1889年、エッフェル塔がパリの空に姿を現したのと同じ年に、一脚の折りたたみ椅子が生まれた。エドゥアール・ルクレールが考案し「Simplex」の名で特許を取得したこの椅子は、セーヌ河畔のカフェやレモネード売りが、常設テラスへの課税を避けるために求めた、畳んで仕舞える実用の道具であった。以来130年余り、フランスのガーデンファニチャーブランドFermob(フェルモブ)がその特許を継承し、技術改良と色彩の刷新を重ねながら、パリのカフェテラスからニューヨークのブライアントパーク、東京ミッドタウン日比谷まで、世界各地の風景に定着してきた。屋外用の折りたたみ椅子でありながら、フランスの「アール・ド・ヴィーヴル(生活の芸術)」を象徴するアイコンとして親しまれている。
概要
ビストロチェアは、19世紀末のフランスにおけるカフェ文化の隆盛とともに生まれた折りたたみ式スチールチェアである。当時のフランスでは、カフェが常設のテラス席を設けると課税対象となったため、営業終了後に速やかに収納できる折りたたみ家具が求められていた。この社会的要請に応えたのが、1889年にエドゥアール・ルクレールが登録した「Simplex」特許に基づく折りたたみチェアであった。
この歴史的特許を継承し、現代の製品として展開しているのがFermob社である。同社はフランス南東部トワッセの工場で製造を続け、歴史的なデザインを保ちながら、金属スラットの採用や色彩の拡張といった改良を重ねてきた。
特徴・コンセプト
華奢と堅牢を両立したフォルム
ビストロチェアの意匠は、華奢でありながら堅牢という相反する要素を両立させている。7本の緩やかに湾曲したスチールスラットが座面と背もたれを構成し、身体を柔らかく受け止める。フレームの背もたれ下部には扁平に加工された補強部があり、構造全体の安定性を高めている。一体成形のクロスバーは、折りたたみ機構において最も負荷がかかる部位から溶接や鋲打ちの接合点を減らし、経年使用における弱点を抑えている。
折りたたみ機構
ビストロチェアの実用性を支えているのが、瞬時に折りたためる機構である。プラスチック製クリップによる緩やかな開閉機構を備え、指を挟む危険を抑えつつ、片手でも操作できる軽快さを実現している。折りたたむと奥行きはおよそ12cmまで縮まり、複数脚を省スペースに保管できる。
塗装技術
Fermob社の塗装工程は、複数の工程からなる防錆処理を施すことで知られている。電着塗装を経た後、静電粉体塗装により微細な隙間にまで塗料を行き渡らせ、高温焼付けによる封止処理を行う。この工程により、紫外線による退色への耐性と、長期にわたる防錆性能を確保している。使用される粉体塗料は溶剤を含まず、廃棄物を出さない工程で塗布されるなど、環境負荷の低減にも配慮されている。
豊富なカラーパレット
ビストロチェアの魅力のひとつが、Fermob社独自のカラーチャートから選べる豊富なカラーバリエーションである。シダーグリーン、アンスラサイト、コットンホワイトといった定番色から、遊び心のあるトレンドカラーまで揃い、空間やコーディネートに応じた色彩の選択ができる。Fermob社はカラーチャートを定期的に更新しており、扱う色は時期によって入れ替わる。
エピソード
ブライアントパークの再生
ビストロチェアが公共空間の家具として広く知られる契機となったのが、1992年に再生されたニューヨーク・ブライアントパークである。荒廃していた同公園の再生にあたっては、都市学者ウィリアム・H・ホワイトらが提唱した「可動式の椅子」の考え方が採り入れられ、Fermobのビストロチェアが多数導入された。固定席ではなく自由に動かせる椅子が並んだことで、人々は再びこの場所に集うようになり、この試みは以後の各地の公共空間の設計にも影響を与えた。
エッフェル塔との同年生まれ
ビストロチェアが1889年に生まれたことは、同年に公開されたエッフェル塔と年を同じくする。鉄という素材でフランスの近代を象徴する二つの存在が同時期に生まれた背景には、産業革命後のフランスにおける鉄鋼技術の成熟があった。Fermob社は2014年、ビストロチェア誕生125周年を記念し、342脚の赤いビストロチェアでエッフェル塔のミニチュアを制作して展示している。
評価
ビストロチェアは、デザインの完成度と実用性を両立した屋外家具として、建築家や都市計画者、インテリアデザイナーから広く支持されている。フランス・トワッセの工場からは毎シーズン10万脚以上が出荷されており(メーカー公表値)、カフェや個人宅のテラスにとどまらず、公園や広場といった公共空間にも数多く導入されている。
気候や文化の異なる各地で採用されてきた点も、このデザインの適応力の高さを示している。
基本情報
| 正式名称 | ビストロ メタルチェア / Bistro Metal Chair |
|---|---|
| 原案 | エドゥアール・ルクレール(Edouard Leclerc)/「Simplex」特許(1889年) |
| 製造ブランド | Fermob(フェルモブ)/フランス |
| 製造国 | フランス(トワッセ工場) |
| デザイン年 | 1889年(Simplex特許取得) |
| 素材 | スチール(抗UV粉体塗装、電着防錆処理) |
| サイズ | W420 × D390 × H820mm(座面高450mm) |
| 折りたたみ時 | 奥行 約120mm(省スペース収納) |
| 重量 | 約4.8kg |
| 耐荷重 | 約125kg |
| カラー | 多色展開(定番色+トレンドカラー、定期更新) |
| カテゴリ | ガーデンファニチャー(折りたたみチェア) |
| 参考価格 | 1脚あたり約15,000〜19,000円(税込目安) |