概要
フレミング・ラッセン(1902-1984)は、デンマークの建築家・家具デザイナーである。煉瓦積み職人の徒弟修業を経て工業学校で学んだ。建築では外観を厳格に、内部を温かくするという分け方をとり、家具では座る人を包む肘掛椅子を繰り返し設計した。アルネ・ヤコブセンらとの共同設計が多い。
バイオグラフィー
1902年2月23日、コペンハーゲン生まれ。父ハンス・ヴィルヘルム・ラッセン(1866〜1929)は装飾画家で、のちにコーヒー焙煎業を営んだ。母は画家のインゲボー・ヴィンディング(1871〜1908)。1歳違いの兄モーエンス・ラッセン(1901〜1987)も建築家となった。兄弟は少年期から蓄えを建築書に費やし、実在する家を採寸して図面に起こすことを遊びとしていた。
王立芸術アカデミーには進まず、煉瓦積み職人の徒弟修業を経てコペンハーゲンの工業学校で学ぶという、職人からの経路をたどった。卒業後はテルケル・ヒエレ、ニルス・ローセンケア、テューエ・ヴァスらの設計事務所、さらにコペンハーゲン市建築課に勤務し、国立博物館によるヴィツケル修道院の実測調査にも加わっている。市建築課では、デンマーク機能主義の先駆的な仕事とされる食肉市場地区(Kødbyen)の設計を担当した。同じ時期、少年時代からの友人だったアルネ・ヤコブセンも同じ職場にいた。
1929年、ヤコブセンと組んで「未来の家(Fremtidens Hus)」のコンペに勝利する。コペンハーゲンのフォーラムで開かれた建築住宅展に実物大で建てられたこの住宅で、二人は国際モダニズムをデンマークに紹介した。1930年のストックホルム博による北欧での本格的な受容より1年早い。1930年代を通じてヤコブセンと共同で設計にあたり、1939年に自身の事務所を構えた。
1951年から1963年まで王立芸術アカデミー建築学校で教鞭を執る。1970年代には、日本での長期滞在から戻った息子ペア・ラッセンと組み、北欧各地の図書館を手がけた。1984年2月18日、ヘレロプで死去。セルロズ墓地に埋葬された。
デザインの思想とアプローチ
ラッセンの仕事を貫くのは、明快な形と単純さである。装飾を足すのではなく、輪郭を整えることで性格を与える。建築でも家具でも、この姿勢は変わらない。
外は厳格に、内は温かく
建築におけるラッセンの特徴は、外観と内部の性格を意図的に分けた点にある。街路に面した面は窓を絞り、量塊としての強さを見せる。一方で内部には、丁寧に比例を取った室と穏やかな採光が用意される。1969年のランナース文化会館では、3層の正方形平面が中央の光庭に向かって開き、街路側は窓のない壁面が支配する。1970年代の図書館群も、粗い外皮と落ち着いた室内という同じ組み立てで設計されている。
抱き込む形の椅子
家具では、厚く張り込んだ肘掛椅子を繰り返し設計した。座る人を包む肘掛け、丸みを持つ背、床に近い重心。これらは建築での厳格さとは対照的で、身体に触れる部分だけは柔らかくするという判断が働いている。ザ・タイアード・マンについて、ラッセン自身が氷原で母親に抱かれた仔熊のような暖かさを目指したと述べたと、製造元のAudo Copenhagenは伝えている。
協働を前提とした設計
ラッセンは同僚との共同作業を好んだ。ヤコブセンとは「未来の家」とセルロズ市庁舎、エリック・モラーとはニュボー図書館、晩年は息子ペアと図書館群を設計している。家具についても、製作はハンス・J・ウェグナーやヤコブ・ケアといった家具職人に委ね、彼らの技術を前提に形を決めた。
作品の特徴
建築と家具を切り離さず、ひとつの計画のなかで扱った点にラッセンの仕事の性格がよく表れている。ニュボー図書館とセルロズ市庁舎では、建物とあわせて内部の家具・照明・造作までが設計された。
- 建築と内装の一体設計
- ニュボー図書館では書棚からブックエンドに至るまでが専用に設計され、照明や時計はヤコブセンとの協働で作られた。セルロズ市庁舎でも色彩、素材、造作家具が全体として組み立てられている
- 家具職人組合展を舞台とした家具
- 1930年代後半から1940年代初頭にかけ、コペンハーゲン家具職人組合の年次展に継続して出品。少数生産の受注家具として、職人の技術を前提に設計された
- 張り込みの深い椅子とソファ
