概要
ル・コルビュジエ(1887-1965)は、スイスに生まれフランスで活動した建築家・都市計画家・画家である。鉄筋コンクリートの骨組みによって壁から荷重を切り離す構法を前提に、平面と立面の設計自由度を体系化した「近代建築の五原則」を提示した。家具では、いとこのピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリアンとの三者で1929年のサロン・ドートンヌに住居の内部設備一式を発表し、これがのちにLCシリーズとしてカッシーナから生産される。建築作品は2016年に7か国17件がユネスコ世界遺産に登録された。
バイオグラフィー
1887年10月6日、スイス北西部の時計産業の町ラ・ショー=ド=フォンに生まれた。本名シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ=グリ。父は時計の文字盤職人で、1902年に地元の装飾美術学校に入り、当初は時計の文字盤彫刻を学んでいる。
1907年から1911年にかけてヨーロッパ各地を巡り、ウィーン、パリ、ベルリンで実務に就いた。パリではオーギュスト・ペレの事務所で鉄筋コンクリートの構法に、ベルリンではペーター・ベーレンスの事務所で工業生産と設計の関係に触れている。1911年には東方への旅と呼ばれる旅程でバルカン半島からトルコ、ギリシャを回った。
1917年にパリへ移り、画家アメデ・オザンファンとピュリスムの運動を進める。1920年に雑誌『レスプリ・ヌーヴォー』を創刊し、このときから筆名としてル・コルビュジエを用いるようになった。1922年、いとこのピエール・ジャンヌレと共同で設計事務所を開く。1927年から1937年まではシャルロット・ペリアンが事務所に加わり、住宅の内部設備の設計を担った。
1930年にフランス国籍を取得。第二次世界大戦後はマルセイユのユニテ・ダビタシオンやインドのチャンディガール都市計画といった大規模な仕事を手がけ、晩年には打ち放しコンクリートによる自由な造形の建築へ向かった。1965年8月27日、南仏カップ・マルタンの海で遊泳中に死去した。
デザインの思想と方法
ル・コルビュジエの仕事を貫くのは、構造から仕上げを切り離すという操作である。壁が荷重を負担しなくなれば、平面の仕切りも外壁の開口も自由に決められる。この操作をどこまで押し進められるかを、建築、家具、都市計画のそれぞれの規模で試したのが彼の生涯の仕事にあたる。
骨組みと囲いを分ける
1914年から翌年にかけて構想した「ドミノ・システム」は、鉄筋コンクリートの柱とスラブ、階段だけで構成した骨組みの図式である。壁は荷重から解放され、間仕切りとしてのみ働く。1920年代後半にまとめた「近代建築の五原則」——ピロティ、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面——は、いずれもこの骨組みと囲いの分離から導かれる帰結を整理したものである。
寸法を体系で決める
1940年代に考案した「モデュロール」は、人体の寸法と黄金比を組み合わせた寸法の体系である。身長183センチの人物を基準に、床から手を上げた高さまでを二系列の数列で分割し、部屋の寸法から家具の高さまでを同じ体系から取り出せるようにした。1950年に『モデュロール』として刊行し、ユニテ・ダビタシオンの住戸をはじめとする戦後の仕事に適用している。
家具を住宅の設備として扱う
ル・コルビュジエは家具を「住居の設備(エキプマン)」と呼び、装飾品ではなく建築の部品として扱った。1925年のパリ装飾美術博覧会に出品したエスプリ・ヌーヴォー館では、既製の収納箱を積み上げる「カジエ・スタンダール」で間仕切りと収納を兼ねさせている。1929年のサロン・ドートンヌで発表した「住居の内部設備」では、この考え方を金属とガラスで作り直し、椅子・テーブル・収納を一括して提示した。
この一連の家具は、ピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリアンとの三者の共同名義である。ペリアンが実務を担い、身体の姿勢の観察から寸法を決めていった。ニューヨーク近代美術館の収蔵記録も、LC1(収蔵番号281.1934)、LC2(337.1960.a-f)、LC4(223.1950)を三者の共同作として登録している。
打ち放しコンクリートへの転換
戦後の仕事では、白く塗られた面から、型枠の木目が残る打ち放しコンクリートへ表現が移る。ユニテ・ダビタシオンで用いられた粗い打ち放しの仕上げは、施工の痕跡をそのまま見せるもので、以後のブルータリズムと呼ばれる潮流の出発点とされている。ロンシャンの礼拝堂では、五原則の枠組みから離れ、厚い壁に不規則な開口を穿つ構成をとった。
