概要
ヴィクトリアン・レイリング・チェアは、トム・ディクソンが1986年に制作した肘掛け椅子である。19世紀の装飾鉄柵、ストーブか作業台の脚、マンホールの蓋といった既製の金属部材を接合して組み立てられている。ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)は本作を一点物として登録しており、同型が量産されたことはない。
特徴・コンセプト
柵の装飾がそのまま背になる
背もたれは、19世紀の錬鉄製の柵とみられる部材を立てて構成されている。渦巻きと先端の飾りが中心軸の左右に広がり、その輪郭がそのまま背の形になる。柵一枚分の意匠をほぼ手を加えずに立てているため、背は座面に対して高く、上へいくほど幅が広がる。座り心地から寸法を決めたのではなく、部材の形が先にあって、そこへ椅子の姿を合わせている。V&Aはこの佇まいを、王座を思わせながら格式を茶化してもいると評している。
マンホールの蓋を座面に使う
座面には鉄または鋼のマンホールの蓋が用いられている。蓋は路上で人や車の荷重を受けるために作られた円盤で、厚みと剛性をあらかじめ備えている。座面に要る平面と強度がそのまま得られるため、板を切り出して枠に張る工程が要らない。加工せずに用途が満たせる部材を探し当てるという選び方が、ここに表れている。
寸法の違う部材を接ぐ
前脚の上部には、ストーブか作業台のものとみられる短い脚が被せられている。V&Aの記録では、この部分に「THE BURCO」の刻印が残る。バーコは、イギリスのバーンリーで湯沸かし器などの家庭用機器を製造していたメーカーの名と一致する。前脚どうしは管材による貫でつながれ、脚が開くのを止めている。断面も径も異なる部材を突き合わせれば接合部は弱くなるが、被せる、渡すという納め方をとれば、寸法の違いをそのまま固定に使える。
仕上げで出自を隠さない
部材は溶接で接合されている。ただしV&Aは、接合部の金属が鉛・錫系の軟質のはんだに見えると付記している。脚は白く塗られ、座面にも塗装の痕跡が残るが、全体を一様な塗膜で覆ってはいない。塗装の剥げた白い脚と錆色の鉄がそのまま並ぶため、どの部分がもとは何であったかは見れば判別できる。
エピソード
クリエイティブ・サルベージの活動から
この椅子が作られた時期、ディクソンはニック・ジョーンズ、マーク・ブレイジャー=ジョーンズとともにクリエイティブ・サルベージという集まりで活動していた。V&Aの記録によれば結成は1985年で、空き倉庫をクラブとして使う際に拾い集めた物で内装を整えた経験が出発点になっている。結成にあたって示された文章では、費用をかけた研究開発による匿名の量産品ではなく、廃材の再利用によって家庭や職場のための道具を作る方針が掲げられていた。
溶接そのものは、ロンドン南部ブリクストンのガレージで覚えたものである。溶けた金属と、それによってすばやく物を接げることに惹かれたと、ディクソンは後年述べている。材料を先に決めて接合方法を選んだのではなく、接合できることが先にあり、そこから扱える材料の範囲が決まっている。
廃材が街に出回っていた時期
1980年代半ばのイギリスでは工業生産の縮小が進み、解体と廃棄によって工業製品の部材が市中に出回っていた。V&Aは、そうした時期に量産部材の廃品を用いて古典的な椅子の姿を作ろうとした点について、政治的な表明として読むことができると記している。
一点物として残る
V&Aは本作の制作形態を一点物として記録している。同じ部材が再び揃うことはないため、同型を作り直すことはできない。2011年に購入によって収蔵され、収蔵番号はW.16-2011である。
評価と影響
本作は一般に、1980年代のロンドンで設計と製作を分けずに進めた作り手たちの活動を示す例として扱われる。V&Aは様式の分類をポストモダンとし、廃材を用いた彼らの仕事が同世代以降の作り手に影響したと記している。
ディクソン自身の制作も、拾った部材の形に従う段階から、鋼の丸棒を曲げて骨組みを起こすS チェアのように、寸法を自分で決める段階へ移っていった。V&Aは後者について、拾われた物ではなく作られた物になったと位置づけている。
収蔵
ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館が、収蔵番号W.16-2011で登録している(2011年、購入による収蔵)。同館の記録では、展示室76「Design 1900 to Now」に置かれている。
トム・ディクソンの設計思想や経歴について詳しくはトム・ディクソンプロフィールページをご覧ください。
基本情報
| 名称 | ヴィクトリアン・レイリング・チェア / Victorian Railings Chair |
|---|---|
| デザイナー | トム・ディクソン(Tom Dixon) |
| 制作年 | 1986年 |
| デザインの成立国 | イギリス |
| 分類 | アームチェア |
| 主要素材 | 錬鉄・鋳鉄の建築廃材および工業製品の部材(装飾鉄柵、機器の脚、マンホールの蓋、管材) |
| 製法 | 既製の金属部材を接合し、塗装 |
| サイズ | 高さ112cm(V&A記録。梱包した状態での採寸) |
| 制作形態 | 一点物 |
| 収蔵 | ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(W.16-2011) |
Reference
- Victorian Railings Chair | Victoria and Albert Museum(W.16-2011)
- https://collections.vam.ac.uk/item/O1226895/victorian-railings-chair-armchair-dixon-tom/
- Victorian Railings Chair | Victoria and Albert Museum API
- https://api.vam.ac.uk/v2/museumobject/O1226895
- Creative Salvage | Victoria and Albert Museum
- https://collections.vam.ac.uk/item/O66416/creative-salvage-panel-brazier-jones-mark/
- S Chair | Victoria and Albert Museum(W.6-1993)
- https://collections.vam.ac.uk/item/O63050/s-chair-chair-dixon-tom/
- Burco | Grace's Guide to British Industrial History
- https://www.gracesguide.co.uk/Burco