- ザ・タイアード・マン、ミングル ソファ、インゲボーなど、身体を囲い込む肘掛けと丸い外形を持つ座り物が中心。当時の機能主義家具のなかでは異質なほど量感がある
- 地域性を持つモダニズム
- 1940年代の作品では、国際様式にデンマークの伝統的な素材と構法を組み合わせた。この解釈は同時代の多くのデンマーク建築家の指標となった
- 家具以外の工芸品
- 照明器具や銀器も手がけており、いずれも簡潔な形と明確な輪郭という同じ方針で設計されている
主な代表作とその特徴
家具デザイン
ザ・タイアード・マン(1935年)
コペンハーゲン家具職人組合のコンペのために設計された肘掛椅子。デンマーク語の原題は「Den trætte mand(疲れた男)」。丸く張り出した肘掛けと大きな背が座る人を囲い込む。前脚には真鍮のキャスターが付き、室内での移動を容易にしている。オリジナルはシープスキン張りだった。2015年にby Lassenが復刻し、現在はAudo Copenhagenが生産している。
ミングル ソファ(1935年)
同じ1935年の家具職人組合展に出品された小型のソファ。会話のための家具として構想され、肘掛けが座る人を内側に向けて囲う形をとる。ラッセンはフランスとイタリアへの旅からこの造形の着想を得たとされる。専門誌『Arkitekten』誌上で、小ぶりでありながら端正なソファとして評価された。
マイ・オウン・チェア(1938年)
座面部と背部を二つの塊として構成した肘掛椅子。当時の水準では量産に適さない形とみなされ、1脚だけが製作された。ラッセンはこの椅子を自宅で使い続け、1984年に亡くなるまで手元に置いていた。「私自身の椅子」という名はこの経緯による。発表から80年にあたる2018年にby Lassenが復刻している。
インゲボー(1940年)
家具職人組合の年次展のために設計され、マイスターのヤコブ・ケアが製作した小ぶりな肘掛椅子。名は母である画家インゲボー・ヴィンディングにちなむ。上向きに反る彫刻的な肘掛けとボタン留めの背が特徴で、寸法を抑えながら量感を保っている。2020年にAudo Copenhagenがソファ、オットマンとあわせてシリーズとして再生産を開始した。
ヤコブセンとの共同設計で、セルロズ市庁舎の婚姻の間に付随する待合用ソファとして作られた。垂直に立ち上がる高い背と側面が、用途にふさわしい厳粛さを形で示す。当初は市庁舎のために少数が製作されたのみだったが、&traditionによって復刻され、現行品として流通している。
建築作品
未来の家(1929年)
ヤコブセンとの共同案で、デンマーク建築家協会のコンペに1等入選。コペンハーゲンのフォーラムで開催された建築住宅展に、実物大の模型として建設された。ガラスとコンクリートによる螺旋形の平屋根住宅で、車庫、ボート庫、ヘリコプター発着場を備える。自動車のように上下する窓、郵便物用の搬送管、調理済み食品を備えた台所といった提案も含まれていた。当時27歳の二人はこの案で国際的に知られるようになった。
ニュボー図書館(1938〜40年)
エリック・モラーとの共同でコンペに1等入選し、1939年に開館。抑制された量塊と地域の煉瓦造の伝統を組み合わせた構成で、国際様式に地方の性格を与えた例として知られる。内装は当時新進の家具設計者だったハンス・J・ウェグナーが担当し、書棚やブックエンドまでが専用に設計された。照明と時計はヤコブセンとの協働による。1940年、ラッセンとモラーはこの建物でエッカースベア・メダルを受けた。1986年に文化財指定を受けている。
セルロズ市庁舎(1940〜42年)
1939年、ヤコブセンとともにセルロズ(現ルーダスダル)自治体のコンペに1等入選。計画には市庁舎、図書館、劇場が含まれていたが、ドイツによる占領のため規模の縮小を余儀なくされ、市庁舎のみが実現した。グンナール・アスプルンドによるイェーテボリ市庁舎増築に触発された古典的な性格のモダニズムで、建物から内装、家具までが一貫して設計されている。1992年に文化財指定。
ランナース文化会館(1969年)
美術館、中央図書館、集会室を収めた鉄筋コンクリート造3層の建物。正方形の平面が中央の光庭に向かって開き、街路に面する外壁は窓をほとんど持たない。1960年代以降のラッセンが単独で手がけた計画のなかでも規模が大きい。
1970年代の図書館群
