を添えた事務机向け、N°207が伸縮する連結棒を備えた研究用にあたる。製図台のそばで使うN°211も、万力で留める型として作られた。
壁付け型はN°204、N°210、N°214、N°222、N°304などが知られ、受け座に支柱を差して腕を振り出す構成を取る。天井付けのN°302・N°312、床置きのN°215・N°411は、DCWエディションの現行カタログに並ぶ型番である。
功績・業績
ランプ・グラは、工作機械や製図台、実験台の手元を照らす業務用の道具として世に出た。それが住宅の照明として使われるようになった経緯には、建築家の関与が大きい。
ル・コルビュジエは早い時期からこの照明を採り、自身の設計事務所で用いたうえ、手がけた建築の各所に取り入れた。装飾を持たず、用途に対して過不足のない道具をよしとする彼の考え方に、ランプ・グラの構成は合致していた。続いてロベール・マレ=ステヴァンス、ジャック=エミール・リュールマン、ミシェル・ルー=スピッツ、アイリーン・グレイといった建築家・室内装飾家が採用し、ソニア・ドローネー、ジョルジュ・ブラック、アンリ・マティスら画家のアトリエにも置かれた。
工場と住宅の双方で同じ照明が使われる状態は、当時としては例が少ない。用途から形を決めるという産業側の論理が、そのまま住空間の造形として受け入れられたことになる。
後世への影響
ラヴェル社による生産は1970年に終わった。1950年代以降、ジェルデをはじめとする新しい作業灯が現れたこと、工作機械が照明を内蔵するようになったこと、労働安全への要求が上がったことが重なった結果である。
2008年、パリで創業したDCWエディションがラヴェル社から権利を取得し、復刻を始めた。同社にとってランプ・グラは最初の製品であり、以後も卓上・壁付け・天井・床置きにわたる型番に、屋外用やXLサイズを加えて扱いを広げている。反射笠を吊り下げ式に組み替えた「レ・ザクロバット・ド・グラ」(N°322以降)は、この設計を出発点にDCWエディションが展開した派生シリーズである。
手元を照らす可動照明という主題では、英国で1930年にロバート・ダドリー・ベストのベストライトが、1935年にジョージ・カーワーダインのアングルポイズ タイプ1227が現れる。ばねの釣り合いで任意の位置に静止させるアングルポイズ、球関節ひとつで向きを決めるベストライトに対し、グラの案は関節を連ねて到達範囲を広げる方向を取った。同じ課題に別の機構で答えた設計が、1920年代から30年代にかけて相次いだことになる。
当時の個体は現在、フランス、アメリカ、日本などの収集家のあいだで取引されている。刻印の有無や連結棒の寸法が、製造時期と真贋を見分ける手がかりとして用いられている。
収蔵
4館のAPI(MoMA、V&A、Met、AIC)で照合したが、該当する収蔵は確認できなかった。フランス国内の館については照合手段がない。
作品一覧
型番ごとの初出年は記録が残らないため、レンジの発表年である1921年で示す。ブランド欄は、当時のGRAS/RAVELのカタログに確認できる型番と、DCWエディションの現行カタログに並ぶ型番を区別して記載した。
| 年月 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1921年 | 照明(卓上・万力式) | Lampe Gras N°201 | GRAS / RAVEL / DCW éditions |
| 1921年 | 照明(卓上・固定式) | Lampe Gras N°202 | GRAS / RAVEL |
| 1921年 | 照明(壁付) | Lampe Gras N°203 | DCW éditions |
| 1921年 | 照明(壁付) | Lampe Gras N°204 | GRAS / RAVEL / DCW éditions |
| 1921年 | 照明(卓上) | ランプ・グラ N°205 | GRAS / RAVEL / DCW éditions |
| 1921年 | 照明(卓上・木製台座) | Lampe Gras N°206 | GRAS / RAVEL / DCW éditions |
| 1921年 | 照明(卓上・研究用) | Lampe Gras N°207 | GRAS / RAVEL / DCW éditions |
| 1921年 | 照明(壁付) | Lampe Gras N°210 | GRAS / RAVEL / DCW éditions |
| 1921年 | 照明(卓上・万力式) | Lampe Gras N°211 | GRAS / RAVEL / DCW éditions |
| 1921年 | 照明(壁付) | Lampe Gras N°213 | DCW éditions |
| 1921年 | 照明(壁付) | Lampe Gras N°214 | GRAS / RAVEL / DCW éditions |
| 1921年 | 照明(フロア) | Lampe Gras N°215 | DCW éditions |
| 1921年 | 照明(壁付) | Lampe Gras N°216 | DCW éditions |
| 1921年 | 照明(壁付) | Lampe Gras N°217 | DCW éditions |
| 1921年 | 照明(壁付) | Lampe Gras N°222 | GRAS / RAVEL / DCW éditions |
| 1921年 | 照明(卓上・読書用) | Lampe Gras N°226 | DCW éditions |
| 1921年 | 照明(天井) | Lampe Gras N°302 | DCW éditions |
| 1921年 | 照明(壁付) | Lampe Gras N°304 | GRAS / RAVEL / DCW éditions |
| 1921年 | 照明(壁付) | Lampe Gras N°310 | GRAS / RAVEL |
| 1921年 | 照明(壁付) | Lampe Gras N°311 | GRAS / RAVEL / DCW éditions |
| 1921年 | 照明(天井) | Lampe Gras N°312 | DCW éditions |
| 1921年 | 照明(卓上・二重アーム) | Lampe Gras N°317 | DCW éditions |
| 1921年 | 照明(フロア) | Lampe Gras N°411 | DCW éditions |
プロフィール
| 生没年 | 1886年12月5日〜1943年2月26日 |
|---|---|
| 出身地 | フランス・サン=ラファエル |
| 国籍 | フランス |
| 活動拠点 | パリ |
| 分野 | 照明 |
| 主な協働ブランド | DCW éditions、GRAS / RAVEL |
Reference
- DCW éditions - Bernard Albin-Gras
- https://dcw-editions.com/en/blogs/designers/bernard-albin-gras
- DCW éditions - La Lampe Gras
- https://dcw-editions.com/en/collections/lampe-gras
- Wikipédia - Lampe Gras
- https://fr.wikipedia.org/wiki/Lampe_Gras
- DCW éditions - Les Acrobates de Gras
- https://dcw-editions.com/en/collections/les-acrobates-de-gras
- IDEAT - Icône : la lampe Gras de Bernard-Albin Gras (1921)
- https://ideat.fr/icone-la-lampe-gras-de-bernard-albin-gras-1921/
- Les Rhabilleurs - Lampe Gras : un luminaire & une aventure industrielle de plus de 50 ans
- https://www.lesrhabilleurs.com/2020/03/lampe-gras-design-industriel/
- Autrefois la lumière - Lampe Gras Ravel Clamart
- https://autrefois-la-lumiere.blogspot.com/2010/12/lampe-gras-ravel-clamart.html
- Archiproducts - Bernard-Albin Gras
- https://www.archiproducts.com/en/designers/bernard-albin-gras
- Wikidata - Bernard-Albin Gras (Q133714266)
- https://www.wikidata.org/wiki/Q133714266