概要
Chemex(ケメックス)コーヒーメーカーは、化学者ピーター・シュラムボームが1941年に考案した、ドリッパー一体型のプアオーバー式コーヒーメーカーである。耐熱ボロシリケートガラスを一体成型した砂時計型のフォルムに、天然木のカラーと革紐を組み合わせた構成は、実験器具のような佇まいと家庭の道具としての親しみやすさを併せ持つ。発表から80年以上を経た現在も製法を大きく変えず、コーヒー器具の定番として使われ続けている。
装飾を抑えた純粋な機能美は、工業デザインの一例としても評価が高い。ニューヨーク近代美術館(MoMA)のパーマネントコレクションに収蔵されており、20世紀のプロダクトデザインを語るうえで欠かせない一品となっている。
デザインと構造
Chemexの形は、化学のエルレンマイヤーフラスコに着想を得ている。円錐状の上部と丸みのある下部からなる砂時計型のシルエットは、抽出したコーヒーをそのまま受けるフラスコとして機能する。素材には非多孔質のボロシリケートガラスを用い、ガラス自体が匂いや味を移さないため、コーヒー本来の風味をそのまま抽出できる。この素材選択には、考案者の化学者としての知見が反映されている。
中央のくびれに巻かれた木製のカラーは、熱いコーヒーを注ぐ際に手を保護する断熱材であり、器具を握るための持ち手も兼ねる。二つに分割された木製カラーを手結びの革紐で留める構造は、一体成型のガラスに手仕事の要素を添えている。工業製品でありながら温かみを感じさせる、この素材の対比がChemexの外観を特徴づけている。
専用のボンデッドフィルターは、一般的なペーパーフィルターより厚く作られている。この厚いフィルターがコーヒーオイルや微粉、過度な苦味・雑味を取り除き、澄んだクリアな味わいを生む。透明なガラス越しに抽出の様子が見える点も、淹れる行為そのものを楽しませる要素となっている。
デザイン史における位置
Chemexは、第二次世界大戦下という金属材料が不足した時期に、ガラスと木という入手可能な素材だけで成立する製品として登場した。1943年にMoMAのコレクションに加わり、以後も同館に収蔵され続けている。ブルックリン美術館やデンバー美術館など、他の美術館にも収蔵例がある。1958年には、イリノイ工科大学のデザイナーによって「現代における最も優れたデザインの製品の一つ」に選ばれた。
文化的な文脈でもたびたび登場し、イアン・フレミングの小説『007 ロシアより愛をこめて』では、ジェームズ・ボンドが朝食でChemexのコーヒーを淹れる場面が描かれている。近年はスペシャルティコーヒーの広がりとともに再び注目を集め、抽出を視覚的に楽しめる器具として支持されている。
素材と製造
本体は耐熱ボロシリケートガラスで作られ、現在もアメリカ・マサチューセッツ州の工場で製造されている。木製カラーと革紐は手作業で取り付けられ、一つひとつ検品される。専用フィルターは生分解性の紙を用い、持続可能な森林管理に基づく素材調達が行われている。ガラス・木・紙・革という素材構成は、道具としての実用性と手入れのしやすさを両立させている。
基本情報
| デザイナー | Peter Schlumbohm(ピーター・シュラムボーム) |
|---|---|
| ブランド | Chemex(ケメックス) |
| 考案年 | 1941年 |
| 分類 | コーヒーメーカー(プアオーバー式) |
| 製造元 | Chemex Corporation(アメリカ・マサチューセッツ州) |
| 素材 | ボロシリケートガラス、天然木、革 |
| サイズ展開 | 3〜13カップ(シリーズにより複数サイズ) |
| 収蔵美術館 | ニューヨーク近代美術館(MoMA)、ブルックリン美術館、デンバー美術館 ほか |
| 主な評価 | イリノイ工科大学による「現代における最も優れたデザインの製品の一つ」(1958年) |