息子ペア・ラッセンとの共同で、スウェーデンのルンド市立図書館、ヘアニング中央図書館、ヴィズオウアの図書館・市民会館、ホブロ市立図書館を設計した。いずれも立方体を組み合わせた強い外形と、粗さを残した外装を持つ一方、内部には穏やかな室が用意されている。
功績・業績
- 1929年 「未来の家」コンペ1等(アルネ・ヤコブセンと共同)
- 1938年 ニュボー図書館コンペ1等(エリック・モラーと共同)
- 1939年 セルロズ市庁舎コンペ1等(アルネ・ヤコブセンと共同)
- 1939年 自身の設計事務所を設立
- 1940年 エッカースベア・メダル受賞(ニュボー図書館、エリック・モラーと共同)
- 1942年 クヌーズ・V・エンゲルハート記念奨学金
- 1951〜1963年 王立芸術アカデミー建築学校 講師
- 1986年 ニュボー図書館が文化財指定
- 1992年 セルロズ市庁舎が文化財指定
評価・後世に与えた影響
ラッセンの建築的な位置づけは、時期によって明確に分かれる。1929年の「未来の家」では国際モダニズムの紹介者として働き、1940年代にはその語法に地域的な性格を与えた。デンマークの国民百科事典は、この1940年代の解釈が当時の多くのデンマーク建築家にとっての指標となったと記している。1970年代には力強い立方体的な形へと向かい、外皮の粗さと内部の穏やかさを対比させる手法に落ち着いた。
家具の評価は近年になって急速に高まった。ザ・タイアード・マンは2013年に近代デンマーク家具のオークション記録を更新し、落札額は52万5000クローネに達した。翌年には同じ椅子の別個体が142万クローネで落札されている。少数しか作られなかった受注生産品であることが、この価格形成の背景にある。
2008年、ラッセン兄弟の子孫がby Lassenを設立し、モーエンスとフレミングの設計の再生産を始めた。同社は2021年にMENUと統合してAudo Copenhagenとなり、ザ・タイアード・マン、ミングル ソファ、マイ・オウン・チェア、インゲボーが継続して生産されている。ヤコブセンとの共同作であるメイヤー ソファ AJ5は&traditionが扱う。設計から80年以上を経た家具が現行品として流通している状況は、デンマーク・モダンの受容が家具単体ではなく建築家の仕事全体へ広がっていることを示している。
収蔵
4館のAPI(MoMA、V&A、Met、AIC)で照合したが、該当する収蔵は確認できなかった。デンマーク国内の館については照合手段がない。
作品一覧
| 年 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1929年 | 建築 | 未来の家(Fremtidens Hus/アルネ・ヤコブセンと共同) | - |
| 1934年 | 内装 | 写真店内装(Vimmelskaftet 38, コペンハーゲン/ソフス・ヒヴィルソムと共同) | - |
| 1935年 | 椅子 | ザ・タイアード・マン(Den trætte mand) | Audo Copenhagen |
| 1935年 | ソファ | ミングル ソファ(Mingle) | Audo Copenhagen |
| 1938年 | 椅子 | マイ・オウン・チェア(My Own Chair) | Audo Copenhagen |
| 1938年 | 建築 | 一戸建て住宅(Grøndalsvej 25, フレデリクスベア) | - |
| 1938〜40年 | 建築 | ニュボー図書館(エリック・モラーと共同) | - |
| 1939年 | ソファ | メイヤー ソファ AJ5(アルネ・ヤコブセンと共同) | &tradition |
| 1939年 | 建築 | 住宅(Toftøjevej 9, ヴァンローセ) | - |
| 1940年 | 椅子 | インゲボー(Ingeborg) | Audo Copenhagen |
| 1940年 | 建築 | 住宅(Søbredden 14, ゲントフテ) | - |
| 1940年 | 建築 | 別荘(ルンステズ) | - |
| 1940〜42年 | 建築 | セルロズ市庁舎(現ルーダスダル市庁舎/アルネ・ヤコブセンと共同) | - |
| 1941年 | 建築 | 戸建住宅18棟(Brøndbyøstervej, グロストロプ/モーエンス・ラッセンと共同) | - |
