概要
1006 ネイビーチェアは、Emecoが1944年に米国海軍向けに開発したアルミニウムの椅子である。艦船と潜水艦の艦内で使うという条件のもとで設計され、以後、寸法と製法をほとんど変えないまま生産が続いている。プレス成形した座板、板材から起こした脚、背の三本の縦桟を溶接で接合し、溶接の痕を削り落として一続きの面に仕上げる。重量は約3kg、現在の製品は80%が再生アルミニウムで、メーカーは150年の耐用年数を想定している。
特徴・コンセプト
締結部品を持たない接合
金属の椅子は、部材をボルトやリベットで留めて組み立てることが多い。1006はその方法を採らない。座板、脚、背の枠と縦桟は、すべて溶接で一体につながれる。締結部品がなければ緩む箇所も生まれず、艦上の振動や乗員の扱いに対して弱点をつくらずに済む。
溶接したままでは接合部が盛り上がり、部材の境目が残る。そこで溶接ビードは母材と面が揃うまで研磨される。押し当てる力が足りなければ表面に凹凸が残り、削りすぎれば溶接部そのものを傷める。この加減は数値で管理できないため、現在も人の手と目に委ねられている。
ただし、背の縦桟の上端に置かれた三つの溶接ビードだけは削らずに残される。溶接を担当した職人が個体ごとに残す印であり、外から見える手仕事の痕跡として意図的に保存されている。
軟らかい材で成形し、あとから硬くする
加工の起点になるのは、アルミニウムのなかでも最も軟らかい0テンパーの板材と管材である。硬い材料を曲げれば内側に皺、外側に割れが出るが、軟らかい材料であれば滑らかな曲率と丸みのある稜線が得られる。前脚が外側へわずかに膨らみ、下へ向かって細くなる形は、この状態でなければ成立しない。座板も一枚の平板からプレスで曲面に起こされる。
形が決まったあと、椅子は熱処理にかけられる。約1000°F(およそ540℃)の塩浴に沈めて0テンパーからT4へ、冷浴で急冷したのち、専用の炉で一晩加熱してT6まで硬さを上げる。軟らかいうちに形を作り、組み上がってから硬くする。この順序が、複雑な曲面と使用時の強度を両立させている。
アルミニウムが選ばれた理由
海軍が挙げた条件は、海水と潮風で腐食しないこと、火に強いこと、軽いことだった。これに加えて、艦内の計器に干渉しない非磁性であることも求められている。アルミニウムはこれらをまとめて満たす数少ない金属だった。戦時下で鋼材が逼迫する一方、回収されたアルミニウムのスクラップは調達できたという事情も、選択を後押ししている。
表面は塗装ではなくアルマイトで仕上げられる。塗膜は素材の上に載るだけだが、アルマイトは表面のアルミニウムそのものを酸化皮膜に変えるため、剥がれるという壊れ方をしない。塩分を含んだ空気のなかで使い続けられるのは、この処理によるところが大きい。
エピソード
第二次世界大戦のさなか、米国海軍は艦船と潜水艦で使う椅子を必要としていた。腐食せず、燃えず、乗員の扱いに耐えること。Emecoは、契約の話のなかで「魚雷に耐える」という言葉が挙がったと伝えている。
Emecoの創業者Wilton Carlyle Dingesは、アルミニウムの製造企業Alcoaの技術者と組んでこの要求に取り組んだ。軟らかいアルミニウムを家具として使える強度まで引き上げる手順を組み立てた結果、切断から仕上げまでの工程は77に達した。この数は現在も変わっていない。
艦上では、椅子が自由に動くこと自体が危険につながる。初期の海軍向けの個体は座面の下にアイボルトを備え、ケーブルで甲板に留められるようになっていた。荒天や被弾の衝撃で椅子が飛ぶことを防ぐための仕掛けである。
戦後、1006の供給先は官公庁や公共の施設へ広がった。1980年代から1990年代にかけて飲食店で使われるようになり、2000年代以降は住宅や商業空間の椅子として扱われている。用途は移り変わったが、寸法も工程も当初のまま続いている。
評価と影響
装飾を目的とした要素を持たず、使用条件から形が決まった椅子として、一般的に評価されている。屋内外のどちらでも使え、強度と安定性についてはANSI/BIFMA X5.1に基づく試験を経ている。メーカーによれば、シンガポールのDempsey Cookhouseやアムステルダムのレストランなど、飲食空間での採用例がある。
1006を出発点とする製品も生まれている。Philippe Starckが手がけた「Heritage」は、この椅子の形を保ったまま積み重ねを可能にした仕様である。2010年には、使用済みのPET樹脂で1006の形を再現した「111 Navy Chair」が発表された。1脚につき111本以上の飲料ボトルを再生して用いる。
Emecoの歴史や他の製品について詳しくはEmecoブランドページをご覧ください。
基本情報
| 名称 | 1006 ネイビーチェア / 1006 Navy Chair |
|---|---|
| 設計 | Wilton Carlyle Dinges(Emeco)およびAlcoaの技術者 |
| ブランド | Emeco(エメコ) |
| 発表年 | 1944年(以後、生産継続) |
| デザインの成立国 | アメリカ合衆国 |
| 分類 | チェア(サイドチェア) |
| 構造 | アルミニウム部材の溶接接合(締結部品なし)、熱処理によりT6 |
| 主要素材 | 再生アルミニウム(現行品は80%) |
| 仕上げ | ハンドブラッシュまたはハンドポリッシュ、アルマイト処理 |
| サイズ | 幅39.5cm × 奥行49.5cm × 高さ86.5cm、座面高45.5cm |
| 重量 | 約3kg |
| 準拠規格 | ANSI/BIFMA X5.1(強度・安定性) |
| 生産地 | アメリカ合衆国ペンシルベニア州ハノーバー |
Reference
- 1006 Navy Chair | Emeco
- https://www.emeco.net/products/1006-navy-chair-hand-brushed
- Emeco for US Navy | Emeco
- https://www.emeco.net/about/design/how-it-started-emeco-alcoa-for-us-navy
- Trust the process | Emeco
- https://www.emeco.net/77-steps