カッシーナの歴史や他の製品について詳しくはカッシーナ ブランドページをご覧ください。
代表作にみる方法
エスプリ・ヌーヴォー館とカジエ・スタンダール(1925年)
パリ装飾美術博覧会に出品した住戸の実物大展示である。工芸的な装飾を並べた同博覧会のなかで、既製品の収納箱を積み上げて間仕切りとする構成を示した。家具を一点ずつ選ぶのではなく、規格化した箱の組み合わせで住居の内部を成り立たせるという考え方は、以後の彼の家具の前提になる。→LC20 カジエ・スタンダール
サロン・ドートンヌ「住居の内部設備」(1929年)
約90平方メートルの吹き抜けの空間に、住居一戸分の設備を実物で並べた展示である。金属とガラスに置き換えたカジエで居間・寝室・水回りを区切り、その中にスチールパイプの椅子とテーブルを配した。個々の家具ではなく住居全体の装備として提示した点に特徴がある。ここで発表された椅子・テーブルが、1965年からカッシーナが生産するLCシリーズの原型となった。→LC1 バスキュラントチェア / LC2 ソファ / LC4 シェーズロング / LC6テーブル
サヴォア邸(1931年)
パリ郊外ポワシーに建つ住宅で、五原則を一つの建物にまとめた例として参照される。ピロティで持ち上げた箱の内部を斜路が貫き、屋上庭園まで連続する。水平連続窓は構造から自由になった外壁があってはじめて成立するもので、骨組みと囲いの分離という主題が最も明快に現れている。
ユニテ・ダビタシオン(1952年)
マルセイユに建つ集合住宅で、住戸のほかに商店街や保育施設、屋上の共用空間を内包する。住戸は断面を組み合わせた形式をとり、寸法はモデュロールから決められている。都市の機能を一棟に集約するという構想と、寸法体系を全体に通すという方法が同時に試された仕事にあたる。
評価と影響
ル・コルビュジエは一般に、20世紀の建築と都市計画の方向を決めた人物の一人と評価されている。1928年のモダニズム建築の国際的な普及を担った近代建築国際会議(CIAM)の設立に加わり、機能別に都市を区分する考え方をまとめたアテネ憲章の起草にも関わった。
日本では、前川國男と坂倉準三が彼のアトリエで実務に就き、帰国後の設計活動を通じてその方法を伝えた。東京の国立西洋美術館は、両名と吉阪隆正が実施設計にあたっている。
一方で、機能別に区分する都市計画の考え方は、1960年代以降に批判の対象となった。ジェイン・ジェイコブズらは、用途を分離した計画が街路の活気を失わせると論じている。建築の評価と都市計画への批判は、現在も並行して論じられている。
受賞・収蔵
顕彰
- 2016年 「ル・コルビュジエの建築作品——近代建築運動への顕著な貢献」として、7か国17件がユネスコ世界文化遺産に登録(国立西洋美術館を含む)
収蔵
以下の収蔵が確認できる(MoMA=ニューヨーク近代美術館、V&A=ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、Met=メトロポリタン美術館、AIC=シカゴ美術館)。MoMA の登録はいずれもピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリアンとの共同名義による。
- MoMA シェーズロング(LC4、1928年) 収蔵番号 223.1950
- MoMA 背もたれが傾動する椅子(LC1、1928年) 収蔵番号 281.1934
- MoMA グラン・コンフォール(LC2、1928年設計/1959年製作の個体) 収蔵番号 337.1960.a-f
- MoMA ユニテ・ダビタシオンの厨房(1952年頃) 収蔵番号 1112.2011
- MoMA ブラジル館の家具5点(1959年) 収蔵番号 145.2016〜149.2016
- V&A V脚のオフィサーチェア(チャンディガール、1950-55年) 収蔵番号 W.29-2010
- Met LC1 バスキュラントチェア(1929年) 収蔵番号 2003.293
- Met シェーズロング(1932年頃) 収蔵番号 2000.327a-c
- AIC シェーズロング(1928年設計) 収蔵番号 1963.1128
- AIC ボックススツール(チャンディガール、1959年) 収蔵番号 2017.528.1-2
作品一覧
建築・都市計画(抜粋)
| 年 | 区分 | 作品名 | 場所 |
|---|---|---|---|
| 1923年 | 住宅 | ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸 | パリ、フランス |