| 1956年 | 建築 | ボンベビュッセン(Dronningensgade 69, コペンハーゲン) | - |
| 1959年 | 建築 | パークスコーレン(バレロプ) | - |
| 1963年 | 建築 | イェーガースボー公共図書館 | - |
| 1969年 | 建築 | ランナース文化会館(Kulturhuset i Randers) | - |
| 1970年 | 建築 | ルンド市立図書館(スウェーデン/ペア・ラッセンと共同) | - |
| 1970年 | 建築 | ヘアニング中央図書館(ペア・ラッセンと共同) | - |
| 1972〜73年 | 建築 | ヴィズオウア中央図書館・文化センター(ペア・ラッセンと共同) | - |
| 1978年 | 建築 | ホブロ市立図書館(ペア・ラッセンと共同) | - |
プロフィール
| 生没年 | 1902年2月23日〜1984年 |
|---|---|
| 出身地 | デンマーク・コペンハーゲン |
| 国籍 | デンマーク |
| 活動拠点 | コペンハーゲン |
| 分野 | 建築、家具 |
| 主な協働ブランド | Audo Copenhagen、&Tradition、by Lassen |
Reference
- Flemming Lassen - Lex(Den Store Danske)
- https://lex.dk/Flemming_Lassen
- Flemming Lassen - Trap Danmark | Lex
- https://trap.lex.dk/Flemming_Lassen
- Flemming Lassen - Dansk Biografisk Leksikon | Lex
- https://biografiskleksikon.lex.dk/Flemming_Lassen
- Flemming Lassen - Wikipedia
- https://en.wikipedia.org/wiki/Flemming_Lassen
- Flemming Lassen - Wikidata
- https://www.wikidata.org/wiki/Q5458652
- Arkitekterne bag Nyborg Bibliotek
- https://www.nyborgbibliotek.dk/arkitekterne
- Arkitekturen og interiøret - Nyborg Bibliotek
- https://www.nyborgbibliotek.dk/arkitekturen
- Nyborg Bibliotek - Wikipedia(dansk)
- https://da.wikipedia.org/wiki/Nyborg_Bibliotek
- Erik Møller - Weilbachs Kunstnerleksikon | Lex
- https://weilbach.lex.dk/Erik_M%C3%B8ller
- Meet Flemming Lassen - Audo Copenhagen
- https://us.audocph.com/blogs/connected-journal/meet-flemming-lassen
- Tired Man Collection - Audo Copenhagen
- https://audocph.com/pages/tired-man-collection
- My Own Chair - Audo Copenhagen
- https://audocph.com/products/my-own-chair
- Mingle Sofa, Textile - Audo Copenhagen
- https://audocph.com/products/mingle-sofa-textile
- Mayor Sofa - Arne Jacobsen Design
- https://arnejacobsen.com/works/mayor-sofa/
- Mayor AJ5 - &Tradition
- https://shop.andtradition.com/products/mayor-aj5