| 1923年 | 住宅 | 小さな家(レマン湖畔の家) | コルソー、スイス |
| 1925年 | 展示 | エスプリ・ヌーヴォー館 | パリ、フランス |
| 1927年 | 住宅 | ヴァイセンホフ・ジードルンクの住宅 | シュトゥットガルト、ドイツ |
| 1927年 | 住宅 | ギエット邸 | アントワープ、ベルギー |
| 1931年 | 住宅 | サヴォア邸 | ポワシー、フランス |
| 1932年 | 集合住宅 | イムーブル・クラルテ | ジュネーヴ、スイス |
| 1952年 | 集合住宅 | ユニテ・ダビタシオン | マルセイユ、フランス |
| 1952年 | 住宅 | カップ・マルタンの休暇小屋 | ロクブリュヌ=カップ=マルタン、フランス |
| 1955年 | 宗教建築 | ロンシャンの礼拝堂 | ロンシャン、フランス |
| 1949-1955年 | 住宅 | クルチェット邸 | ラ・プラタ、アルゼンチン |
| 1953-1965年 | 都市計画 | チャンディガール都市計画 | チャンディガール、インド |
| 1960年 | 宗教建築 | ラ・トゥーレット修道院 | エヴー、フランス |
| 1959年 | 美術館 | 国立西洋美術館 | 東京、日本 |
家具・照明
下記はいずれもピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリアンとの共同名義による。
| 発表年 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1925年 | 収納 | LC20 カジエ・スタンダール | Cassina |
| 1925年 | テーブル | LC12 ラ・ロッシュ | Cassina |
| 1928年 | 椅子 | LC1 バスキュラントチェア | Cassina |
| 1928年 | ソファ | LC2 ソファ | Cassina |
| 1928年 | 椅子 | LC3 グランコンフォール | Cassina |
| 1928年 | シェーズロング | LC4 シェーズロング | Cassina |
| 1928年 | テーブル | LC6テーブル | Cassina |
| 1927年 | 椅子 | 7 フォートゥイユ・トゥルナン | Cassina |
| 1928年 | スツール | LC8 回転スツール / LC9 バススツール | Cassina |
| 1934年 | ソファ | LC5 ソファベッド | Cassina |
| 1952年 | 照明 | ランプ・ド・マルセイユ | Nemo Lighting |
| 1952-1959年 | スツール | LC14 タブレ | Cassina |
プロフィール
| 生没年 | 1887年10月6日〜1965年8月27日 |
|---|---|
| 出身地 | スイス・ラ・ショー=ド=フォン |
| 国籍 | スイス(1930年にフランス国籍を取得) |
| 活動拠点 | パリ |
| 分野 | 建築、都市計画、家具、絵画 |
| 主な協働ブランド | Cassina、Nemo Lighting |
Reference
- Chaise longue, 1928 | Fondation Le Corbusier
- https://www.fondationlecorbusier.fr/oeuvre-mobilier/chaise-longue-le-corbusier-pierre-jeanneret-charlotte-perriand-1928/
- The Architectural Work of Le Corbusier | UNESCO World Heritage Centre
- https://whc.unesco.org/en/list/1321/
- Le Corbusier, Pierre Jeanneret, Charlotte Perriand Collection | Cassina
- https://www.cassina.com/ww/en/maestri/le-corbusier.html
- Charlotte Perriand | Cassina
- https://www.cassina.com/fr/fr/news/library/charlotte-perriand.html
- The Museum of Modern Art Collection
- https://www.moma.org/collection/works/2325